第34話 大乱闘

「ヘイムダル、お前の気持ちは分かる。ならず者が騎士団に加入、しかもいきなり隊長格だ。不服に思うのも無理はない。しかしフリーレはただのならず者とはワケが違う存在だ」


「国王陛下はこの者の何をご存じで……?まあ、私には知る由もありませんがね」


 ヘイムダルはフリーレを含むならず者の加入に明確に難色を示した。ツィシェンドがどうしたものかと悩んでいると、ヘイムダルは続けて口を開く。


「ではこうしましょう、試しにこの者に……」

「待て!ヘイムダル!」


 ヘイムダルの声をトールの大声がかき消す。


「……何か?」

「お前が話を進めるとややこしくなりそうだ、この件は俺が持つ!」


 トールはそう言うとフリーレの前へ歩を進めた。バンダナを巻き無精ひげを生やした筋骨隆々の男が彼女の前に立っている。ヘイムダルはやれやれといった面持ちでその様子を見ている。


「フリーレ!残念ながら、やはりならず者の加入を快く思わない者がほとんどのようだ。かくいう俺もまだ納得しきれないでいる」


「ふむ、まあ分かっていたことだ。ならず者である我々が簡単に受け入れられるはずがないことは。で、私はどうすれば認めてもらえる?」


「そうだな……」


 トールは背負っていた槌を手元に寄せると、上着を脱いで放り捨てた。逞しい彼の上半身は薄手のタンクトップのみとなる。

 彼が片手で槌を持つと、それはあっという間に常人では両手でも持てない程のサイズになった。


ろうぜ、俺と一対一サシで。騎士団員たるもの、やはり強くなくっちゃな!」

「ほう?」


 フリーレは笑みを浮かべる。


「お前ら!俺が負けたらこいつの加入は確定事項だ!誰にもに文句は言わせねえ!分かったな!」


 トールは神器ミョルニルを構える。

 フリーレもまたグングニールを構えて彼に相対峙する。


「トールといったな、気に入ったぞ」

「あん?」

「どんな無理難題を吹っ掛けられるかと思えば、ただ自分を倒してみせろとは、実に分かりやすくて私向きでよい。そんなことでよいのかと思うほどにな」

「へっ、そうかよ。だが俺はエインヘリヤル第一部隊の隊長にしてラグナレーク王国騎士団長。簡単にはやれねーぞ?」



 地下闘技場のアリーナで二人が対峙する様子を、彼らを除く五人の隊長格とツィシェンド王が見守っている。対峙する二人以外は、アリーナを段状に取り囲む観覧席の方まで移動している。


「来な!そのグングニールとかいう神器の力、見せてみやがれ!」

「……」


 フリーレはしばし考えたのち、あろうことかグングニールを放り捨てた。槍が床に落ちる金属音が闘技場内に響き渡る。


「てめえ!何のつもりだ」

「神器を捨てた理由としては、そうだな……私にはお前を殺すつもりがないからだ」

「その神器があったら俺をうっかり殺しちまうかもしれないと、てめえはそう言ってんのかァ!」

「グングニールはなかなかの殺傷力を誇る神器だからな。それに私は手持ち無沙汰な方が戦いやすい。殺し合いでなくただの手合わせなら、この方がいいと判断したまでだ」


 フリーレが冷静に話しているのを聞き終えると、トールはしばし逡巡したのち、自身もまたミョルニルを遠くへ放り捨てた。


「トール、貴方何をしているのです」

 ヘイムダルが観覧席から声をかける。


「しょうがねえだろ、あいつ神器を捨てやがったし!神器無しの奴に神器有りで勝ったって嬉しいわけねーだろ、バーカ!」


(神器の使用を勝手に放棄したのはあちらなのですから、自分は気にせずに使えばいいものを……自分を倒せば加入を認めるというトールの提案をあちらも受け入れているし、それ以外の詳細なルールは決めていない。手段を選ばずここで彼女を負かしてしまえば、とくに後腐れもなく追い出せるというのに)


 ヘイムダルは苦虫を嚙み潰したような顔をした。


 お互い手持ち無沙汰になったところで、改めて向き直る。

 闘技場にいるエインヘリヤル一同の視線がフリーレとトールに注がれる。


 今に戦いの火蓋が切られようとしていたその時、突如巨大なチェーンクロスが観覧席の方から伸びて、二人の間の床を抉った。


 観覧席から立ち上がり、神器グレイプニルを構えていたテュールであった。


「テュール!てめえ、何のつもりだ!」

「気が変わった!俺にもやらせてくれよ、トール」

「おい!俺が一対一サシでやるって言ったばっかだろうが!」


 トールの声に耳を貸さず、テュールは観覧席からアリーナ上へと躍り出た。床を踏む轟音が鳴り響く。トールをも凌ぐエインヘリヤル隊長格で最も大柄な男が、鎧の金属音を奏でながらフリーレの前に立ちはだかる。


「俺は神器有りでいかせてもらうぜ。エインヘリヤル第四部隊長のテュールだ。俺を倒してみな!ならず者!」


 テュールはグレイプニルを振るう。神器グレイプニルは鎖のような形状をした金属製の鞭だ。それがまるで獰猛に地を這い回る蛇のように蠢いたかと思うと、フリーレ目掛けてしなやかに襲い来る。


 しかしフリーレはそれを躱すと跳び上がってテュールの肩に乗り、脚を高く上げたかと思えば彼の脳天に強烈な踵落としをお見舞いした。テュールは兜を装備していたが、それでもすさまじい衝撃が彼の脳を振るわせる。たまらず彼は転倒した。


 フリーレはグレイプニルを掴み上げると、それで倒れたテュールの首を絞め始める。テュールはもがき苦しむが彼女は解放を許さない。やがてテュールが泡を吹いて気絶するのを見届けるとフリーレは拘束を解いた。


「安心しろお前たち、死んではいない」


 フリーレがそう言うや否や、緑色の矢が彼女の頭を目掛けて飛んで来た。


 彼女は即座に身を大きく翻し、これを躱す。当たる寸前にぎりぎりで躱せたとかではなく、大分余裕のある回避であった。


 フリーレの視線が観覧席の方に向けられる。

 バルドルだ。彼がいつの間にか神器ミストルティンを発動させていた。


 ミストルティンの実態は蔓性の植物であり、バルドルが込める意思に応じて様々な形態モードに変化する。"弓矢"の形態モードは彼のお気に入りだ。


「驚いた、本気で殺すつもりで射ったのだがな……」

「本気で殺すつもりか、それはむしろ助かる。殺気ほど分かりやすい気はないからな。すぐに分かったぞ、矢が飛んでくることなど。本気で殺すつもりなら、次はさりげなく撃ったほうがいい。その方がよほど対処に困るものだ」


 矢を躱したばかりか一切の動揺を見せず、冷静に講釈してみせるフリーレ。バルドルはその様子を見て実に楽し気な表情を浮かべていた。ヘイムダルやフレイ、フレイヤといった他の隊長勢は驚いていた。普段無表情で愛想のないバルドルがこのような表情を見せるのは珍しかったからだ。


「……いいだろうフリーレ、俺はアンタを認めるよ。いや、むしろ俺がアンタの配下になりたいぐらいだ」

 バルドルは爛々とした眼でフリーレを見つめている。


「あとは目の前のそいつを黙らせてみろ」


 フリーレの眼前ではトールがファイティングポーズを取っていた。



 ◇



 観覧席でフリーレの取り巻き九人、そしてルードゥとグスタフが闘いの様子を見ながら話をしている。


「あの大男をあっさり沈めちまったぞ……お前もあんな風にやられたの?」

「ああ、美しい!美しい!」


 ルードゥがグスタフに問うが、彼は答えずフリーレに恍惚の視線を送り続けている。彼はテュールよりもさらに大柄な体躯だが、彼の眼は恋する乙女のように輝いていた。


「それに達人が本気で殺すつもりで射った矢を躱すとか、どんな神経してんだよアイツ……」

「おかしらを甘く見ない方がいいぜ。感覚が異常なほど鋭敏だ。殺気や敵意なんて居場所を教えているようなもんさ」


 ルードゥのつぶやきにディルクが答える。


「それで、いよいよ騎士団長サマと我らが隊長サマが一騎打ちになるわけだが、どっちが勝つんだろーな」

「まあ、百パーお頭が勝つな」


 ディルクが迷わず即答する。


「あのトールって団長も相当腕が立つだろうよ。俺も伊達に死線をくぐってきていないから分かる。だがお頭はこんなもんじゃねえ。それがすぐに結果となって現れるさ」



 観覧席の別の箇所では、フレイとフレイヤが闘いの趨勢について話していた。


「お兄様はどちらが勝つと思いますか?」

「始めはトール団長が負けるはずがないと思っていたが、正直よく分からないな。彼は意地を張ってミョルニルを捨ててしまったし、一方フリーレは神器無しであっさりテュールを沈め、バルドルの矢も躱した」

「正直私はもう彼女の入団を認めてよいと思います。彼女の強さ、人となりは何となく分かりましたし、それにこれだけの実力を騎士団で活かさず遊ばせておくのは惜しいです」

「ハハハ、僕も同意見だよ、フレイヤ」


(テュールめ、勝手に割り込んでおきながら、神器有りであっさり負けるなど……それにバルドルもバルドルです。いたずらに狙撃し難なく躱され、その上加入を認める発言をするとは。トールも神器無しですし、これでは彼女の加入がほぼ決まったようなものではないですか)


 仲睦まじく話すフレイとフレイヤ、その横でヘイムダルは苛立ちの表情を浮かべていた。



 やがて、アリーナ上で睨み合うフリーレとトールが動き出した。


 トールが一気に距離を詰めフリーレを殴り倒そうとするが、彼女は軽々とこれを躱す。続けて何発も拳を打ち込もうとするが、そのすべてが彼女に触れることなく虚しく空を切る。

 攻撃は同時に多少の隙を生む、フリーレはトールの隙を見つけると強烈な蹴りを喰らわせた。彼はたまらずよろける。


 彼らは時に距離を取り、時に距離を詰め、同じように殴り合いを始める。しかしトールの攻撃はフリーレにほとんど当たらない。何回か当たることもあったのだが、それも防がれてダメージに至っていない。代わりにフリーレの攻撃は的確に隙を突いてくる為、彼はみるみる消耗していった。


「ハア、ハア……」

「なかなかやるな、流石は騎士団長殿だ」

「てめえ、嫌味にしか聞こえねえぞ……」


 消耗したトール、片や余裕しゃくしゃくのフリーレ。

 ルードゥはフリーレと交戦経験こそないが、ようやく彼女の戦闘センス、身体能力がいかに化け物じみているが分かってきた。


「すげえ……トールの方はゼエゼエしてんのに、フリーレの方はまったく息一つ切らしてねーぞ」

「勝負あったな。正直言ってお頭、まだ全然本気出しちゃいねーぜ」


 トールはこのままでは敗北することを悟ると、観覧席の方を見る。


「ヘイムダル、ギャラルホルンだ!俺に”闘いの行進曲マーチ”をかけろ!」


 トールはポケットから細い腕輪を取りだすとそれを装着する。


 ヘイムダルはやれやれと言った面持ちで立ち上がると、提げていた管楽器のようなものを構える。神器ギャラルホルンであった。


「トール、そもそも素直にミョルニルを使えばよいではないですか」


「るっせーな……!アイツだってグングニールを使ってねーんだ、俺が使うわけにはいかねーんだよ!ミョルニル有りの俺が強さ十倍なら、ギャラルホルンの強化はせいぜい二倍くらいだ」


「これで負けたら、いよいよ加入を認めないなんて話は通らなくなりますよ」


「どうかな、ぶっちゃけ俺はもう認めちまっていいと思ってる。もはや加入どうこうじゃなく、純粋に楽しみたいんだよ、この勝負をよ。しかしこいつはまじで強えぇ。ちょっとばかり支援がないと、もう負けちまう」


「……はあ、分かりましたよ」


 ヘイムダルは嘆息するとギャラルホルンを口に当て吹き鳴らし始める。思わず息を飲むような指使い、意識を高揚させるような高らかな旋律が響き渡る。


 しばらく奏でているとトールの気迫が明らかに強くなっていった。筋肉をピクピクさせて、活力のみなぎりをアピールしている。ギャラルホルンを吹く直前にトールが装着した腕輪はヘイムダルの支援の対象になる為のものである。その為トール以外にはこの活力上昇の効果は発揮されていない。


 トールは先ほどまでより、明らかに機敏になった動きでフリーレに襲い掛かる。彼の拳が何発もフリーレに向けられる。流石のフリーレもいくつか掠り、流血する。


「ほう、面白いな……!身体能力を向上させる神器、そんなものがあるのか」


「どっせええええええええい!」


 フリーレが体勢を整える前にトールが急接近、ついに彼の渾身の拳が彼女に突き刺さる。両腕を交差させて防御したため致命傷にはならなかったが、フリーレは大きく後方へと吹き飛んだ。


 ――誰もが眼を疑った。


 フリーレは後方へ吹き飛ばされながらも空中で体勢を整え、まるで宙返りのように床に着地した。そして両腕を床に付けたかと思うと、急に獰猛な唸り声を上げながら四足歩行でトールに向かって駆け出して行った。


 突然の豹変、動きの明らかな変化……トールは対応しきれず、フリーレの低い位置からの攻撃に晒される。


「おお!お頭が四足歩行に”戻った”ぞ」

「じゃあ、半分くらいは本気出したってことだな」


 フリーレの取り巻き、アベルとディルクが言葉を交わす。


「なんじゃありゃ……いきなりグルルとか鳴き始めたし、四足歩行だし、犬か何かか?」

「……美しい」


 驚愕するルードゥ、そしてそれでもなお変わらないグスタフの瞳に彼は二度驚愕した。


「ありゃ一体どういうことだよ」

「どうもこうもあるか、アレがお頭よ。物心ついた時からずっと荒野で生きてきたんだ。アレがお頭本来の闘い方よ。お頭はグングニールを使わずに戦うことを選んだが、それは決して相手を舐めているからじゃねえ。四つ足の方が遥かにお頭は戦いやすいのさ。敵が硬かったり馬鹿デカかったりする場合はグングニールを使った方がいいだろうが、そうでもない場合はむしろ使う方がハンデなんだよ。神器無しでの戦いがハンデになってんのは、あちらの団長さんだけさ」


 ディルクの解説を聞いている内に彼らの攻防が進む。しかしヘイムダルの支援がありながら、戦況はフリーレがトールを圧倒していた。獣の如き獰猛さと機敏さで、人間とは打って変わって低い位置から連発される拳、蹴り、体当たり……トールはみるみるうちに追い詰められていった。



(何ですか、あの動きは。強いことはいいかげん認めます。認めますが、とてもとても騎士の闘いには程遠い……まるで品性がありません)

 ヘイムダルは、アレが騎士団に入るのかと頭を抱えている。


「面白いね、彼女。どんな人生を歩めばあんな闘い方ができるようになるんだろう」

「そうですね、今度彼女の半生でも聞かせてもらいましょうか」

 フレイとフレイヤは呆れというよりは、純粋に興味を持ってフリーレの闘いぶりを眺めている。傍らでバルドルもワクワクとした視線を送っていた。


「そういえばよぉ、半分本気って言ってたな、さっき。本当に本気だとどーなるんだ?」

 ルードゥがディルクに尋ねる。


「正直、本気のお頭なんて見たことねーからよ、あくまで推測になるが、お頭は頭がいい。おそらく人間の闘い方と獣の闘い方、それを合わせた感じになるんじゃないかと思ってる」

「なんだそりゃ」

「二足歩行には二足歩行なりに利点があるんだよ。物を投げることは両腕が自由じゃなきゃできないし、殴ったり蹴ったりもどちらかといえば二足歩行の方がやりやすい。四足歩行の方が敵の隙に入り込んだり体当たりのような全身を使う攻撃には向いているが、だからといって二足歩行の利点を完全に捨て去るのも勿体ない。お頭はどっちの闘い方もできるんだから、本気だったら使い分けだすんじゃないかと俺は思ってる。ルードゥ、今のお頭だが、頭を使って闘っているように見えるか?」

「いや見えねえな、なんつーか、本能に任せて動いているようにしか見えん」

「そうなんだよ、今のお頭は別に頭を使って闘ってねえ。四足歩行に切り替えたのもそれに深い意味があるわけじゃねえ。相手はそれなりに強いからとりあえず戦いやすい四足歩行に切り替えておくかみたいな、その程度のもんだ。だから半分程度の本気なんだよ」

「その半分程度の本気で、団長サマめっちゃ押されてんぜ。もう勝負着くな、ありゃ」


 フリーレの猛攻に、トールは為す術もなく負傷していた。

 アレで半分程度の本気……ルードゥは初めて戦慄というものを肌で感じた。


 もはや勝敗は決していた。

 トールは既にフラフラで意識も耗弱としている。フリーレは跳び退いて距離を取ったかと思うと、急に勢いづけて一気に詰め寄る。

 トールも薙ぎ払うように拳を振るうがそれを上体を反らして躱すと、フリーレはそのまま床に手を着け、逆立ちから宙返りするかのような要領でトールの顎先を蹴り上げた。


 彼は背中を床に預けるようにして倒れてしまった。既に気を失っている。

 ――闘いはフリーレの圧勝という結果に終わった。




「ひゃっはあ!流石はお頭だぜ!」

「お頭!お頭!」

 ディルクたち九人の取り巻きがはしゃぐ。グスタフもそれに混じって騒ぎ始める。


 一方、観覧席の他の部隊からは困惑や動揺の声が漏れ始める。


「まじかよ……トール団長が負けちまった」

「テュール様も負けてしまったし、いくらなんでも強すぎる」

「しかしあんな闘い方ないだろ、獣同然じゃないか」

「あんな品の無いならず者、やはり騎士団にいれるのはまずいんじゃ……」


 団員たちが口々に不平を言い始める。

 フリーレは遠くからでもその鋭敏な感覚で、何か小言を言われているな程度のことは察した。冷たい瞳で観覧席の方を向く。


「どうした、これでも私が加入するのは不満か?」


 フリーレが問うが、皆視線をそらし誰も何も答えない。


「ふん、腑抜けどもめ。言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?やれやれ、どうやら私は入る団を間違えたようだな。隊長勢も大したことはなく、騎士団長ですらこうして容易に地に伏した。隊員たちは私に眼を合わせられず、不平も口にできない腑抜けばかり。こんな軍では、遅かれ早かれ神聖ミハイルやアレクサンドロスに飲まれ滅亡するのがオチだろう。ツィシェンド王もつくづく頼りない部下ばかりに恵まれたものだ」


 フリーレは言いたい放題口にする。彼女は普段相手を過度に罵倒することなどしない、これは挑発である。ディルクたちはすぐにそれを理解したが、他の団員たちははらわたが煮えくり返る思いでフリーレを睨みつける。


「ほう、なかなかいい眼ができるじゃないか。トールは自分が負けたら加入を認める、文句は言わせないとは言ったが、この際そんなことを気にする必要はない。私を騎士団から追い出したい、そう思う者はかかって来い。力ずくで追い出してみろ。何人がかりでもいいぞ、私は百対一でも勝ったことがあるからな」


「上等だ!おらああ!」

「トール様、テュール様の仇だ!」

「お前ら、やっちまうぞ!」


 団員たちが次から次へと観覧席からアリーナ上に跳び出し、大挙してフリーレに襲いかかる。しかしディルクたち取り巻き九人も跳び出し、フリーレを囲い込むようにして彼らの前に立ちはだかる。


「お前たち、助力を請うた覚えはないぞ」

「へ、こんな面白い状況を指をくわえて見ていろってんですか。冗談きついですぜ、お頭」


 ディルクはそう言うと、迫り来る団員たちに向かって大声で叫ぶ。他の者も彼に続く。


「俺の名はディルク!」

「ドレイク!」

「アベル!」

「ケヴィン!」

「ユルゲン!」

「ラルフ!」

「アルブレヒト!」

「サ、サミー!」

「……ジンナル」


 ディルクは自信満々の笑みで続ける。


「俺たちゃ九人ともお頭の一番の子分を自称する、荒くれの中の荒くれよ!お前ら俺たちをのしてみろ!俺達を倒せねえようじゃ、お頭にゃあ指一本触れられないぜ!」


「上等だ!おりゃあああ!」


 観覧席の方を向きアベルが叫ぶ。


「グスタフ!ルードゥ!何してんだ、てめえらも来い!」


 グスタフはルードゥの腕を引っ張ると、颯爽と観覧席から移動を始める。


「久しぶりの乱闘、ワクワクするなあ……!」

「え、俺もやんの?俺もやんの?ねえ」


 アリーナ上では大乱闘が始まった。


 参戦した団員は明らかに百人以上いたが、ディルクたちは戦い慣れしている荒くれの中の荒くれ、何人も何人も殴り倒してなお余裕そうにしている。グスタフもその巨体を存分に活かし、迫り来る団員を蹴散らしていく。ルードゥは既に殴り飛ばされ、気を失っていた。

 ディルクたちの防衛線を掻い潜り、何人かはフリーレの元へと到達したが、結局彼女にロクに攻撃を当てられぬままに沈められた。



(ああ、誇り高き騎士団が……なんという醜態か……)

 ヘイムダルは片手で顔を覆っている。


(そもそも俺が王命として彼らの加入を決定したはずだが、何故こんなことになっているのだ……?)

 ツィシェンドは今更ながらこの状況をどう処遇したものかと悩んでいる。


「すごい状況だね、フレイヤ」

「そうですね。ですが、皆さん少し楽しそうではありませんか?」

「フレイヤもそう思うかい?まあ騎士団……それも戦闘部隊なのだから、なんだかんだ皆血気盛んなのさ。フリーレとトールの闘いを見て闘争心に火が付いた、きっとそれが彼らの主たる感情だろうね。それをならず者を認めたくないという意識の高ぶりと誤認しているのかもしれない。本当に毛嫌いしている者もいるだろうが、きっと多くは闘いたくなったから跳び出していったんじゃないかな」

「なるほど、ではフリーレさんの先ほどのわざとらしい挑発はその背中を押す為のものだったのですね」

 騒がしい喧噪の中で、フレイとフレイヤの兄妹は穏やかに言葉を交わしている。


 やがて、闘技場内が静かになり始めた。

 折り重なって倒れている団員たち。力尽きてついに倒れ伏したディルクたち。そしてグスタフ。


 アリーナ上で最後まで立っていたのは、フリーレただ一人だけであった。

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