5-③ 兎はお店の名前が分からない

 領主邸を後にし、再び宿に戻ってきた僕達はアネッサさんに王都行きの件を話した。


「あいよっ、行っといで。ただし怪我すんじゃないよ? アンタは何でか自分が女の子だって事を忘れているような気がして、アタシは心配だよぉ」

「あはははぁ、まぁまぁ出来るだけ自重します」


 何を自重したら良いのかは知らないけどね!


「・・・開けておく・・・・・・行ってこい」

「いやいやっ、半年ですよ!? ダメでしょっ⁉」


 僕はこの半年の間に、旦那さんの短い単語会話をほぼマスターしたので、旦那さんが何を言いたいのかすぐに分かる。

 なんと旦那さんは僕達の為に隅の部屋を開けたままにしておいてくれると言っているのだ、客商売でそりゃダメでしょうっ!


「心配・・・するな」

「アンタ達はふらふらとどっか行っちまいそうだからねぇ、帰ってくる場所があった方が良いだろう? 心配ないくらいには儲かってるんだ、気にせず行っといで!」

「──っ、ありがとうっ!」


 僕はアネッサさんに抱き着いてお礼を言った、撫でてくれる手が気持ちいい。

 アネッサさんからは何となく落ち着く匂いがした。


 この二人、なんと僕達が神であることを知ってもなおこの態度で居てくれている。その事を伝えた時も「アンタ達は良い子だ、それで十分さ!」と、ただそれだけだった。

 何というオカンの貫禄だろうか!


 というわけで、僕はスクナとの戦い後もありがたく使わせてもらっている。


「護衛任務の時は、想像しているよりも必要なもんが多い。十分に用意していくんだよ? 特に女の子は服を多めに持っていくんだよ?」

「あっ、忘れてた」

「アンタって子は、言った傍から・・・」


 それから僕は、元冒険者であるアネッサさんから護衛任務のノウハウを伝授してもらった。


 ◇


 通常護衛任務は荷物が多くなる、だが護衛する側である冒険者が持てないほどの荷物を持っていくわけにはいかないので、持っていく物を厳選しなくてはならない。


 特に護衛中、悪天候や悪路に連日見舞われることも十分にあるうえ水は限られる。体を綺麗にすることもままならないので、護衛任務は女性に嫌われる。

 そんなわけなので、言いたくないが水虫の罹患者も結構いる。うげぇ。


 以上、「長い、疲れる、汚い」の理由から準備がどれほど大変なのかが伺えると思う。

 そう大変なのだ──通常ならば。


 僕達にそんな常識は通用しない、何故ならミミちゃんが居るからだっ!

 最近周囲からはペットとしての認識が浸透している彼女だが、その正体は僕達姉妹の可愛い可愛い末妹で「マジックバッグ」だ。

 それも、ガルドさん達にあげた物とは一線を画す「無限収納」「時間停止」「戦闘可」という能力を持った、スーパー可愛いマジックバッグさんなのだ!


「ミミちゃんのお陰で色々楽になりそうだよ、ありがとうね」

「がうぅぅ~~♪」


 撫でてあげると嬉しそうだった。


「用意する者はピアちゃんの着替えでしょ、あと食材もだけどすぐに食べられるように作りたてのご飯もいっぱい用意しよう。二人共食べたいもの言ってね!」

「おねーちゃんの作ったご飯が食べたいのっ!」

「がうがぅっ!」

「オーケー、あとお菓子もいっぱい用意しよう!」


 こうして、特に時間のかかる食材系の準備を優先的に行っていく。

 本来こうした食べ物に関する準備は一番最後になる。それも作りたての物をするなど腐ってしまうのであり得ないのだが、そこは時間停止スキルのあるミミちゃん様様だった。


 ◇


 次に、忘れる前に衣類を買いに行くべく外に出ることになったのだが、ここで問題が起きた。


「お、お店が・・・」

「崩れちゃってるの」

「がうぅ・・・」


 僕達が行きつけに・・・していたわけじゃないけど、以前この憎き下着類を購入した負の思い出の店が先日の戦闘で潰れていた。よって、改修中で営業していなかったのだ。


「・・・ピアちゃん、サラシじゃだめ?」

「柔らかくなくなるから嫌なの」


 そう言われても無いものは無いのだ。

 お店の前でうんうん唸っている僕達に一人の女性が声を掛けてきた。


「あら、以前ウチで服を買っていってくれた兎さんじゃありませんか?」

「え? えぇ、たぶんそうですけど、貴女は?」

「私その時に担当していた者です。また来てくださったのですね、ありがとう御座います!」


 彼女は以前立ち寄った時に、クレアさんと一緒に変態行為もとい服を選んでくれたやたら僕に熱量高めのお姉さんだった。

 よく覚えていたなと聞いたら「血まみれの服を着た美少女なんて忘れるわけない」と言われた、御尤ごもっともです!


「お店は改装中でして・・・御見苦しくて申し訳ありません」

「いえいえ、店員さんが無事で良かったです。ただ長期依頼の為の準備をしたかったのですが・・・難しそうですね」


 改装中の店舗に視線を送る僕。

 お姉さんはその言葉だけで察してくれたのか、無事だった在庫を置いている場所へ案内してくれた上、格安で売ってくれた。なんと全て半額だ!


「えっ良いんですか? だってここの商品そこそこ良いお値段の物ばっかりでしたよね?」

「大丈夫です、裁量は任されていますし。お二人は命の恩人ですから」

「・・・僕達の事、知ってるんですね」

「勿論、でもだからと言って大切なお客様で恩人であることに変わりはありません。私は精一杯のお礼をするだけです!」


 その気持ちはすごく嬉しかった、頑張ってよかったなって思った。


 でもその、いやらしい目線が僕の、胸に向いていなかったらもっと良かったなとも思った。


「途中までは良い話だったじゃんっ、最後までキリッとしててよ。台無しだよ」

「おっと、失礼いたしました・・・じゅるっ」


 締まらないなぁ・・・そう思いながらお会計をしていると、側に置いている丸焦げになった看板が目に入った。


「あれって、お店の看板ですよね? そういえば何て名前のお店なんですか、僕聞いたことが無くて」

「コゲコゲなの!」

「ウチですか? たしか『カテーニョ』


 ・・・えっ? 自分の店なのに知らないの?


「あはは・・・情けない話ですが、実はそうなんですよ。というよりも、店員の誰一人として読めないんです」

「え、そんな事あるんですか?」


 店員が読めない店名って何だよ、それじゃ宣伝のしようも・・・いや、あれだけ特徴的な店だから勝手に広まるか。


「ウチは王国中に展開している店でして、王都に居るオーナーにしか読めないと言われているんです。一応どこかの国の文字ではあるようなのですが、全く誰も知りません」

「オーナーさん、何してんのさ」


 聞くところによると、オーナーは若い女性で元冒険者。

 女性冒険者にもっとオシャレを提供したくて、一念発起で起業したらしい。猛者じゃん。


「今度王都へ行かれるのですよね? 王都に本店が御座いますので、宜しければお立ち寄りください」

「店名を知らないのも失礼ですし、そうします! 今日は本当にありがとう御座いました」

「ばいばいなのー!」

「がうぅ~~」


 カテーニョ(仮)を後にした僕達だったが、頭の片隅でまだあの看板の事がチラついていた。


「あの看板の字、ほぼ見えなかったけど何処かで見たことがある気がするんだよね・・・」


 焦げた看板からは、「山」に似た文字がちらりと見えていた。

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