第16話 突入!ヴァルハラ城

 マグナとスラは馬車に乗り、更に三日がかりでようやく王都アースガルズへとたどり着いた。既にこの街にはラヴィアとフリーレが来ているはずだった。


 入口の警備は厳重で、見張りの兵士たちが通行者の取り締まりをしている。しかしマグナとスラは手を繋ぎ、スラの能力で姿を消した。難なく二人は他の通行者に紛れてアースガルズ市内に入ることに成功する。


 女王フェグリナの圧政ゆえか、街中はどこか陰惨とした雰囲気があった。ぱっとしない商品を並べている商人、ひもじそうにしている子供、路端で仕事を求める負傷兵――


 うらぶれた街中で、仲間を探し出すべく視線を泳がせる。


「お二人はどこにいるのでしょうか、マグナさん」

「それは分からねえが、くさそうな所があるな」


 マグナは倒壊した時計塔に目を向けた。


 二人は周辺で聞き込みを開始する。

 三日ほど前に突如襲来した、巨大な槍を携えた金髪の女が壊したこと。その女が、フェグリナの親衛隊長ロキと神獣スレイプニルを負かし、負傷させたこと。そして、その女の行方は今のところよくわかっていないそうだ。


「間違いなくフリーレのことだな、しかしどこにいやがんだ」

「まあ彼女はアースガルズ市内では今や追われる身、人目の付くところにはいないのではないでしょうか」

「しかし俺たちと合流するつもりがあるなら、そう遠く離れてはいないはずだ。グングニールが飛び立つ稲妻も目撃していない。となると……」


 マグナはヴァルハラ城の方に目をやる。ヴァルハラ城はアースガルズ市内を抜けた先、小高い丘の上に聳えている。そして城を取り囲むように、丘の上は木々が生い茂り、ちょっとした森を形成していた。あの森の中なら街からは離れているし、目的地のヴァルハラ城も近い。



 二人は丘を登り、森の中を歩き回る。森の中で何日も過ごしているのなら、水場の近くにいるのかもしれない。森の南西部、イヴィング河という王都アースガルズに接するように流れる河があるのだが、そのほとりに二人の姿があった。


「っ!マグナさんっ!」


「ラヴィア、フリーレ、無事だったか」


 ラヴィアはマグナに駆け寄ろうとしたが、思いとどまって足を止めた。グングニールに巻き込まれてマグナ達とはぐれて以降、何日もラグナレーク北部の森林を彷徨い歩き、ここ数日はこうしてヴァルハラ城近くの森の中に隠れ潜んでいたのだ。ロクに体を洗えていない、自分の体が汚く、臭くなっていることを気にしてのことだった。


 一方、フリーレは委細構わずマグナに近づいてきた。


「遅かったな、先に一人潰しておいたぞ」

「あんな移動方法がとれるのはお前ぐらいだよ。聞いたぞ、前に荒野であった馬の神獣に乗った奴、ロキと名乗っていたか、あいつを倒したそうだな。なんでも脚を折って今は療養中らしい。俺たちもガルダンとかいう、あの時襲ってきた神鳥使いを倒してきたところだ」

「そうか、さすがは神の力を持つものだ」

「これで親衛隊の幹部クラスを二人倒したことになりますね。ですがまだ何人かいるはずです。アースガルズ市内での王の行幸も三日前に終わり、市内はフリーレさんの襲撃で厳戒体勢……おそらく残りの幹部はヴァルハラ城で控えているのではないでしょうか」

「まあ、何とか合流できたことだ。これからどうするか決めるぞ」


 四人は岩に腰掛け、今後の話を始める。


「ところでフリーレ、ロキを倒したってんなら、仲間の居場所は分かったのか」

「ああ、なんでもヴァルハラ城内の収容所にいるらしい。だが助けるのは後だ。お前の言う通り、殺すのでなく使役の目的で捕らえたのだから、時間はあるはずだ。最優先はフェグリナを討伐し、この国を正すことだ」


 マグナは気がついた。フリーレの意識が変わっている。最初は仲間の救出しか考えておらず、この国の行く末なんて興味がなかったはずだ。少なくとも彼にはそう見えていた。しかし今はどうだろう、この国をまともにしてやろうというような気概さえ感じる。互いにはぐれてからの数日間、何かがあったのかもしれない……そしてラヴィアが妙に疲れ切って憔悴して見えるのも、おそらく何かがあったからだろう。


「マグナ、とりあえず二つ伝えることがある。一つ、私たちを追って、ラグナレーク兵がアースガルズ市内とその周辺を捜索している。無論この森もだ。あまり作戦会議をぐずぐずしている時間はない。そして二つ、ヴァルハラ城の周りには堀があり、水が張られている。入口は正面の大扉のみで固く閉ざされていて、裏口らしきものは見当たらない。正面入口に至る跳ね橋も普段は上がっていて、ここ数日は一度も橋が下りているところを見ていない……要するに力ずく以外に、入るのは難しそうだということだ」


「橋が上がっていて扉も閉ざされている、俺たちを警戒しているな。そもそも入口がなきゃスラの能力でこっそり入るってのも難しい。力ずくで扉や壁を壊して突入するってんじゃ、すぐにバレちまうしな。俺たちの目的は親衛隊幹部と遊んでやることじゃない、フェグリナを倒すことだ。余計な消耗は避けたい。可能なら気づかれないまま、最上階まで到達したいところだが……」


 マグナがどうしたものかと考えていると、スラが提案をする。


「マグナさん、いつ現れるかもわからない正義の神を警戒して、ずっと橋を下さず、城内の人の出入りもない。いささか不便すぎると思いませんか?城を使う側の立場なら」

「確かにそうだな」

「何故ヴァルハラ城は、街から外れた森に囲まれた場所にあるのでしょうか?どこかに城へと通じる地下通路の入口でもあるのでは?それも複数箇所、私はそうにらんでいます」

「……探そう」


 マグナが立ち上がり、城への侵入経路の捜索が始まった。



 マグナとスラ、フリーレとラヴィアの二手に分かれて、地下通路の入口のようなものがないか捜索している。


 やがてフリーレ達は三人のラグナレーク兵を見かけ、彼らに見つからないように木の陰に身を隠す。何かを探しているような素振りの兵士たちを見ながら、フリーレは何事か考え込んでいる。


「フリーレさん、どうかしましたか?」

「ラヴィア、あの兵士たちはどこから来たのか、普段はどこにいるのだろうな」

「いや、分からないですけど」

「そうだな。だがアースガルズの街からここまではそれなりに距離がある。やはりスラの言う通り、城までの秘密の通路があり、やつらはそこを出入りしているんじゃないか?普段城にいるのなら、城から近いこの森を捜索するにあたっても、何かと都合がいいだろう」

「それもそうですね……ということは、あの兵士たちを付けていれば、そのうち秘密の出入り口を見付けられるんじゃ」

「そういうことだ。だがいつ引き上げるかも分からないし、その間見つからないように見張り続けるのはあまりに面倒だ……というわけでラヴィア、こっちに来い」


 いつぞやと同じような所作で、ラヴィアを手招きするフリーレ。おそるおそる近づくラヴィア。フリーレの手には、ミズガルズで服を新調するまでかつて自分が着ていたボロボロの衣服があった。


 ◇


 森の中を三人の兵士が歩き回っている。鎧に身を包み、背格好は大柄で、髪は短く刈り揃えている。捜しているのはロキ親衛隊長を負傷させた槍の神器を携えた金髪の女。だが三日ほど捜索しても、未だに見つけられていない。このたいして広くない森で、兵士数十人がかりで探しているのだから、相手はよほど気配をとらえ、身を隠すのが上手いのだろう。さすがは荒野で長年生きてきた野伏せりどもといったところか。退屈な任務だ、早く帰って飯にしたい。


 そう考えていると、森の中で見慣れないものを見つけた。ボロボロの衣服を身に着けた、華奢で黒い髪をした少女だった。黒い髪はこの地域ではかなり珍しい。その希少性を買われて連れて来られたのだろうか。今まで城の収容所にでもいたのか、どうやって抜け出してきたのか。兵士たちの口元がにやける。これでとっとと城に引き上げる理由ができた。こいつを連れて帰って、何故脱出できたのか調べるふりでもしながら、任務をさぼってしまおう。この少女は華奢だが随分と整った見た目をしているし、少し楽しんでしまうのもいいかもしれない。


 少女に手を伸ばす。少女は止めてください、とか細い声で抗議するが、あまり抵抗らしい抵抗をしない。恐怖で身が竦んで動けないのだろうと都合よく考えた。兵士たちは少女を抱え、踵を返して歩き始めた。



 城から見て南東部あたり、河から遠ざかる形で三十分ほど歩いたのち、ちょっとした断崖になっている場所に突き当たる。しかし兵士たちは歩みを止めず、岩壁に向かってずんずん突き進んでいく。あろうことか兵士の体が岩壁にめり込み、やがて消えてしまった。


 フリーレはそれを見届けると、すぐさま自らも岩壁に飛び込んだ。体は岩壁をすり抜けて、薄暗い石造りの空間に出た。地下へと降りる石段があり、そこを下ってすぐの所に兵士たちがいた。驚いた表情でフリーレを見る。フリーレは間髪入れずにグングニールの柄の方で、三人の頭を殴り倒して昏倒させた。ラヴィアはその勢いで石床に転げ落ちた。


「よしよし、うまくいったな。しかしこんな隠し通路があるとは。まあいい、マグナ達を呼んでくるとしよう」



 フリーレとラヴィアは兵士に見つからないように慎重に移動しながら、なんとかマグナたちと合流を果たした。そして四人は例の断崖の前にいる。スラが岩壁に手を触れてみる。手がすり抜けていくのを確認した。気が付くと断崖の一部は消え失せて、石造りの通路とその先の地下へと至る階段が出現していた。


「なるほど……神の力か、はたまた特殊な神器によるものか、仕掛けは分かりませんがどうやら見せかけだけの断崖だったようですね。流石ですフリーレさん、よくぞ見つけてくださいました」


「そうだな、俺からも感謝の気持ちを伝えてやる……お前が取った手段に目をつむれれば、だがな」


 マグナは右手だけを金属硬化させて、フリーレの頭部を掴み、近くの木に押し付けている。痛そうに見えるが、フリーレは苦悶の表情も浮かべず、いたって冷静に答える。


「どうしたマグナよ、何を怒っている?いや、怒る理由は分かる。ラヴィアを危険に晒す手段を取ったこと、それが問題だったのだろう。だが、私が何が起きても何とかするつもりでいたし、実際に作戦は首尾よく成功した。何も問題など無いだろう?」


「そうだな、まあ今回はそういうことにしておいてやる」


 やはり荒野暮らしの野盗というものは、明日の命も危ういのが当たり前の中で生きてきたからか、どこか慎重さに欠けるものなのかもしれない。だがフリーレには並外れた戦闘能力と状況判断センスがあり、実際見切り発車な作戦でも、たいがい何とかしてしまえるのだろう。彼女はそうやって、荒野での日々を生き抜いてきたのだ。


「さてと、それじゃあさっそく向かうとするか。フェグリナの居城――ヴァルハラ城へ」

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