第19話 VS智謀のルードゥ

 ヴァルハラ城の地下空間でマグナは二人の男と相対峙している。


 茶色いくせ毛の男は自身を"智謀のルードゥ"と名乗っていた。自称か他称か知れないが、自分で言っているのだとしたらたいした自信だ。

 もう一人の男はターバンのように青い布を頭に巻き、背中には鞘に納めた剣を背負っている。どこか精悍せいかんな顔立ちをした青年だった。


 ルードゥが横にいるターバン男を指差す。


「こいつはヘイズ。まあフェグリナ親衛隊の幹部候補ってところだな。実戦経験がいきなり神の力を持つ奴が相手とは運がいいんだか、悪いんだか。まあ、戦ってみるがいいさ」


「承知した」


 ヘイズと呼ばれた男が両の拳を握りつつ、背中を丸める。彼が着ている服は背中が露出する構造になっていたが、あろうことかその露出した背中の肌から一対の黒い翼が生えてきた。


 マグナは驚きで目を丸める。ヘイズは剣を抜き翼をはためかせると、軽やかに空中を飛翔してマグナに斬りかかった。


 しかし彼は鎧化した腕でヘイズの剣を受け止めると、そのまま腕を払って撥ねのけた。ヘイズは吹っ飛ばされて床に倒れこんだが、負傷はなく即座に立ち上がる。


「知っているか、正義の神さんよ。ラグナレークの隣国、神聖ミハイル帝国では人を魔獣化する研究が行われている」


 ルードゥがしたり顔で語り始める。


「ラグナレークは神聖ミハイル帝国と五年前から戦争状態だが、それ以前は盛んに交流していたのさ。技術を輸入し、強い兵を作る為に、何人ものラグナレーク兵が実験に使われた」


「その一人が、そこの男ってことか」


「まあはっきり言って、実験の成功率は低すぎた。すぐにおこなわれなくなったよ。神聖ミハイル帝国側には完全に魔獣化できる人間……すなわち"魔人"がいるって話だがな。ほとんどは人体改造の負担に耐えられなくて廃人同然になるか、命を落とす。ヘイズのように廃人になってなくて、翼を生やせるってだけでもレアなんだぜ、飛べるのも便利だしな」


 ルードゥが話している間に、ヘイズは体勢を整えていた。


 翼を広げて再度マグナに斬りかかるが、マグナはまたしても払いのけるように彼を殴り飛ばした。吹き飛んでいったヘイズは苦しそうに呻き、今度は動けないようであった。




「ふん、やはり普通では倒せないか。まあそれは分かり切っていたこと。正義の神よ、この俺が直々にお前を打ち負かしてやるよ……!」


 ルードゥが懐から透き通った青白い結晶体を取り出す。


「いでよ、神器レーヴァテイン!」


 ルードゥが結晶体を頭上に掲げると、レーヴァテインと呼ばれたそれは青白く強い光を放った。結晶体が巨大化していくと共に縦長の紡錘形となる。それを胴体として、底からは四本の脚のようなものが生えて地に着いた。

 さらに鎌のような刃を付けた二対の巨大な腕が生えてくる。その姿はまるで歪な蟷螂を彷彿とさせた。


 ルードゥは不思議な力で宙に浮き上がると、やがて結晶体の上部に搭乗席のようなものが生成され、彼はそこに鎮座した。


「何だありゃ、武器じゃねえ……乗り込むタイプの神器だと?」


「くくく、フェグリナ様より賜った神器、レーヴァテインの力を見せてやろう!」


 ルードゥが張りきった声を上げると、レーヴァテインが巨大な腕をマグナに向けて伸ばす。


 ――腕は本当に伸びていた。


 地下空間は広く、マグナとルードゥは十メートル以上は離れているはずだったが、レーヴァテインは現在位置から移動することなくその大きな鎌の付いた腕をマグナに叩き付けた。彼は肉体を硬質化させていたので、切断こそ免れたが大きく吹き飛ばされてしまった。


 舌打ちしながら立ち上がる。

 自分には殴る以外に攻撃手段がない。何とか距離を詰めなくてはいけない。


 マグナはそう考え、ルードゥとの距離を詰めようと駆け出すが、再びレーヴァテインの腕が彼を弾き飛ばす。


「ひゃひゃひゃ、無駄無駄ぁ!近づかせねーよ!このダボがぁ!」


 いくら試しても、結果は変わらなかった。


 レーヴァテインに近づこうとしても、すぐにあの巨大な腕で薙ぎ払われる。何度も何度も吹き飛ばされ、斬撃による目立った外傷はないものの、マグナはどんどん疲弊していった。


 息が切れる。鎧化している肉体では、あの斬撃を搔い潜れない。しかし鎧化を解くわけにもいかない。生身の肉体では、あの斬撃には耐えられないからだ。


「くくく、正義の神は肉体を硬質化する能力を持つ……それを聞いた時から、俺の戦法は決まっていたのさ。攻撃が通じないなら、持久戦で落とせばいい。てめえを俺にゃあ近づけさせねえぜ。お前は防戦一方、その肉体の硬質化も維持するのにどんどん力を消耗しているはずだ。あのグングニールとかいう遠距離攻撃できる神器の女がいれば話は違ったかもしれねーが、俺の戦術でお前らはものの見事に分断しちまった!グングニールで飛ぶことができるとかいう女、落とし穴のトラップは回避して、お前と分断されると思ったんだよ!」


 マグナは何度目か分からない斬撃を受けて、またしても吹き飛ばされた。ぜいぜい息を切らして立ち上がる。


(このままじゃまずいな。何度も試して分かった、距離を詰めるのは無理だ。素早く動けるフリーレやスラなら距離を詰められただろうが、俺にそんなフットワークはない。鎧を解くワケにもいかないしな。どうにかして、距離を詰める以外の打開策を考えなければいけない。どうしたものかな、俺に全身を鎧化する以外の能力があればな……)


 マグナはふと、アースガルズに向かう馬車の中で聞いたスラの言葉を思い出した。



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「しかしうらやましいもんだな、姿を消せるやつもいれば、人心を掌握して大国を牛耳ってしまうやつもいる。俺なんか体を金属化して殴るだけだぜ」


「ふふ、マグナさん、神の力はそれを扱う者の資質次第ですよ。貴方の心の有りよう、それ次第では様々なことができるようになるでしょう」


「心の有りようか……」

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 神の力は扱う者の資質次第――


(俺は何故、肉体を金属硬化できるようになった?テミスは、『正義を為すという意志の硬さの表れ』だと言っていたが。自分の心を見つめ直していけば、新たなる力を見出せるのか?)


 マグナは立ったまま俯いて、動くのを止めてしまっていた。

 その姿は、ルードゥには戦いを諦めたように映った。


「ひゃははひゃひゃ!ざまあねえなあ、正義の神よ!やはり世界は力が全て!武力でも、知力でも、財力でも、魅力でも!力があるやつが栄える、それが世の条理だ!フェグリナ様は世界に教えようとしているのさ。強い国が弱い国を併呑していくのが、結局当たり前なのだと。そしてこの俺様が正義の神とかいう紛い物の神を殺し、強きはくじかれ弱きは助けられる世界なんざ幻想でしかないってことを世界に知らしめてやる!ひゃひゃひゃひゃひゃ……!」


「お前の目は節穴か?」


 マグナがぽつりとつぶやいた。


「この国に明るい未来があるように見えるのか?民も兵も疲弊しきっている、街にも活気のようなものは感じられなかった。フェグリナは自分の私腹を肥やすことしか考えていないに違いない。はっきり言うぜ、この国はこのままじゃ、もう長くねえよ」


「いいや、正しい姿だね。民は王を、そしてその王に忠誠を誓う俺たちを富ませる為に、身を粉にして働く義務があるのさ。それがやつらの存在理由レーゾンデートルだからだ。むしろ国のおかげで職が与えられ、衣食住が得られる。野生の世界では淘汰されているであろう、弱っちい奴や馬鹿な奴でも生きていける。民は王に感謝するべきなのさ」


 ルードゥは邪悪な笑みを浮かべながら語る。マグナはその姿を見て、ただただ辟易していた。


 世界にはこのような悪党が何人も跋扈しているのだろう。そのせいで大勢の人たちが苦しんでいる、傷ついている、飢えている……


 こんな奴らを野放しにしてはいけない。

 どうにかして、"戒め"なければならない。他でもない、正義の神であるこの俺が。


 そう強くマグナが思った時、心に浮かんだイメージは――”鎖”だった。




「どうした黙っちまってよ、いよいよ限界かぁ?」


 ルードゥが言うと、マグナはおもむろに顔を上げて敵を見据えた。右腕を伸ばして、巨大なレーヴァテインに拳を向ける。


「”智謀のルードゥ”といったか、ありがとうよ、お前のおかげで俺は新たな決意を得た。戒めなければならない、お前らみたいな連中を……」


 マグナの拳が、まるで服の袖口に引っ込ませるかのように、腕の中に収納されていく。拳が消えた腕の先端には、ぽっかりと穴が空いている。


「覚えておきな、人は独りではたいしたことはできやしない。ここまで来れたのだって、俺に協力してくれる仲間がいたからだ……協力することで皆でより良い暮らしを作り上げていく、その究極系が国なんだ。分からせてやるよ、お前にも、フェグリナにも、あるべき国の姿ってやつをな!」


 マグナが言葉を終えると、突如右腕の穴から何かが射出された。


 ――鎖だ。先端に矢じりのような尖頭器の付いた鎖。


 勢いよく射出された鎖は、レーヴァテインの巨大な胴体に巻き付いていく。レーヴァテインが鎖でぐるぐるに巻かれたところで、ようやく鎖の射出は終わった。伸ばせば数キロメートルにはなりそうな長さであった。


「はぁ!?なんだ、なんだよ、それぇ!」


 ルードゥが慌てふためく。マグナはそのまま自身の体を大きく捻り、搭乗しているルードゥごとレーヴァテインを床に崩し倒した。


 轟音を立ててレーヴァテインが倒れる。巨大な腕が生えている為か、あまりバランスは良くないようだった。ルードゥは搭乗席から振り落とされ、床に転げ落ちた。マグナは伸ばしていた鎖を瞬時に腕に引き戻す。


「てめえ、遠距離攻撃できんのかよぉ!ふざけやがって、ふざけやがって!」


 ルードゥはぶつくさ言いながら、倒れたレーヴァテインの搭乗席に戻る。


「レーヴァテイン!要塞形態は解除!機動形態だ!」


 ルードゥがそう叫ぶと、レーヴァテインの胴体を為す青白い紡錘形が光り輝いた。巨大な腕と脚が収納されて宙に浮かぶ。紡錘形は横向きになると共に搭乗席も上部になるように移動する。やがて紡錘形からは飛行機の尖頭、そして翼や尾部を思わせるような突起物が生成されていく。


 レーヴァテインは形態変化を終えると、くうを切る音を奏でながら、マグナに向かって高速で突っ込んでいった。


 しかしマグナは鎧化しているその肉体で、突撃を真正面から受け止めた。彼はレーヴァテインを離すまいと抱える。

 ルードゥは失策に気付く。自分は攻撃したのではない、みすみす敵の手中に収まりにいっただけだった。


「はん、何が”智謀のルードゥ”だ、笑わせるぜ。不用意に近づいてきやがって。接近戦なら!俺の十八番だぜ!」


 マグナはレーヴァテインに力一杯拳を叩き込む。胴部にヒビが入る。すぐにまた、重い拳をぶつける。


 ようやく攻撃できるという解放感、雪辱の時、邪悪な思想にあてられ火が付いた正義の心――マグナはレーヴァテインに、目にも止まらぬ拳の連撃を始めた。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!」


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 レーヴァテインは砕け散り、やがてルードゥ自身も拳の連撃に晒される。ボロボロになったルードゥは吹き飛んで、床に倒れ伏した。既に失神している。レーヴァテインも崩れて光を失い、すっかり使い物にならなくなっていた。




 マグナは戦闘が終わったことを確認すると、肉体の鎧化を解除した。消耗が激しいが、新たなる力にも目覚めた。そのきっかけとなってくれたことに関しては、むしろルードゥに感謝してやりたい気持ちになっていた。


 (さて、これからどうやって脱出するか。外に出られそうな通路はどこにも見当たらない。脱出するとしたら上しかないな。しかし四階まで上がるのには何十メートルも高さがある。ルードゥの奴はレーヴァテインの機動形態とやらで出るつもりだったんだろうが、もう俺が破壊してしまったしな。そういえば、もう一人いたヘイズとかいう男、あいつには翼が生えていたな。あいつなら自力で空を飛んで出られるだろうが――そういやヘイズはどうなった?)


 その時、ぱちぱちと拍手をする音が聞こえた。

 いつの間にか立ち上がっていたヘイズが、手を鳴らしながらマグナに近づいて来ている。


「素晴らしい。その戦闘力、それに熱い正義の心……貴方になら頼めるかもしれない」


「……何者だ、あんた?」


 雰囲気が只者ではない。どこか高貴さというか、上品さを感じさせた。ヘイズはやがて頭に巻いた布を解く。


 少し緑がかった白色の、やや尖った髪型が姿を現す。


「我が名はツィシェンド・ラグナル。ラグナレーク王国第十三代目国王、フェグリナ・ラグナルの実弟だ」


「……弟だと?」

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