5-⑰ 兎と魔蟲の詐欺師
戦いの場に、美しくも勇ましい歌声が響き渡る。
その物語はたった300人で100万の軍を撃退した戦士たちのお話、僕が就寝前に家族に読み聞かせているお話の一つだ。
これは唄の精霊たるセレナの本来の力、歌の魔術による味方への支援効果だ。
戦士を鼓舞する歌にも関わらず、太鼓や笛、そして戦士達が大地を踏みしめる音や息遣いまでもが聞こえてくる。
そして歌を聴いた僕達の身体能力が一時的に上昇した。
「セレナちゃん、ありがとう! お姉さん頑張っちゃうよっ、『捻れ穿ち』!!」
「私も行きます、『アイアンバレット』」
「ぐぅうう・・・ぺぺぺぺっ!!」
クレアさんとマルクスさんとミミちゃんによる矢と石と魔法の物理攻撃、しかし高い威力を誇るそれは堅牢な甲殻によって防がれる。
──ギィーーンッ!!
まるで金属同士がぶつかったかの様な甲高い音が響く。
「くぅっ、武器が強くなったわけじゃないからダメねっ!」
「私の魔法も同じのようです、何とか弱点を突きたいところですね」
二人の攻撃は防がれた、でも決して無駄では無かった。
何故なら、僕達が懐に入ることが出来たのだから。
「猫騎士剣術『
「えいっ、えいっ!」
「ぜぇええぇぇいっ!!」
ダンタルニャンが四本の足に同時に斬撃を叩きこみ、ピアちゃんの鞭とガルドさんの大剣がそれに続く。
しかし、その衝撃に多少怯む様子を見せるも、ハイハンリノセロスは巨大な角を振り回し反撃を見せた。
そして僕はその様子をじっと観察する。
相手はクレアさんの矢、マルクスさんの魔法、ダンタルニャン達の剣、ピアちゃんの鞭、その全てを難なく防いで見せた。
ぱっと見た所、全ての攻撃に対して耐性を持っているように見える。だが一つだけ防ぎきれていないものがあった。
「ピアちゃんっ、鞭で横っ腹を叩きまくって!」
「分かったのっ! えいっ、えいっ!」
パンッという炸裂音が鳴るたびに、ハイハンリノセロスが嫌がるように身を捩った。
どうやら鞭自体は効いていないが、彼女が持つ『絶叫する蔦鞭』の効果である衝撃波が身体内部に届いているようである。
(硬い敵はHPが低い、ゲームの基本だね!)
僕達はそれからガルドさんとダンタルニャンが防ぎ、ピアちゃんが叩くを繰り返す。
他のメンバーは不測の事態に備え、それが数分続いた頃ハイハンリノセロスが動きを見せた。
「ギィイイイイイイイッッッ!!」
「飛んだっ!」
「射てみても良いけど・・・意味無さそうだねー」
「面倒なのであります・・・」
ハイハンリノセロスは空中で一旦止まると、ホバリングしながらこちらを振り向く。
虫の感情などよく分らないけれど、その目は心なし怒っているように見えた。
「ギィィギィイイイィィィィッッッ!!!!!!」
僕達が手をこまねいているのを笑うように一鳴きすると、その角が光り始める。
「あぁ? 何するつもりなんだ?」
「魔法でも撃つのかしら?」
燃えるように発光する角、ハイハンリノセロスは頭を下げてそれをこちらへ向けた。
「まさか・・・皆避けてっ⁉」
僕がそう声を上げたと同時に、ハイハンリノセロスは角を槍のように構えたままその巨体で急降下してきた。
ギイイィィィィィィィーーン──ドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!
まるで隕石か質量爆弾が落ちて来たかのような衝撃。
馬車の屋根に居た僕もその衝撃と突風に吹き飛ばされ地面を転がった。
「げほっげほっ、これが『ブラストホーン』ってスキルかっ⁉ みんなはっ!? ピアちゃんっ!!」
「大丈夫なのっ! すごくびっくりしたの!」
「こっちも大丈夫だ―!」
「お姉さん達も大丈夫よー」
全員上手く回避出来ていたようで安心した、でもそう何度も回避できる技じゃない。
僕達が体制を整えている間に、ハイハンリノセロスは再び空へ飛び立っていた。
「一方的に攻撃する気だ、虫のくせに頭が良い。ちょっとイラっと来るね」
「しかし、上に上がられては打つ手がありません。どう致しましょうか・・・」
マルクスさんの言うように飛ばれたままでは、こちらに打つ手はない。
だが僕だって相手の土俵で戦うつもりはない、叩き落す算段は付いており既に実行中だ。
(後はその合図が来るのを待つだけ・・・)
相手の攻撃が先か、合図が先か、僕の中でじりじりとした緊張が走っている。
そんな場で先に動いたのはハイハンリノセロスだった。
再び一鳴きした後角が光り始める。やはりもう一撃耐えないといけないか、僕がそう考え始めた時待っていた合図が来た。
「がーーうっ!」
ミミちゃんからの、準備完了の合図だ。
「よっしゃ、間に合ったかミミちゃん! ポルトスっ、構えてっ。ガルドさん、チャージお願いしますっ!」
「おうっ、任せろ!」
「おいっ、んな事したら狙い撃ちされんぞっ! そもそも、どこに向けたら良いっ⁉」
「今から真下に落としますっ! ミミちゃんっ、やっちゃって!」
「がうっ! ぐぅっ、おえっ!!」
ミミちゃんのちょっとだけ苦しそうな声が聞こえた時、ハイハンリノセロスの背後に大きな影が現れる。
驚く奴の目の前に映ったのは、巨大な岩。それも自身の数倍もの大きさの岩である。
当然、その重さは自身が支え切れるようなものではなく、ハイハンリノセロスは岩に押しつぶされるように落下していった。
「ギギギギィイイイイイイッッッッ!!!!!!」
「おーっし、ドンピシャだぜ!」
高速で落ちて行くハイハンリノセロス、その落下地点に構えているのは大楯を頭上に構えたポルトス。
ポルトスは敵が落ちてくるそのわずかな間に、次々とスキルを展開していく。
「『
その間にもハイハンリノセロスと大岩は、まるで隕石が如くポルトスに向け落下してくる。
空気が震える、ポルトスとの接触はもう間近であった。
「『
「拙者も援護するので御座る『大樹の息吹』」
アトスの支援魔法により、ポルトスは大地に根を張る大樹が如き頑強さと生命力を付与される。
そしてポルトスの盾が目標と接触した。
「お前の重さ、そのまま返してやるぜっ!! 『
「ギィイイイイイイイイッッッッ!?!?!?!?」
濛々と立ち込める土煙。
その中でメキメキと無理矢理何かが押しつぶされるような音と共に、ハイハンリノセロスの絶叫が響き渡る。
自身の体重に加え大岩の重量に落下の速度を加えた重さが、下っ腹から強化されたポルトスの盾に跳ね返された。
しかもその衝撃は防御貫通のスキルにより直接内部へと叩き込まれる、そのダメージは恐らく想像を絶するものだろう。
(あれだけの防御力を持っていたんだ、今までダメージらしいダメージなんて負った事もなかっただろう。痛みにもかなり弱い筈、これで勝負が決まったら良いんだけど・・・)
大岩が衝撃に耐えきれなくなり、粉々になって飛んでくる。
僕は馬車に当たりそうな破片だけを蹴り飛ばしながら、状況を見守った。
「ギッギギ・・・ギィイイィィィィィ・・・・・・」
あれだけの攻撃を食らいながらも生きていた、ハイハンリノセロス。
だが流石に無傷なわけはなく、四本の足をワサワサと動かしてもがき苦しんでいた。
先程まで傷一つない無敵の強度を誇っていた鎧が今やひび割れ、あちこちから緑色の液体が流れだしている。
可哀想だ、そう思ってしまうのは僕の傲慢だろうか。
だがやはり森で会った特殊個体の鬼とは違い、『正々堂々』ではなく『早く終わらせてやろう』という気持ちの方が先立つ。
ガルドさんに早く止めを刺して貰おう。そう思い声を掛けようとした時、あることをふと思い出した。
「・・・なんか嫌な予感がする。ガルドさん、そのまま少し待って下さい」
「どうした、止め刺さねぇのか?」
「・・・・・・アトス、ゴーレムみたいなのって出せる? それで突撃してみてくれない?」
「出せまする、『土偶の巨兵』。突貫するので御座る」
アトスの魔法で作られた、ハニワのようなちょっと可愛いゴーレムはふわふわとしながらハイハンリノセロスに向かって飛んでいった。
「いったいどうしたの、ユウちゃん?」
「ちょっと気になってたんですよ、あいつまだスキルを一つ使ってないんです。そして何より──カブトムシなのに足が四本なんです」
僕の予想が正しければ・・・、みんなの視線が集中する先でハニワがハイハンリノセロスに到着した。その瞬間、ハニワは
「ギィイイイイイイイイッッッ!!!!」
「ぅえっ⁉」
「生き返ったっ、というか形が変わりやがったっ⁉」
「なるほど、擬死というやつですか」
息を吹き返したハイハンリノセロス、その姿はカブトムシではなくカマキリ。
つまりやけに大きいと思っていた角は角ではなく胴体で、鞘翅だと思っていた所は鎌だった。どおりで足が四本しかないわけだ。
「あっぶね、俺あのまま切るのに近づいていたら死んでたな」
「僕の予感当たってたでしょ? この変形がもう一つのスキルだったんだね。ってことで相手もネタ切れ、ガルドさんお願い!」
「おう、真っ二つにしてやるぜ!」
その後、いかな防御自慢の魔蟲でもダメージを負った甲殻で切断特化の『
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