2‐③ ユウちゃんは一文無し

「ガァルドォ、お前何時の間にガキを作ったんだぁ?」

「ゴンズ、居たのか」


 声を掛けてきたのは、モヒカンにトゲトゲの世紀末のヒャッハーみたいな奴だった。


「それともお前、ガキが趣味だったのか? 通りでクレアに目を向けねぇわけだぜ! ぎゃははは」


(何だこいつ、失礼な奴だな)

 粗暴な言動が目に余る。ピアちゃんの教育にも良くないので、早く何処かへ行って欲しい。


「……マルクスさん、シルクマリアの冒険者は礼儀正しいんじゃなかったんですか?」

「全てでは無いんです。あと、彼はシルクマリアの冒険者では無いです」


 知性・人格・実力が揃わないと昇格できないのは、シルクマリアに限っての事。

 外でランクを上げてから入場する分には、その限りではないようだ。


「ガキ共が何してんだ、まさか登録しようってんじゃねぇだろうな? 止めとけ、せいぜい死ぬのがオチだ」

「別に魔物を狩る以外の仕事だってあるでしょ? 御忠告はありがたいですが放っといて下さい」

「……んだと?」


 僕の言い方が気に入らなかったのか、ヒャッハーは鼻息荒く詰め寄ってきた。

 周りの冒険者が心配そうにこちらを見ている。


「こっちは親切で言ってやってんだよ!! ガキで、しかも兎人族だと! 戦えもしねぇくせに、冒険者舐めんじゃねぇ!!」

「ちょっと止めなさいよ、相手は子供よ!!」

「だから死ぬ前に注意してやってんだろうが!! 邪魔すんじゃねぇ!!」


(ん? よく聞くと、口は悪いが心配してくれてるんだろうか?)

 ただの不埒者だと思って塩対応してしまった。

 説得方法がだいぶ恫喝に近いが、もしかしたら勘違いかもしれない。


 思案している僕を余所に、先堪忍袋の緒が切れた子がいた。

 ミミちゃんだ。


「がぅっがぅっ!! ガブッ!!」

「いっ、ぎゃぁあああああぁぁぁぁぁ!?」

「ミ、ミミちゃん!?」


 ミミちゃんはその鋭い歯で、ヒャッハーの股間に噛みついていた。

(……すごい痛そう)


「ミミちゃん、汚いからぺってするの! ぺっ!」

「そうよミミちゃん、汚いから出しなさい」


 僕も離した方が良いとは思うが、二人とも辛辣だ。


 口を離したミミちゃんは元気がない。

 僕達に怒られるとでも思っているのだろうか? だとしたら可哀想なので抱き締めて撫でてあげる。

 だが、勝手に動いて人に怪我をさせたのも事実。一応注意はしておかねば。


「ミミちゃん、僕達の為に怒ってくれたのは嬉しいよ。ありがとう。でもね、勝手に嚙みついちゃだめだよ? もしかしたら勘違いで、悪い人じゃないかもしれないでしょ? それにミミちゃんが怪我をするかもしれない、だから動くときは誰かに聞くこと。分かった?」

「がぅ!」


 聞き分けの良い頭の良い子である、頭がどこにあるかは分からないが。

 気を取り直して、僕はヒャッハーに目を向ける。

 彼は未だダメージから復帰できていないのか、内股でプルプルしていた。


「お、お前、それ何だっ!? 勝手に動いたぞ……」

「ウチのペット兼妹のミミちゃんです。可愛いでしょ?」

「か、可愛いわけが『あ”ぁん!?』ひぃぃっ!?」


 ミミちゃんが可愛くないなんて、失礼な事言う奴だな。一生マジックバッグに仕舞ってやろうか。


「お、お前、それ未登録の魔物だろう!? これは問題行動だぞ!!」

「問題行動って、あんたがそれ言う?」

「これ程言う権利の無ぇ奴も珍しいぜ」


 しかしヒャッハーの言っていることは最もで、ミミちゃんはまだ未登録なのだ。

 未登録の魔物が問題を起こすと、討伐される可能性がある。

 僕が事の始末をどうするか悩んでいると、受付側から声が掛かった。ギルマスさんだ。

 彼はヒャッハーを一瞥すると、またお前かと言いたげに溜息をついていた。


「ユウ、これを渡して置く。従魔の証だ、先程君の登録も済んでいたな? となると今回の事は冒険者同士の諍いという事になる。知っていると思うが冒険者同士の争いにギルドは不干渉だ」

「え、でもまだ何も……」


 どうなっているのか分からない僕に、ギルマスさんは僕に向けてウィンクした。

 つまり、

 本当に良い人達ばっかりだな、心遣いに感謝していずれお礼をしよう。


 どうにもならないと理解したのか、ヒャッハーは内股で外に逃げていった。

 去り際の台詞が、絵に描いたような三下感を醸し出しており、一種の才能を感じる。


「何か、口は悪かったけど僕を気にかけてくれていた……んですよね?」

「まぁ、一応そうなんだよなぁ。だからアイツはこの街に居れるんだ」

「なるほどね。そういえばギルマスさん、先程はありがとう御座いました」

「いや、特に大したことはしていない。それにその証も、ミミ君の物というのは嘘ではないからな」

「え、どういうことです?」


 なんとギルドには円滑な相互協力のために、各ギルドからお互いに派遣職員が居るのだそう。

 なので冒険者ギルドに居ながら従魔登録が出来る。まぁ、簡単なものに限るらしいが。

 本来ミミちゃんのような特殊例は調教師ギルドに行かねばならないが、ギルマスさんの計らいで仮登録をしておいてくれたらしい。

 僕は異世界に来てから、本当に人に恵まれたようだ。



「ユウさん。こちらが冒険者登録書、こっちがピアさんの仮登録書になります。お二人共Fランクからのスタートではありますが、かなりの実力をお持ちなのは証明されています。早めにランクを上げるようにして下さい」


 受付の奥から戻ってきたエレナさんにそう説明され手渡されたのは、名刺半分サイズの木板が付いたネックレス、いわゆるドッグタグと言う奴だった。

 ちなみにE・Fが木板、C・Dが鉄板、Bがアダマンタイト板、Aがミスリル板、Sがオリハルコン板で出来ているらしく、発信と身分証明の魔法効果が付与されていてギルドでお金の入出金も出来るらしい。

 GPS付きのマイナンバーカードみたいなものだろう。


「冒険者登録の手続きは以上になります。何か他に質問や用事は御座いませんか?」

「なら、ここで素材って買えますか? ちょっと見てみたいんですが」

「ではあちらの商業ギルド簡易受付にどうぞ、簡単な物でしたら購入ができます」


 冒険者ギルドは全てのギルドの窓口がある関係で、建物も受付カウンターもすごく大きい。

 魔術師ギルド、盗賊ギルド、商業ギルドは受付左右の階段を上った踊り場の左右にあり、冒険者ギルド、治癒師ギルド、調教師ギルドは一階のコの字カウンターに分かれて設置されている。

 ちなみに二階にあるギルドは、情報に機密性がある為の配慮だ。


 僕達はクレアさんに付き添われ、エレナさんに案内された二階の商業ギルドカウンターへやって来た。

 カウンターに座っていたのは柔らかい雰囲気のインテリっぽいお兄さんで、僕達の姿を見ると物腰柔らかく対応してくれる。


「こんにちは、兎のお嬢様。どのようなご用件でしょうか?」

「どんな素材があるか見たいのですが、目録みたいなのってありますか?」


 お兄さんに許可を得て、素材を触らせてもらう。

 実はレシピ本で何か新しいものが作れないか調べているのだ。

 だが魔物の素材に触れてもレシピが反応しない、もしかすると解体前の物でなければダメなのかもしれない。


「植物系はオッケーみたいだね。あ、この素材とか良いかも! う”っ、高そう……」

「何々、どれが欲しいって? あー、それは高いんだよー。何に使うのか知らないんだけどね」

「……おねーちゃん、お金ないの?」


 やめてっ、そんな目で見ないでっ!?

 忘れてったけど、僕は今借金まみれだった。通行税に入場税、服のお金に登録料、あれ? 今いくら借りてるんだろう……。

 その事を思い出した僕は、自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。


「ク、ク、クレアさん、僕今いくらガルドさんから借りているんでしょうか?……」

「え、借金? あぁ、そんなの気にしないで良いよー。そもそも助けてもらったお礼も出来てないし!」

「で、でも結構お金使っていますし……」

「じゃあ、お姉さんがユウちゃんをお嫁さんに貰ってチャラという事で」

「絶対に返します!!」


 貞操の危機!!

 クレアさんがぶーぶー文句を言っているが、とりあえずお金の事については少し心が軽くなった。

 しかし一文無しなのには変わりない、借金に気付いてしまった今となっては宿代まで借りるのも心苦しい。

 今日中に収入を得ねばと頭を悩ませていたら、受付のお兄さんが声を掛けてきた。


「それでしたら、お嬢様。何かお売りできるものは御座いませんか? 見た所冒険者のご様子、宜しければ査定いたします」

「なるほど、それなら何か……ミミちゃん、入っているもの少量づつ出してくれる?」

「がぅー、ぺっ!」


 ミミちゃんに驚いているお兄さんを横目に、僕は出されたものを確認する。


 ◆ アルミラージの肉

 ◆ パイソンの肉

 ◆ ムイムイの肉

 ◆ シナズミの実

 ◆ ゴブリンの魔石

 ◆ 低級ポーション


 あまり物は入っていなかったが、一通り見て貰った所『シナズミの実』が高く売れた。

 この果実、栄養価が高く味も良い。しかしダンジョンの中でしか採取出来ないらしく、希少価値が高いので裕福層で売れるそうだ。

 他の物は二束三文だったので、アルミラージの肉とポーションのみを残し全て売り払った。


 手に入れたのは金貨五枚、銀貨六枚、銅貨八枚。

 何円貰ったのか、全くわからない。お金の勉強もしないといけない。

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