3-⑧ 神獣は真面目な空気がお嫌い

「あぁ、神獣さまっ!」


 僕とピアちゃんの前に跪き、祈りを捧げ始めた犬のおじいさん。

 意味が分からず、僕達は困惑の表情で顔を合わせた。


「あの、おじいさん。意味が分からないんで、とりあえず顔をあげて貰って良いですか? 話が出来ません」

「畏まりました、神獣様」


 この人、まだ神獣様って言ってる。


「いやはや、まさか神獣様にお会いできる日が来ようとは・・・長生きはするものですなぁ。申し遅れました、儂はこの辺りの顔役をしとりますオキナと申します」

「あの、横から申し訳ありませんわ。その”神獣様”とは何なんですの?」

「おや、ご存じありませんかの? 我々獣人に伝わる伝承で、白銀の毛皮を持って生まれた獣人は神の獣の血を継いで生まれた者、故に『神獣様』と呼ばれとります。獣人を護り導いて下さる存在じゃと言われとりましての、特に儂のような爺婆や獣人の村で育った者は、神獣様、もしくは神の遣いと考え崇めるものは多いのです」

「そうなのですか、初めて知りました。姉様が・・・」

「いや、そんな目で見られても・・・」


 オキナさんの言っていることが、若干間違っていないせいで否定しにくい。

 エリザベートに至ってはキラキラした目を向けてる、こっち見てないで話を進めて欲しい。


「えっと、オキナさん。その神獣様とかはちょっと置いておいて、少しこの子達から話があるんです。聞いていただけませんか?」

「畏まりました、神獣様のお申し出とあれば何なりと」

「何なりと。じゃなくて、ちゃんと聞いてね?」


 この人、今なら何でもYESって言いそうだな。

 再起動したエリザベートは、オキナさんに計画の詳細を話始めた。

 神獣効果か、貴族であるエリザベート達を邪険にせず話を聞いてくれたものの、その表情は険しい。


「確かにここには、好き好んでるわけでは無い者も多く居ります。その者等に仕事を下さるのは嬉しい事ですが、我々は獣人、そう上手く行きますかのう? この街の住人はそこ迄でもありませんが、外国の人間を相手にするのは中々に面倒ですぞ?」


 やっぱり他種族を差別する者は居るみたい。

 シルクマリアでは殆ど見ないので忘れがちだけど、居るのが普通なんだ。

 オキナさんは、そんな人も居るのに商売なんて上手くいくのか、子供達に被害が及ばないかを心配しているんだと思う。


 オキナさんは「自分達を使い潰すつもりなのか?」と、こちらを睨みつける。

 ここで彼を説得できるかどうかに全てが掛かっている。


「作業や仕事中も必ず護衛をつけます、貴方がたを生贄にするような事は絶対にしないと、スピンドル家の名に誓います。どうか僕達を信じて頂けないでしょうか?」

「私達が盾になりますわ、無理強いも致しません。よろしくお願い致しますわ!」


 オキナさんとジーク、エリザベートの視線が交差する。

 暫し沈黙が続いた後、オキナさんは目を閉じ息を吐いた。


「スピンドル家のお噂は伺っております。エリザベス様は、我々獣人の子等の為に立ち上がって下さった事もある大恩人です。神獣であらせられるユウ様、ピア様。そして何より・・・」


 一度言葉を切り、オキナさんは考えたのだろう。

 ”本当に言っても良いのだろうか”と、だが決心がついたようで再び言葉を口にした。


「何より、あなた方からは嘘の臭いがしません。信じてみたいと思います」

「それでは・・・」

「はい、儂にできる範囲になりますが、ご協力させて頂きます。どうぞ子供等とその家族を、宜しくお願い致します」


 その返答を聞き、皆で喜び合った。恐らく、ここが一番難しいポイントだった。

 スラムの住人の説得に、金や権力は意味がない。必要なのは誠実さなのだ。

 それが分かっていたのだろう、ジークとエリザベートから力が抜けたのを感じた。

 その様子を見て、僕は二人の頭を撫でてあげる。


「二人共お疲れ様、よく頑張ったね。後は足りないものを作っていくだけ、僕も協力できるから一緒に進めていこうね」

「「はいっ!」」


 やりきった二人の顔は、とても誇らしげだった。


「声を掛けるのは子供だけで良いのですかな?」

「いえ、興味のある方全員です。それこそ座ったままの方でも問題ありませんので、赤ちゃんの居るお母さんや、腰の悪いお婆さんでも大丈夫です!」

「ほう、婆さんでも良いのですか! 面白いですのう、ではこの爺めにお任せ下され」


 ひとまず希望者を集ってからの顔合わせになるので、また後日オキナさんを訪ねる事になった。

 僕達は店舗に必要な物を購入する為に、一度市街へ戻る。


「な、お前が居りゃ上手くいくっただろ?」

「そだね、まぁ最終的には子供達の熱意が伝わった感じだけど。ゴンズは知ってたの?」

「ここに出入りしてると、結構お前らの話は耳にするんでな。・・・お前、あれから結構活躍してるらしいじゃねぇか。特殊個体も倒したって?」

「お陰様でね」


 僕がそう答えると、ゴンズはバツが悪そうに顔を背けた。


「あん時ゃ悪かったな。兎人族だからよ、死なねぇようにと思って忠告したつもりだったんだ」

「分かってる、僕もごめんね」

「いや、お前等が今怪我してねぇならそれで良い」


 この人、やっぱりいい奴なんじゃん。

 モヒカンにしとくのが勿体ないな、別にモヒカンに罪はないけど。


「怪我したところ大丈夫? さすってあげようか?(笑)」

「ぶっ殺すぞっ!?」


 僕は真面目な雰囲気は嫌いなので、ゴンズをおちょくってスラム中で追いかけっこをした。

 雰囲気は緩いに限る。


「一応俺の面倒見てるガキ共にも声掛けといてやるよ。何て返事するかは分かんねぇから、あんまり期待すんなよ」

「ううん、声を掛けてくれるだけでも助かるよ。ゴンズ本当に良い奴だよね、見直したよ」

「うるせぇよ、そんなんじゃねぇ」


 ゴンズとはスラムの入り口で分かれる。

 次にスラムへ入るときは、必ず声を掛けるよう念押しされた。彼が言うには、入っちゃいけないエリアがあるらしく、無許可で立ち入ると攻撃されるらしい。

 当初のイメージ通り、物騒な面もちゃんと持ち合わせているようだ。


「スラムに行くときは絶対力を借りるようにしよう」

「そうですね、父上にもこのことはお伝えした方が良いでしょう。母上がお一人でやって来てしまうかもしれません・・・」


 確かにっ! マルセナさんなら、やりかねない。

 スラムで何かに巻き込まれたら助けようがない、アルバートさんに手綱を握って貰わなければ。

 ・・・無理そう。


 ひとまず僕等は孤児院へ移動し、話し合いの結果をエリザベスさんに伝える事にした。

 戻ってきた僕等をほっとした様子で迎えてくれたエリザベスさんは、ジークとエリザベートの頭を撫でる。

 この二人はアルバートさんに言われて孤児院に来ていたと思っていたが、撫でられている様子から、案外気に入って来ていたのかもしれない。


「そういえば二人と初めて会った日って、アルバートさんに言われて此処で僕を待ってたの?」

「いえ、僕達は六歳の頃から頻繁に此方へお邪魔しているのです」

「貴族の子供はどのような危険な目に会うか分かりませんので、基本的には成人するまで滅多に屋敷を出ませんの。ですが、ここならばエリザベス様がいらっしゃいますので安全だと、お父様から許可を頂いていますの」


 確かに貴族の子供って、悪い人にとって鴨葱みたいなものだろうしね。

 出られないというのも納得がいく、だから物を買うときは家に商人を呼ぶんだろうな。


「女性に関しては成人しても出られない事がありますの。シルクマリアは比較的安全ですが、それでも外出できないのですわ」

「本来でしたら姉様のようなお綺麗な女性の方は、危険すぎて独り歩き出来ないものなのですが・・・」

「僕は返り討ちにしちゃうからね!」

「むぅ、それだけ綺麗で可愛らしいのに、お強いだなんて。ずるいですわ!」

「そんなこと言われても・・・」


 まぁ、僕が強いのは装備のお陰だからね。

 装備が無かったら、僕は明日にでも奴隷市に並んでいる事だろう。


 その後僕達は孤児院を後にし、領主邸へ帰還。

 夕食を頂きつつスラムでのことを報告し、今後のスケジュールを組み立てるのだった。

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