第42話 季節外れのミストレル

 地下空間の片隅にはテーブルと椅子が並べられたエリアがある。ここは食堂エリアであり、革命派閥レボリュシオンのメンバーが食事を摂る為の場所だ。しかし調理場のような場所は見受けられない。では食事はどう提供するのかというと、実はここにも壁に隠し扉が存在しており、中の階段を通して地上一階の調理場へと繋がっているのだ(地上部分は革命派閥レボリュシオンではなく、あくまで慈善団体リュミエールの領域である)。


 マグナと黒髪の少女は隣り合って椅子に座り、マルローは二人の対面で、それぞれ食事にありついている。提供された食事はパンとポトフだ。少女は腹を空かしていたのかガツガツと提供された食事を貪っている。モンローは着席せずにずっとマグナの傍に控えている。


「すげーよく食うな、この嬢ちゃん」

「まともな食事が久しぶりなんだろう」

「そういや、アンタらの名前をまだ聞いちゃいなかったな」

「俺は正義の神マグナ・カルタ。そしてこいつは俺が作り出した眷属、モンローだ」


 マグナが紹介すると、モンローはマルローに向けて軽く会釈した。


「で、このちびっちゃい嬢ちゃんの名前は?」

「実は俺もまだ把握していない。なにせこいつは口がきけないみたいだからな」

「なるほどな、道理で今まで一言も喋らなかったわけだぜ。そうだ!いいこと思いついた」


 マルローは立ちあがり紙とペンを持ってくると、紙に二十六種類のアルファベットを順番通りに書き記していく。


「嬢ちゃん嬢ちゃん、お前さんの名前はなんていうんだ?文字を順番に指差して教えてくんねえか」


 マグナはマルローの行動を見て、なるほどと思ったが、少女は指先を紙に伸ばそうとしたところでぴたっと止まってしまった。手が震えている。顔色も蒼白し始めた。


「……どうなってやがる」

「よくわかんねーが、口がきけないとかそれだけじゃねえ。不思議な力で意思疎通自体が封じられてるんじゃねーか?」

「意思疎通が封じられているだと?もしかして神の力か?」

「そりゃ俺に聞かれても分からんよ。まあ俺の推測が正しいならこんな芸当、神かそれに類する何かでもなきゃできねーと思うけどな。嬢ちゃん、結局お前さんは口がきけないどころか、そもそも意思疎通全般ができないってことでいいか?」


 マルローに問われるが少女は顔を蒼白させ小刻みに震えたままであった。頷くことも首を横に振ることもしない……いや、できないのだ。


「様子からして耳が聞こえていないとか、言葉が理解できていないとかじゃあなさそうだぜ。やっぱり、意思疎通自体ができなくなっているとみていいな、こりゃあ」

「頷いたり、首を振ったりもできないのか。イエスかノーの質問もできないわけか、難儀だな」


 もはやこの少女はそこいらの賤民とは明らかに異なる、何か特異な事情のある存在として捉えざるを得なかった。マグナはたまたま保護したにすぎないはずのこの少女に、どこか数奇な巡り合わせのようなものを感じ始めた。



 ◇



 やがて食事が済んだ頃、彼らがいる食堂エリアのすぐ近くにはお立ち台のようなものがしつらえられているのだが、そこにオールバックの髪型の男が立っていた。いつの間にかこのエリアにもたくさんの人が着席していて、皆その男に視線を向けている。


「アイツは誰だ?」

「ああ、このリベルテ拠点のリーダーだ。名はシモンっていう」

「お前がリーダーじゃなかったのか」

「俺はあくまで裏方なんでね」


 話をしているマグナとマルローに、シモンが視線を向けた。


「そんなことありませんよ、マルローさん。貴方が協力してくれなかったら、ここまで計画を進めることはできなかったでしょう。今やレボリュシオンは貴方なくしては立ち往かない……!そして、正義の神マグナ殿、貴方にもご協力をお願いしたい。よろしければ壇上までご足労願えないだろうか」


 シモンに促され、お立ち台に昇るマグナ。協力するか否か、その答えは此処に来た時から既に決まっていることだった。


「レボリュシオンのみんな、お初にお目にかかる。俺は正義の神マグナ・カルタ。この国に真なる自由と平等を実現しようとするお前たちの働きにこの俺も協力させてもらいたい。どうか宜しく頼む」


 あれが噂の正義の神か!

 ラグナレーク王国を悪しき女王の圧政から救ったという、あの……

 マルローさんに続き正義の神も加わりゃ百人力だぜ!


 レボリュシオンのメンバーからは驚きと歓迎の声で迎えられた。マグナが元居た席に戻ると、シモンが改めて一同に向き直る。


「それではめでたく正義の神の助力も得られたことですし、アルジェント宮殿襲撃作戦のおさらいといきましょう」


 一人の男が車輪の付いた可動式の巨大な掲示板を引っ張ってくる。掲示板には二枚の巨大な地図が掲示されている。王都ミストレル内の四区域を図示する地図、そしてミストレルやその他フランチャイカ王国北部の各都市の位置関係が記された地図。


 シモンは地図の前に立つと計画の全容を話し始めるのだった。




 ――まず前提として、レボリュシオンには拠点が三つあるようだ。

 王都ミストレルのセーブル区域に存在するリベルテ拠点、マグナ達が今いる場所がそうだ。他の二つはミストレルの外になるが、アーミンという都市にエガリテ拠点、ヴェアという都市にフラトルニテ拠点が存在するようである。


 計画というのは、その三拠点のレボリュシオンメンバー総出で、ミストレルのアルジェント宮殿を襲撃して占拠するものであるらしい。


「いきなり襲撃を開始するわけではありません。まずはアーミンを領有する貴族、ジャンダック伯爵を暗殺します」


「ジャンダック伯爵?いったい誰なんだ」


 マグナの問いにマルローが答える。


「王党派、要は旧体制維持派のお貴族様さ。それだけなら珍しくもなんともねえが、ジャンダックは自分の息のかかった者をレボリュシオンに潜り込ませていた。エガリテ拠点に何人も奴の手駒が紛れ込んでいて、そのせいでこちらの計画が露見して潰されたことがある。アルジェント宮殿襲撃には多くの人員が必要だから、エガリテにもフラトルニテにも王都ミストレルまで駆け付けてもらう必要があるが、ジャンダックとそのスパイを何とかしないことにはエガリテの連中は脱出もままならんというわけさ」


「暗殺なんて上手くいくのか?」


「凄腕の暗殺者アサシンに仕事を依頼している状況だ。依頼内容はジャンダックの暗殺、そしてレボリュシオンに潜り込んでいるスパイ共の調査もしてくれるんだと。もっとも予めこの話を知られては意味がない、現状エガリテ拠点の奴らには目立った動きはしないように言っていて、依頼をしたのはフラトルニテ拠点の連中だ」


「スパイの炙り出しとジャンダックの暗殺が済めば、晴れてエガリテの連中はアーミンを出てミストレルに向かえるようになるわけか。ヴェアにあるフラトルニテの連中は大丈夫なのか?」


「そっちは問題なく脱出できるだろうよ。なんせ領主の貴族様が隠れ革命派だからな」



 ――そして計画の話は、ジャンダック伯爵の暗殺達成以降の内容に移る。シモンが話を続ける。


「ヴェアよりアーミンの方がミストレルから遠いので、基本的に計画の開始はエガリテ拠点の準備が整ったらとなります。ジャンダック伯爵の暗殺とスパイの炙り出しが終わり次第、その日の夜間に武装蜂起、エガリテ拠点のメンバーはアーミンを脱出し王都ミストレルに向かいます。その道中でマルローさんお手製の照明弾を打ち上げてもらいます。それが合図となり、ヴェアのフラトルニテ拠点もミストレルに進軍。そして我々リベルテ拠点のメンバーはセーブル監獄を襲撃するのです」


「リベルテのセーブル監獄襲撃、エガリテとフラトルニテのミストレルへの進軍……どれも一度起こしたら引き返せねえ。できるだけ足並みそろえて一気にやっちまおうってわけさ」


「たしか、セーブル監獄には同志が多数捕らえられているんだったか」


「そうだ。監獄に囚われている同志を全員解放できたなら、リベルテの戦力は一気に倍増よ。そしてリベルテの監獄襲撃が完了する頃、エガリテとフラトルニテの連中はミストレル外部まで到着しているだろう。ここからがいよいよ本番だ」



 ――最終目的地であり国王のおわす王宮、アルジェント宮殿。

 宮殿が存在するアルジェント区域は四方を堅牢な高い壁で囲まれている。マルローが作る神器で壊せないこともないのだが、結局時間がかかってしまうということで、素直に衛兵を蹴散らし門から入る方が無駄がないとの結論に至ったようだ。


 アルジェント区域を囲む壁には、東西南北それぞれに一つずつ、合計四つの門がある。

 東から時計回りにプランタン(春)、エテ(夏)、オトンヌ(秋)、イベール(冬)。プランタンはセーブル区域に繋がっている門であり、最も堅牢で普段使いはされていない。エテはアジュール区域、イベールはギュールズ区域に繋がっており、この二つの門は普段使いされているので警備はそこまで厳重ではないらしい。そしてオトンヌは唯一ミストレルの外部に直接繋がっている門だ。


「外部と直接繋がる門……他拠点の連中が入るにはおあつらえ向きだが、やはり警備は厳重なのか?」


「ところがマグナさん、オトンヌ門についてだが、そもそもこの門はほとんど利用されていないんだ。それについてはプランタン門も同じだが、そっちは賤民が住むこのセーブル区域と繋がっているからな。革命ムードでピリピリしてるせいもあって警備が常に厳重なのはプランタンの方で、オトンヌはそうでもねーのよ」


「アルジェント区域から唯一外部に繋がっている門なんだろう?それが何故ほとんど使われない?」


「結局、宮殿への出入りは行商人ならギュールズ経由でイベール門から、貴族や外国の来賓ならアジュール経由でエテ門から入るからな。ミストレルの外からいきなりアルジェント区域に入るってことが基本的にないんだよ。だからオトンヌ門はあまり使われない。そして警備の厳重さで言えばセーブル区域と繋がるプランタン門が一番厳しいから、オトンヌ門は外部から直接入れる割には警備もさほど厳しくないお誂え向きの入口となる」


「だがまったく警備がないわけではないだろう?」


 マグナの問いにシモンが補足する。


「勿論そうですが、何もオトンヌ門だけから突入するわけではありません。作戦としては、まずセーブル監獄の襲撃を終えて数を揃えたリベルテはプランタン門前に集合し、目に見えるところで突入準備を開始します。そうすると、余所に居る衛兵もプランタンに集められるでしょう。ミストレル外部では、エガリテとフラトルニテがそれぞれメンバーを半数残した上で合流、そしてオトンヌ門から突入を開始するのです。これで警備はプランタンとオトンヌに集中します。普段使いされている門なのでエテ門とイベール門はもともと厳重ではありませんし、他二門に兵が回されれば突入はより容易になるでしょう。残された方のエガリテ・フラトルニテのメンバーはそれぞれエテ門、イベール門へと回り、そこからも突入を開始していきます。更に状況を見て、プランタン門前に集合していたリベルテのメンバーも徐々にエテやイベール方面に回っていくのです」


「結局最も堅牢な門であるプランタンはガン無視して、他の三門から突入していく計画ってわけだ。季節は春だが、春以外から攻めていくってことさ!」



 ――計画はいよいよ最終局面の話となる。アルジェント宮殿への突入後の話だ。


「宮殿内の衛兵は三拠点が揃えばなんとでもできましょう。ですが現フランチャイカ国王ルドヴィック一世は神の能力を有しています。国王の打倒こそ計画の最終目標です。こればっかりはマグナさんとマルローさんに頼るしかありません」


「本当は俺一人でなんとかするつもりだったんだが、お前さんがいてくれりゃ心強い。頼りにしてるぜ、マグナさんよ」


「ルドヴィック一世……国王はどんな能力を持っているんだ?」


「罪と罰を司る神だ、その名もネメシス。このフランチャイカ王国のあらゆる法律はネメシスによって作成・管理されていて、抵触すれば即座に神罰が下る。神罰の内容は抵触した法や抵触の度合いに応じて変わるんだが、一番重けりゃ稲妻エクレールが落ちて慈悲も無く黒コゲにしちまう……このネメシスの力により、フランチャイカ王国は三百年以上厳格な身分制度を保った国として成り立ってきたんだ」


「三百年?ルドヴィック自身が三百年間生きているとか、そういうわけではないよな?」


「当然さ、人間はそんなに長生きしねーよ。ネメシスは俺やお前のような一身専属型の能力じゃなくて、外部保有型の能力なんだよ。この場合、神の能力は個人の資質で変化していくようなことはないが、その代わりに能力者が死んでも能力が消えることなく他者に引き継がせられる。ネメシスはそうやって、ずっとフランチャイカ王家で継承されてきた神なのさ」


「そういうことか」


 フランチャイカ王国では法に抵触すれば神罰が下る。そのような話は事前に聞き及んでいた。ここでようやく国王が有する神の名、そしてその実態がつまびらかとなった。


 マグナは、はてと考える。


「法に抵触すれば即座に神罰が下る……俺たちが今しているような内乱の計画は、法の抵触に当たらないのか?」


「そうさな、基本的な話として”実行の着手”がなければ処罰されねぇ。アレを盗みたいなぁ、とか思うくらいじゃあ処罰されず、手を出して初めて罰が下るのが基本原則だ。ところが内乱に関しては規定が重くてな、武器や人員を集合させて計画している時点で罪になる。それ自体が規制の対象になっているからだ」


「なら、何故今の俺たちに神罰が下らない?」


「その秘密はあれですよ、マグナさん」


 シモンが指さす方をマグナは見る。この地下空間の中央辺りに、仰々しい装飾の台座に据えられた琥珀色の宝玉のようなものがあった。どこか神秘的で神々しい光を放っている。


「ありゃ何だ?」


「あれこそ、このマルロー様の傑作……ジャミング装置よ。あれにはネメシスから発せられる神力を妨害する効果があるんだよ。俺は元王宮鍛冶師だからネメシスを何度も近くで見ていて、その神力の波長をよーく知っていたからな」


「今までネメシスのせいで、革命派閥は大掛かりな作戦行動というものがそもそもできませんでした。散発的なゲリラ活動に留まっていたのです。ですがマルローさんが革命派閥に加わってくださったおかげで、私たちは大規模な行動もとれるようになったのです。まさにマルロー様様です」


「よせやい!ケツが痒くならぁ」


 マグナは話をしていて、このロベール・マルローという男のことがよく分かってきた。くだけた調子で話しやすく、それでいて特殊な武器や道具を作成する鍛冶神としての能力も一級品。最初はその風貌に驚いたものだが、いつの間にかそれもさほど気にならなくなっていた。


「ネメシスから届く神力を狂わせて感知できないようにしているのか、素晴らしい仕事だな。しかし王はあの装置の存在に気付いているんじゃないのか?神力の波長を変えられる恐れはないのか?」


「……おそらく感づかれてはいるはずだ。だが神力の波長を変えるってのはすぐにはできないだろう。神力の波長ってのは、要は声や見た目みてえな個性の一つだからな。変えられないわけではないだろうが、簡単にできるほどたやすいモンでもない」


「なるほど、変えられる前に俺たちは急ぎルドヴィックを倒さなければいけないわけだ」


 改めて計画をおさらいし心を一つにするレボリュシオン、リベルテ拠点の一同。

 セーブル区域の地下で革命の炎は静かに、そして熱く燃え始めていた。

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