第4話 VSハレイケル・デュローラ

 中央広場には荷馬車に積まれた金品、捕縛された人々が続々と集まっている。広場の中心に備え付けられたお立ち台の上で、ハレイケル・デュローラは銀髪と白い外套を風に靡かせていた。樽を即席の椅子代わりに腰掛けながら、眼下のデュローラ私兵たちを見つめている。


 東の空が朝の白い光に染まり始める頃、一台の新たな荷馬車がやって来た。御者の男はデュローラ家紋入りの鎧と兜を身に付けている。どこか着慣れていない印象があった。


「ハレイケル様、ラヴィア・クローヴィアを捕らえました!」


「おお、でかしたぞ」


 ハレイケルが特に感慨もないような声音で言った。


「なかなか上玉の女ですぜ。まだ小娘だが、まあなかなかの値段で売れるでしょう。さあさあ御覧になってくだせえ」


「ふむ、そうか」


 ハレイケルがお立ち台を降りて荷馬車に向かおうとするも、降りる前に動きを止めた。


「待て。お前、兜を脱いで顔を見せてみろ」


「は、な、何を?」


「お前の声には聞き覚えがないのだよ、俺は物覚えは良い方なのだがな。それにイントネーションにどこかデュローラではない、このヘキラルを含むブリスタル南方地域特有の訛りが感じられる」


 ハレイケルが手を上げる。周囲の兵士たちが一斉に槍を構えて疑われた男に突きつける。


「お前は誰だ?」


「……」


 男は大人しくデュローラ家紋の入った兜、そして鎧を脱ぎ捨てた。

 栗毛色の逆立った髪、怜悧な目つきの精悍な男の姿がそこにはあった。


「ばれちゃしょうがねえ。油断させてさっさとぶちのめす予定だったが、まあいいだろう」


「何者だお前は?」


「俺の名は……マグナ・カルタ」


「誰でもいいさ、殺せ」



 ハレイケルが手を下すと兵士たちが一斉にマグナに槍を突き刺した。しかしすべての兵士が即座に違和感を感じた。槍がまったく刺さらない。まるで固い金属に突き当てているかのような感触。

 そして眼前の男の姿に、兵士たちは驚愕して立ちすくんだ。マグナと名乗るその男の姿が突如漆黒の鎧姿に変貌していたのだ。漆黒の外殻が陽に照らされて光り、唯一覆われていない栗毛色の髪が風になびいていた。


「これは驚いた。初めて見るが、さてはお前、神だな?」


 ハレイケルがつぶやくと、周囲の兵士たちがどよめいた。


「聞いたことがあるぞ。この世界の過ぎ去りし神々、彼らはきまぐれに人に力を与えることがあるという。 お前もそんな力を授かった者なのだろう?」


「その通りだ。俺は正義の神、マグナ・カルタ。ハレイケル・デュローラ公爵、俺はお前の悪行を見過ごせない。神の名の下にお前を処断する」


 ハレイケルがマグナが乗ってきた荷馬車に目をやる。視線に気づいたマグナが答える。


「言っておくがあの荷馬車は空だ。ラヴィア・クローヴィアを含め捕まった人々は別の場所に隠している」


「ふむ、ではお前をどうにかしなくてはいけないわけか」


 ハレイケルが落ち着き払った声で兵士の一人になにやら声をかける。兵士が走り去ると、彼はマグナの方に向き直る。


「確かにお前は神の力を持っているようだ。だが、残念ながら私の方にも勝算が三つある」


「何?」


「一つは、何故お前は今更になってのこのこ現れたのか?すでに町の制圧は完了、略奪や拐取もあらかた終えているところだ。邪魔立てしたり抵抗したり商品価値のないものはほとんど殺してしまっている。何故今になってここに来たのか?」


 ハレイケルがマグナを指差す。


「……答えは、お前が神の力を手に入れたばかりだからだ。そうだろう?おそらく土壇場になって神の力に目覚めたのだ。お前自身その力のことがまだよく分かっていないのではないか?」


「確かに、その通りだな」


「二つ目はわざわざ兵士の鎧を着て私の油断を誘ってから倒そうとしたことだ。鎧袖一触と呼べるほどの力ならば小細工など必要ない……既に消耗しているんじゃないか、お前?もしくは今はまだ力を消耗していないが、長時間力を行使することができないかだ」


 マグナは図星を突かれたが、とくにごまかすこともしない。


「そして、三つ目の勝算は……」


 兵士が鞘に収まった大剣を抱えてハレイケルの元へとやって来る。彼は青白い大剣を引き抜き、掲げた。


「……私には神殺しの剣があるのだ」


 颯爽とお立ち台から降りると、マグナに悠然と近づいていく。


「神殺しの剣だと?」


「この世界には”神器”と呼ばれるものがある。かつて神々が作り上げたという武器や道具のことだが、このデュランダルもその一つ」


 ハレイケルがマグナに斬りかかる。しかし鎧の外側に傷をつけるばかりでダメージには至らない。


 マグナは構えた両腕で次なる斬撃を受け止めた後、デュランダルを殴りつける。ハレイケルは武器ごと後方に弾き飛ばされるが、体勢を崩すことなく着地した。


「やはり普通に斬るのではだめか、ならば……」


 突如デュランダルの刀身が意思を持った生き物のように伸びたかと思うと、幾重にも枝分かれして、広場の脇で戦利品の仕分けに勤しんでいたならず者たちに次々突き刺さった。ならず者たちは苦しみ呻きながらミイラのように干からびていく。枝分かれしたデュランダルの刀身は血を通わす血管のように動いている。


「何をやっている?」


「このデュランダルは生命力を原動力としている。普段は私の手を通して得られる微弱な生命力だけで動いている。そしてそれで充分なのだが、お前は特別だ。人を殺して血を貪ることで発揮される、デュランダルの真なる力で貴様を両断してやろう」


 デュランダルの刀身が元の形に戻る。広場に集まっていたならず者たちは皆息絶えていた。


「……イカれたヤローだ」


「もともと彼らは処分する予定だったのだからな。我々には何の不都合もない」


 ハレイケルがデュランダルを振り上げる。血にまみれた刀身が、それには不釣り合いな高貴で青白い光を放っている。


 一閃、ハレイケルが剣を振ると、マグナのみならず周囲の荷馬車や兵士たちもまとめて吹き飛び、彼らの後方に位置していた建物はそのほとんどが轟音を立てて崩れ落ちた。


「ははは!これで一巻の終わりだな」


 ハレイケルが得意げに言うが、すぐに表情が固まった。辺り一面の瓦礫、舞う砂埃の中でマグナが五体満足で立ち上がる姿を見たからだ。いや、五体満足どころかその鎧にはほとんど傷らしいものがついていなかった。


「っばかな!」


 ハレイケルが狼狽する。通常の斬撃でも多少の傷がついたのに、何故その何倍もの威力の斬撃で傷がつかない?この一瞬で鎧の硬度が増したのだろうか、それもあり得ない程までに。


 デュランダルを構えたまま立ち尽くすハレイケルに、いつのまにかマグナが近づいていた。


「お前は何が得たい?」


「何?」


「周りをよく見てみろ。力を吸うのに使ったならず者だけじゃない、今のお前の攻撃でデュローラ私兵までもが何人も重傷を負っている。ここまでして得る金や地位にどれほどの価値があるというんだ?」


「黙れっ!私はハレイケル・デュローラ、この国のすべては私が掌握するのだ!やがて現国王や王族を輩出してきたプラーダー家をも滅ぼして、ブリスタルのすべてを我が物に……」


 マグナが拳を振るう。ハレイケルが口や鼻から血を噴き出してよろめく。


「がはっ!」


「悪いがな、この俺が神となったからにはそんな真似は許さない。正義の名の下にこの国は生まれ変わる。何者も奪われず捕らわれず脅かされず、ブリスタルは正しき姿に生まれ変わるんだ」


 再び拳を振り上げる。


「俺は自分勝手に振る舞い弱者を虐げ、私腹を肥やして生きてるような奴らが、どうにも我慢ならねぇんだっ!」


 マグナの拳がハレイケルに向かって突き出される。彼はとっさにデュランダルで防ぐが脆くも刀身を叩き折られ、拳はそのまま彼の胴に突き刺さった。口から血を噴き出しながら、まるで突風に巻かれる木の葉のように吹き飛んでいった。


 中央広場の外れで、ハレイケルはすっかり気を失って倒れていた。



「ハレイケル様が……デュランダルが……」

 周囲の兵士たちがどよめく。


「お前ら」

 マグナが呼びかけると、兵士たちは固唾を飲んで彼の言葉に耳を傾ける。


「今回のことはやがて国王陛下の耳にも入るだろう。デュローラ公爵家は凋落する。それは確実だ、もう甘い汁は啜れない……そしてここから先はお前たち次第だ」


 マグナが威嚇するように拳を突き出して握り締める。


「もう二度とこんな真似はしないと誓え。さもなくば、正義の神もお痛が過ぎることになるぜ」


「と言いますと……?」


「ぶっ殺すっつってんだよっ!アッーーーーー!?」


 彼が咆哮を上げると、兵士たちは蜘蛛の子を散らしたようにその場から逃げ出し始めた。だが、あの男だけは国王に突き出さねば。マグナは気絶して横たわるハレイケルに向かって歩き始める。徐々に鎧化も解けて元の姿へと戻る。体力の限界が近い、神の力はとにかく体力を消耗する。


「はあ、ほんと目まぐるしくて、やれやれな一日だったぜ……」


 息も絶え絶えになりながら、マグナは独り言ちた。


 ――この日、デュローラ公爵家は失墜。そして世界に正義を司る神が誕生した。

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