5‐② 兎は異世界の糸事情を語る

「ユウ、一週間振りだな。あれから調子の悪い所は無いか?」

「・・・問題なしです」

「いい加減機嫌を直してくれないか? 俺としても、いつまでもこのままというのは寂しいのだが・・・」

「別に怒って無いです、許していないだけ」


 領主邸に到着すると、アルバートさんが嬉しそうに出迎えてくれた・・・が、僕の塩対応に本気で気落ちしている様子だ。

 別に僕にそっけなくされるくらい何でもないだろうに、男なんだから細かい事を気にしすぎだと思う。


「まぁ、怒ってないって言ってるんだし、あとは貴方次第ってことよぉ!」

「だが許してないとも言っているぞ?」

「あら、女なんてそんなものよ? 男が勝手に許されたと勘違いしているだけだものぉ」

「そうなのかっ!?」


 アルバートさんの心情なんてどうでも良いから話を進めて欲しい。

 僕は妹達との逢瀬を邪魔されたという点でも怒っているのだから、早く帰して欲しいんだよ。


「ユウからの視線も痛いので話を先に進めさせてもらう、王都行きの件だ。出発は一か月後、メンバーは俺達全員と『鋼の旋風』、騎士と使用人の20人と5匹を予定している」

「5匹という事は、アニマル’sも頭数に入れて良いんですね?」


 アニマル’sとミミちゃんで5匹なのだろう。

 ちなみに今ここに居ないアニマル’sは、今日も復興支援中である。


「あぁ、勿論だ。連れて行ってやらないと可哀想だという事と、彼等の事も王に報告する必要性があるだろう。今後問題が発生しないように全て伝えるつもりだ、お前の周りに重要な情報が集まり過ぎている」

「確かにリアムの転輪もそうだし、女神、ミミちゃん、眷族のアニマル’s、神話級魔道具アーティファクト、色々ありますしね」

「お前が一番重要情報だからな? 何だ正体不明の女神って、どう報告したらいいんだ」


 僕の存在は思いのほか厄介らしい、まぁそこはアルバートさんの仕事だろう。面倒なので全て任せる。


「恐らく向こうについて二カ月ほど過ごし、また帰ってくることになるだろう。予定期間は三カ月から半年だ、そこでお前には出発前にやっておいて欲しい事がある」

「糸の事ですね?」


 スクナ戦後も続いており大幅に人数を増やした飲食店とアクセサリー雑貨屋だが、実はある問題を抱えている。

 抱えているというか、開始する前から分かっていて「解決できていない」というのが正しいのだが、実はアクセサリーや編みぐるみに使われている毛糸や刺繍糸は


 この世界にも当然だが糸は存在するし、毛糸のような太いものだって作れなくはない。だが僕が作ったものと同じような発色の物は存在しない。

 どのくらい違うかというと、僕が作ったものを「ビビット」とするなら市販のものは「ダル」「ストロング」「ソフト」、そのくらい彩度が違うのだ。

 服や小物に使うならばいざ知らず、アクセサリーとなるとやはり基本的には発色が良い方が使いやすい。


 そして次に、色の落ちやすさも関係している。

 これは恐らく顔料の性質が関係しているんじゃないかと思う、とにかくこの世界の布はすぐに色が退化する。

 地球ではどうだったのだろうか? 中世頃に現代程の良い染料があったとは思えない、「貴族は一度着たドレスを二度と着ない」と聞いた気もするし、服の流行云々の前に色が退化しやすく毎回買い換えていた可能性がある。


 糸や布を作ってすぐドレスを仕立てていたなら良いが当然そんな事ある筈もなく、染色→輸送→納品→受注→仕立て→ドレス納品という間に時間は経つし、素材の保管方法やドレスを渡してからパーティーでお披露目するまでの時間も含むと結構な時間になる。

 物や人の移動だって時間がかかる、きっと糸に染色してから予想だけど1年以上の時間が経つだろう。


 一日で0.1%色が退化したとすると、最初のパーティの時には約36%も色が退化している。パーティーだって頻繁に開催されているわけじゃない、じゃあ二回目のパーティーの時には何%?


(きっと布にしてから染色したり、発色が良く見えるように工夫したりと、職人さんの涙ぐましい努力があるんだろうなぁ)


 僕はリアムテラの全職人さんに対し、心の中で敬礼をした。


 そしてこっちは異世界特有の理由だが、「安くて手触りの良い糸が無い」。

 この世界における繊維は主に三つで「動物由来」「植物由来」「魔物由来」なんだけれど、この内動物由来の繊維が地球に比べ異常に流通していない。

 それは何でか、単純に動物をたくさん飼う事が危険だからだ。


 卵や牛乳は輸送中の保存の難しさから出荷していない事が多い、まぁだから高いんだが。

 そして食用のお肉は魔物から採る、そして何より「家畜は魔物に襲われる」。魔物が寄って来て人も動物も危険になる、結果的に家畜を飼うのが大きな町周辺の食用に限った最小限数となってしまう。

 衣類繊維に回す動物の毛なんて飲乳用の山羊(カシミア・モヘア)か、食用の羊(ウール)の冬毛しかない。つまりほぼ無い上に綿として使われる。


 では植物由来はどうかとなると、基本的に亜麻(リネン)だ。

 ただ植物繊維はいっぱい作れるものの、動物繊維と比べると肌触りが良くなく不人気。綿花(コットン)もあるらしいけど、こちらも動物繊維よりマシとは言え高価。亜麻は庶民の強い味方なのだ。


 動物繊維は高く、植物繊維は肌触りが悪い。となると代わりに台頭だいとうしてくるのが魔物由来の繊維、蜘蛛糸と蚕(シルク)だ。

 地球で蚕は動物繊維分類だけど、リアムテラの蚕は魔物だから魔物繊維(と勝手に僕が言っている)だ。


 あんな弱い生き物が弱肉強食をどう生きていたのか気になる所だけど、蚕も蜘蛛も調教師ギルドから派遣されたテイマーさんがテイムしている為人畜無害。

 ただ、国中に出荷する程の数をテイムできるテイマーさんはそう多くなく、人を増やしたり飼育数を少なくしたりと多少コストがかかる。その為服にすると、庶民的にはちょっと良い服レベルになってしまう。

 ちなみに憎き僕の下着もこれで作られていて、魔物繊維はアレルギーが発生しないらしい。

 へぇ、この世界にアレルギーとかあったんだ。


 長々と説明したが、それらに対して僕が作る糸はどうかというと、素材はお花(安い)、発色が良い、色落ちしない、かなり丈夫(商品が劣化しにくい)、肌触りが良い、飼育スペースが要らない(どこでも作れる)、加工コスト・人件費が要らない、加工時間がない(ノーリスク)。


 ・・・なにこれ、何処の夢素材だい?


 勿論、欠点が無いわけじゃない。唯一にして最大の欠点が「僕以外作れない」という事。

 つまり何らかの理由で僕が街に帰ってこれなかった時、一気に生産がストップしてしまう。また、僕は当たり前だが一人しか居ないので、生産は一か所でしか出来ない。

 ある意味メリットを全て塗りつぶすデメリットだ。


 良い糸の生産方法確立もまた、布教活動と同じく僕に課せられた使命だと思っている。

 安い糸があれば加工品の素材として使い易くなって技術が進化する、結果的に布教活動に繋がるからwinwinだね(?)!


「とりあえず出発前に大量生産しないといけないわけですね」

「すまんな、素材はこちらで用意するから頼めるだろうか?」

「これは僕の使命でもあるし、子供達を路頭に迷わせるわけにはいかない。腐るものでも無いですし、時間のある限り作りまくりますよ」

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