2‐⑤ 神はかく語りき

《ひとまず、このままじゃ話辛いから此方へいらっしゃい♪》


 アルテミス様のそんな声と共に浮遊感に襲われる。

 壁や床は消失し、周囲が夜空へと変化したかと思ったら、ふわりと何も無い場所に着地した。


(怖ぇーー!!)


 昔、高層ビルのガラス床を歩いたことがあるが、あれと同じ感覚がする。

 床があることを理性で分かっていても、落ちるという本能的な恐怖が勝ってしまう。

 ──つまり、超怖い。


 少し先を見ると先程の声の主と思われる人物と椅子が四脚、女性の方がこちらへ手招きしている。

 僕はその場から動かず、女性に声を掛けた。


「すみません、一つお願いしても宜しいでしょうかっ!」

「あら? 何かしらぁ?」


 僕が人生で初めて会った神様(仮)にしたお願いは、『床が欲しい』だった。


 ◇


 ぎゅーー!!

 椅子が二脚あったが、僕はピアちゃんを膝に乗せて抱き締めている。

 ピアちゃんはこの空間が平気そうなので、僕の心の安寧を保つために協力して貰うことにした。


 そんなピアちゃんは、男神をじっと見つめている。

 その顔に浮かぶ感情は何なのだろうか、僕では伺い知れない。


「うむ、良き関係を築けているようで安堵した。改めて自己紹介を。我はこの世界、リアムテラを創りし神の一柱『テラ』である」

「私がアルテミスよー、足を運んでくれてありがとう。あ、現実では時間が経過していないから安心してね♪」


 テラ様の荘厳な雰囲気に対し、アルテミス様は非常に軽い。近所のお姉さんみたいである。


 今初めて知ったが、この世界の名前は『リアムテラ』と言うらしい。

 創造神は女神『リアム』、そして男神『テラ』。

 女神リアムは世界を創造したのち命を世界に帰し、これから生まれる全ての命の母となった。

 男神テラは眠りにつき、先に現れる脅威に備えた。

 これがこの世界の成り立ちとのこと。


 では眠りについている筈のテラ様が、どうして目の前に居るのか。

 その辺りも僕が呼ばれた理由と関係があるのだろうか?


 そしてもう一柱、まさかこんな所で聞くとは思わなかった名前。

 女神『アルテミス』

 それは貞潔と狩猟を司る女神の名で、弓の形が三日月に似ていることから月の女神として知られている。

 そう、彼女は超有名な


「我等はまず、そなた等に謝罪をせねばならぬ。此度、説明も無く此方へ呼び、何の手助けも出来なかった事を深く謝罪する」

「私もごめんなさい、どうしても話し掛けられない理由があって」


 二人揃って頭を下げてくれたが、僕は何とも思っていないので逆に申し訳なくなってくる。


「そんなっ、気にしないで下さい! 記憶が朧気おぼろげですが、僕は地球で死んだんですよね? では逆に助けていただいたという事じゃないですか。ピアちゃんとミミちゃんにも会えましたし、此方からお礼を申し上げたいくらいです!」

「ピアもよく分からないけど、おねーちゃんと会えてすごく嬉しいの」

「がぅっ!」


 僕達がそう伝えると、二人は頭を上げてくれた。


「でも、その感じからすると詳細を教えて頂ける感じですか?」

「うむ、順を追って説明しよう。全ての始まりはウェヌスが厄神やくじんに襲われた事に起因する」

「最近ね、この厄神の出現と一緒に人の子が変な動きをするようになったのよぅ。で、遂には神をも襲うようになったの」


 神様はピアちゃんの身に起きた悲劇と共に厄神の存在を教えてくれた。


 アルテミス様は、三日月を通して世界を見る力を持っているらしい。

 そこで偶然ピアちゃんに危険が迫っていることを知ったものの干渉する力までは無いらしく、テラ様を起こして、厄神をギリギリの所で撃退。ピアちゃんを守ったらしい。


「しかし幼き神であるウェヌスは信仰を失い、死にかけていた。しかし我も厄神を迎撃した影響で助けることが出来なかったのだ」

「そこで私が手助けしたのよー、ピアちゃんが伸ばしていた糸を私が地球に引っ張り込んだのよ。で、貴方に繋げたの」


 なるほど、ピアちゃんにそんな過去が……。

 胸が引き裂かれるような話だ、当事者のピアちゃんはもっと苦しかっただろうに。


 僕は沈痛な思いで話を聞いていた、しかしいくつか疑問も残る。

 まず、この体は誰の物なんだ?そこら辺に落ちてたという事はあるまい。


「それはウェヌスの体だ。そなたは今ウェヌスの体を借りて活動しているということになる」

「はぁっ⁉ この体、ピアちゃんのなんですか!? じゃあ、こっちのピアちゃんは何なんですか?」

「そちらもウェヌス本人である」

「ウェヌスちゃんは貴方を探し当てた時、体が崩壊していて残滓しか残っていなかったうえに、魂も消滅寸前だったの。そこで応急処置として体から魂を取り出して、貴方の魂を入れたの。で、魂の方は残りの力で実体化したの」


 つまり元気な魂のお陰で体の崩壊は止まり、体の維持に使っていたエネルギーが使えるようになったので、無事な体を作った。

 だがその結果、同じ人物が二人居るような状態になったと言うことらしい。

 なるほど、どうりで僕が転性してたり、ピアちゃんと同じ顔だったりするわけだ。


 僕が少し成長しているのは魂に引っ張られたかららしい。

 つまりそれは、僕の精神年齢が中学生レベルだったという事。悲しい真実が判明してしまった。


「まぁそのせいでウェヌスちゃんの神格が落ちちゃったんだけどねー」


 まぁ半分人間だしな、仕方ない。


「じゃあいずれピアちゃんに体を返さないといけないんですか?」

「いいえ、貴方の魂を定着させるのに50年かかっちゃったし、馴染んじゃっててもう剥がれないわね」

「え、50年⁉」


 アルテミス様が言うには、弱っていても神の体なので人間の魂を入れようものなら、圧力ですり潰されるらしい。

 そこをアルテミス様が時間をかけ、頑張って定着させたとのこと。

 いや、その『時間をかけ』のスパンが半世紀とか長すぎるわ!


「では、僕がこの世界ですべき使命とかは無いのですか?」


 僕の役割がピアちゃんの体を助ける事だとするならば、この世界に来た時点で終了しているのだ。


「いや、そなたには三つほどやって欲しいことがある。一つ目が、その体を守り抜いて欲しい。二つ目が、信仰を集めて神に戻って欲しい。三つ目が、厄神を討伐して欲しい」

「え、厄神ってテラ様が倒したんじゃ?」

「否、我には手傷を負わせる事しか叶わなかった。故に、そなたには信仰を集め、力を蓄えて厄神を討伐して欲しい。その為の力も既に渡してある」


 力……神様のレシピ本のことか。


「それはウェヌスが持っている力に、我が神力を注いだものである。信仰を集めることで神格が上がり、力も強化されるであろう」

「ウェヌスちゃんの糸もね、適当に繋げたわけじゃないのよ? 逆に貴方以上に相性の良い魂は他に居なかったくらいよ。普通ならいくら私が保護しても、神の圧力に魂が負けて無事なワケがないのだから」


 マジかよ、魂が擦り潰されるとか超怖いじゃん。お尻がゾワッときたわ。

 でも理解した、悪い奴らとピアちゃんの仇の双方がまだ残っている。

 ──お姉ちゃんとして、妹は絶対に守ってみぜる


「あの、そもそも悪い奴らは何をしたいのでしょう? あと、厄神や神様達がピアちゃんに執着する理由が分かりません」


 そう、厄神にしても食べるなら他の神や精霊でも良い筈だし、神様達もピアちゃんを特別視している様に見える。

 何か理由がある筈だ。


「貴方はウェヌスちゃんの力を聞いてどう思った?」

「糸を使って良い人を引き寄せて、悪い人を避ける力ですよね。便利そうだなーくらいしか……」


 ピアちゃんは奉納された糸に宿る、平和と愛の女神だ。

 どう思ったかと言われても、正直凄く平和そうな力だなとしか思わない。


「その子の権能と象徴の本質は、糸に纏まつわる『織る・編む・切る・紡ぐ・結ぶ・手繰る』等に干渉する力なの。貴方、『運命の赤い糸』って聞いたことないかしら?」

「勿論あります、元々結ばれる運命にある二人みたいな意味ですよね」

「そう。そしてその子は、その糸を切ることも結ぶことも出来る。つまりそれってね、運命に干渉する能力なのよー」


 それを聞いた僕は、肌が粟立った。

 つまりピアちゃんは、その気になれば『命の糸』を切り簡単に殺す事も出来るし、『運命の糸』を操作しての人間社会を掌握する事も出来る。

 神で言えば、人の運命を操って信仰を奪い弱体化させることも可能だ。


 あまりにも強すぎる力。

 こんな力をどうして幼い神が持ってしまったのか分からないが、敵がそれに気付いた。


「偶然が重なり出現したとはいえ、運命に干渉する力。それは最高神にも届きうる力だ。事実、同じ力を持つのは最高位である運命神を含めた数名だけである。」

「しかもね、襲ってきたのは厄神『悪食』。食べたものを吸収する力があるの、ウェヌスちゃんの力が奪われると大変なのよー」

「元々、厄神は力の強い神では無かった。故に人が制御するに至っていたのだが、多くの精霊や妖精を喰い荒らし、人の手に余る所までやってきた」


 強くなり過ぎて暴走し始めたのか、しかも何柱か既に吸収されているらしい。


「地上の神は例外無く人の子の想いから生まれる、それは厄神も同じだ。可能ならば救いたいと思うが、此奴は『心の権能を持つ神』を喰った。それにより人の世が荒み始めておる」

「食べられた神の権能は消滅してしまうのよ、ウェヌスちゃんの場合は糸ね。糸と纏わる文化が消滅するわー」


 文化の消滅。

 どうやら、話は僕達だけに収まらないようだ。

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