第28話 それぞれの岐路へ③

 王都アースガルズの居住エリア奥地に位置する料理屋、好飯販ハオファンファン

 その店内でラヴィア・クローヴィアはハレイケル・デュローラと再会を果たした。


「なになに、二人は知り合いなの?」

 とメイリーが興味深げに話しかける。


「……すまないメイリー、少し店を出させてもらう。また後で戻って来る」

「……そうですね、行きましょう」


 ラヴィアが立ち上がり、ハレイケルと共に店外へと出ていく。


「そ、そう、分かったわ。また後でね」


 メイリーは状況を理解できていないが、特に口を挟まず二人を見送った。


 ◇


 居住エリア奥地、河のほとりに存在する高台。ラヴィアがメイリーと出逢うまでうなだれていた場所である。もうすっかり陽は落ち、夜の帳が空の隅々を染め尽くしていた。


 二人はしばらく黙って眼下の街並みを眺めていたが、最初に口火を切ったのはラヴィアだった。


「貴方は確かブリスタル王国王都ランダックの牢獄に幽閉されているはず。何故ラグナレーク王国にいるのですか」


「……簡単なことだ。財産を没収される前に看守に金を渡しておいた。半分は前金で、もう半分は脱獄を達成次第隠し場所を教えるというものだった。それで俺は脱獄することはできたが、既に金も地位もなく、ブリスタル王国内には俺の居場所などなかった」


 ハレイケルはぼんやりと遠い街の灯りを見ながら話を続ける。


 本当にこの男はあのハレイケル・デュローラなのだろうか、とラヴィアは思った。

 髪型や服装以前に、話していて感じられる人柄が随分と変わっていた。かつては不遜、冷徹、利己的といった印象の人物であったはずだ。ところが今の彼はどうだろう、それらの印象は陰を潜め、柔和で穏やかな雰囲気さえ感じられる。


 ラヴィアは純粋に何が彼をここまで変えたのかに興味が湧き始めた。


「そしてブリスタルの国外に脱出することを決意したのだが、船に密航するのも難しくてな。結局不本意ながらもブリスタル南部の果てしなき荒野を通ることにしたんだ」


 自分たちが通って来たのと同じ道のりだとラヴィアは思った。マグナと二人旅をし、やがてフリーレと出逢ったあの名もなき荒野。ならず者が徘徊するあのアウトロー地帯を、彼は独り歩き続けたのだろう。


「しかし、野盗どもに見つかり追い回されてしまってな。逃げている途中に崖から墜落してしまったんだ。下は河だったから地面に叩きつけられて死ぬようなことはなかったが、俺は気を失い河に流され続けた」


 あの荒野もフランチャイカ王国に近い南西部まで行くと山岳地帯が存在する。そこから北東に向かって流れる河川があるのだが、ハレイケルはどうもその河に落ちてしまったらしい。

 そしてその河川はやがて、ラグナレーク王国北方のヨーツンヘイム近郊から南へ流れるイヴィング河に合流する。河の流路には王都アースガルズの居住エリアに接する地点がある。


 ハレイケルはそこに流れ着いていたらしい。


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 王都アースガルズ居住エリア、好飯販のニ階にて。


 眼を覚ますと見覚えのない天井だった。

 ベッドと机、衣装箪笥くらいしか視界に入らない簡素な部屋に寝かせられていた。


 自分はいったいどうしたのだろう。どうにも記憶がおぼろげだった。

 確か荒野で野盗に追い回されて……そうだ、そして慌てていた為崖に気付けず河に落ちてしまったのだ。


 ここはいったい何処なのだろう。

 それに自分が生きていることが不思議でならなかった。


 しばらくぼんやりしていると、ノックの音の後、おもむろに部屋の扉が開いた。桃色の少しウェーブのかかった髪に、蝶を模した髪飾りを付けた女性が入って来た。


「あら、起きていたのね。よかった。もう三日ほど眠り続けていたから心配したのよ」


「……三日も俺は意識を失っていたのか」


 そして彼女はこれまでのあらましを聞かせてくれた。


 ここはラグナレーク王国の王都アースガルズであり、彼は河のほとりに流れ着いていたこと。この女性を含む近隣住民が駆け付け、医療院に運んでくれたおかげで一命を取り留めたこと。

 しかし医療院も人手不足かつ病床不足であり、金もなく素性も分からない者を泊め続けることに難色を示したこと。そして最終的にはこの女性が彼を泊めることに決めたらしい。


「私は美麗メイリー柳美麗リウメイリーよ。お腹空いてるでしょ?三日間何も食べていないだろうし。何か食べやすいものを作ってくるわね」



 メイリーはとても穏やかで温かみのある女性だった。


 そんな彼女の優しさは、これまで悪行を重ねてきたハレイケルにどんな罰よりも己の所業を悔いさせた。彼女は当然何も知らない。ただ行き倒れている人を助けただけだ。

 しかし自分がこんな施しを受けてよいのかという、少し前までの自分なら考えられないような思いに駆られていた。


 やがてメイリーが小型の鍋のような器を手にして戻って来る。ハレイケルの前で蓋を開く。卵と葱を使ったかゆであった。

 これは何だろう?貧民がよく食べる穀物を使ったポリッジに似ているような。


「……見慣れない料理だな」


「そうかもね。桃華とうか帝国では米を使ったお粥は日常的によく食べられるんだけど。そもそもこの地域だと麦や芋の方が馴染みがあるでしょうしね。お口に合わなかったら残していいからね」


 ハレイケルは渡された大振りのスプーン(レンゲというらしい)で粥を食べ始める。見た目の地味さとは裏腹に、予想以上に美味い料理だった。ほどよい塩気と優しい温かみが、疲れた体をまるでいたわるように癒していく。腹を空かせていたこともあり、彼はあっという間に粥を平らげてしまった。


「美味い料理だった。礼を言う」


「そう、お口に合ったみたいでよかったわ。私はお店の仕事があるからしばらく戻って来れないかもしれないけど、落ち着くまでゆっくりしてていいからね」


 メイリーはそそくさと部屋を出ていく。


 ハレイケルは悩んでいた。

 彼女に自分の身の上をどのように告げるべきか。しかし全てを告げるわけにもいかない。自分がかつてブリスタル王国の貴族であり、他の貴族を陥れたり、他領の町に野盗を放ち人狩りをしていたような大悪人だったなどと――



 夜も更けて店も落ち着いた頃、メイリーはハレイケルの為の食事を持って部屋を訪れた。今度はマントウという桃華式のパンに野菜スープだった。それらもまた美味であった。


 彼はデュローラ公爵家の人間であり、ブリスタル王国在住当時は高級な美食を日常的に嗜んでいた。このような庶民的な食事をした経験はほとんどなかったが(とはいえ荒野を彷徨っていた時の食事事情はもっとひどかった)、この素朴さと温もりが同居した食事からは彼女の優しさも感じられるようであり、彼は食事をしながらどこか泣き出したい気持ちに駆られていた。


「貴方の御名前を聞いてもいいかしら?いったいどこから来たの?どうして河に流されていたのかしら?」


「俺はハレ……ハレーという者だ。実はな……」


 ハレイケルはこれまでのいきさつを、一部を改変して語った。


 自分はブリスタル王国の人間だったが、父親とのいさかいの末に家を勘当されたこと(実際には権力闘争や人狩り等の金稼ぎに明け暮れた末、正義の神に制裁され、裁判の末に貴族位剥奪の上投獄されていた身である)。

 他国へ向かうべく荒野を歩いていたところを野盗に襲われて河に落ち、ここまで流れ着いたこと(これは本当のことだ)。


「……俺はもはや国に戻るつもりはない。だから、できたらこの国で住む場所や食い扶持を得たいと思っているのだが」


「そう、それならまず住む場所をなんとかしないとね。どうにかできないか、知り合いに聞いてみるわ。住所が定まれば仕事も見つけやすいだろうし」


 ハレイケルは驚いた。というのも彼女がまったく難色を示さずに、彼に協力しようとしていたからだ。人は見返り無しに他人を助けることなどない、それが普通だと彼は考えていた。そんなハレイケルにとって、このメイリーという女性は理解の範囲外の存在だったのだ。


「どうしてそこまでしてくれるんだ。俺には金も何もないというのに」


「……?困っている人がいるなら、助けるのが当然でしょう」


「……そういうものなのか?」


「見返りを要求する人もいるだろうけど……結局、人はひとりではたいしたことはできないと思うの。だから助け合っていくことが大切なんじゃないかなって、私はそう思うな」


 にっこり笑うメイリーにハレイケルは思わず見惚れてしまった。彼女の優しさが何よりハレイケルに罪の意識を強く感じさせた。


(これ以上彼女の優しさを、俺なんぞに向かわせるべきではない……!俺は罪を重ねてきた人間だ。早々にここを立ち去るべきだ。もっと善良な人間を救う為に、彼女の優しさは使われるべきだ)


 ただ、それでも……たまに逢いに行くことぐらいは許してほしい。


 胸の中に見慣れない感情があった。

 直視してみたくもあり、それすら自分には恐れ多いなどと思いもする。

 人生で初めて得たその感情を、胸の中で大切に撫でまわしていた。


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「そんなことがあったんですね」


 ラヴィアは話を聞きながら、あの人狩り公爵がよくもまあこんなにも丸くなったものだと思っていた。しかし実際に面と向かって話している彼の印象から、話に嘘偽りがなさそうであることが感じられた。


「俺は今、メイリーの伝手でこのアースガルズに住んでいてな。仕事も建築作業の見習いをしている。彼女には返しきれないほどの恩がある……しっかりそれに報いていきたいと思っている」


 ハレイケルが口にした言葉は、かつての彼からは出てくるはずのないものであった。ラヴィアは彼の言葉を聞いて、どこか忸怩じくじたる思いがした。


 成長した彼に比べて、自分はこの旅で何か変われただろうか?


「……だが、それも終わりかもしれないな。まさかここでラヴィア・クローヴィアと再会することになるとは。正義の神がこの国で圧政を敷いていた暴君を打ち負かしたと聞いた。おおかたヤツと共にこの国までやって来たのだろう?」

 ハレイケルの声音にはどこか諦観の色が滲んでいる。


「その通りです」


「お前は俺に対して恨みがあるはずだ。俺のせいでお前の両親は死に、屋敷も町も焼け、大勢の町民が亡くなった。メイリーと出逢い、俺はささやかな幸せを得てしまっている。だが保身に走ったが故に、彼女に犯した悪事の仔細は伝えていない。お前には俺の日常を壊す権利がある……彼女に、メイリーに俺が何者であったかを言って聞かせてやってくれ」


「……別に、そんなことしませんけど」


 ラヴィアはどこか突っぱねるように言った。


「黙っていてくれると……つまり、そういうことか?」


「といいますか、私は別に貴方のことをそこまで恨んでいません」


 ラヴィアはハレイケルに視線を向けず、眼下の街並みを見下ろし続けている。

 彼はいかにも面食らったとばかりに、きょとんとした表情をしていた。


「俺が言うのもなんだが、お前は本当にそれでいいのか?お前の立場なら、俺のことが憎らしくてたまらないだろうに」


「確かに貴方のせいでクローヴィア邸もヘキラルの町も焼け、私の両親、そして大勢の町民が亡くなりました。ですが、それ以前に私は自由の無い窮屈な生活に辟易していたんです。町民とはもともと距離がありましたし、この黒い髪を揶揄されることも度々ありました。両親もまた、親への愛情というものはもちろんありましたが、束縛が強く疎ましく思うことも多かった。まったく悲しくないわけではありませんが、どちらかと言えば解放された喜びの方が大きかったんです――貴方がいなければ、私は自由の身になることも想い人と共に旅をすることも叶わず、今でも窮屈な暮らしを続けていたでしょう……」


 ラヴィアは塀の欄干にもたれかかったまま、顔を上げてハレイケルの方を見る。眼と眼が合う。彼女は陶酔とも当惑ともとれる微妙な笑みを浮かべていた。



「私って、残酷でしょうか……?」



 おそらく彼女が口にしたのは、偽りなく飾りのない本心。


 しかしそれは人の死、ともあれ両親の死がもたらした結末である。それを喜びとして享受してしまっている自分は、正義の神との旅には相応しくないのではないだろうか?そんな心の闇からづる悩みに憑りつかれていたかもしれなかった。


「……そうだな。思うに、物事はきっと多面的なものであり、一概に言えることなどないんだろうと俺は思う」


「多面的……」


「両親の死には、お前を解放したという側面もあったということだ。その側面を重視しない者からすれば、お前は両親の死を真剣に悲しまない不届き者となるだろうが、お前はその側面を重視し反面両親との死別の悲しみは軽視している……きっとそれだけの違いなんだろう」


「なんだか哲学的なことを言いますね」


「俺も色々あったせいか、物事を深く考える癖がついてしまってな……最初は公爵位を失い、もう俺の人生は終わったと思った。だが何故だかこのまま終わりたくない、抗いたいと思い、国を脱出していた。すべてを失ってつましい暮らしになってしまったが、俺は今この国で新鮮な気持ちで日々を過ごしている。出逢う人、めぐる景色、そのどれもが今まで見たことのないような彩りを持っているかのように見えてな。金も地位も無くなってしまったはずなのに、何故だか昔よりも毎日を大切に生きているような気がするんだ――高みから低みに落ちたことで、今まで見てこなかったものが自然と見えるようになったのかもな。その見えるようになってきたものの中に、幸福に生きる上で大切な何かがあったのかもしれない」


「幸福……?それって貴方にとっては、メイリーさんのことじゃないんですか?」


 人生を反芻するように、落ち着いた声音で語り続けるハレイケル。ラヴィアはそこにやっかみに似た言葉をかけた。


「メイリー?」


「好きな人と仲を深めてゆけるのなら、それは幸福なことだと思います……ハレイケルさん、好きなんですよね?あの人のこと」


 急に話が恋愛事情にもつれこんだが、それでもラヴィアは真剣に幸福についての話を続けていた。ハレイケルは照れるでもなく、とぼけるでもなく、ただしんみりとした声音で言う。


「好きか……そうだな、きっとそうなんだろうな」


 落ち着いた中に、高揚と戸惑いが同居しているかのような呟き。

 好意を伝える勇気がない……というよりは、人を好きになるということが未だよく分からずにいるのだろう。


 嗚呼!あの人狩り公爵が凋落して、素朴なただの男へ変わろうとしている。


 見ようによってはそれはただの没落した男でしかないが、見方を変えれば今の状況は何にも阻害されずに自身や世界と向き合う機会を得た幸福な男だった。


 何事も一面だけではなく、良さと悪さが表裏一体に存在しているのだろう。先ほどハレイケル自身がそのようなことを言っていたように。


 ラヴィアもまた籠の鳥の暮らしを終え、この広い世界へと飛び出した。自分はこの世界のどれだけのことを見聞できただろうか。まだ何も知らない、何も見ていないに等しいのではないか。

 それだのに自分はダメだと決めつけ、自分を卑下し、世界を自ら哀しみで塗りつぶす。そんなまま時節が推移して往くのは嫌だ。この広い世界で、もっといろんなものを見てみたい。


 きっとその中に、自分の世界を幸福で彩れるものがあるはずだから――



 ラヴィアが欄干から離れる。

 ハレイケルに背を向けながら、彼女は想いを語る。


「ハレイケルさん、私にも好きな人がいます」


「そうか、だが察しはついている。マグナ・カルタ……俺を打ち負かしたあの男だろう?以前からヘキラルの町では有名な、他人の厄介事にも首を突っ込む正義漢だったらしいが」


「はい。貴方のおかげでマグナさんは神になり、そして私も解放され、共に旅をすることができました」


 もとから希薄だったとはいえ、ラヴィアにはもはやハレイケルに対する憎悪や敵愾心はまったくなくなっていた。今のラヴィアにとって、ハレイケルは変わることができた見本であり、自身の未来の姿をどことなく彼にかぶせていた。


「……ですが、私は自分の身を自分で守ることすらできません。このラグナレーク王国までの道中、マグナさんや他の仲間にはずいぶんと迷惑をかけました。マグナさんの次の旅には、私はきっと連れて行ってもらえないでしょう。私は強くなりたい……!せめて、自分の身ぐらい自分で守れるように」


「なるほど、それが先ほどまでメイリーに話していたお前の悩みか」


「ふふ、分かっちゃいますか」


「あいつは人の悩みを聞くのが好きだからな」


「そうですね。見たこともないお節介ってかんじで、でもそれがステキで……」


 ハレイケルとラヴィアはまるで気心のしれた友のように語り合う。


 あのヘキラルの人狩り事件の時には、こんな日が来ることなど二人はまったく予想だにしていなかっただろう。


 ◇


 いつの間にかずいぶんと話し込んでしまったようだ。

 二人はメイリーの店へときびすを返し始める。


「ラヴィア、お前は強くなりたいと言っていたな。その願いに協力することはできるかもしれない」

「本当ですか……!」

 ラヴィアの顔が輝く。


「メイリーの知り合いに確か武術の使い手がいたはずだ。メイリーを通してお前に稽古を付けられないか試しに聞いてみようと思うが、どうだ?」

「……お願いします!」


 好飯販に二人が戻ると、テーブルの後片付けをしていたメイリーが出迎えた。


「ずいぶん遅かったわね、どうしたの」

「いや何、俺もラヴィアもブリスタル王国の出身で面識もあったんでな。少し話し込んでしまったようだ」

「あら、そうだったの!良かったじゃないハレー、同郷の話し相手ができるなんて」

 メイリーはにこやかに笑いながら言う。


「ああ、まったくだな。ところでメイリー、折り入って頼みたいことがあるのだが」


 ハレイケルは、メイリーに頼みごとの内容を伝えた。


「なるほど……ラヴィアちゃんは強くなりたいと思っている。そして、稽古を付けてくれる人を紹介してほしいと」


 メイリーが思案気な顔をする。


「難しそうか?」

「頼むこと自体は全然大丈夫だし、多分引き受けてくれるわ。でもあの人ちょっとガチだからなー。人格もアレだし。ラヴィアちゃん、大丈夫?多分修業はそれなりに厳しいものになっちゃうかもだけど」


 メイリーは少し不安そうな顔をするが、ラヴィアは両手のこぶしを握りこんで宣言する。


「大丈夫です、やります!半端なことでは自分を変えられない、それでは見える世界も変わらない……私は今の暗く見える自分の世界に、幸せな彩りを添えたいんです!」

「そ、そう、よく分からないけど分かったわ。それじゃあ掛け合ってみるわね。ラヴィアちゃん、また夕方あたりにお店まで来てね」

「はい、お願いします!」



 話を終えるとメイリーは厨房に戻り、洗い物を始めた。ラヴィアはハレイケルと共に座席でお茶を飲む。


「まあ、辛いと思うが頑張ってくれ」

「はい、ハレイケルさんも色んな意味で頑張ってくださいね」

「なんだ、それは」

 ハレイケルは楽しそうに苦笑する。


「というかだな、今後はハレーと呼んでくれると助かる。もうその名前は捨てたのだからな」

「そうですか。あ、そうだハレーさん……」


 ラヴィアはごにょごにょとハレーに耳打ちする。


「ハレーさん、確か建築現場で見習いをしているって言ってましたよね?もしかして、ヴァルハラ城の修理ですか?」

「そうだが」

「だったら注意した方がいいかもです。王城にはマグナさんも出入りしているので……」

「なるほど。確かにお前は見逃してくれても、正義の神は俺を見逃してはくれないだろう。せいぜい遭遇しないように注意するとしよう」

「まあ、仮に見つかって制裁されそうになっても、私が庇ってあげますよ」

「はは、それは頼もしいな。だが過去の罪が帳消しになったわけではなく、それどころか脱獄という罪を重ねてしまっている。もし見つかったら今度こそ観念するとしよう」

「ずいぶん真面目になりましたね」

「我ながらそう思う」


 ハレーとラヴィアは楽し気に談笑を続ける。

 どちらも元貴族であり、今は寄る辺ない身の上。

 二人の間には、奇妙だが確かな友情のような繋がりが生まれた。




 これがフェグリナ・ラグナルの圧政が終わってから、一週間後の出来事である。


 マグナは眷属を作り、救済した国の守護を任せられるか考えつつ、新たなる旅を考えている。

 ラヴィアは気軽に話せる友人と、修行して強くなるという目標を得た。

 フリーレとその仲間たちは騎士団に加入し、国の為に忠節を尽くして戦うことを誓った。

 スラは依頼主に合流する為に、一足早く帰途につきラグナレーク王国を離れた。


 そして、四人はそれぞれの岐路へと分かれ歩み始めるのだった。

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