第116話 会議は踊り歌いて進む②

 彼の見たいという言葉が、自身の言葉よりも遥かにリピアーの心を動かしたことをトリエネは見逃さなかった。


「あれ?リピアー、まんざらでもなさそうだね」

「トリエネ……違うのよ、これは」


「……俺は、リピアーの着飾った姿を見てみたい」

 マグナはいつの間にか再び、今度ははっきりと声に出して言っていた。本心ではあったが、こう恥ずかしげもなく言ってしまうのはどこか自分らしくないと思った。熱にとらわれているような気分だった。


「きゃー!いいわよ、マグナ!もっと言ってやって!」

「……」


 はしゃぐトリエネを余所に、リピアーはいよいよ観念したように溜息を吐いた。そしてマグナの目をじっと見る。


「分かったわ、私がヒロインをやりましょう。でもその代わり、貴方が主役をやるのだからね?」

「ああ、分かった……」


 そう言って、先ほど見たシナリオを思い出して彼は赤面した。中盤から終盤まで、互いに愛を語る場面が山ほどあるのだ。手を取り踊るシーンに、ましてやキスシーンまで。

 リピアーも自分が監修したシナリオを思い出して恥じらい始めた。どうせトリエネがヒロインをやりたがるだろうと思い、自分がやることになるとは思っていなかったのだ。


「やったー!リピアーとマグナが主役だー!二人が愛を語らう姿、早く見たいな―!」

「頑張れよマグナ。女の口説き方やいちゃつくシーンの練習は、しっかりこの俺が指導してやるからヨ」


 反して、トリエネとマルローは非常に愉快そうに笑っていた。



 結果、決まった配役は以下の通りである。


 レイザー役:マグナ・カルタ

 マリアベル役:リピアー・クライナッズェ

 侯爵令息アレイスター役:ロベール・マルロー

 愛の女神アフロディテ―役:トリエネ・トスカーナ

 その他端役:ご協力頂くウィントラウム劇団員の方々



「あっ、そうだリピアー。この劇はなんてタイトルにするの?」

「一応考えてはいるけれども。レイザー、貴方の創作にそもそも題名はあるのかしら?」

「生憎だがそんなものはないな。俺は現実にあるべきこととして、この物語を書いたのだから」

「そう、ならひとまず、私が考えたタイトルでいかせてもらうわね」

「なになに?」

「”愛は星明りのごとく”よ」


 リピアーはそう言って、ちらっとマグナに目配せをした。彼は思い出した。レイザーに飛ばされた太古の世界でリピアーと過ごしたあの夜のことを。溜息の出るような美しい星空の下で、二人は深い交流をした。


「なんかロマンチックなタイトルね!どういう由来なの?」

「夜空の星は地上の私たちとは遠く隔たっているわ。だから光が届くのには時間差があるの。私たちが見ている光は過去の光……すぐには報われないけれどもやがて世界すらも変える二人の愛を、時を経て地上を照らす星の光に例えたのよ」

「うわー!流石リピアーって感じだね!」

「あと周囲に反対されながらも愛の炎を燃やし続けた二人を、暗い闇夜の中で明るく輝く星に例えてもいるわ」


 マグナは目を閉じる。

 

 話を聞いていて思うのは、リピアーの語る言葉には非常にデジャビュがあったことだ。労もなく思い出せる。他でもない、太古の世界で彼女と共に過ごした夜のやり取りである。

 彼女はこう鼓舞してくれた。今は報われなくとも、己が揺るがぬ限り報われる時は必ず来ると。


 あの時のエピソードをリピアーは物語に落とし込んだのだろうか。いや、きっと逆だ。物語を通して、リピアーは再度マグナを励まそうとしているからこそ、あのような内容になったのだ。なにより主役二人が自分たちになったのだから、それは殊更に意味を持った。


 リピアーに視線を向ける。彼女はマグナの想いを理解したようにそっと微笑んだ。


「さて、私はアリーアを通してマルクスに依頼をしておくわ。劇場の協力を得て、演劇を公演することができるように」

「上手くいくといいけどな」

「心配いらないよマグナ。マルクスお爺ちゃんってすごいのよ!」

「ええ、彼は世界的な大商人にして、世界最大の商会”マルクス商会”の長。彼に用意できないものは無いと言われているわ。資金も人脈も尋常なものではないし、ウィントラウムの劇場にだって当然のようにコネが有るもの」

「そんな奴がいるなんて、つくづく裏世界ってのはすげえ奴らの集まりなんだな」




 やがて話も一旦まとまったかと思い、各自席を立ち始める。公都ウィントラウムに戻るのだ。いつまでもこの深い山の中にいても仕方がないし、劇に使用する衣装や小道具、仕掛けについても作らなくてはならない。これにはトリエネと鍛冶の神であるマルローが大はしゃぎだった。

 対してマグナとリピアーは主役を務める為、特に歌と踊りを猛練習しなくてはいけない。これには協力してくれる劇団員の方々に指導を乞うつもりである。まだ協力を取り付ける以前の段階ではあるが、マグナたちがバージェス山脈から公都ウィントラウムに戻る頃には話も多少は進んでいることだろう。


 立ち去り際に、マグナはリピアーと言葉を交わす。


「あのシナリオ……あの時のことを反映させていたのか」

「……そうね。私はこの物語を通して伝えたいと思ったの。レイザーには、人生において苦難は付き物であるということ。そして貴方へは、苦難を乗り越えて報われる時が必ず来るということ」

「……」

「お節介だったかしら?」


 マグナは顔を俯け気味にしながらただ一言、

「いや、ありがとうリピアー」


 ただそれだけを言って山小屋を出ていった。リピアーも静かに笑って、彼の後に続く。


 ――こうしてトリエネの何気ない一言から始まった演劇計画がいよいよ動き出すこととなった。

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