5-⑮ 兎の日常風景と少しの変化

 王都への旅路二日目。

 盗賊のおじさん達を馬車に詰め込み半日経ったが、順調に進んでいた。


 そう、順調に・・・魔物に襲われ続けていた。


「多いっ! 多いとは聞いてたよ? でもちょっと多すぎない?」

「確かになぁ・・・今は嬢ちゃんのお陰で何とかなってるが、流石に俺も堪えるぜぇ」

「本当にユウさんのお陰ですね、が無ければ疲労で倒れていたことでしょう」


 やれやれと、肩を解しながら集まってくるガルドさん達。

 しかし口で言う程の疲労は見られない、本当に元気なおっさんである。


「おい、嬢ちゃん。なんか失礼な事考えてねぇか?」

「ハハハッ、キノセイサー」


 ガルドさんからの疑いの視線を避けながら、僕は魔物の素材を回収していった。

 ちなみに僕は解体に参加していない。気持ち悪いし、変な臭いが付いて妹達に「くさい」って言われたくないからだ。


 そうこうしていると、交代時間になったのか馬車から騎士達が降りてきた。

 その手には、マルクスさんが言っていた『アレ』──僕の編んだ座布団と編みぐるみがある。


「姫様っ、これ等は素晴らしいですねっ!」

「姫様のお陰で、我々は万全の状態で任務に当たれますっ!」

「喜んで貰えて良かった、作った甲斐があるよ」


 彼等が大絶賛してくれているのは、朝方に作った『正常の起き上がり小法師』と、それと一緒に快癒の治糸から作った『癒しの座布団』だ。


 『癒しの座布団』は1日目に使っていた『癒しのクッション』の派生形である。

 クッションと同じく、触れているだけで身体を癒し続ける魔道具だ。


「あれの弾力、凄かったでしょ? 僕も気に入ってるんだっ!」

「はい、とても糸とは思えない弾力でした。あれは姫様の能力故ああなっているのですか?」

「いんや、普通に手作りでも同じ事が出来るよ?」

「ふむ、編み物というのは誠に素晴らしい技術でありますね」


 騎士の人と話しているのは『癒しの座布団』の事である。

 通常、いくら10号の毛糸で作ろうとも座布団にそこまでの弾力は生まれない。しかし今回、8号の毛糸を二本取りして座布団を編んである。

 詳しい理由は分からないのだが、複数の毛糸を取り編むと大変クセになる弾力が生まれる。それを更に三枚作り縫い合わせて座布団を作った。

 クッションにも負けない弾力の座布団、僕の自信作である。


(クッションだと馬車の振動で腰がヤバそうだからねー、喜んで貰えて良かった!)


「ユウちゃん、何だか嬉しそうねー」

「おねーちゃん、嬉しいのを隠そうとしてるの」

『マーマ・・・隠せて、ない・・・』

「がうっ!」

「お願いだから、表情を読まないで」


 クレアさんが僕の顔を見てニコニコしている。

 最近みんな、僕に対する解像度が高すぎて隠し事が出来ない。

 それだけ仲良くなれてると思うと嬉しいけど、恥ずかしい気持ちもあり、何だかモニョモニョした気分になる。


「このザブトンという物も素晴らしいのですが、こちらの人形も素晴らしいっ! 起き上がろうとする動作が可愛らしく、またその効果のお陰で常に爽やかな気分で居られるのです」

「ん? それ、どういう事? ?」

「はい! 本来あれだけの人数が居れば空気が悪くなるのも当然ですが、臭いも籠もりますし、暑くもなります。それが全くありませんっ! 女性であるメイド達も大変感謝しておりました!」


 騎士さんの言葉で馬車に視線を向ければ、メイドさん達がコチラヘ嬉しそうに手を振っている。

 僕は手を振り返しつつ、騎士さんが持っていた起き上がり小法師に鑑定を掛けてみた。



【正常の起き上がり小法師】

 『清浄の空糸』から作られたあみぐるみ。

 刺激を受けると周囲の悪い空気を吸い光合成する、リラックス効果あり。



「悪い空気を吸って光合成する・・・」


 書いてあることに変な所はない、どう読んでも空気清浄機だ。


(・・・ん? あれっ、名前が『清浄』じゃなくて『正常』になってるっ!?)


 アイテム名が起き上がり小法師に変わっていた。

 そうなると解説文の意味が変わってくる、この魔道具は『空気を綺麗にする魔道具』ではなく、『空気を正しい状態に戻す魔道具』ということになる。それはつまり──。


「空気だけじゃなくて、温度も臭いも、それどころかわるい空気も元に戻す魔道具なのかっ!? えっ、それって地味に凄くない?」

「お貴族様が欲しがりそうだねー、冒険者ギルドにも欲しいかも! お姉さんも個人的に欲しいなー」


 会議室や商談中、素材の査定など、この魔道具が役立つ場所はいくらでもある。というか絶対にあった方が良い。


「王都に着いたら、アルバートさんにプレゼントしようかな?」

「絶対喜ぶよ!」

「ジー君のパパなら、おねーちゃんが渡す物は何でも喜ぶと思うの」

「あー、確かにね!」


 なら今度セミの抜け殻でもプレゼントしてやろうかな?


 冗談はさておき、今回騎士さんが言ってくれなければ魔道具の効果に気付かなかった。

 モニターって大切なんだなと、改めて実感した僕だった。


 ◇


 三日目。

 通常なら朝はゆっくりと起きて、家族みんなの様子を見ながら身体を解すのが僕の『いつも』なのだが、今日からそんな『いつも』に新しい光景が加わった。


「もっと身体を解すのであります、柔軟をしっかりしないと怪我するのであります!」

「はいっ、ダンタルニャン師匠!」

「柔軟性と筋力、両方ねぇと強くなれねぇぜ?」

「分かりましたっ、ポルトス師匠!」


 外からアンサスさんと毛皮達の声がした。あんまり暑くないなと思ったら、二匹ほど既に起きて何かしているらしい。


「みんな何してるの?」

「姫っ、おはようであります!」

「姫さん、おはようっ!」

「お嬢様、おはよう御座います。今は師匠達に稽古をつけて頂いておりました」


 どうやらアンサスさんはアニマル’sと師弟関係を結んだらしい・・・・・・何で?


「アンサスさんって、アルバートさんのとこで見習いするんでしょ? 何でアニマル’sと師弟関係になってるの?」

「いえ、私は・・・許されるのであれば、お嬢様の側でお使えしたいと・・・」

「姫を守る力が欲しいと、土下座で頼み込まれたのであります」

「まぁ仕えられるかはともかく、力はあっても良いかと思ってな」

「なるほど」


 アンサスさんは、もしかしたら命を助けた恩を感じているのかも知れない。


(僕はお願いしただけで実質助けたのはアルバートさんだし、気にしなくて良いんだけど・・・言っても変わらなさそうだなぁ)


「ん〜、僕は一緒に旅するのは家族だけが良い。だから一緒に来たいなら、家族みんなの許可を貰って」

「畏まりました、必ず信頼を得てみせます」

「我輩達は簡単に許可を出すつもりは無いのであります」

「実際、力不足で着いてこられても邪魔だしな」


 アンサスさんの苦行は始まったばかりだ、本当に着いてきたいのであれば頑張ってほしいと思う。

 まぁ僕も現状では・・・微妙なところだ。

 今のところついてきて欲しいとかは思ってないが、まぁみんなの反応次第だなと思う。


 それからにアンサスさんの訓練風景を度々見掛けるようになり、ダンタルニャンとポルトスを『師匠』、アトスとアラミスを『先生』、騎士さんやガルドさん達を『先輩』と呼んでいた。


 あと今更だけれど、僕とピアちゃん、ミミちゃんを『お嬢様』と呼んでいる。

 何で僕が『お嬢様』なのかと言いたいところだけど、ミミちゃんの事もちゃんと『お嬢様』と呼んでいるのがポイント高い。


 少しは認めてやっても良いかなと思う僕だった。

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