5-⑯ 兎はカブトムシに心躍らせる

 似たような旅路が続き、本日五日目。

 そろそろアレが食べごろになってきたので、今日の晩御飯に出してみようと思う。

 アレとは一日目に仕込んでいた『スペアリブのコンフィ』の事である。


 コンフィとはフランス料理で、説明が難しいがざっくり言うと煮込み料理の事だ。

 普段はタッパーや真空パックのようなものを使い作るのだが、異世界にそんなものは無く、また使っているのもオーク肉なので食べごろがいつになるか全く予想がつかなかった。

 その為、タレに付け込んだスペアリブを、ミミちゃんでは無く普通のマジックバッグに入れて、時間が経過して柔らかくなっていくのを鑑定で観察しながらゆっくり待っていたのだ。


 流石に四日もかかるとは思わなかったが、待った甲斐もあり出来上がりは最高である!

 ちなみに通常は五時間もあれば柔らかくなる。

 味を確認するために、僕達家族は一足先に昼で頂く事にした。


「むっ・・・うん、旨いなっ! 想像以上の出来だ!」

「おねーちゃんっ、このお肉すごく柔らかいのっ! 骨からお肉がスルッて抜けちゃうのっ!!」

「これはっ⁉ 姫っ、このお肉は本当にオークなのでありますかっ⁉」

「うむ、信じられぬ程に柔らかく味わい深い・・・美味しゅう御座います!」

「吾の嘴でも難なく食べられるとは、奇跡を見ているようです・・・」

「うめぇっ、うめぇっ! 姫さんの料理は最高だぜっ!!」

『マーマッ! これ美味しい、すごく美味しいっ!』

「がふっ、がふっ! がうぅ~~♪」


 家族からの評価も上々、味も濃くなく甘辛すぎない。これなら薄味派の人にも良いだろう。

 そして余程気に入ったのか、ミミちゃんは骨ごと食べていた。


(気に入ってくれて嬉しいけど、それだとコンフィにした意味があんまり無いんだよね・・・まぁいっか)


 ところで少し前から気になっていたが、セレナはどうやってご飯を食べているんだろう?

 食べる時は編みぐるみから出てきて食べているが、あの半透明な体のどこに入っていくのか・・・未だ不明である。


『・・・マーマ?』

「なんでもないよ、セレナが楽しそうで良かったって思ってるだけだよ」


 僕はセレナの神秘を眺めつつ、ミミちゃんが骨を食べないよう口の中から回収した。


 ◇


 草原を駆け、崖を過ぎると馬車は再び深い森に入った。

 何でわざわざ危険な森中に入るのかとも思ったが、地面が踏み固められているところを見ると一般的に使われているらしい。


「個人で森を通るときはどうするんだろう、すぐにでも魔物が襲いに来るんじゃない?」

「ここはお嬢様が思っているほど魔物は出ないのですよ。それに動物も多く住んでいますので、奴らも食いでの無い人間よりは動物を襲います。その為、ある意味旅人にとって盗賊の出る山間やまあいや草原より安全なんです」

「そういう考え方もあるんだ、アンサスさん物知りだね」

「お嬢様の御役に立とうと勉強しましたので。それと私の事は、どうぞアンサスと」

「んっ、分かった!」


 昨日までとはうって変わって、森に入ってから全く襲われない。

 ガルドさん曰くこれが普通らしいのだが、今までが襲われ過ぎてていきなり無くなると不安になる。


「順調すぎると、何だか悪いことが起きそうじゃない?」

「順調なのは良い事じゃねぇか。確かに嬢ちゃんの道具のお陰で疲れはねぇが、護衛は暇なくらいが一番だぜ?」

「ですがユウさんの言っていることも分かります、仮にも神の勘です気にしておいた方が良いでしょう」

「でもお姉さんも暇なままが良いなぁー、こうやってユウちゃんに抱き着いたままで居られるしー」

「邪魔なんで離れて下さい」


 今ガルドさん達は馬車と並走して歩いているが、クレアさんだけは僕と一緒に馬車に上っている。

 視界確保の為だそうだが・・・さっきから抱き着いてきて仕事しているように見えない。


(この人、もしかして暇だから登ってきたんじゃないじゃないの?)


 後ろから抱き着いて頬擦りをしてくるクレアさんに疑いの視線を向けていると、僕の耳が不思議な音をキャッチした。





 ──ブブブブブブブ





「・・・ん? 何の音?」

「どうしたの、ユウちゃん?」


 何かスマホのバイブのような音が聞こえた。

 どこからだろう、前から聞こえているのに場所が分からない。声や足音のように地面に伝わる音じゃないから聞こえ辛い。


「ガルドさんっ、前に何か居ますっ! だいたい200メートルくらい先。よく聞こえないけど、たぶん・・・虫の羽音っ!」

「全体停止だっ! 騎士は防御陣、他は先頭馬車に集まれっ!!」


 ガルドさんの言葉に全員即座に行動する。

 17人居る騎士達はスピンドル家の乗る貴族馬車を囲み全方位からの攻撃に備え、僕達冒険者チームは前方で向かってくる敵に備えた。






 ──ブブブブブブブブブ






 音は少しづつ大きくなってくる、というか羽音が大きすぎてここまでくると他の人にも聞こえるようだ。

 鼓膜に直接叩きつけてくるような羽音を響かせながら森の上空から登場したのは、マンドレイクのような迷彩柄をした巨大なカブトムシだった。


「でかっ⁉ 二メートルくらいはあるよね、トラックみたい・・・」

「何あの色? お姉さん、目が可怪しくなりそうなんだけど」


 着地し、こちらを向くその勇猛たる姿は正しくカブトムシ。

 敵にもかかわらず「天晴あっぱれっ!」と言いたくなる格好良さだ。


「敵なのに、カブトムシと分かっただけで心躍っちゃうのは男の子の性かな?」

「よく分んないの、ピアは全然心躍らないの。虫は虫なの」

「さいですか・・・」


 残念ながらピアちゃんの同意は得られなかった。

 少し寂しさを感じながらカブトムシに鑑定をかける。


【ハイハンリノセロス】

 種族:魔蟲 

 スキル:ブラストホーン、リスクリベンジャー


「ガルドさん、魔蟲 ハイハンリノセロスだってさ! 知ってる?」

「いや、初めて見るな。だが魔蟲か・・・絶対油断するなよ、強敵だっ!!」

「魔蟲ですか、面倒ですね・・・」

「魔蟲だと何か不味いの?」


 僕の質問に、近くに居たアンサスが答えてくれる。


「魔獣の中でもとりわけ魔蟲は戦闘力が高く、予想できない進化を遂げていることがあるので討伐が難しいと聞きました」

「なるほど、確かに虫って筋肉も骨もないもんね」


 魔獣や魔樹のような、生物としてのセオリーが無いのだろう。

 変化した体がそのまま戦闘力になる、面倒くさい敵だ。しかも魔物のレア個体でもないから新装備も作れない、カブトムシ装備とかちょっと憧れただけに残念さが半端ない。


「僕達も油断せずに戦うよ」

「分かったの!」

「がうっ!!」

『うん』

「「「「了解っ!」」」」


 ◇


 カブトムシ、つまり甲虫の最大の特徴はその『硬さ』。

 硬い頭にさらにそれを覆う甲殻。手足も硬い甲殻で覆われていて、更に関節すらも硬い。

 柔らかいであろう背も鞘翅に覆われていて、唯一攻撃できそうなのは腹の下のみ。だが──。


(あんなトラック・・・いや戦車か、あれの下に潜り込むのは怖いね。狭いし潰されそう)


 あの狭いスペースでは剣を振るうことも出来ない、蹴り上げようにも重すぎる、万が一倒せても圧し掛かられてペッシャンコである。


 後ろを見れば未知の魔蟲に、騎士さん達の動きが固くなっている。

 あれでは咄嗟に動くことが出来ない。

 ガルドさん達も相手が魔蟲だからだろう、過度に緊張しているようだ。


 まずは場の空気をどうにかしなければ・・・

 なるほどと、僕は登っていた馬車の中に潜りあるものを騎士さんに投げ渡した。


「騎士さんっ、それを馬車の中で動かしてっ!」

「は、はい、畏まりましたっ!」


 指示通り、それをアルバートさん達に手渡し刺激を与えると、先程までの緊張感が嘘のように皆万全の姿勢がとれるようになっていた。


 僕が騎士さんに投げ渡したのは『正常の起き上がり小法師』。

 あれには悪い空気を正常に戻す効果があり、もしやと思って指示を出したが思った通りの効果を発揮したようだ。地味にチートな魔道具、略して地味チーだ。


「これであっちは大丈夫そうだね、僕達も動くよっ。セレナッ!」

『うん・・・聴いて。《英雄スパルタンの戦歌》』

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