第17話 分断

 マグナ達四人は薄暗い石造りの地下道を進んでいく。特に分かれ道のない一本道が続いたが、十数分ほど歩くとやがて鉄製の扉に突き当たった。


「この扉の向こうがヴァルハラ城の地下か」


「そのようです。皆さん、私の能力でこれから我々全員の姿を不可視の状態にします。扉を開ける音も立たないようになりますし、足音や衣擦れの音も聞こえないようになります」


 スラは右手でマグナ、左手でラヴィアと手を繋ぐ。フリーレはスラの肩に手を添えている。両腕が塞がっているスラに代わってフリーレが扉を開ける。一切の音を立てることなく扉が開かれた。


 四人の眼先にはところどころに燭台が置かれているだけの簡素な地下通路が伸びていた。奥の方に上に昇るための階段がある。地下通路には誰もおらず、不自然に独りでに扉が開いた様を見た者はいないようだった。


「さて早く進みましょう。私の能力は長時間途切れなく持続させることができません。長い時間能力を発動させ続けていると苦しくなってくるのですよ。ずっと水に潜っていられないのと同じです。どこかで”息継ぎ”が必要になるのです。ですが能力を持続させられる時間はおよそ十分から十五分ほど。水に潜っているよりかは長くもつのでご安心を」


「なるほど、俺も肉体を硬化させている時は精神力がすり減ってんのか、ひどく疲れてくるからな。消耗しないうちに最上階を目指すとしよう」


 階段を昇って城の地上一階に出ると、急に景色が明るいものとなった。窓から外の光が差し込んでいるからだ。長時間地下に居て、闇に慣れた四人の眼を眩しく刺激する。やがて視界が光に慣れてくると、シャンデリアの吊り下がった天井の高い空間に出た。脇には鎧などの調度品が飾られており、高級そうな絵画も飾られている。いかにも外向きといった感じの、高級感を主張している空間だった。そこには何人もの見張りの兵士や城の使用人と思しき人々がいたが、誰もマグナ達四人の姿を視認していない。


 マグナ達はさらに階段を昇り、最上階にあるであろうフェグリナの居室を目指す。しかし、とにかく急いでいるわけでもなかった。スラの能力は長時間持続こそできないが、要は息継ぎができれば問題ないのだ。どこか能力を一時的に解除しても問題ない、人目のない場所があれば、そこで息継ぎすればよい。数分ほど休めば、また能力を使用できるのだという。ただその必要は今のところなさそうだった。ヴァルハラ城の内部は迷路のように入り組んでいるわけでもなく、上に昇る分には階段が非常に目に付きやすかったからだ。ヴァルハラ城は中央の尖塔部分も含めて地上六階まで存在するが、マグナ達は五分程で城の四階まで到達した。


 ◇


 四階は今までとは内部の構造が異なっていた。三階までは道が様々に分かれ、食堂や会議室、兵士や使用人の詰め所といった各部屋へと通じている、まさに生活空間として見れる場所だった。

 ところが今居る四階は違った。道が正面に向かって真っすぐ伸びている、ただそれだけだ。左手も右手も石造りの壁で、途中に扉があるわけでも、上に昇る階段があるわけでもない。ただ左側の壁にはところどころに窓が有って光が差し込んでおり、通路の途中にいくらかの燭台や花瓶といった調度品が置かれているので、かろうじて殺風景になることをまぬかれていた。


 マグナ達は城の中で通って来た道を振り返る。おそらく自分たちは城の右翼側に居る。この道はそこから一気に左翼側へと向かうのだろう。ずっと進んでいけば、突き当りに上に昇る階段を見付けられるかもしれない。


「スラ、なんだか変な道じゃねえか」


「ええ、良い勘をしていますよ、マグナさん。道が一本道で非常にシンプルな空間。また、誰の姿も見えない。何かあると思って進んだ方が良いでしょう。私ならこういう場所に罠をしかけますからね」


「罠があるなら、別の道を探すのはどうだ?」


「確かにそれも手ではあります。ですが三階はざっと見ただけですが、我々が昇って来た以外の階段は見られませんでした。隠されているのか、我々が昇って来た一つしかないのか、それは分かりませんが徒労に終わる可能性が高そうです」


 四人は注意を払いながら、真っすぐな道を進んでいく。

 異変を感じたのは四人が通路のちょうど中央付近に差し掛かった時だった。


 ――足元に違和感を覚えた。

 その瞬間、轟音を立てて通路の床が崩れ始めたのだ。


 フリーレはすぐさま前方に飛び出して落下を免れたが、マグナはもっとも崩れ始めるのが早かったポイントにいた為、落下を避けることができなかった。為す術もなく彼は崩れた床から下へと墜落していく。


 (フリーレは無事みたいだな……相変わらず反射神経の良いやつだ。ラヴィアはどうなった?スラは?)


 マグナの眼にはラヴィアをお姫様抱っこしながら、崩落する床石を飛び移り、なんとか四階の通路まで舞い戻ったスラの姿が映った。


「スラ……!ラヴィアを頼んだぞ!」


 マグナはそう叫びながら、下へ下へと墜落していき、やがて見えなくなった。スラはラヴィアをおろすと、崩落した床の穴から下を覗き見る。なんと底を視認することができなかった。四階から一階どころか、地下の奥深くまで続いているのかもしれない。


 スラは視線を通路の前方に戻す。通路の穴を隔てた遥か前方にフリーレの姿があった。


「スラ、グングニールでお前たちを連れて、穴を飛び越えられないか試してみるか?」


「止めておいた方がいいでしょう。壁を突き破って、外へ出てしまうのでは?それに今ので確信が持てました。この通路は完全に対侵入者の罠用の通路なのでしょう。目につきやすい階段を昇ると必然的に到達する通路、歩くと崩落する床、落ちた先は地下深くの謎に満ちた空間。こんな通路を普段からこの城を利用している方々が通るわけがない。内部の人間しか知らない秘密の階段でもあるのでしょう。この通路を通らずに四階より上へと行ける階段が」


「なるほど、それを見つけてみせるというわけか」


「ええ、マグナさんがどうなったかも確かめたいですし、それに今の轟音で城への侵入は既にばれてしまったでしょう。ここでモタモタしているよりは、フリーレさんだけでも先に進んだ方がよろしいかと。敵に時間を与えてしまいます」


「分かった、私は先に進むとしよう。追い付けよ」


「ええ、必ず」


 フリーレは前方に注意を払いながら通路を進んでいく。しかしもう罠らしい罠はなく、やがて彼女は突き当りにある五階への階段を昇っていた。


 スラはその姿を見届けた後、奇妙な気配があることに気付く。ラヴィアを庇う動作を取りながら、気配の出どころ、窓があるのとは反対側の壁へと視線を向ける。


「……何者です?」


 スラがそう問いかけるや否や、壁を構成する石レンガがいくつもせり出して落ちていき、短剣で武装した男たちがぞろぞろと姿を現した。ざっと十人以上は居る。身軽さを考慮しているのか、見張りの兵士のように兜や鎧を装着していなかった。


「なるほど、通路の壁の向こう側は戦闘員の詰め所。音がして侵入者の存在に気付けば、すぐに壁を崩して対処に向かえる。しかも通路の崩落で、敵の戦力を分散させた状態で戦える。なかなか面白い構造ですね」


 スラが分析をしていると、男たちがニヤニヤ笑い始めた。足元に何者かの気配を感じる。スラが背後の足元に視線を向けると、短剣を握りしめた非常に細長い腕が、通路の床から飛び出しているのが見えた。


 おそらくこの通路の床下は中央部分だけが地下への穴と繋がっており、中央以外は三階の天井裏となっているのだろう。そこに何者かが潜んでいるのだ。中央が簡単に崩落する仕組みになっていたように、この通路を構成する石レンガはところどころが密に接着しておらず、簡単に押し出せるようになっているようだった。床の石レンガをどかした穴から飛び出した腕が、短剣を振りかざし、スラの心臓を背後から一突きにしようと狙っていた。


 腕が襲い掛かってくるが、スラは両腰に差した一対の短剣を抜き、弾き返した。彼はラヴィアを庇える位置取りをしながら、戦闘態勢を取る。


 不意打ちに失敗した細長い腕はやがて、あろうことか石レンガ一つ分どかしただけの小さな穴から、その腕のみならず、頭部と胴体までもがぬるっと通り抜け、非常に痩身の両腕の長い男が姿を現した。気配は陰気で顔色が悪い。腕は明らかに脚よりも長い、奇妙な風体の男だった。


「ただ者ではなさそうですね。フェグリナ親衛隊の幹部でしょうか」


「へへへ、ご明察。おいらは”隠密のヴィゴー”ってもんだ。冥土の土産に覚えておきな」


 ヴィゴーと名乗る男が気色の悪い声で話す。


「あんた、ひょっとして暗殺者アサシンかい?おいらもかつてはそうだったんだがねえ。状況分析が冷静で的確。あんたの言う通り、ここは罠用の通路さ、普段使いなんてしちゃいねえ。おいらと同じ親衛隊幹部、”智謀のルードゥ”が考えたんだが、崩れる音がすりゃ、一発で外から来た招かれざる客だって分かるわけだ。まあもっとも、いったん崩れたら補修がめんどくせえのが玉に瑕だがな」


 ヴィゴーは短剣を構える。周囲の取り巻きの男達も短剣を構え、スラとラヴィアを逃すまいと立ちはだかる。二人の前方には崩落で空いた穴が大きく広がっており、とても飛び越えられるような幅ではなかった。後方にはヴィゴー達が立ちはだかっている。


 フリーレ、マグナとは散り散りになり、戦力は分散状態。この状況下を切り抜けるには、数的不利の状態でヴィゴー達を打ち破るしかなかった。しかしスラは困った表情を浮かべていない。それどころか余裕の笑みすら見せ、口元を歪ませた。


「どうした、何がおかしい?」


「ええ、おかしいですよ。私はあまり戦闘向きの能力ではありませんが、それでも立ちはだかってくれるのがこんな烏合の衆で助かりました。それに正義の神の眼も今は無いわけですし……」


 スラは短剣の片方を宙に投げたかと思うとすぐさまキャッチし、ヴィゴーに向かって突き付ける。


「私の暗殺者アサシンとしての本領を存分に発揮させていただきましょう……!」


 ◇


 一方、そのころ落下したマグナは――


「ったく、どこだってんだ、ここは」


 落下していた時間からして四階から一階に落ちたとかではなさそうだった。おそらく地下深くの空間まで落ちて来てしまっている。非常に広いが、とても薄暗い。わずかな篝火の炎だけが周囲を照らしている。


 (ここは何だ?あの四階の通路はおそらく侵入者用の罠、さしずめここは落ちてきたやつらを処分する空間ってところか。あの高さからの落下は常人なら既に戦闘不能になってるだろうが、俺は落下中に肉体を硬化させていたから、無傷で済んでいる)


 やがて薄暗い地下空間の奥に、二人の男が姿を現していることにマグナは気が付いた。


「やれやれ、あの高さで無事とはな。だが戦力の分断には成功、しかも俺が釣れたのが本命の正義の神なのだから悪くない」


「誰だ、お前ら?」


「俺の名は”智謀のルードゥ”。フェグリナ様に仇なす者に明日は無い……この俺が引導を渡してやろう」


 二人の男の片割れ、茶色のくせ毛の男が妖しく瞳孔を光らせ、笑みを浮かべた。

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