2‐④ 神様登場
(どうして僕はこんな目に合っているのだろう……)
僕は今、異世界に来て最大のピンチに見舞われていた。
こんな状況を作り出した人物は欲望を全く隠さず、非常に湿度の高い視線で半裸の僕を眺めている。
その手に持つのは視界に入れるのも躊躇われる凶器、あぁ神よ……か弱きこの身を、どうかお救い下さい。
「はーい、ユウちゃん。ブラ着けるからバンザイしよっか♡」
「やだー!! クレアさん、何か目がヤバいもん!! ピアちゃん助けて、お姉ちゃん汚される!!」
「クレアちゃん、おねーちゃんには水色が似合うと思うの! あと、いっぱいフリフリな方がピアは好きなの!」
(ブルータス、お前もかっ!!)
何故こんな状況になっているのか、それは僕の油断が原因だ。
お金が手に入ったので、ギルドでの買い物を終わらし、僕達は必要最低限の日用品を買いに店を回っていた。
そこでクレアさんが服や下着は多めに持っておいたほうが良いとアドバイスしてくれたので、素直に従ってしまったのがいけなかった。
服屋を訪れ、試着室に入った所で服を
(まさか異世界の下着が地球の物と遜色ないデザインだなんて予想外だ!!)
白一色とかならまだ我慢できたが、この、女性にしか許されない色とデザインは無理だ。僕が死ぬ。
それを予想していたのか偶然か。この変態が本性を現し、現在に至る。
逃げたいが服は奪われた。ピアちゃんも
──僕に逃げ場は無かった。
◇
「お姉ちゃんは汚された、もうお嫁に行けない……」
「大丈夫だよー、心配しなくてもお姉さんが貰ってA♡GE♡RU♡」
「黙れ変態、着け方を教えると称してあちこち揉みやがって、金払え!」
クレアさんのお陰で品物がかなり安く買えたのも事実、でも正直にお礼言い辛い。というか言ってやらん。
装いを新たにした僕とピアちゃん。今はフリルブラウスにショートパンツ、薄手のコートみたいな上着を着ていて、ピアちゃんと姉妹コーデだ。
この世界に姉妹コーデという概念は無いらしく、僕達を見たクレアさんと店員さんが鼻血を噴いていた。
本人曰く、情熱と愛が鼻から噴き出したらしい。馬鹿かな?
一通り物が揃ったので、調教師ギルドへ行きミミちゃんを登録。
そこでやはり少し騒ぎになったが、登録し次第さっさと退散。その後、クレアさんお勧めの宿を紹介してもらった。友人のお店らしい。
宿代は一泊2食で銀貨5枚、2人で金貨1枚だ。
ギルドでクレアさんにお金について教えてもらった、ざっくり説明するとこんな感じらしい。
賎貨→10
銅貨→100R、銅板→500R
銀貨→1,000R、銀板→5,000R
金貨→10,000R、金板→50,000R
白金貨→100,000R、星金貨→?
星金貨は見たこともないので分からないとのこと。
(財布が重くなりそうだなぁ、江戸時代みたいだ)
今回の宿泊料金は一人当り銀貨5枚つまり5000円。
日本感覚で言うと安い、だが異世界感覚でいうと高い、普通は3〜4枚らしい。
それでも人気な理由は店員が全員元冒険者でセキリティーがしっかりしていること、ご飯が美味しいこと、扉に鍵がありプライベートが尊重されている事が挙げられる。
あと女性冒険者が多い事も、クレアさん的にポイントが高いらしい。
「ピアちゃんが安全に休めるのは大事だし、ここにしようと思うんだけどピアちゃんはどう思う?」
「ピアもここが良いと思うの、ここには良い糸がいっぱい見えるの」
「がぅがぅぅー」
ピアちゃんもミミちゃんも気に入ったようなので、ここに決定!
「ユウちゃんはこの後どうするの? 私はご飯行こうかなって思ってるけど」
「今日は少し疲れたので、このまま休もうと思います」
「分かった、じゃあ明日またご飯に誘うね。私達は朝ならギルドに居るから良かったら声掛けてね!」
「バイバイなのー」
「がぅがぅー」
クレアさんと別れた僕達は、宿にチェックインする為に受付に居る女性に声をかけた。
こちらを向いた女性は少し高めの身長に、赤毛でそばかすのある何となく『おかん』という風な人だった。
「すみません、クレアさんの紹介で来たのですが、空き部屋ありますか?」
「あぁ、あの子からの紹介かい、よく来たね! 何泊の予定だい?」
「とりあえず二日で! 延長の場合はまた前日に伝えます!」
そう伝えて登録証と銀貨を20枚出した、女性はそれを見て驚いたが納得といった表情をする。
そしてこちらへ一度笑いかけると、特に質問することも無く鍵を持ってきた。
「二階の一番奥の部屋だ、隣は誰も居ないから静かに休めるよ。私はアネッサ、困ったことがあったら何でも言いな!」
「うん、ありがとう御座います!」
「ありがとうなの!」
「おう、良い子達だ!」
ニカッと笑うアネッサさんにお礼を言って、僕達は部屋へ入った。
借りた部屋は八畳くらいで、ベットが二つと小さなテーブルセットがある。
やはり日本人感覚だからか安く感じるが、こっちではお高めなのだろうな、知らんが。
僕は部屋の感想もそこそこに、ギルドでの戦利品をミミちゃんに出してもらう。
「お姉ちゃん、今から何するの?」
「ギルドで買い物したでしょ? あれね、全部レシピ本に反応したやつなんだー」
「え、そうなの? でも変な物も買ってたの、何を作るの?」
「ふっふっふー、何だろうねー」
ピアちゃんに説明しつつ、購入したものを確認する。
鉄のインゴット × 1
ディメン草 × 5
ヤマビコ草 × 5
シルクスパイダーの糸 × 10
花屋で購入した花
「この糸、キラキラのスベスベなの! これでまた鞭作るの?」
「作りませんけど!?」
便利な物が作れそうだったので沢山購入したが、これら全部で占めて金貨2枚! 実に僕等の財産の半分を持っていかれた、これでショボいのが出来たら泣くしかない。
ちなみに先程変態と購入した衣類などで、金貨一枚支払っている。僕は再び一文無しになっていた。
「ではいってみようか、『神様のレシピ本 オートモード起動』!」
目の目に出現したウィンドウに素材達が次々呑まれていき、一瞬強く光った後には大量の糸が落ちていた。
【鉄の糸】
鉄から作られた糸、鉄並みに頑丈。全長80m
【次元の侵糸】
ディメン草から作られた糸、空間属性。次元の間に干渉できる。全長40m
【山彦の振糸】
ヤマビコ草から作られた振動する糸、空間属性。糸同士が共振する。全長40m
【白蜘蛛の伸縮糸】
シルクスパイダーの力が宿る糸、よく伸び縮みする。ゴムに代用できる。全長30m
【白蜘蛛の粘着糸】
シルクスパイダーの力が宿る糸、ネバネバする糸。糸同士はくっ付かない。全長30m
【花の糸】
花の色をした糸、退色しない。全長20m
面白そうな効果のある糸もあるが、鉄の糸、伸縮糸、花の糸は単純に編み物の素材として作った。
というのも、商業ギルドで確認したところ、毛糸なんて物は存在していないと言われたからだ。
やはりここでも虫食いのような穴の存在を感じる。
ならば僕が手編みの技術を広めた場合どうなるのかと考えもしたが、糸を大量に作った理由は別にある。
それは知らぬ間にミミちゃんの中に入っていた。
それは僕がここに来る原因となった物で、あちらの世界に置いてきたと思っていた物。
──作りかけの騎士のあみぐるみ。
これが何故この世界にあるのか。
少なくとも、僕が此方にきた時は持っていなかったし、ミミちゃんも分からないと言っている。
ここに在る意味も理由も分からない。
「でも、何でか完成させてあげなきゃいけない気がする」
早く作って欲しいと言われている気がした。
ピアちゃんはデフォルメされた猫姿が気に入ったのか、食い入る様に見ている。
幸い装飾品以外が完成しているので、手足が無いみたいな可哀想な状態ではない。
自由に遊ばせてあげることにした。
ピアちゃんが遊んでいる間に鎧を作ろうかと思った瞬間、異変は起きた。
《あら、どうやらちゃんと届いたみたいねー》
おっとりとした口調の女性の声。
しかし、その雰囲気からは想像もできない程の
それはピアちゃんやミミちゃんも同じなようで、二人共僕に抱き着いている。
「一体何がっ!?」
物理的に動けないわけじゃない。でも動いちゃいけないという命令に、体が勝手に従っているような感覚。
気分が悪い、二人もかなり辛そうだ。
声の主が誰かは分からない、だが止めて貰わないと何も出来ない。
僕が虚空に向かい声をあげようとした時、もう一人落ち着いた男性の声が聞こえた。
《神気を抑えよ、
《あら、ごめんなさい! 人の子とまともに話をするのは数百年ぶりで、抑えるのを忘れていたわー》
何ともスケールの大きな話である。
体がふっと軽くなり、僕は自由を取り戻す。
下を向けば二人の顔色は戻っており、ピアちゃんは何故か天井をただ見つめていた。
その表情は嬉しさ、哀しさ、困惑、様々な感情が内混ぜになっていた。
一番近くに居るのに、察してあげられない自分が恥ずかしい。
《ひとまず、このままだと話にくいから此方へいらっしゃい♪》
僕達の心情などお構いなしに、体は宙に放おり出された。
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