第33話 世界情勢について

 即位式の翌日、フリーレたち国防軍事局エインヘリヤルはヴァルハラ城の地下闘技場に集められた。城の地下は地下通路を通して宝物庫、牢獄など様々な設備へと通じているが、最も多くの面積を占めているのがこの地下闘技場であった。


 広大なアリーナとそれを取り囲むように段状に配置された観覧席。

 この地下闘技場は元来軍事訓練の際に利用されてきたものであったが、その広さから観覧席も取り付けられ、大規模な会議場として利用されてきた歴史もある。


 ラグナレーク王国騎士団はエインヘリヤルの六部隊で約三千人規模。収容人数五千人を超えるこの地下闘技場なら全員集結させられるし、地下であり人目を忍ぶことができる点も会合の場として優れていた(ちなみに治安維持局ヴァルキュリア近衛内政局グリンカムビを含めると現在のラグナレーク王国騎士団は総勢一万人を超える。これでもフェグリナ・ラグナルの圧政により、全盛期よりも大分少ない勢力になってしまっていた)。


 また、この場所は正義の神マグナ・カルタと”智謀のルードゥ”が戦った場所でもあった。あの時はアリーナと観覧席とが壁で隔てられており空でも飛べなければ脱出不可能の構造にされていたが、現在は元の形に戻されており観覧席側の各所に在る出入り口から地上に出ることができる。


 エインヘリヤル一同がここに集められた理由は、国王ツィシェンド・ラグナルから緊急のお達しがある為であった。




 アリーナ上にツィシェンド、そして彼の前にはフリーレを含むエインヘリヤルの七隊長が整列している。隊長格以外は観覧席の方に、部隊毎にエリアを分けて座っていた。フリーレが率いる第七部隊のエリアには彼女の取り巻きのならず者たち、そして二人の男の姿があった。


 一人は茶色のくせ毛を伸ばした中肉中背の男で、気だるげな顔でアリーナの方を眺めている。もう一人は身長三メートルはありそうなスキンヘッドの巨漢で、腕を組んでフリーレの姿を恍惚とした眼で見つめている。


 それはかつてフェグリナ・ラグナルの腹心としてマグナ達一行に立ちはだかった存在、”智謀のルードゥ”と”暴虐のグスタフ”であった。


 第七部隊は他の部隊が総勢五百人近くはいるのに対して、フリーレと取り巻き九人というあまりにも少数精鋭であった(要は荒野でならず者として生きてきた頃とメンツが変わらない)。

 無論これから騎士団員の募集をかけ補充していく手筈であるとツィシェンドからは聞かされている。


 当座の補充要員として取り立てられることとなったのが、フェグリナの圧政が始まってから彼女に媚びへつらうことで騎士団内で地位を上げていった者達……すなわちフェグリナ親衛隊と呼ばれていた連中だ。


 親衛隊の幹部は五人いたが、”急襲のガルダン”と”狡猾のロキ”は現在骨折で療養中であり、”隠密のヴィゴー”にいたってはスラ・アクィナスによって始末され亡き者となっていた。現在即座に加入が可能であったのが、ルードゥとグスタフの二人だったのだ。


 二人は他の騎士団員ともフリーレの取り巻きとも親密な間柄ではないので、どこか所在無げな居づらそうな空気を醸し出していた。 フェグリナ親衛隊はロキ以外は圧政が始まって以降に騎士団に加入した者たちであり、なおかつずっとフェグリナの近くで仕事をしてきた。その為トールたち昔ながらの騎士団員とは面識がないのだ。


 しかしずっとバツの悪い表情を浮かべていたのはルードゥの方だけであった。

 グスタフはフリーレをぽーっとした瞳で見つめている。


「お前……マジであれにホの字なの?」

「悪いか」

「確かに見た目はまあ悪くねーとは思うぜ、俺はよ、うん。でももっと可愛い女は他にいくらでもいるし、中身は化け物並みにツエーんだろ?アイツ」

「いや、いくらでもはおらん……!あんな強さと美しさを兼ね備えた人、俺は他に知らん!」


 ルードゥは理解できないといった顔で、恍惚としたグスタフを見ている。


「まあ俺はお前たちの闘いを実際に見たわけじゃないが、お前をものの数秒でノシちまったってんだからよっぽどツエーんだろーよ。中身ゴリラの女にぶちのめされて、それで惚れちまうって神経が俺にゃーよく分かんねーがな」


「ガッハッハッ!そこのでかい兄ちゃんは分かってるじゃねぇか」


 近くの席に座っていたグスタフほどではないが大柄な男が話しかけてきた。フリーレの取り巻きの一人で、連中のまとめ役のディルクである。


「その通りさ!おかしらは強さと美しさを兼ね備えたお人だ!これから同じ部隊として働いていけば、それがより分かっていくだろうよ」

「あんな可愛げの欠片もねー女、無理にきまってんだろ」

「アアッ!?そんなことねーよ。お頭はアレで結構可愛いところもあるもんだぜ」

「ケッ!そーかねー」


 熱く語るディルクと頷くグスタフを、ルードゥは冷たく一蹴した。



 ◇



 やがて、国王ツィシェンドがその場にいるエインヘリヤル全員に対して話を始める。周囲はこれだけの大人数にも関わらず、王の言葉を聞くため静寂に包まれた。


 話の内容は、前日の即位式後に執り行われた神聖ミハイル帝国及びポルッカ公国との戦後処理会談の結果についてである。


「残念なお知らせだが、神聖ミハイル帝国の南西部にあたるビフレスト荒原……我々ラグナレーク王国やポルッカ公国との国境隣接地域であり、此度こたびいくさの主戦場にもなった場所だが、これが我々ラグナレーク王国に帰属することとなった」


 国王の言葉に一同は眼を丸くする。


「ビフレストが帰属……?つまり我々の領土が増えるってことですかい、国王陛下」

 トールが驚いた声音で尋ねる。


「そうだ、あの地域は此度の戦で荒れに荒れてしまった。元々あの地域は神聖ミハイル帝国領としては歴史が浅い。あまり巨額をかけて復興するつもりもないらしく、いっそくれてやるからラグナレークの方で立て直せというわけだ」


 戦後処理の意外な結末、土地の喪失どころかむしろ獲得という結果に一同は戸惑っていた。ツィシェンドは話を続ける。


「まあもっともこれは表向きの話だ、やつらの本意は別のところにあるだろう」

「といいますと?」

 ヘイムダルが考え込みながら言う。


「……神聖ミハイル帝国はおそらく、我々ラグナレーク王国をアレクサンドロス大帝国と戦わせようとしているのだ」




 ここで話は、このユクイラト大陸の情勢に移る。


 大陸の北方は強大な国家である神聖ミハイル帝国が支配しており、東方は同じく大国である桃華とうか帝国が支配している。どちらも周辺の小国や部族を併呑へいどんしつつ大きくなっていった国である。西方はブリスタル王国、ラグナレーク王国、フランチャイカ王国、ポルッカ公国といった国々が乱立しており、大国と呼べるほどの国は存在しない。


 大陸の南方も小国が乱立している状態だったのだが、五年前に突如ポルッカ公国から南東に位置する小国マッカドニアが侵略戦争を開始した。マッカドニアは東の方角へ侵略を突き進め、ザイーブ、ツァルトゥール、ヴェーダを瞬く間に支配下に収めてしまった。そして三年前にアレクサンドロス大帝国と国号を改めたのだ。

 ”東進”と呼ばれるこの一連の侵略活動は、隣接国家が神聖ミハイル帝国・桃華帝国のみになると一度侵略の手を止める。アレクサンドロス大帝国は今のところ大国とやり合うつもりはないようであった。


 やがてアレクサンドロス大帝国は、今度はマッカドニアから西の方角へと侵略戦争を開始した。フランチャイカとポルッカの南方に位置する小国乱立地域――ヴェネストリア連邦と呼ばれるそれがアレクサンドロス大帝国の魔の手に堕ちたのがつい昨年のこと。


 現在アレクサンドロス大帝国は西側から順に、ヴェネストリア州、マッカドニア州、ザイーブ州、ツァルトゥール州、ヴェーダ州の五つの州から成っており、ユクイラト大陸の南方全域を支配下に置いた名実共に世界一の版図を持つ大帝国と化したのである。


 アレクサンドロス大帝国は一度”東進”を止め、現在は”西進”を行っている。

 ヴェネストリア連邦の次はどこが狙われるのか……それが各国の関心事であった。


 ユクイラト大陸西方でアレクサンドロス大帝国と国境が接しているのは、フランチャイカ王国(ヴェネストリア州と隣接)、ポルッカ公国(ヴェネストリア州、マッカドニア州と隣接)、そして神聖ミハイル帝国の南西端ビフレスト(マッカドニア州と隣接)である。

 ちなみに神聖ミハイル帝国は、ビフレスト以外にもそもそも南部全域がツァルトゥール州と隣接している。しかしその間には非常に険しい山脈が存在しており、空でも飛ばない限り行き来が難しいという事情がある。

 さらなる補足情報として、マッカドニア州とツァルトゥール州の間に位置するザイーブ州は大陸の最南端にあたる半島状の土地であり、そもそもどこの国とも隣接していない(その為、現在の帝都はこの州に在る)。そしてツァルトゥール州より東のヴェーダ州まで来ると、主たる隣接国家は桃華帝国となる。


 ――話をまとめると、アレクサンドロス大帝国がもし神聖ミハイル帝国に攻め入る場合、もっとも狙いやすいであろう地域がビフレストであったのだ。




「なるほど……要はとかげのしっぽ切り、そして漁夫の利を狙っているのか」

 バルドルが冷静に分析を口にする。


「どういうことだ?」

 尋ねるテュール。


「ビフレストを手放せば、神聖ミハイル帝国がアレクサンドロス大帝国と国境を隣接する地域は間に険しい山脈があるツァルトゥール州だけになる。そこから大国である神聖ミハイル帝国に攻め入るのはいくらアレクサンドロスといえども厳しい。事実上神聖ミハイル帝国が攻め入られる心配がなくなるわけだ。世界情勢は、”西進”を始めたアレクサンドロス大帝国がヴェネストリア連邦の次にどこを狙うのか、それが関心事だ。フランチャイカ、ポルッカ、ビフレスト……現状ビフレストを手放すのは神聖ミハイル側からしたら利点の方が大きいわけだ」


「連中は俺たちにビフレストを押し付け、アレクサンドロスに攻め入られるのを回避しようって魂胆か」

 息まくテュール。


「それだけではありません。ビフレストがラグナレーク王国の領土となる……それはすなわちラグナレーク王国がアレクサンドロス大帝国と国境が隣接するようになることを意味します」

 バルドルの説明にヘイムダルが補足する。


「アレクサンドロスの視点に立ってみましょう。次に攻め入るべきはフランチャイカか、ポルッカか、我らラグナレークか……その三択となった場合、まず間違いなく狙われるのはラグナレーク王国でしょう」


「我が国は長年の圧政と戦争で既に疲弊しきっているのだからな……当然といえば当然か」

 フレイがこぼす。


「神聖ミハイル側からすれば我々ラグナレークとアレクサンドロスが戦争になるのはとても都合がいいのだろう。アレクサンドロスが弱体化すれば奴らにとっても都合がいいし、ラグナレークがさらに疲弊してくれても都合がいい。元々此度の戦争以前にも、神聖ミハイルはラグナレーク側の土地を狙い戦争をしてきた歴史がある。アレクサンドロスを弱体化させた上で、再起不能なほどに疲弊しきったラグナレークを飲み込むつもりでいるのだろう」


「なるほど、だから今回のビフレスト放棄はとかげのしっぽ切りであり、漁夫の利なのですね。一時的にでもビフレストを手放すメリットが十分にあるわけです」

 フレイの説明にフレイヤが相槌を打つ。


「奴らは我々にビフレストを立て直させた上で、ひいてはラグナレーク全域の支配を目論んでいる。アレクサンドロス大帝国の弱体化という手土産を作らせた上でな……」

 ツィシェンドは悩ましげな表情で呟く。


「国王陛下、それをみすみす飲んじまったんですかい」

 トールが尋ねる。


「もちろん、なんとかビフレストを掴まされないように努力はした。だが此度の戦争はほとんどこちら側に落ち度がある。結局押し切ることも難しく、我々はビフレストという新たな土地を手に入れることになってしまったのだ」



 隊長たちは話している内に、何故エインヘリヤルが急遽集められたのか、それを察し始めた。


「気付いたようだな、お前たち。我々は一刻も早くビフレスト方面の軍備を固めねばならない」

 ツィシェンドは決意を固めた口調で語る。


「現状、我々ラグナレークとアレクサンドロスの間には友好条約の類がない。というか数年前に突如として出来た帝国だ、国家として認めていない国がほとんどだろう。望みは薄いかもしれないが、なんとかアレクサンドロス大帝国とは友好関係を結び、戦争を回避する方向で進めたいと思う。近日中にはかの国に使者を送る予定だ。しかし当然、アレクサンドロス大帝国が攻めて来る可能性も考慮しなくてはいけない」


「だから俺達エインヘリヤルが一同に集められたのですね」


「ラグナレーク本国の守護はヴァルキュリアとグリンカムビに任せて、お前たちエインヘリヤルはすぐにビフレストへと向かって準備を進めてほしい。正義の神も、この国の守護の為に眷属を置いていってくれると聞いている。本国の守りは気にせずにビフレストへと向かってくれ。現地での詳しい段取りは追って伝える。幸か不幸か、俺はヨーツンヘイムの魔人研究施設に送られたことで翼を生やし空を飛べるようになったからな、駆け付けるのにそう時間はかかるまい……ラグナレークの行く末はお前たち七部隊の働きにかかっている、どうか頼んだぞ」


「一つよろしいでしょうか」


 部隊を鼓舞するような口調で語るツィシェンドに、ヘイムダルがどこか冷淡な響きの声で横槍を入れる。


「どうした?ヘイムダル」


「……七部隊?おかしいですね、圧政と戦争により我々エインヘリヤルは六部隊になっていたはず」

 白々しい口調で話す。


「何を言っている?七部隊になると説明したはずだぞ」


「……陛下は本当に、気品の欠片もないアレを団員とみなすおつもりですか?」


 ヘイムダルはフリーレに、ジロリと冷たくまとわりつくような視線を送った。

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