第32話 即位式

 ――フリーレが騎士団長トールと遭遇したのと同じ頃。


「ハア、ハア……」


「あー、だめだめ、全然狙えてない。そんなんじゃ当たんないよー」


 王都アースガルズ居住エリア、中心部付近にある武道場の広場。

 斜陽の光で空が茜色に染められた黄昏時。


 ラヴィア・クローヴィアは細長いこんを両手で構え、波海蘭ポーハイランに相対峙していた。ハイランもまた片手に棍を持ち、あまり緊張感の無い立ち方でラヴィアに向き合っている。二人とも胴と両腕には防具を身に着けている。


 ラヴィアは棍を振るう。

 三日前に初めて触れた時はまともに振るうことすらできていなかったが、今は振るうだけならできるようにはなった。しかし、その素人丸出しの攻撃はことごとくハイランにいなされてしまう。


 ラヴィアが棍を振るうようになったのは、いつまで経っても一撃を入れられずにいる彼女にハイランが得物えものを使うことをすすめたからであった。低身長で手脚も長くないラヴィアは、どうしても攻撃のリーチが短い。隙を見つけても踏み込むのが難しいのだ。槍と同等に長さのある棍の扱いに慣れれば、そのリーチの短さを補えるだろう。


 しかし今のラヴィアはまだそれを振るうことで精一杯だった。おまけにそこそこ重量のある得物を振り回しているのだから、体力の消耗は格段に早くなった。

 元貴族令嬢の箱入り娘で勉強ばかりさせられてきたラヴィアはもともと体力がある方ではない。何だか棍を振るうようになってから、修行中に倒れる回数が増えたように思う。腕もパンパンだ。初日に比べてハイランに蹴りを入れられる回数は減ったものの、今度はすさまじい疲労から吐き気を催し始める。


「……ウッ!」


 ふらつき、片膝を付く。すかさずハイランは棍を持ったまま急接近、彼女の胴に強烈な蹴りを喰らわせた。


「うぎゃっ」


「まだまだねー、まあ受け身の取り方とか、得物の扱い方とか、初日に比べたら少しはマシになったんじゃない?」


 ラヴィアは地面にうずくまる。

 ハイランは片手で軽々と棍を振り回し、彼女を見下ろす。


「ハア、ハア……まだです、まだやれます!」


 棍を杖代わりに立ち上がる。もはや身も心もボロボロであった。ハイランは宣言通りにラヴィアが闘いの素人だろうが一切の手加減無く修行を付けてきた。ラヴィアはもはや体力も気力も底を尽き、執念だけで立ち上がっていた。


「まあ日も暮れてきたし、そろそろ終わりにしよっか。明日はアレがあるからね」

「アレって……何でしたっけ」

「分からない?」


 ハイランが武道場の建屋の方へときびすを返しながら、背後のラヴィアに言う。


「明日はツィシェンド王子様の即位式でしょ?」



 ◇



 明くる日、王都アースガルズでは予定通りにツィシェンドの即位式が挙行された。アースガルズ市内では大通り沿いに多数の住民が立ち並んでいる。


 やがて遠くから楽器の楽し気な音色が聞こえてくる。太鼓を打ち鳴らす音、金管楽器を吹き鳴らす音、規則正しく響く行進の足音。それらが住民にパレードの始まりを知らせると、まもなく南北大通りの北側(つまりヴァルハラ城に近い側)に鼓笛隊の姿が見えてきた。ヴァルハラ城で準備をした彼らはアースガルズ市内に近づいたら列を成し、演奏を始めて市内へ進んでゆくのだった。


 鼓笛隊が大通りを進んだ後、やがて馬に乗った騎兵たちが姿を現す。そしてしばらく待っていると騎兵たちに前後を挟まれるようにして、馬に引かれた巨大な開放型の馬車がやって来る。かつてフェグリナの行幸において使用されていたのと同じものだ(というか、フェグリナの行幸自体が即位式のやり方に倣って行われていたものである)。


 馬車の上には少し緑がかった白色の髪の男、ツィシェンド・ラグナルがいる。


 先王フェルナードの長男――すなわちラグナレーク王国の王子にして、今日この日ラグナル十四世としてこの国を背負って立つ男である。


「キャー!ツィシェンド様ー!」

「ツィシェンド様!これから頑張ってくれよ!」

「この国が良くなること、期待してますよ!」

「生きていてくださったんですね!」

「私、応援してます!」


 ツィシェンドは声援を送るアースガルズ市民たちに手を振りながら、周囲を見回している。美しいがどこかすさんだ街並み、傷つき苦しみながらも毎日を懸命に生きる人々……彼はこの国を何としてでも立て直してゆこうと、改めてその決意を固めるのだった。


(む、あそこにマグナの姿も見えるな。隣に居るのはラヴィアだろうか、何だか生気の無い眼をしているように見えるが……)


 手を振るマグナ。その隣で虚ろ気な目をしているラヴィアに、ツィシェンドは軽く手を振り返した。



 ツィシェンドの乗った馬車が往き過ぎると、やがて隊列を組んだ兵士が大通りにやって来る。ラグナレーク王国騎士団の戦闘部隊、国防軍事局エインヘリヤルである。

 同じ騎士団でも治安維持局ヴァルキュリアは王都アースガルズの警備や誘導、近衛内政局グリンカムビは引き続きヴァルハラ城の警備がある為、この即位式に参列するのは国防軍事局エインヘリヤルだけである。


 現在エインヘリヤルは長年の戦禍で部隊数も激減しており、なんと六部隊しか残っていなかった。これだけの戦力に削がれながらも、彼らは神聖ミハイル帝国やポルッカ公国との戦いをずっと強いられてきた。フェグリナによる錯覚のせいで、世論は戦争継続についての反対意見など出ず、彼ら自身もまた戦地から国に引き揚げてきたところで錯覚の能力にあてられるとたちまち戦争に対して前向きな気持ちになってしまい、気付けば自らの意思で戦地に戻ってしまっていたのだ(フェグリナの錯覚の能力は”希望的観測を極大化”させる。マグナが討伐するまで、彼らはフェグリナが偽者にすり替わっていることは知る由も無いので、忠義は完全に消えてはいなかったのだ)。


 六部隊の隊長たちはみな馬に騎乗しており、周囲を歩兵によって囲まれている。隊長たちの姿が見えてくると、民衆の歓喜の声もツィシェンドに対してのみならず、隊長たちにも向けられ始める。


「トール様だ!第一部隊長にして騎士団長!」

「相変わらず鍛え抜かれた肉体、ほれぼれするねえ」

「トール様が戦死しなくて本当に良かった……」

「トール様!こっち見てー!」

「神器ミョルニルで敵を粉砕するその戦いぶり、一度でいいから見てみたいなあ」


 頭にバンダナを巻き、大槌を背負った肉体美を誇る男――トールはまんざらでもなさそうな笑みを浮かべ民衆に目線を向ける。


「第二部隊長のヘイムダル様が来たわ!」

「あれが神器ギャラルホルンかー、見た目は変わった色の金管楽器って感じだな」

「あんまり騎士っぽくない格好だけど、むしろそれがいいわ!」


 丈の長い黒帽子と裾の長い黒衣に身を包み、片眼鏡モノクルを掛けたグレイの長髪の男――ヘイムダルが声のする方を一瞥する。


「おお、あの御方は……第三部隊長のバルドル様!」

「クールで素敵!」

「神器ミストルティンってのはどんなモンなんだろうな、今は見えないようだが」


 ハニー色の短髪でよく言えばクール、悪く言えばあまり愛想が感じられない男――バルドルはとくに民衆に反応することなく進む。


「トール様も男らしいが、やはりテュール様も逞しいな!」

「あの図体……敵はその姿が見えただけで逃げ出していくと言うぜ!」

「体に巻き付けられている鎖みたいなやつ、あれが神器グレイプニルかい?」


 特注の甲冑と兜を身に着けた大柄な男――テュールは馬上から腕を曲げてポージングを決めてみせる。


「トール様やテュール様は男らしくて素敵って感じだけど、バルドル様やフレイ様は正統派イケメンって感じよね!」

「私はフレイ様派かなー、優しくて思いやりがありそう!」

「フレイ様!フレイ様こっち見て!キャーー!」

「神器レーヴァテインは前王に取り上げられたと聞くが……」


 マントとシルバーブロンドの長髪を靡かせ、爽やかな笑顔を浮かべる男――フレイが民衆に向かってウィンクする。


「フレイヤ様がいらっしゃられたぞ!ラグナレーク騎士団隊長格の紅一点!」

「今日もお美しい……」

「強くて、お優しくて、そして絶世の美女!最高かよ!」

「あの首飾りが神器ブリーシンガメンか、豪奢な装飾がフレイヤ様のお美しさを引き立てている」


 撫子色の少しウェーブがかった長髪の上から羽飾りの付いた兜をかぶり、少し露出度のある甲冑を身に着けた女――フレイヤが民衆に微笑みを浮かべた表情を向ける。



 最後に民衆たちにとっては見覚えのない姿が現れた。


 金色のショートカットの髪を風に靡かせ、袖の短いトップス、ショートパンツのボトムスに身を包み、巨大な槍を背負ったおっかない雰囲気を纏った女。周囲には同じく荒々しい雰囲気をした九人の男たちがいる。


 フリーレとその取り巻き連中であった。彼女は馬に騎乗しており(ちなみに荒野で商隊の馬を奪って乗り回すこともあった為、彼女を含む全員に乗馬の経験がある)、取り巻き連中は彼女の周囲を取り囲むような位置取りで歩いている。


「なんだ、あの女?見たことないぞ」

「新しく騎士団に加入する奴らか?」

「しかもあの女、馬に騎乗してフレイヤ様の後に出てこられた……隊長格のような扱いを受けているように見えるが」

「新入りがいきなり隊長格なんてことあるのか?」

「周りにいる連中も何だかカタギじゃなさそうな雰囲気があるわね」


 民衆からはどよめきの声が聞こえる。しかしフリーレたちはとくにそれを意に介さず進んでいく。


 分かっていたことだ、ならず者の自分たちがいきなり歓迎されるわけがないと。それに奇異の目で見られ疎まれることにも慣れていた。信頼などこれから培っていけばいい、彼女はそう考えた。


 ◇


 やがてパレードの行進が終了すると、ツィシェンド王子、六隊長と随伴兵、フリーレと取り巻き連中、その他関係者一同は居住エリアの中央運動広場に移動した。


 休憩時間を挟み、午後になったら新国王の演説が始まる。


 お立ち台の上にはツィシェンドが覚悟を湛えた凛々しい表情で立っている。左右にエインヘリヤルの六隊長、文官たち、そしてフリーレ一行が控えている。周辺はヴァルキュリアの警備兵が配備されており、民衆は少し離れたところから新しい国王の演説が始まるのを待っている。


「ラグナレークの民たちよ、今日という日を無事迎えられたことを嬉しく思う。私はツィシェンド・ラグナル……第十二代国王フェルナード・ラグナルの嫡子にして、第十三代国王フェグリナ・ラグナルの実弟である。私はここにラグナレーク王国第十四代国王……ラグナル十四世として即位することを宣言する」


 文官たちがそれぞれ王冠と装飾の付いたマントを持って新しい王に近づく。彼が身を屈めると、文官たちはマントを羽織らせ王冠を頭にかぶせる。民衆からは歓声が沸き起こる。


「これからは新しいラグナレークが始まる。十年もの間この国は苦しめられてきた。姉、フェグリナに扮した何者かが王位を簒奪し、さらに神の能力で民衆の意識をも掌握した。其方たちは長らく苦しめられてきた。自由の弾圧、重税、戦禍……この国はいまだ傷つき疲弊している。私はこの国を一刻も早く立ち直らせ、輝かしい未来を作ってゆくつもりだ。何者も不当に傷つけられ、苦しむことの無い国にしたい。この国を圧政から解放した正義の神の加護も我が国にある。より良き未来を作る為にもどうか私に力を貸してほしい」


 新しい王を歓迎する民衆の声が響く。

 錯覚の解けた彼らには、もはやあの十年間の治世は負の産物でしかなかった。誰もが貧困からの脱却を、自由の抑圧からの解放を、平和な時代の到来を希求していた。



 国王の演説が終わると次に各国の来賓の方々が壇上に立ち、ラグナレーク王国とより良い関係を築いてゆきたいなど概ね同じような話を始める。交戦状態であった神聖ミハイル帝国、ポルッカ公国のほか、荒野を挟んで隣接しているブリスタル王国にフランチャイカ王国などなど。神聖ミハイル帝国、ポルッカ公国とは即位式終了後に戦後処理の会談も予定されているらしい。


 来賓の演説後には、文官長が話を始める。財務担当の大臣は誰か、外交担当はなどの退屈な人事の話が続く。途中で管楽団による豪華な演奏も織り交ぜられた。


 そして最後にはラグナレーク王国騎士団の入団式へと移った。エインヘリヤルに新たに加わるフリーレ、そして取り巻きの男たちが壇上に立つ。


「私はフリーレ。今までは南西の荒野でならず者として生きてきた者だ。この国との縁はそうだな……私の仲間たちが前王フェグリナに捕縛され、正義の神と共に救出に訪れたことがきっかけだった。私は人間社会をよく知らない、しかしこれからはこの国の為に忠節を尽くして戦うことを誓った。ラグナレーク王国の輝かしい未来に貢献することを約束しよう。私は第七部隊長として務めることとなる。どうかよろしく頼む」


 フリーレは新入りでありながら第七部隊長、すなわちトールたち他の隊長格と初めから同格である。隊員となるのは取り巻きの男たち、その他補充員が募られる予定らしい。


 フリーレが隊長になる……この話はツィシェンドの決定であり、既にフリーレ本人も取り巻き連中も聞かされていたことだった。トールたち他の隊長勢も昨日の段階で予め知らされている。マグナも知っていた、というかフリーレを雑兵として扱わず最初から隊長格にした方が良い旨をツィシェンドに提言したのがそもそもマグナである。


 結果としてこの場でそれを始めて知るのは民衆、そして修行に明け暮れる余り王城に顔を出せずにいたラヴィアくらいであった。


(フリーレさん、いきなり隊長なんてスゴイ。やっぱり強い人は違いますね……)


 ラヴィアは修行を開始してからというもの、あらためてフリーレの身体能力、戦闘能力がいかに化け物じみているかを痛感するようになっていた。


「ならず者が騎士団に……?大丈夫かよ」

「いくら正義の神のお墨付きだからといって」

「しかもいきなり隊長?新入りがいきなり隊長格なんて前例あるか?」

「なんだか怖そう……大丈夫なのあの人?」


 民衆の声にはやはり歓迎でなく、不安や懐疑の色が渦巻いていた。

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