第41話 レボリュシオン
マグナと少女は、マルローと名乗る風体の悪い男に付いて行く。どうやら彼は目的地があって歩いているらしかった。
道すがらマグナが尋ねる。
「ロベール・マルローといったな?俺が正義の神であると何故分かったんだ」
「慣れりゃあ分かんのさ、神の力を持っている奴の気配ぐらいはな。お前さんは俺の持つ神の力の気配を感じねーのか?」
マグナは意識を集中させ神経を研ぎ澄ましてみる。言われてみればこのマルローという男からは通常の人間とは違う異質な気を感じる。これが神の能力を持つ者の気配というわけだ、慣れれば遭遇しただけでも一般人か神の能力者かぐらいは分かるわけだ。
モンローからはまるっきり人間とは異なる気配が感じられた。これは彼女が眷属だからであり、根底から人外だからなのだろう。そして賤民の少女からはとくに変わった気配を感じなかった。これが通常の人間の気配ということだろう。
「なるほど……分かってきたような気がする」
「まあ、そういうこった。神の能力を持ってるかどうかくらいは初対面でも分かるし、それにこの賤民が暮らすセーブル区域でわざわざ賤民を保護するなんて奇特な真似をしていたんだ、噂の正義の神かなって思ったんだよ」
今にして思えば、スラ・アクィナスもあの広いミズガルズの街でしっかりと彼を見つけ出していたが、きっと神の気配を鋭敏に察知していたのだろう。
そして、どうにもラグナレーク王国を救済してから正義の神の名はそれなりに有名なものになってしまっているらしい。
「お前は俺たちに話があるから声を掛けてきたんだろう?どこに案内する気だ」
「着いたら説明してやるよ。おっと、俺たちが神だって分かるような振る舞いは道中慎んでくれよ?この区域には賤民以外の身分のやつらだっているんだからな」
マルローがそう言うと、しばらく一同は黙って歩き続けた。
マルローはセーブル区域といっていたが、それが賤民の暮らすこの区域の名前なのだろうか。
マグナたちは随分と奥まった場所まで来ているようだった。石造りの道が枝分かれしてそこかしこに伸びている。そして至る所に見られる地下への階段と、同じく随所に見られる乱雑に増築された建物。土地が足りず、無理やり上へと下へと住む場所を広げているのだろうか?
やがて、ちょっとした広場となっている場所に出た。地面は石造りでなく、乾いた土が露出している。
何か匂いがすると思えば、配給の食料の匂いが漂っていた。人々が列を成し、パンとスープを受け取っている。配給所を通り過ぎて、さらに奥の建物へと一行は向かっていく。
「よう、戻って来たぜ」
「これはマルロー様、どうぞお入りください。そちらの方々は?」
「後で皆に紹介するさ。警戒しなくていい、この俺が連れて来たんだからな」
「承知しました」
入口で出迎えた男に案内され、建物の中に足を踏み入れる。しばらく廊下を歩くと、突き当りの壁の前で一行は立ち止まる。
案内の男が壁を押す。なんと壁が押手式のドアになっていた。一行はその中に入ると、地下への階段を降りていく。道中、案内の男が話を始める。
「賤民は生活が苦しい者が多いです。皮革処理、死体の清掃、奉公などむしろ賤民にしかつけない職も多く、見ようによってはそれもまた特権と言えるかもしれませんが、いずれもたいした収入は保証されていません。それに平民以上の身分に比べると権利が著しく制限されており、犯罪の被害にあったとしもて基本的に保護されません。働き手を失ったり、働くことができない体になっても国に守られません」
「だから、この区域はこんなにも荒んでしまっているんだな」
「まあその代わりと言っちゃあナンだが、賤民の身分にさえ甘んじれば流れ者でも、余所から来た外国人だろうと居住は許される。知ってるか?賤民には納税義務がねーんだよ。唯一の特権らしい特権さ、まあそもそも払えないような連中ばかりだからな」
「余所から来た……賤民は土着の人間だけではないんだな」
マグナは傍らを歩く黒髪の少女を見る。彼女もきっと余所から来て、賤民に身をやつして生きてきたのだろう。
「まあそこの嬢ちゃんも余所の土地から来て、金も無く保護者も無く、仕方なく賤民として暮らしてきたんだろうよ。賤民には実は二種類いてな、世襲的賤民と非世襲的賤民とに分かれる。世襲的賤民ってのが一族代々ずっと賤民として暮らしてきた連中さ。そういう連中は生まれる子供も勿論賤民として生きることになる。一方、非世襲的賤民は犯罪の刑罰として身分を剥奪された奴らとか、困窮して税を納められず身分を喪失した奴らとか、後は余所から来て市民権を得るだけの金が無い外国人とかだ。こういうタイプの賤民は金さえあれば身分を取り戻せたりもするんだが、たいていは金がねーもんで結局親子ともども賤民に甘んじていることが多い」
「世襲的賤民と非世襲的賤民か……立場的には、どちらも同じなのか?」
「いや、どっちかっていうと非世襲的賤民の方が上だな。平民以上の身分からしたら、賤民って時点で侮蔑の対象になるのは変わらねえが。非世襲的賤民ってのは金がねえからその身分に甘んじているような連中だ。ところが世襲的賤民の方は違う。まるで差別される為に生まれてきた連中みたいに捉えられていて、そんな現状をみんな受け入れちまって生きているのさ」
「ひでえ話だな」
マグナの心に沸々と怒りが湧いてくる。不当な差別を取り締まらないどころか、国の制度として取り入れているのはどういう了見なのかと思った。
階段の踊り場を通り抜けて、さらに下っていく。長い階段だ。マグナは先導する案内の男に尋ねる。
「そういや、この建物はいったい何なんだ?」
「この建物は生活困窮者に対して炊き出しや職業斡旋等の活動をする慈善団体、”リュミエール”の活動拠点です。表向きはね」
「表向き?」
「今から御覧になるのが裏の顔です」
階段を降り切ると、薄暗く広い空間へとたどり着く。
そこには大勢の人がいて、あるところでは武器や防具の手入れをし、あるところでは地図を広げたテーブルを囲んで何やら話し合っている姿が散見された。
「ここはいったい?」
「現体制を打破し、自由と平等に基づく新たな体制を打ち建てんとする革命派閥――”レボリュシオン”の拠点です」
話が読めてきた。
この建物は表向きは慈善団体の施設だが、実態は革命派閥の拠点。マグナが連れて来られたのは、ひょっとして彼が正義の神だからだろうか?確かに
マグナ達に一人の男が近づいてくる。
「ようマルロー、戻ってたのか」
「おおピエール。とりあえず例のやつ、試しに作ってみたぜ。まだ三十振りほどしかねえが」
マルローは少し開けた場所で空中に手をかざすと、黒いホールのようなものがぐにゃりと浮かび上がった。すると空中に浮かぶその穴から大量の剣が出てきて、がらがらと音をたてて落ちる。
マグナは驚いてその様子を見ていた。一見、普通の剣のように見える。しかしハレイケルのデュランダルやフリーレのグングニールのような神器には何かしら特別な威圧感があるのだが、これらの剣からも微弱ながら似たような気配を感じた。
「マルロー、お前は火と鍛冶の神だと名乗っていたよな?この剣はお前が打ったものなのか?」
「ああそうだぜ。俺は武器や道具の作成ができる。この世界に初めから存在しているオリジナルの神器ほどのモンじゃねーが、俺が作る物にも色々と特殊な効果を付与できる。この剣にはな、アシスト機能が付いてるんだよ」
「アシスト機能?」
「ああ、ずぶの素人でも適切に剣を扱えるように、剣自体が使い手をフォローする仕組みにしてんのさ。剣が勝手に動くとかじゃねえ、剣が周囲の状況を判断して使い手の脳に次に取るべき動きのデータを送るんだ。あくまで使い手は自分で動いている感覚で戦闘ができる優れ物さ」
このマルローという男、ふざけた見た目をしている割に腕は立つようであった。
鍛冶の能力……本物の神器レベルまではいかなくても、特殊な効果を持った武器や道具を自ら作り出せるというのはマグナにはできない芸当だった。彼は戦闘特化の能力の為、このような生産的な能力をどこか羨ましい気持ちで見ていた。
「ちなみにアシスト機能付きの盾もあんぜ」
マルローが再度空間にホールを出現させると、そこからまた大量の金属製の盾ががらがらと降ってきた。この大量の物品を自在に収納できる能力もひどく便利に思えた。
「この盾にもアシスト機能があって、素人が使っても身を守れるようにできている。ちなみに剣と盾、どちらかのアシスト機能がONの場合、それを感知してもう一方はOFFになるようにできている。行動がかち合うと問題だしな」
「すごいな、随分と高機能な武具になっているんだな」
「ひゃー、流石はマルローさんだぜ!もう少し量産するってのは可能かい?」
ピエールと呼ばれていた男が尋ねる。
「まあ、決行の時までにはもうちょい作っておくさ」
「決行?」
「ああ、今すぐってわけじゃねーが、俺達はこのセーブル区域にある牢獄――セーブル監獄を襲撃する予定なんだ。なんせ多数の同志が捕まっちまっている状況だからな」
そしてマルローはこの国の仕組みや情勢について色々と説明してくれた。
――まず身分制度について。
王族を頂点として、さらにその下に三つの身分がある。
一番上は貴族、これは第一階層民とも呼ばれる。
真ん中が平民、これは第二階層民とも呼ばれる。
そして最下位に位置するのが賤民、第三階層民とも呼ばれる存在だ。
基本的に上の身分ほど権利が強くなり、合わせて納税額も大きくなる仕組みらしい。貴族は納税の負担こそ他の身分より重いが、その代わりあらゆる面で優遇的な扱いを受ける特権階級。反して賤民は納税義務はないが、権利保障に乏しく、扱いが物の延長線上に近い。
平民は中間的な扱いである、納税義務はあるが貴族ほど重くなく、その反面権利は貴族よりずっと弱いが賤民よりはずっとマシである(ちなみに貴族はさらに公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵といった具合に爵位により上下関係が分かれるそうだ)。
――そして王都ミストレルの構造について。
王都ミストレルは四つの区域に分かれている。王宮が存在するアルジェント、貴族が暮らすアジュール、平民が暮らすギュールズ、そして賤民が暮らすセーブル。
アルジェントから見て右手側がアジュールで左手側がギュールズ、正面に位置しているのがセーブルだ。しかしアルジェントとセーブルを繋ぐ門と、アジュールとセーブルを繋ぐ門はそれぞれ固く閉ざされており、実質ギュールズ経由でしかセーブル区域には行けない構造らしい。
マグナが最初に降り立ったのがギュールズ区域で、現在いるのがセーブル区域だ。
レボリュシオンのメンバーは当然賤民が中心であり、そのため王都ミストレル内の拠点もセーブル区域内にあった(一応貴族や平民階級でもメンバーや支援者がいるようだ)。
現在の拠点である慈善団体リュミエールの建物もつい最近になってから移った拠点であり、摘発と戦いながらセーブル区域内を転々としているようだった。警備兵や監獄の官吏など、セーブル区域といえども賤民しかいないわけではなく、常に摘発を警戒する必要があった。
「革命派閥の拠点、さしずめ俺がここに連れてこられた理由は……」
「ああ、お察しの通りさ正義の神さん。アンタには俺たちの旗印になってもらうぜ。実績ありの正義の神なんてお
マルローはにやりと笑うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます