第115話 会議は踊り歌いて進む①

 話がまとまると早速彼らは作戦会議を始めた。部屋から出てダイニングにある小さなテーブルに腰掛ける。マリアベルだけは着席せずに傍らに控えている。


「シナリオについてだけど、まず貴方の原案では挫折が無さすぎるわ。やはりどこかで主人公が挫けそうになる展開は入れるべきよ」

「挫折だと……!」

 レイザーの眼は、俺の物語を喜劇として完成させると、そう言っていたではないかと抗議している風であった。


「ふざけるな!そんなものは要らん!思い通りにいかぬ展開なぞ現実だけでよい」

「いえ必要よ。貴方だってさきほど身を以て知ったはずでしょう、レイザー」

 リピアーは彼の眼をじっと見る。


「貴方が書いた何もかもが順風満帆な物語にはトリエネたちは引き込まれず、私が書いた小説は悲劇であれども彼らは没入していた。読後には涙を流して叫ぶ有様だった。これがすべてを物語っているわ」

「しかし……物語の中でくらい幸せな世界であってほしい。何故人の手で創作できるものまで、血と涙で染め上げねばならない?」

「……きっと、読み手は誰しもが現実を生きているからなのよ」

 彼女の言葉にレイザーは、はっとした顔をした。そうなのだ、物語にはいくらでも理想は込められる。しかし読み手はいつだって空想の存在ではなく、現実を生きている。


「読み手は現実の存在よ。であれば、誰しもが悲しみや苦しみを経験しているわ。そして無意識下ではそういったものを内包しているものこそ人生であると捉えている。分かるかしら?物語がその体を成すには、物語自体がまず誰かの人生足り得なくてはならないのよ」

「俺の物語は単なる理想の筋書き、人生と呼べる程のものには成れていなかったということか……いいだろう!お前の思うように監修するがいい。お前の手で、俺の物語を昇華させてくれ!」


 レイザーの眼はいよいよ鱗が落ちたように光っていた。ここからはリピアーの指摘と物語の改修は、実にスムーズに進んでいった。



 こうして出来上がった劇用の改修版シナリオは以下の通りである。


――序

主人公レイザーはエリシャ族出身の男性。世はエリシャ族がポルッカ公国に帰化することが認められ始めた時代である(現実でもエリシャ族は二百年ほど前にポルッカ公国に帰化している)。彼は差別や抑圧に揉まれながらも懸命に毎日を生きていた。得られる収入は二束三文、つましい暮らしであった。それでも彼は自暴自棄には決してならずに、人の優しさと明るい未来を信じていた。


――承

或る時レイザーは美しい女性と出会う。彼女の名はマリアベル。彼女が紛失したブローチを一緒に探したことがきっかけだった。レイザーは彼女の美しさと気高さに惹かれていった。レイザーは育ちの悪さゆえに遠慮を知らぬところがあったが、彼女には気さくさと受け取られた。いつしか二人は惹かれ合っていた。彼女は貴族令嬢であったが内緒で屋敷を抜け出し、二人で街を巡ることもあった。


――転

しかし貴族令嬢と被差別民の恋愛が幸福なままに推移するはずもなかった。マリアベルに悪い虫が付いている……それを知った父親は彼女の縁談を進ませる。マリアベルには侯爵の息子アレイスターが紹介されるが、既にレイザーとの間で愛の炎は燃えていた。父親は刺客を放ち、レイザーを亡き者にしようとする。それでもレイザーは挫けなかった。

煌びやかな宮殿のパーティで侯爵令息がマリアベルを情熱的に口説き始める。彼女の顔は白けている。突如、レイザーは血と泥に塗れた汚らしい恰好で現れる。周囲がどよめく中で、彼女の顔はほころんだ。

彼女の手を引きレイザーは行方を眩ませた。マリアベルは身分を隠して彼と共に暮らし始める。息の詰まるような毎日の中で、二人は神に明るい未来を願った。星明りの下で、お互いの温もりを感じながら。大丈夫、いつか笑える時が来る。


――結

逃亡の日々も長くは続かなかった。レイザーは捕まり、令嬢誘拐の罪で公開処刑にされようとしていた。周囲の制止を振り切ってマリアベルは彼の元へ駆け寄る。そして彼女は声高に宣言する。


「なにゆえ彼を貶めるのです?あなた方は私を高貴な者だと言い、彼を下賤の者だと蔑みますが、彼の心はきっと私と同じ色でしょう。彼が死ねば、私も自身の胸にナイフを突き立てます。そして互いの心臓を比べてみるがよいでしょう」


そう言ってマリアベルは自分の胸にナイフをあてがった。血が滴り落ちる。

しかしその手を止めるものがあった。なんとか拘束を脱したレイザーの手であった。


「どこの世界に愛する女が死ぬことを望む男がいるというのだ。君と過ごしたひと時は仮初かりそめでも、俺は充分に満足だった。もう一緒に逃げてくれとは言わない。ただ生きてくれ。俺は今日死ぬのだろうが、お前だけは命を捨てないでくれ!」


二人の想いはどこまでも相手を思いやってのものであった。互いに相手のことしか考えていないのだ。

観衆は自分本位に生きてきたこれまでの人生を苦々しく振り返る。


突如神聖な光が現れる。愛の女神であった。

欲に囚われず真剣に互いを信じ、愛を生きた二人を祝福した。当の二人は勿論、観衆でさえ皆涙を流していた。


もはや二人を分かつものはなかった。愛することを知った温かな国の中で二人は幸福に生きた。最期には天に招待されて煌めく二つの星となり、その星明りは人々を仄明るく照らし続けるのだった――



「……だいぶ変わったな。時間の神や他民族成敗のエピソードとかなくなっているし、原題の恋愛要素をとにかく膨らませた感じになっている」

「あの原稿用紙の内容をすべて劇にするのはさすがに冗長すぎるのと、愛をテーマにして多少スケールダウンした方が話の収まりが良かったのよ」

「でも最後に神が現れてどうのこうのは、さっき言ってたデウスなんちゃらじゃないの?」

「そこに至るまでの誘導を随所でしているから問題ないわ。二人が信心深いという描写に、健気に真摯に生きていく姿。なにより喜劇に終わらせるのなら、演劇の場合は演出が派手な方がいいわ。それならばデウス・エクス・マキナな展開でもむしろ丁度いいはずよ」

「なるほどなー。劇なんだし神の出現に合わせて、賛美歌っぽいのも入れたりとかどうだ?」

「いいわね、そうしましょう。最後はメインキャスト総出で明るく歌って踊る形にしましょう。主役二人は星をイメージした衣装を身に纏い、夜空をイメージした色合いの舞台で踊るのよ」

「うわー!ロマンチック!いいね、リピアー!」


 こうしてシナリオは完成した。次は配役だ。

 しかしレイザーとマリアベル本人は出演しない。彼らはあくまで鑑賞する側であり、評価者の立場だからだ。


「じゃあ、マリアベル役はリピアーで決まりだね!」

「……どうしても私じゃないとダメ?」


 劇のキャストだが、端役はしたやくはマルクスと繋がりのある劇団の手を借りるつもりでいる。だが主役はあくまで自分たちの手で……という話だ。

 であれば必然候補はトリエネかリピアーになるのだが、トリエネはリピアーがヒロイン役をやるべきだと言って聞かない。


「だって見たいんだもん!リピアーの綺麗に着飾っているところとか、恋愛しているところとか!」

「私はそういうガラじゃないのだけれど……絶対にトリエネの方が見栄えするわよ?」

「ヤダヤダヤダ!リピアーのお嬢様姿見たい、見たい、見たい!」


 椅子から転げ落ちてバタバタと手足を動かし、子供のようにトリエネは駄々をこね始める。


「……マグナ、信じられるかしら?この娘、これで二十歳はたちなのよ?」

「……精神年齢が十歳ぐらいで止まっていやしないか?」


 トリエネは跳び上がるように立ち上がると、マグナにぐいぐいと近づく。


「なによー、マグナだって見たいでしょ?リピアーの可愛い姿!」

「いや、俺は……」

「正直に言いなさい!」


 トリエネのよく分からない剣幕に、マグナは「……まあ、見たいかな」と返した。リピアーは「そう……」と少し恥ずかしそうに答えるのだった。

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