第38話 裏世界②

 ドゥーマの口から発せられた”アタナシア”という言葉。

 彼女とアリーア以外のメンバーは訝し気な表情を浮かべる。


「アタナシア?確か伝承で語られる理想郷の名だったか」

「ユクイラト大陸の各地に細部の違いはあれど、それに関する伝承が複数存在している」

「そうだね、僕も聞いたことがあるよ。世界が始まった場所にして、過ぎ去りし神々が住まうとも語られる伝説の地」


 バズ、ムファラド、マルクス――裏世界の長老勢が反応する。


「それを探すというのか、ドゥーマ。伝承上の土地が実在すると言うのだな?」

「私も御伽話の中での存在だと思い、存在は軽視してきたわぁ。しかし彼、スラ・アクィナスの報告からそれが実在する可能性が出てきた」

 ドゥーマはスラの方に目線を向ける。


「はい、私が裏世界の加入試験として討伐を命じられた、ラグナレーク王国を支配せし暴君フェグリナ・ラグナル……正確には彼女に成り済ましていた偽者でしたが、正義の神と共闘することで討伐に成功致しました」

「お前が単独で倒したわけじゃねーのかよ」

 スラの話にバジュラがケチをつける。


「まあ私の能力は戦闘向きではありませんし、助力を請うてはならないという決まりもとくになかった認識ですが」

「そうね、問題ないはずだわ。必要に応じて他人の力を頼れるのも能力の一つよ」

 リピアーがフォローする。


「話を戻しますが、そのフェグリナに成り済ましていた何者か……彼女は夜の闇のように黒い髪をしており、そして三種の神器と呼ばれる三つの神器を所有しておりました」

「三種の神器……確かに伝承にも三つの神器が出てくるな」

「アリーア、知らない人もいるだろうから、語って聞かせてあげなさい」

「承知しました」


 ドゥーマの命を受け、アリーアがアタナシアの伝承について話し始める。皆の視線が彼女に集まる。


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 遥かな昔、神々は世界を造り、人や様々な生物を作り、そしていなくなった。

 世界の始まりはまずアタナシアであった。アタナシアは理想郷であった。

 争いも無く、飢えも病も無い、調和された世界で人々は暮らしていた。


 或る時、欲が生まれた。

 欲は争いを生み、それは飢えを、病を、災いを、まが

 かつては存在しえなかったものを生み出し広げた。


 或る時、神々は戻って来た。

 欲を生み出した者たちをアタナシアの外へと追放した。

 そこは無明の闇の世界であった。


 神々には慈悲があった。

 彼らが生きてゆけるように、無明の闇を半分、取り除いた。

 世界には昼と夜とが訪れるようになった。

 神々が取り除いた無明の闇は、アタナシアの民にも溶け込んだ。


 神々はつるぎで闇を切り、鏡で己が身を恥させ、玉で加護を与えた。

 アタナシアの民は欲を追い出し、そして闇を克服することを知った。

 アタナシアは再び理想郷であった。

 調和にくみせぬものはもれなく追いやられた。

 アタナシアは隔絶した。

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「アタナシアの伝承は大陸の各地に存在しますが、細部が異なります。今紹介しましたのは主に神聖ミハイル帝国内に伝わる伝承です。例えば桃華帝国では、内容の大筋は変わりませんがアタナシアという名がヒノモトという名に変わります」

「アタナシアの伝承……やはりこれは世界の成り立ちを伝えている伝承なのかな?」

「そのように考える学説が多数派のようです。なにせ”創世の神話”とも呼ばれる伝承ですので」


 マルクスの問いにアリーアが答える。

 ドゥーマがスラの方を向く。


「剣、鏡、そして玉……は宝玉かしらね。スラ、フェグリナの偽者が使っていた三種の神器というのは?」

「偽者は神器をそれぞれ”草薙剣くさなぎのつるぎ”、”八咫鏡やたのかがみ”、”八尺瓊勾玉やさかにのまがたま”と呼んでいました」

「ビンゴねぇ、たまたま一致している可能性も無くはない。しかし三種の神器という呼ばれ方からして、その三つの神器はおそらく三つでワンセット。その内訳が剣、鏡、宝玉なのだから偶然にしては出来過ぎている」


 ドゥーマは少し考え込むような動作をする。


「それに無明の闇がアタナシアの民に溶け込んだという部分はいまいち解釈が分からず、学説も分かれまくっている箇所だけど、もしかしたら髪の色が夜の闇のように黒いことを示しているのかもしれないわ」

「アタナシアの民が……ということか?」

「ええ、そうよぅ」

「スラの報告では、フェグリナに成り済まし三種の神器を所有していた偽者は、夜の闇のように黒い髪をしていたようです」

「夜の闇と表現される黒い髪色……桃華帝国の一部地域でも見られるそうだが、その髪色はアタナシアに繋がる手がかりになるのか?」

「一応私の方で桃華帝国を調べてはみましたが、アタナシアに関する有力な手がかりを見つけることはできませんでした。残念ながら既知の情報止まりです」

「だから、結局まず重要になるのは、その偽者の記憶なのよねぇ」



 ドゥーマ、バズ、アリーアの会話がひと段落すると、ドゥーマは再びスラに目線を向けた。彼は足元に置いていた金属製の箱を大テーブルの上に乗せる。


 箱を開ける。中に収められていたのはホルマリン漬けにされた脳みそであった。ホルマリンの異臭が周囲に漂う。


「これはまさか、フェグリナの偽者とやらの脳か?」

「ええ、スラの報告をアリーア経由で聞いて、三種の神器というワードでもしやアタナシアに繋がる手がかりが得られるのではと思い、急遽回収を命じていたのよぉ」

「遺体が処分される前に回収できたのは幸いでした。もっとも、彼女は多大に正義の神の怒りを買いました。しこたま殴られていたので損傷があるような気もしますが、一見問題ないように見受けられます。いやはや頭蓋骨とは頑丈なものです」

「ミアネイラ、大丈夫そう?」

「まあ問題ないとは思うわ。ただ……」


 ミアネイラは心底気が進まなさそうな顔でゴム製の手袋をはめて立ち上がると、スラの方へと近づき、ホルマリン漬けの脳に手を伸ばす。


「……こんなグロいもん触りたくないわ、はっきり言って」

「仕事よぅ、我慢なさいミアネイラ」

「はいはい」


 ドゥーマに言われ、ミアネイラは脳に触れる。


 ――ミアネイラ・オリヴァルは記憶の神ムネモシュネーの能力を持つ。


 他者の記憶を読み取ったり書き換えたりすることができるのだ。

 直接触れなくてもちょっとした程度の読み書きなら近づくだけでもできる。深く読み込んだり大きく書き換える場合には対象に触れる必要がある(手袋程度なら付けていても障壁にはならない)。また直接触れられれば形を保った脳からでも、つまり死んだ者からでも記憶を読み取ることができる。


 ミアネイラは記憶の読み取りを続ける。

 彼女の顔が不快そうに歪んでいく。


「……信じられない、なによこいつ、虐殺が多過ぎる。ここまで人を痛ぶり殺す場面を見せられる記憶は初めてね」


 ミアネイラは歪んだ顔のまま手袋を外すと、今度はアリーアの方へと近づく。


「はい、高速読み込みしたから、記憶の詳細は私では見切れていないわ。あんたの方でやって頂戴」

「承知したわ、情報の解析は私の方が得手ですからね」

「言っとくけどこの記憶、結構クる場面がちらほらあるわよ。注意しなさい」

「気を付けておくわ」


 ミアネイラはアリーアの頭に手を乗せる。

 彼女は読み取った記憶データを他者の脳に流し込み伝達することができる。アリーアはミアネイラから記憶を受け取ると、眼をつむり、情報の解析を始める。


 ――アリーア・クロイゼルファンは知の神アテーナーの能力を持つ。


 触れた対象(人間に限る)を自身の”眼”に変えて視覚データを共有することができ、このユクイラト大陸には彼女の”眼”がトータルで五十万近く存在している(ついでに聴覚データも共有できる)。

 そうして収集された膨大なデータは通常の人間の脳ではあっさりパンクしてしまうのだが、アリーアの頭脳は膨大な情報を受け取ってもリソース不足にはならず、それどころか情報をしっかり整理した上で保存でき、なおかつ風化したり忘れたりすることがない。必要な情報を蓄積されたデータから素早く見つけ出すこともでき、解析にも秀でている。

 まさにアリーアは、歩く監視システムにしてデータベースともいえる存在であり、今や裏世界の重要なブレーンの役目を担っていた。


 その為、ミアネイラが読み取った記憶データを自分で解析するよりは、アリーアに渡して解析してもらった方が遥かに速くそして確実なのであった。


 眼を閉じながら記憶データの解析を続けるアリーア。

 額にいくばくか汗がにじんでいく。


「なるほど、これはひどい。ミアネイラの言う通りね」

「その偽者、やっぱり大悪人だったのねぇ」

「ええ、虐待や虐殺をする場面があまりにも多いですし、やり方も残忍非道なものばかり。常人がこんなものを見せられたら、精神に異常をきたしてしまうかもしれません……ですが、彼女が神エロースの能力を使い、ラグナレーク王国を牛耳ったのは十年前。それ以前は、むしろ迫害される側の身であったようです」

「一応、同情できそうな背景もあるにはあるのねぇ」


 アリーアが眼を開き、眼鏡を直す動作をする。記憶データの解析が終わったようだった。


「結論から言います。このフェグリナ・ラグナルに成り済ましていた偽者……名をアヤメ・カミサキというようですが、彼女の記憶にはアタナシアに”直接”繋がる手がかりはありませんでした」

「その言い方、つまり間接的な手がかりはあったのね?アリーア」

「はい。彼女がラグナレーク王国を乗っ取る前はどうしていたかというと、どうも両親と共にフランチャイカ王国に住んでいたようなのです」

「へえ、両親の特徴は?」

「父親の名はハルト、母親の名はコレットというそうです。父親は彼女と同じ夜の闇のように黒い髪をしていますが、母親は黒い髪ではありません。髪色やファーストネーム的には、フランチャイカか近隣のヴェネストリア辺りの出身でしょうか。アヤメはよわい十五の頃に両親の元を出奔したようです。原因としては夫婦仲が上手くいっておらず、不満の矛先が娘に向かうことが多かったこと。また、黒い髪は大陸の西方では珍しいのでそれを理由にいじめや迫害を受けることも多く、それらが精神的負荷となっていったようです」

「なかなか可哀想な境遇ねぇ」


 ドゥーマはまったく心のこもっていない声で呟く。


「そして出奔の際に、父親が秘匿していた三種の神器を持ち出したようです。”草薙剣”は斬撃を飛ばせる攻撃用の神器、”八咫鏡”は取り込ませた生物の姿を記憶し映した者を変身させられる神器、”八尺瓊勾玉”は精神力を供給し神器の長時間使用と性能向上を実現する神器。これらを用い、アヤメはラグナレーク王国内で金銭をあるいは盗み取り、あるいは奪い取りながら生きていたようです。そして齢十八の時に神エロースより力を授かると、アヤメは大きな野望を抱くようになり、やがてフェグリナ・ラグナルに成り済ましその父親のフェルナードを殺害、そして王国を牛耳ってしまったという顛末です」

「なるほどねぇ。アヤメ・カミサキの暮らしていたフランチャイカ王国内の家屋、そして彼女の父親……詳しく調べる必要がありそうねぇ」

「そして、やはり彼女の脳にはそれなりに損傷があったようです。一部記憶データが破損しており、齢十二より昔のデータは内容を読み取ることができませんでした。確認できたデータで一番古いものが、既に申し上げた通り、不仲の両親とフランチャイカ王国で暮らしていた頃の記憶です」

「じゃあ、やっぱり誰かしらが現地に赴いて調べてくるしかなさそうねぇ」




 アリーアの報告がひと通り終わると、ドゥーマが立ち上がった。

 皆の目線がアリーアからドゥーマに向けられる。


「さてと、じゃあ役割分担するとしましょう。まずはフランチャイカ王国に行き、アヤメ・カミサキの生家と両親について調べる担当。アリーアが自ら行くのが手っ取り早いでしょうけど、アリーアは立場的にこのアジトに居てくれた方が都合がいいし、リピアー、アンタにお願いするわぁ」

「……まあ承知したわ」


 リピアーは落ち着いた所作でヴァレニエの添えられた紅茶を飲みながら答える。


「そしてもう一つ重要なのが、ラグナレーク王国に行って、三種の神器をかっぱらってくる担当ね。あれがアタナシアに至る為の鍵であることは間違いないわぁ」

「そもそも三種の神器についても、スラがアヤメ・カミサキの脳と一緒に持って来ればよかったのではないか?」

「はい、初めはそうするつもりだったのですが、ヴァルハラ城地下の宝物庫は暗号により特殊な結界が張られているのですよ。物理的な鍵が存在し、それを盗み出せばどうにかできる類のものではありませんでした。姿や音を消せるだけの私には現状どうにもできず」

「使えないやつねぇ、まったく」


(まあ、私にとってはむしろ幸運でした。あまりマグナさんと敵対するような行動は取りたくありませんし……)

 スラは顔に出さずに胸中でつぶやく。


「まあ、なら内部の人間を操って開けさせればいいだけ。ミアネイラ、行ってもらえる?」

「分かったわ」

「それと、アンタ一人だけだと戦闘面が不安だから、グレーデンとカルロ、アンタらも行ってきなさい。アンタら新米三人組、大きな仕事はまだやったことがなかったでしょう?頑張ってきなさいな」


「まあいいだろう」

「神器盗むだけの仕事の護衛かよ、つまんなそうだな」


 グレーデンが了承する横で、カルロがテーブルに脚を投げ出しただらしない姿勢のまま不平を言う。


「なんなら暴れてきてもいいわよぅ、二人とも」


「……!」

「ま じ か っ !」


 カルロが喜色に満ちた声を上げる。

 その隣でグレーデンもまんざらではなさそうに笑みを浮かべる。

 ミアネイラも楽しい仕事になりそうだとほくそ笑む。


「王都アースガルズで暴れてきなさい、そうすればヴァルハラ城の兵の意識もそっちに向かってミアネイラも仕事がやりやすくなるだろうし。それにラグナレーク王国は、今や噂の正義の神の庇護国。なんだか放っておいたら邪魔になりそうな存在だし、今のうちに奴の庇護国の住民を殺戮し、信心を奪い、弱体化させておくのもいいと思ってねぇ」

「へへ、同感だぜっ。それに正義の神か、なんつーうさんくせえ神だよ」

「そうねぇ、正義の神……一体何を司っているつもりなのかしらね?私から言わせれば何が正しいか間違っているかなんて、時代や場所が変われば様変わりするものよぅ。同じ時代を同じ国で生きていても意見なんてばらばらなのにね。私から言わせれば、存在しないものを司る滑稽こっけい極まる神だわ」

「そうだな、あまり調子に乗らせるとウザそうな神だしな。今のうちに芽を摘んでおくのは賛成だぜ」

「俺たちの組織には善悪という判断基準がないからな。正義の神というふざけた存在が居れば、その内邪魔になる可能性は高いだろうな」



 三種の神器奪取組の話が一旦済むと、ドゥーマはさらにもう一つタスクを提示した。


「あとやっておきたいこととしては、そうねぇ……スラ、アンタの報告ではアヤメ・カミサキを討伐した際、その場には五人いたのよねぇ?」

「はい。私と正義の神マグナ・カルタ、ブリスタル王国クローヴィア男爵家令嬢ラヴィア・クローヴィア、ならず者の頭領フリーレ、フェグリナ・ラグナルの実弟ツィシェンド・ラグナルの計五人です」

「そのラヴィアっていう小娘も、夜の闇のように黒い髪をしていたのよね?」

「はい、その通りです」

「大陸の西方で黒い髪はかなり珍しいし、調べてみる価値はありそうよねえ」

「ですがドゥーマ。このユクイラト大陸西方の各国に、少数ながらも黒い髪の人間は存在しています。そしてルーツを辿ると、どうも昔に桃華帝国から移り住んできたシン族であるようです。ラヴィア・クローヴィアもそうである可能性が高いかと」

 アリーアが口を挟んだ。


「でも彼女は男爵令嬢よ?貴族位になっているわけだから単なる余所者ではない、何かがあると思うのよねぇ」

「まあ確かに、アヤメ・カミサキとその父親ハルトは黒い髪であり、名前も桃華帝国で見られるような名前とは大きく違うので出身がアタナシアである可能性が高い。同じく黒髪のラヴィア・クローヴィアも調べれば何か出てくる可能性はありますね」

「じゃあ決まりね、ラヴィアとかいう小娘も試しに調べてみましょう。誰かにブリスタル王国に行ってもらうとして、誰にしようかしら。じじい共(バズ、ムファラド、マルクスのこと)はあまり動かすべきじゃないと思うし、アリーアも動かしたくない、グラストとバジュラは別件で動いてもらう予定だし」

「なら、消去法で俺しかいないだろう」


 アーツがだるそうに手を挙げる。


「アーツ、行ってもらえるかしら?」

「まあ、やると言った以上はしっかりやってくる」


 クールに返すアーツに、アリーアが補足情報を入れる。


「それとラグナレーク王国にいる私の”眼”からの情報によると、正義の神は既にラグナレーク王国を出立しており、一方ラヴィア・クローヴィアは王都アースガルズに残留している状況のようです」

「ほう、そりゃ襲撃にちょうどよさそうだな……!」

「クローヴィア男爵家のルーツについての研究はアーツに任せるとして、ラグナレーク王国にはラヴィア・クローヴィア本人がいるのだから、ミアネイラに記憶を読み取らせるのがいいだろうな」

「ええ、グレーデン、任せて頂戴」




 こうして現状の最優先タスク――アタナシアの捜索については三手に分かれることになった。


 フランチャイカ王国に赴き、アヤメ・カミサキの生家と両親について調査するリピアー・クライナッズェ。

 ラグナレーク王国に赴き、三種の神器の奪取、王都アースガルズを襲撃して正義の神の信心削減、ついでにラヴィア・クローヴィアの記憶取得を担当するグレーデン・アンテロ、カルロ・ハーレス、ミアネイラ・オリヴァル。

 ブリスタル王国に赴き、クローヴィア男爵家のルーツを調査するアーツ・ドニエルト。


「はい!じゃあ役割分担も決まったし、各自行動開始よぉ!」


 ドゥーマがパンパンと手を叩く。

 そして彼女は、トリエネ・トスカーナの方に目線を向けた。


「あ、そうそうトリエネ。アンタには別件の依頼が来ているから、そっちをやってもらうわよぅ」


 トリエネはうんざりした顔でドゥーマを見る。


「はあ……名前呼ばれなくてラッキーって思ってたのに」

「アンタの大好きな暗殺のお仕事よぅ、密偵調査付きでね」


 ドゥーマは意地の悪い笑みを浮かべながら、依頼書を取り出してトリエネに突き出す。


「大好き?認識能力があべこべになってるんじゃないの?」

「暗殺組織なんて他にいくらでもあるのに、わざわざ裏世界に依頼を持ってくる……こういうお客はプラスアルファの仕事を求めているのよぉ。内容盛る代わりに金額も釣り上げさせてもらったわぁ」

「……ドゥーマ、私になら何やらせてもいいと思ってるでしょ」

「おかしなことを言うわねぇ、トリエネ。アンタそもそも大したことできないじゃない」

「はいはい、やればいいんでしょやればっ」


 トリエネは依頼書をひったくるように奪うと、懐にしまい、会議室の後片付けを始める。


「そうだ、スラ。アンタにはまだタスクを振っていなかったわねぇ」


 ドゥーマがスラの方を見る。


「トリエネの暗殺任務に付き添ってくれない?まあアンタはもともと暗殺者アサシンらしいから仕事を学ぶというよりは、あの役立たずがちゃんと仕事しているかの抜き打ちチェック役ね」

「はあ……まあ、分かりました」

「後でアリーアの”眼”になっておきなさい。そうすればアンタを通して、アリーアが状況を把握できるから。あとアンタはトリエネに手を貸したりしたらダメだからね」

 そう言ってドゥーマは、アリーアを伴って立ち去った。


 ――かくして聖都ピエロービカの地下で、秘密組織”裏世界”が暗躍を開始するのであった。

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