3‐⑨ スライムのお味
スピンドル家で頂く夕食は、貴族だけあって豪華かつ美味しい。
だが、個人的にはアネッサさんのご飯の方が舌に合うような気がする。
フルコースと牛丼の違いみたいな感じかな?
慣れた500円の牛丼のほうが美味しいこともある。たぶんね、フルコース食べたことないけど。
「お姉様、お借りしておりました編み物の道具をお返し致しますの! それと、此方が複製した物なのですが、確認をお願い致しますの」
僕は、エリザベートから手渡されたかぎ針を検品する。
かぎ針編みで使用する編み具は1号2.40mm〜15号6.60mmと細かく分かれていて、そこにジャンボかぎ針、レース用かぎ針と加わり、その数は30種類を超える。
更に毛糸を引っ掛けた時に、丁度良く滑る様に表面を磨かなきゃいけない。
つまり非常に繊細な道具なのだ。
では、件のコピーかぎ針はどうかと言うと・・・。
「嘘でしょ、完璧じゃん・・・」
そう、完璧な仕上がりだったのだ。
試しに鎖編みをしてみると、程よい滑り具合とカギの深さ、そしてグリップの太さ。
まるで生前愛用していたクロー◯ーさんのかぎ針のようだ。
「これすごいよ、エリザベート。完璧だし、使用者のことをよく考えて作られてる」
「流石はゲンツさんですの! あ、ゲンツさんというのは、市民街で鍛冶屋を営んでらっしゃる、細工専門の鍛冶屋さんなのですわ」
「鍛冶屋すごいなっ! えっとじゃあ、偶数の番号を作業の人数分作って貰っても良いかな、あと今度その人に会わせて」
「畏まりました、伺ってみますの!」
編み物アクセサリーを作るには、レースかぎ針が必須だ。絶対に作って貰おう。
これで編み物に必要な道具は用意できる、次は料理に関してだ。
「アルバートさん、ここの料理担当の方を紹介していただけませんか?」
「構わんが、何をするんだ?」
「僕が料理を教えるうえで必要なものを作って貰いたいのと、あと作り方を研究して欲しい物があるんです」
そう言って僕はミミちゃんにある物を取り出して貰った。
青くてプルプル、ひんやりとした透明感のある両手大の丸い物体──スライムゼリーだ。
これはゼリーと銘打ってはあるが、物体としてはゼラチンだ。ゼラチンがあれば料理の、そして何よりお菓子の幅が広がる。
今シルクマリアは体感で言うと7〜8月くらい、つまり結構暑い。
暑いと冷たい物が欲しくなる。ジュース、アイスクリーム、カキ氷。それらも勿論良いと思うし、たぶん作る。
だけど、今回僕が作りたいのは『フルーツゼリー』だ。
食べ物を流行らせるにはいくつかポイントがある、それは”物珍しさ”と”味”そして『映え』だ。
映えは別に現代に入ってから新しく作られた考え方じゃない、映えは昔から存在する。
映えを求めたから、お饅頭は紅葉の形になったし、団子は三色になった、つまり昔から見栄えの良い物は注目される。
スライムゼリーはそのままでも十分に美味しい、でも今回はそのゼリーにシルクマリア周辺でしか取れない果物なんかを入れるのはどうかと思った。
つまり特産の商品化、〇〇で使われているのはシルクマリアの果物だとアピールできれば、外国の人にも宣伝しやすい。
もっと宣伝にはチラシなんかが良いんだけど、その辺は追々。この世界は紙も高い。
この事をアルバートさんに伝えた所、そもそもゼリーを初めて見たらしく、楽しそうにフォークで突ついていた。
「これは・・・スライムなのか? 食べても問題ないのか?」
「全然問題ありません。このままでもそれなりにお美味しいので、ピアちゃんも気に入って食べています。森で迷子になっていた時、これで飢えを凌いでいました。と言ってもこれは僕の力で抽出した物なので、一般の方が作る方法を考えて貰わないといけないんです」
「ユウちゃん、そんなものを食べて生きていたのね・・・ここでは美味しい物をいっぱい食べるのよ?」
なんかマルセナさんに哀れまれた。
スライムゼリーは元がスライムという事もあり皆は若干引き気味ではあったが、スキルで不純物を取り除かれている為透明感が高い。
また、爽やかな青色なので口に入れるのに抵抗感は低い様で、とりあえず食べてみることになった。
「これは想像以上に美味いな。今まで誰も気付かなかったのか?」
「いえ、確か調教師ギルドの報告にそういうものがあった筈よ。ただ、舌触りが悪くて食べられたものじゃないと書いてあったわ」
たぶん、ろ過したりせず食べたんだろう。だから今まで為スライムが食べた不純物が舌触りを悪くしたんだ。
味も悪かっただろうに、なんて無茶をしたんだろう。
それより、そのテイマーさん、まさか自分の相棒を食べたんじゃ無かろうな?
「料理人達にこれを作らせれば良いのか?」
「いえ、あと新しい調味料を作って貰います。もうこの際なので、ちょっと本気を出させてもらおうかと思います。ふふふふふ・・・」
「おねーちゃんが悪い顔してるの。こういう時のおねーちゃんは、変な事しか考えてないの」
「なるほど、覚えておきますの」
何かピアちゃんに酷いことを言われている気がするが、とりあえず放置。
今ここで頑張れば、僕達は気軽に美味しいものが食べられる様になる。
というわけで、僕は地球の軽食レシピを再現することにした。
「さて、異世界の人達はジャンクフードの魔力に抗い切れるかな?」
おデブ人口が増えそうだが、そんなの知ったこっちゃないのである。
◇
エリザベートとジークに見送られ、僕達は宿に戻ることにした。
時間も遅い為、ピアちゃんは僕の背中でおねむ。相変わらずお口がもぐもぐしている、非常に可愛い。
ちょっとイタズラしてみたいが位置的にむずかしい、残念ながら断念することにした。
テクテク・・・てくてく・・・
僕は歩きながら耳をピコピコ動かす、ミミちゃんも不意にカチンッと歯を鳴らす。
「
「ぎゃう!」
ここからだと少し遠いけど孤児院に行ったほうが良さそうだ。そう思い僕は行き先を変更し、孤児院に足を向けた。
孤児院のドアノックを鳴らすとエリザベスさんを覗かせる。
幸いなことに、まだ起きていたみたいだ。
「おや? アンタ達こんな時間にどうしたんだい?」
彼女は暗くなった街並みを見渡した後、背中で寝ているピアちゃんに目を向け微笑んだ。
「その子を預かったら良いのかい?」
「はい、突然すみません。でも宿よりはエリザベスさんの所の方が
「あっはっはっは、構いやしないさっ!
「ミミちゃんにもついてきて貰いますし、問題ありません!」
「わかった、行っといで。怪我せずに帰ってくるんだよ」
僕は背中のピアちゃんをエリザベスさんに任せた後、おでこにキスをして来た道を戻った。
「全く、どこの誰だろうね。
僕は彼女のそんな声を聞きながら、暗い夜の住宅街を進む。
◇
空を見上げると月が見えている。
「三日月でなくて助かった、アルテミス様が見てるかもしれないからね」
僕は街の西側、一般市民が多く住むエリアへ足を運んでいる。
商業施設も少ない為か道幅は広くなく、少し横道に入ると迷路のようになっていて、僕が今立っているのもそんな横道に入った所にある少し開けた場所。
普段は子供の遊び場なのだろうか? それらしきものが隅に転がっている。
「漫画ならこういう所に来れば怖い人が出てくるのがお決まりけど・・・ねぇ、貴方達はどう思う?」
僕は背後の暗がりに声を掛ける。
すると大小刃物を持った、明らかに堅気ではない男達が姿を現し、僕達を取り囲んだ。
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