第五章 王都への道は一日にして成らず

5-① 兎は妹を堪能する

 僕が領主邸で目覚めてから更に一週間、僕はアネッサさんの宿に戻っていた。


 そろそろ冒険者業に戻らなきゃいけないし、次の布教プランを考えなければいけない。しなければいけないのだが、ピアちゃん達を抱き締めてゴロゴロしていたら止め時を見失った。


「鏡よ、鏡。世界で一番可愛いのはピアちゃんとミミちゃんだな?(確信)」

「決めつけは良くないの、あと何処にも鏡なんかないの」


 ピアちゃんから鋭いツッコミが入る、しかし異論は認めない。


「ねぇ、ピアちゃん。ピアちゃんは何でそんなに可愛いの?」

「おねーちゃんに褒められて、その、嬉しいの・・・でも、そんなこと聞かれても、困るの・・・」


 僕はピアちゃんを抱き締めて、全身で妹を感じながら可愛がる。

 ピアちゃんは僕の質問に頬を染めながら、少し困ったように答えてくれた。

 その表情が可愛くて、僕は更に抱き締めた。


「ん〜〜、ピアちゃん可愛いっ、小さいっ、柔らかいっ、いい匂いがするっ! すんすん」

「あははっ、ぐすぐったいのっ!」


 そして部屋にはもう一人の妹、ミミちゃんも居る。

 僕が妹を蔑ろにするなどあり得ないので、撫でて抱き締めてかいぐりかいぐり構い倒す。


「ミミちゃんも可愛い! ミントみたいな香りがする!」

「がぅうぅぅ〜〜♪」


 あぁ、異世界の中心で妹を叫びたいっ!


 ◇


 さて、僕は現在白兎を装備しているわけで、非常に耳が良い。

 そんな僕のウサミミが聞き覚えのある足音をキャッチした。


「ちぇー、もうちょっと二人といちゃいちゃしていたかったなぁー」

「あっ、エリザちゃんのママの足音なのっ!」


 ピアちゃんはいつも白兎なので、当然足音に気付いていた。

 そして、マルセナさんと言えばこの登場。


 ──バァンッ!!


「おはようっ、二人共! 迎えに来たわよぉ!」

「・・・マルセナさん、声のボリューム下げて。あと、扉壊れちゃうよぉ」

「おはようなのっ!」

「がうがう」


 この人いっつもフットワーク軽すぎだよ、何で使いの人じゃなくて伯爵夫人が来るのさ。


「形あるものは、いつか壊れるものよぉ?」

「壊れるのと、壊すのは違うからね?」


 マルセナさんは「細かいわねぇ」と呟きながら勝手に部屋に入ってきた。

 入室の許可を出した覚えはないのだが、たぶん言うだけ無駄なのだろう。こうなっては話を聞くしかない、僕はピアちゃん達を抱き上げてベッドに腰掛けた。


「それで、『迎えに来た』っていったい何ですか? 何も聞いて無いですよ?」

「ほらぁ、前にアルバートが王都へ一緒に行くって話をしたじゃない? それの詳細を詰めるために一度話合おうと思ってぇ」

「あぁ・・・あの時の」


 嫌な記憶が蘇り、僕は無意識に顔をしかめた。


「ふふふ。あの人も反省してるから、あまり嫌そうにしないで頂戴な。もしかしてまだ怒ってる?」

「別に怒ってるわけじゃないよ、ただモヤっとするだけ」

「そぉ? ならあとはあの人の努力次第ね! とりあえず今日は時間あるかしらぁ?」


 それ「迎えに来たわよ!」って言う前に聞く奴だから、断らせる気ないじゃん。

 だがそれを敢えて断るのが僕である。


「いやー、残念! 今日は妹達といちゃいちゃするのに超忙しくってさぁー、また後日お願いしゃっす!」

「料理長新作お菓子も準備したわよ!」

「行くのっ!」

「がうっがうっ!」


 Oh、ジーサズ・・・。

 結局僕は行くことになった。仕方ない、僕は妹・ファーストなのだから。


 ◇


 僕は領主邸へ移動する道すがら街並みに目を向ける。

 家族を連れ歩く者、仕事に従事する者、様子は様々だが一様にその表情に影はない。

 先日の戦闘場所から離れていることもあるだろうけど、きっと皆がきっとこう思っているのだ。「自分たちの街はあの戦いに勝利した」と。


 あの戦いは、子供達をめぐる外国(たぶん帝国)との戦争だった。まぁ、帝国の脅威自体は早々に取り除かれんだけど、そこに「リアムの転輪」も加わったことが更に事態を悪化させた。


 偽神の出現と大規模な破壊行為。

 その結果スラムは崩壊したものの、アルバートさん達の迅速な判断と行動のお陰で戦いに巻き込まれた市街民は皆無、スラム民も怪我をした者は多く居たけど死亡者は無し。

 色々な偶然と奇跡が重なったこともあるだろう、でも完全勝利に間違いは無い。


 横を楽しそうに走って行く子供達。

 その様子を見て安心すると共に、まだ残っているいくつもの問題に思いを馳せる。


 まず攫われた子供達、あの戦いで攫われた子供達は全員保護出来た。でもそれ以前に攫われた子供がまだ行方不明なのだ。

 子供達は何処へいったのか。帝国か、それともリアムの転輪が連れて行ったのか? 目的は? まだ生きているのか? 生きているならば救出しなきゃいけない。


 次にリアムの転輪と帝国の関係。

 帝国と協力関係なのか、帝国がリアムの転輪なのかによって話も対処も違う。

 

 そもそも、何で”転輪”なんだろう? 文字だけ取るなら、たぶん「流転輪廻」の事だ。

 若干意味は違うけど、輪廻転生と流転輪廻は同じく「生死を廻り繰り返す」ことを指している。

 あいつ等は女神リアムの復活を望んでいる?

 でもやっていることは女神リアムの怒りを買うような行いだ。女神リアムはリアムテラに生まれる全てのお母さん、子供を殺されたら絶対に怒るに決まってる。

 どういう意味なんだろう、それとも名前に意味はないのかな?


 そして最後に姿を消した「手前さん」。

 名前が分からないので勝手に「手前さん」と呼んでいるけど、あの人はたぶん組織の重要なポストに座ってた人なんじゃないかと、僕は思っている。偉そうだったし。


 あの戦いで結局死体は見つからなかった、踏みつぶされたらしい場所には大量のスライムの死骸があったのみ。もしかしたら生きて逃げたのかもしれない。

 もし生きていたのなら、少し不味い事になる。相手にピアちゃんが生きていることが知られてしまった。

 アニマル’sが出てきてくれたとはいえ、僕はピアちゃんを守るために早急に強くなる必要が出てきた。


 他にも戦いとは関係ない問題がごろごろ、問題いっぱい僕の頭はぐるぐる。ついでにストレスでお腹がキリキリ、もうんなっちゃう。でも──。


 僕は通り過ぎた子供達の中に、スラムの子が混じっているのに気付く。

 子供達に生まれの違いは関係ないらしい、すごく楽しそうだ。

 攻め攻められは決して良い事じゃないけど、悪い事ばかりじゃないのかもしれない。


 僕はそう思って、頬を緩めるのだった。

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