第87話 ビフレスト防衛戦⑧
南から攻めてきたデカラビア隊は数万規模の大軍勢であった。しかしもはや戦場はラグナレーク側が支配していると言ってよかった。獅子奮迅に駆けるフリーレ、お頭の為にと張り切る取り巻き勢、ここぞとばかりに暴れ回るグスタフとその他第七部隊の面々。それに加えて第五・第六部隊も引けを取らない戦いぶりを見せている。
遠くの空から飛来する影が見えた。フギンである。上にはトールとヘイムダルがいる。北東の戦線を片付けた二人は、激戦が予想された南の戦線に一足早く舞い戻って来たのだ。
同じようにして北西の戦線からは、バルドルとテュールがムニンに乗って戻って来る。そして南の戦線にはエインヘリヤルの七隊長が集結することとなった。
「すげえなフリーレの奴……アイツが敵でなくて良かったと思うよ」
「まあ貴方は完膚なきまでにやられていましたからね」
フリーレの闘いぶりに感心するトールに、ヘイムダルがやっかみを入れた。
「俺たちも加わろう。この調子なら勝利も目前だ」弓を構えながらいつになくそわそわしているバルドルに「フリーレの勇姿にあてられてるなぁ、お前」とテュールがからかうように言った。
「……!待ってくれ、みんな。遠くを見てみろ!」
フレイが叫びながら前方の彼方を指差す。
彼が指差したのは崩落した断崖から向かって南の方角。つまりアレクサンドロス大帝国の領土がある向きである。その彼方に悪魔のような角を生やした軍勢があった。
中央には骨だけの巨大馬に跨った騎士然とした女性の姿がある。漆黒の鎧は胸部や腰回り、肩や
「エリゴス様、いかがされましょう?」
傍らの兵士が尋ねる。
「撤退するしかないだろう。まさかデカラビア、キメリエス、フルカス……我ら先遣部隊の
エリゴスと呼ばれた女騎士は、骨馬に騎乗したまま踵を返そうとする。
「皆の者!撤退するぞ!」
敵勢が続々と引き上げ始めた。フレイたち隊長勢はその姿を見ながら、ほっと胸をなでおろすような気持ちになる。
「敵軍が撤退を始めたようだ」
「此度の戦は我らの勝利ということでしょう」
「将クラスのバケモンが三体もやられたのはさすがに誤算だったか」
「ガッハッハ!アレクサンドロスっつってもたいしたことねえな!」
「……いい気になるな、テュール」
「ですが勝利で終わって良かったです。初めの戦力差は絶望的でしたからね」
戦いの終結に安堵し始める隊長勢の中で、一人だけ違う行動を取る者がいた。
フリーレはスレイプニルの馬上からグングニールを投擲すると、すぐさま自身も飛び出してそれを掴み、撤退する敵陣の只中に急速に飛び込んだ。その行動には敵はもちろん、味方も度肝を抜かれる思いがした。
「はあ!?」
「あの馬鹿!何やってんだ!」
トールとテュールが声を上げて驚く。
フリーレは敵兵に囲まれる中で、グングニールを不敵に構えて敵将に向き直る。
「……逃がすと思うのか?」
エリゴスは突如立ちはだかった不遜な女に眉を顰めた。周囲の敵兵はそろって槍を構え、フリーレに襲い来る。
「エリゴス様に近づくな!」
「単身飛び込んでくるとは、良い度胸してるじゃねえか!」
「お前ら、こいつをやっちまえ!」
しかし威勢が良いのは最初ばかりであった。その金色の髪を靡かせたおっかない雰囲気の女に、兵士が次々と返り討ちに遭うのを見るにつれ、みな一様に物怖じし始める。
「どうした、こんなものか?」
「お前たち、もういい下がっていろ。さすがは隊長格といったところか。
エリゴスはそう言うと骨馬から地面に脚を下ろした。グングニールを構えるフリーレの前に、エリゴスもまたハルバードを手に対峙する。
足音の群れが近づいて来るのを感じる。
遠くからディルク、グスタフ、そしてトールの雄々しい声が聞こえる。
「ハッハー!流石はお頭、そうこなくっちゃ!」
「逃がさないぜ!そんな都合よく退かせるかよぉ!」
「ええい!気が変わった!ここで敵戦力は削げるだけ削いだ方がいい!お前ら残党狩りだ、やっちまえ!」
エリゴスは周囲の兵士に「向かって来るラグナレークの兵どもを返り討ちにせよ」とだけ言って、再びフリーレに目線を向ける。
敵兵がわらわらと、迫るラグナレーク兵に突撃してゆく。その喧騒の中でエリゴスは静かだがよく通る声で名乗りを上げた。
「我が名は
「ラグナレーク騎士団エインヘリヤル第七部隊長、フリーレ……推して参る!」
風はたちどころに吹きすさび始めた。
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