第36話 新たなる旅路②
時刻は昼頃になった。
第七部隊の兵舎前では隊員たちが集結していた。戦闘部隊エインヘリヤルの第七部隊、つまりフリーレの配下としてこれから任務に勤しむ者たちだ。彼らは物資の点検や準備を終え、馬の支度をして、出発の時間まで待機している状態であった。
第七部隊は他の六部隊に比べると人員が不足しており、総勢はたったの七十四名であった。他の部隊はいくつもの小隊から成り立っていて総勢五百人を超えることを考えると、こちらはかなり小規模な部隊であった。
内訳としては隊長のフリーレ、彼女をお頭と呼び慕う九人の荒くれたち、その他はほとんどがルードゥやグスタフのような元フェグリナ親衛隊の隊員たちである。
親衛隊はロキ以外は圧政が始まってからフェグリナに媚びへつらうことで取り立てられた者たちである為、たとえ騎士団に残りたくても他の部隊では肩身が狭い。新設の第七部隊が人員不足かつ元ならず者中心という事情もあって、必然この部隊にまとめられたのだ。その為、この部隊はあまり育ちの良くない者ばかりが集まった、いささかガラの悪い部隊となってしまっている。
また第七部隊配属となった者の中でならず者出身となるのは、なにもフリーレたちだけではなかった。例えば、マグナとラヴィアを荒野で罠に嵌めようとした連中……アレックスとその兄弟分二人の姿もあった。
「おいおい、アレックス、やっぱずらかろうぜ……」
「配属先の隊長があの荒野で恐れられていた伝説のならず者ってだけでも逃げ出したい気分だったのに、あの世界一の大国、アレクサンドロス大帝国とマジに戦争になるかもしれないんだぜ?」
「そうだな、トニー、ピーター……ロキに
アレックス達は何とか周囲の隙を見て逃げ出そうとする。
しかし彼らの顔を知っている男たちが近づいて来る。フリーレの取り巻き、ディルクとアベルであった。
「おう!おめーらどこ行こうってんだ、まさか今更ビビッて逃げ出そうとしてたんじゃあるめぇな?」
ディルクはドスの効いた声で話すが、表情はそれほど険しくない。怒っているわけではなくただ純粋に彼らとコミュニケーションを取りに来ただけなのだ。
「ディルク、こいつらを知ってるのか?」
「ほらあれだよ、アベル。俺らがいた荒野のあばら屋がいくつもあるエリアで、旅人を罠に嵌めて金銭ギるようなせせこましいことしてた奴らがいただろ?」
「ああ、あいつらか」
アベルが得心がいったような顔をする。
「そういや、おめーらもロキに捕まってたな。で、この国に来たついでにいっちょ騎士団員になってやろうってか」
「ガッハッハッ!俺らとおんなじだな」
「いや、俺らやっぱ辞めようかと……」
アレックス達は立ち去ろうとするが、ディルクとアベルがむんずと彼らの腕を掴み引っ張っていく。
「どうせ行くアテもねーんだろ?だったら俺らと一緒に戦おうや。なーに悪いようにはしねえさ」
「あっちでアルブレヒトたちが出発前の
彼らにはアレックスたちをどうこうしようという気はない。純粋に自分たちのお頭が率いる隊の一員として迎え、親睦を深めるつもりであった。
第七部隊は人数が少ない。ひとりひとりの親睦や士気が大切だと、仲間を鼓舞する役割であることが多い二人は自然にそう考えていた。
兵舎前の広場の片隅には、グスタフとルードゥの姿もあった。
「そーいや聞いたかグスタフ?ガルダンのやつ、結局騎士団辞めるってよ。気が変わって実家の家業を継ぐ気になったらしい」
「脚を壊しているし神鳥フギンとムニンも王に取り上げられたしな……まあ本来は王家のものなんだが。それに俺達全員に言えることだが、錯覚の能力で女王に心酔していた気持ちが今や無くなってしまっているし、ムリに騎士団を続ける必要もないだろうしな」
「ロキ隊長も脚を折って療養中だし、ヴィゴーにいたっては殺されちまった。結局、元親衛隊幹部でここにいるのは俺達二人だけだな」
二人はパンをかじり、水を飲みながら立ち話を続ける。
「ルードゥはどうして残る気になったんだ?」
「俺?まあ、おりゃ元々はゴロツキだったし、どうせ行くアテもねえからな。というかフェグリナ親衛隊なんてそんな奴らばっかだったろ」
「まあ、それもそうだな」
「そういうお前は……って聞くまでもねーか」
「ああ!俺は真に従うべき
「……結局、別の奴に心酔してりゃ世話ねーな」
ルードゥはじとっとした眼でグスタフを見る。
しかしこれは軽蔑ではなく憧憬の現れであった。新たに心酔できるものを見つけられたグスタフを、ルードゥはどこか羨ましく思っていた。
◇
軍部エリアの外れ、ヴァルハラ城を囲む森林に程近い場所に位置する二階建ての石造りの建物。
ヴァルキュリアが管轄するラグナレーク王国騎士団の軍病院である。その二階の一室に、一人の男の姿があった。開け放された窓から爽やかなそよ風が入り込み、カーテンを、そして男の長い髪を揺らす。
その男はかつてフェグリナ・ラグナルに取り入って地位を上げ、そしてフリーレに敗北を喫した男……元フェグリナ親衛隊長のロキであった。彼はフリーレとの交戦により片脚を骨折し療養中の身だった。
「くそ、まだ痛むな……ええい!忌々しい!」
ロキは眼鏡を直しながら、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「聞けばフリーレの奴め、騎士団に加入し、しかもいきなりエインヘリヤルの隊長に就任したそうではないか。まああれだけ強ければ不思議な話ではないが、まったくおもしろくない……」
ロキは天井を見上げて、在りし日を述懐する。
「思えばフェグリナの治世の頃は良かった……十年前にフェグリナが父親のフェルナードを殺害したあの日、私は真っ先にフェグリナ側に寝返ったことで騎士団内での地位を約束された。トールたちは錯覚で支配され、フェグリナが偽者に成り替わっているとは知らずに忠義を貫き阿呆のように戦場で戦い続けた。一方私はアレが偽者に変わっていることをいち早く見抜いていたし、自分の地位以外のことなどどうでもよかったから、錯覚でいいように支配されることはなかった。結果として私はフェグリナに次ぐラグナレーク王国のナンバー2、騎士団内では実質トップの立場を手に入れた。あの頃は良かった。たしかに国はみるみる廃れていったが、あの頃の私は人を顎で使い、ふん反りがえれる立場だった。それだのに……ああ、そ れ だ の に!」
腕を振り上げ、ベッドを叩く。
「くそ、忌々しい!正義の神め、奴さえいなければ。それに私をこんな目に遭わせたフリーレ……!くそ!くそ!くそ!」
「邪魔するぞ」
窓側から急に声が聞こえた。ロキは驚いて振り向く。
そこには噂のフリーレの姿があった。背にはグングニールを背負っている。
ここは二階の部屋のはずであるが、あろうことかフリーレはまるで地面に立っているのと同じようにして開いた窓から上半身を覗かせている。
「な、な、フリーレ……!」
「ふむ、聞き覚えのある声が聞こえたのでもしやと思ったが、やはりお前だったかロキ。ここがお前が療養している病院だと聞いたのでな、お前を探していたのだ」
(このならず者風情がいったい私になんの用だ……?)
ロキは警戒の眼差しを向ける。
「あなたが私を探して……いったい何故でしょう?」
「なに、黙って連れて行こうかとも思ったのだが、やはり一言断っておく必要はあるかと思ってな。その脚では戦いに参加などできるまい、アレを遊ばせておくのも勿体ないと思ってな、もらい受けに来たのだ」
いったい何のことを話しているのか?
ロキが察せないでいる内に、窓によく見慣れた顔が現れた。スレイプニルだ。
フリーレが二階の窓に外から姿を見せていたのは、巨大馬スレイプニルの背に乗っていたからであった。
「スレイプニル!?」
「こいつも主人が療養中では退屈だろう。この巨大馬も、私があの時傷を負わせていたが、こいつに至っては既に完治してしまっているようだ。流石は神獣といったところか。まあお前が乗れない以上私が連れていくぞ、一度この巨大馬を乗り回してみたいと思っていたのだ」
フリーレはスレイプニルの頭を撫でる。スレイプニルはどこか怯えたような表情で彼女を見て、機嫌を伺うような素振りをする。まるで悪徳政治家にゴマを擦る商売人を彷彿とさせるような腰の低さ、服従するような
「ほら見ろ、こいつも私に協力してくれるようだぞ。どうやら私に心を開いてくれているな」
(心を開いている?私には怯えてご機嫌取りをしているようにしか見えませんが……)
ロキは黙ったままで、呆れた視線を送った。
「まあ、そういうことだ。アレクサンドロス大帝国との戦争が今に始まるかもしれん。この神獣も有効活用させてもらおう。では私はそろそろビフレストに向かい軍備を進めねばならん。ロキ、貴様も達者でな」
「ちょ、待っ……」
「では行くぞ!いざ、ビフレストの地へ!」
ロキの制止も聞かず、フリーレはスレイプニルに乗って、颯爽と軍病院を後にしていった。彼は窓から覗く景色から、フリーレを追って二羽の巨大な鳥が過ぎ去っていくのを目撃した。
(あれは……まさか、フギンとムニン?たしかにガルダンは騎士団を辞めるらしいので、実質奴らの飼い主は不在の状況だが、いつの間に奴らも手懐けていたのだ?)
こうしてフリーレには神器グングニールに加え、神獣スレイプニル、そして神鳥フギンとムニンも味方に加わった。本人の戦闘能力の高さもあり、既にエインヘリヤル内でも最強の戦力かもしれない。
(ふん、まあいい、いつか必ず私が高みに返り咲いてやる……!相手はあのアレクサンドロス大帝国だ。フェグリナ時代の圧政と戦役で疲弊したラグナレーク王国が勝てるはずがない。ただの人間による軍隊が相手ならまだしも、アレクサンドロスの軍隊はすべてが人外によって構成されていると聞く。皇帝リドルディフィードが
ロキは病床の上で不気味な笑みを浮かべるのだった。
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