第86話 ビフレスト防衛戦⑦

 南の戦線ではなおも激しい戦いが続いている。


 敵将デカラビアはフリーレが早々に始末してしまったが、迫り来る数万規模の軍勢はまだほとんどカタが着いていない。野砲や弓矢による遠距離攻撃を苛烈に続けるが、敵は散開を始めない。デカラビアの襲撃を受けている間にかなり距離を縮められてしまっていた。多少の犠牲を覚悟してでも、このまま陣形を崩さずに攻め込む算段なのだろう。


「くそ!全然散開しねえじゃねえか。このまま雪崩れ込んでくるつもりか!」

「……だったら、こっちも正面から迎えてやろうじゃねえか」


 ぼやくグスタフの傍らで、ルードゥがほくそ笑んだ。


 フレイ、フレイヤ、フリーレの三隊長が集める場に二人は向かった。そしてルードゥは、自身の考案した策を彼らに伝えた。


「私は良いと思うが、フレイとフレイヤはどうだ?」

「そうだな、あちらが陣形を崩してくれない以上、作戦通りに挟撃や包囲に持ち込んで各個撃破してゆくのは難しい。かと言って、正面からのぶつかり合いではひとたまりもない被害が出るだろう」

「私も兄様と同意見です。もはや四の五の言っていられません。やれることはすべてやらないと」


 隊長たちの声を聞き、ルードゥは意気揚々と踵を返す。


「よし!隊長勢の許可も下りたぞ!お前ら、ちゃっちゃと準備に取り掛かれ!」


 あくまで第七部隊の一隊員にすぎないはずのルードゥが、周囲の兵に向けてまるで指揮官のように叫ぶ。自身の案が通ったことが嬉しかったのだろう。


 兵たちは忙しなく動き、野砲用の火薬を集めだす。フレイヤはブリーシンガメンに手を当てると光のシルエットに身を包み、昨日と同じ黄色を基調とした丈の短いドレス姿に成り変わった。


「ブリーシンガメン、モード:ラント!」


 フレイヤは地面に両手を当てる。すると彼らが位置する断崖全体が、震えるように鳴動した。


「昨日使い切ったので土のマナはあまり溜められていませんでしたが、なんとか地盤を緩ませる程度のことはできました」


「よし、お前たち火薬を運べ、運べ!」

 フレイが周囲の兵士たちに指示する。


 高台の中央辺りに大量の火薬が集まった。陣取っていた第五・第六・第七部隊の兵士たちはみな大急ぎで高台から離れた麓へと差し掛かる道まで避難した。備え置いていた野砲も、寝床用のテントも、炊事用の鍋もそのままであった。敵勢はすぐそこまで迫って来ており、悠長にしている時間など無い。


 一人の弓に卓越した兵士が、他の兵たちより幾ばくか高台に近い場所に立っていて、その位置から矢に火を灯し弓を引いて、集まった火薬に向けて火矢を放った。


 フレイが叫ぶ。


「全員、耳を塞げーー!」


 その瞬間、すさまじい破裂音と共に大爆発が起きると、断崖は盛大な土砂崩れを起こして迫り来る敵軍をたちどころに飲み込んでいった。岩石が荒れ狂う濁流のように彼らを押し潰してゆく。血飛沫が飛び交い、叫び声がこだまする。たちまち阿鼻叫喚の巷となった。



 土砂崩れはご丁寧に真正面から殺到していた軍勢をことごとく飲み込んでしまった。一気に敵の数を減らせたことは間違いない。しかし数万規模の軍勢だ。敵兵はまだまだ後方に控えている。


 高所を取れる断崖と遠距離攻撃手段である野砲を失った以上、ここからはいよいよ白兵戦に切り替わるだろう。みな息を飲み、神経を研ぎ澄ませる。その中でドカドカと豪快に地を蹴る音と共に、何かが兵たちの頭上を跳び越えて前方に躍り出た。


 フリーレだ。


 八脚の巨大馬、スレイプニルに跨っている。兵たちが火薬集めをしている間、彼女は行方を眩ませていたが、スレイプニルを繋いでいた場所まで向かっていたのだった。土砂崩れでは倒しきれないことは分かり切っていたので、その後起きるであろう乱戦に備えて連れて来たのだ。


 彼女はあぶみに足を着け、左手で手綱を引き、右手には神器グングニールを握っている。スレイプニルが荒々しく地面を踏み鳴らして敵陣に突っ込んでいくと、フリーレはグングニールを振り回して敵兵を薙ぎ払ってゆく。


 巨躯を誇る神獣に、それに跨った狂戦士……敵兵は戦意を喪失して続々と逃げ惑い始める。


 フリーレの雄々しい戦いぶりに、彼女の取り巻き勢も火が着いたような気持ちになる。


「ひゃっはあ!さすがお頭だ!」

「俺たちも行くぞ!おめえら、ぐずぐずしてんじゃねえ!」

「第七部隊、全員お頭に続け!一人百体は倒せ!」

 ラルフ、アベル、ディルクが果敢に叫ぶ。


 武器を手にして飛び出す三人を追うように、他の取り巻き勢六人も、そしてグスタフとルードゥ、他の第七部隊メンバーも一気に麓までの道を駆け降りると、迫る敵軍に立ち向かって往く。


「凄いな、フリーレ。正に獅子奮迅の戦いぶりだ。フレイヤ、僕ら第五・第六部隊も向かおう」

「そうですね。ですが土砂崩れに加えてもう一押し、敵の数を減らすとしましょう」


 フレイヤが再びブリーシンガメンに手を当てる。よく見ると四色の宝石部分の内、緑色の部分が光っていた。フレイが不安を滲ませた声で問う。


「風のマナがいつの間にか溜まっているな。なるほど、確かに昨日に比べれば風が出ている……しかしこれ以上力を使って大丈夫なのか?」

「問題ありません。昨日の地割れでかなり消耗はしましたが、もう一度だけ大規模な力を起こせるくらいの余力はあります」

「そうか……頼んだぞ、我が妹よ」


 フレイがそう言うと、フレイヤの姿は再び光のシルエットに包まれた。そして鎧姿から、先ほどと同じようなドレス姿へと変わる。ただし今回は緑を基調としたカラーリングであった。


「ブリーシンガメン、モード:ヴィント!」


 姿を変えたフレイヤは、まだ第七部隊の手が向いていない方の軍勢に狙いを定めると、両腕を高く掲げて円を描くように緩やかに回し始める。


「風よ!逆巻き荒れ狂い、我が敵を吹き飛ばせ!」


 敵兵はみなおののき立ちすくんだ。巨大な竜巻が突如前方に出現したかと思えば、こちらに向かって来るではないか。


「馬鹿な!竜巻きだと!」

「ウワアアアアアアア!」


 紙屑のように敵兵が吹き飛ばされてゆく。第七部隊の奮戦ぶりと巨大竜巻により、敵の残党がさらに激減してゆくのを見て、残りの兵士たちも勇気を奮い立たせ始めた。


 嗚呼、ここまで来れば勝利も目前だろう。

 皆一様に剣や槍を構え始める。


「みんな、もはやこの戦いの勝機は我らにある!勢いを無くすな!攻めろ攻めろ!」

 フレイの掛け声が響いた後、兵士たちは堰を切ったように戦場へと雪崩れ込んでいった。

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