4‐④ 兎と大人の意地

 有名ゾンビゲームも真っ青な、半透明の触手を何本も生やした筋骨隆々のオーガ。

 え、これモザイク無しでも大丈夫ですか? と聞きたくなるようなクリーチャーを相手に、ガルド達は対等以上の戦いを繰り広げていた。


「何故そんなにもオーガと戦い慣れているのですっ!? まさかこの子が出てくることを予期していたとでも言うのですかっ!!」


 テイマーの男は予想外の事態に困惑している。

 何故ガルド達がこんなにもオーガとの戦闘に慣れているのか、その理由は彼等なりの大人の意地であった。


 初めてユウ達と出会った日に遭遇したオーガの特殊個体、あの戦いにおいてガルド達は守られるだけであった。

 先輩冒険者の意地、子供に守られたという情けなさ。三人はあの日から、あのオーガにいつでもリベンジが出来るよう訓練に訓練を重ねていた。その結果が今の状況となっている。


「こちとら嬢ちゃんに、これ以上情けない姿は見せらんねぇからなっ!」

「今度は私達が守るんだからっ!!」

「エルフにとって子は至高の宝、その矜持を見せて差し上げます」


 スライムオーガとも呼ぶべきその生物は、本来のオーガの討伐ランクを超えBランク上位の強さを持っている。

 触手による素早い殴打と薙ぎ払いと致命傷を免れない棍棒の一撃。

 それらを搔い潜り堅実に確実に胴を切りつけるガルド、その背後からは二方から矢と魔法が飛んでくる。

 状況はガルド達が押している。だが相手はそもそもスライム、与えたダメージはすぐに再生していった。


「はははっ。初めは驚きましたが、そちらも攻めあぐねているようですねぇ。どうしました、貴方達の矜持とやらはそんなものですか?」


 自身の優位性を再確認したのだろう、テイマー男の態度に余裕が出てきた。

 勝てると思っていたのだろう、ガルド達の目が何かを探していたことにテイマー男は気付かなかった。


「──っ、見つけたぞっ!! 左胸と鳩尾だっ!!」

「分かりました、行きますっ」


 その短いやり取りの後、マルクスが前線に踊り出る。

 彼は魔法杖を棍のように巧みに回し触手を弾く、しかし残った剛腕がマルクスを叩き潰そうと振り下ろされる。当たれば彼の細身の体は小枝を折るように潰れてしまうだろう、だがそうはさせまいと横合いから銀閃が走る。


「バーカッ、前線の連携を練習してねぇわきゃ無ぇだろうがっ!」


 切り飛ばされた両腕。ガラ空きとなった胴に、マルクスが短く持った魔法杖を当てる。


「『爆破ブラスト』!!」


 目を焼く小爆発、それはスライムオーガの体表を吹き飛ばす。熱風が頬を撫でる中、二人はすぐさま左右に掃け正面の射線ラインを空けた。


「『二連・捻じれ穿』!!」


 確かに致命傷を与えても復活してくるオーガは脅威だろう、だが姿形はオーガでも正体はやはりスライム。つまり弱点は変わらないのだ。

 スライムの弱点、それは『核』。どれだけ強くても、どれだけ凶悪でもスライムである以上コアが傷付けば活動を停止する。

 複数のスライムが合わさった魔物ならば核も複数あるだろう、そう考えたガルド達は防戦をしつつ核の位置を探っていた。


 マルクスの魔法により露出した核、クレアは二人が左右に避ける前に矢を射掛けた。

 矢が来るギリギリのタイミングでの回避、それは正しくオーガへのリベンジの為訓練をし続けてきた三人の阿吽の呼吸。

 螺旋に回転して跳ぶ矢は、二つの硬いスライムの核を意図も容易く貫通していった。


「──っ、しゃぁっ!! やったな!」

「クレアさん、流石の腕ですね」

「二人のお陰だよー!」


 崩れていくスライムオーガをテイマーの男は静かに見つけていた。周りを見れば借りてきた軍人たちは一人残らず制圧されている、騎士達には一人の欠けも無い。

 聞いていた情報では、この街にスライムオーガに勝てる者は2人、パーティもBランクは居なかった筈だった。しかし蓋を開けてみればスライムオーガを圧倒するパーティの存在、想像以上に練度の高い騎士達、何故か意味をなさないスラムの迷宮・・・。

 情報を集め直す必要がある、そう判断したテイマー男は撤退行動に出る。


「さて、キリキリ吐いて貰うぜ?」

「いやはや、想像以上にお強いですね。騎士の皆様も素晴らしい! どうやら旗色が悪いようなので、手前はここ等で引かせて頂きます。あぁ、どうぞお構いなく、そちらの者共は差し上げます」

「行かせると思ってるの?」

「子供を害した罪は重いですよ」


 逃がすまいと構えるガルド達、だがそれを遮るようにテイマー男との間に蛇のようなスライムが数体現れる。


「ははははっ! 皆様はこの子と遊んであげて下さい、手前は失礼させて頂きますね!」

「ちぃっ!!」


 新たに現れたスライムパイソンはスライムオーガほどの脅威では無いがやたらとしつこい。結局全てを排除した時にはテイマー男は姿を消していた。


 ◇


 追っ手をガルド達に任せ先行していたゴンズとドラニクス及び冒険者一行は、遠方から見えていた背の高い建物に辿り着いていた。


「この建物の下を指してんぞっ! ガキ共、牢屋なんかに入れられたりしてねぇだろうなっ⁉」

「落ち着け、ここは奴らの本拠地だろう。戦力が集中している可能性がある、慎重に進むぞ」


 ゴンズはドラニクスの忠告を聞きつつ、八つ当たりとばかりに扉を破壊、侵入した。

 入って目の前はエントランス。正面には二階へ続く階段があり、踊り場を挟んで左右に分かれる構造をしている。

 ゴンズが持つアリアドネの糸が指す先はそんな階段の下、一階右側の通路を指していた。


「あっちだ、行くぞっ!」

「全員、周囲を警戒しながら進め」


 前衛が前後を守りながら斥候が周囲に気配察知を飛ばす。本拠地だろうと予想されるので罠は恐らくないだろうが、あってもゴンズを止められないので前は任せる。

 恐らくコイツなら罠にかかっても、まぁ死なないだろうという冒険者間での謎の共通認識だった。


 建物内に配備された敵戦力はやはり多く多種多様だった。

 また、人間だけにとどまらず、ウルフやジャイアントバット、スライムや小型のゴーレムと言った小さな魔物も襲い掛かってくる。恐らくテイマーが居るのだろう。

 ゴンズ達はそれ等を一蹴しながら右へ左へ通路を進む、そして道は地下続き遂に・・・。


「ガキ共っ、無事かぁぁぁああああーー!!!!!!」

「ゴンズっ⁉」「ゴンズッ、お”ぞぃよぉぉぉぉ!!」「ぅええぇぇぇぇん!!!!」


 地下牢にて子供達を発見した。見覚えのある10人の子に小綺麗な恰好をした3人の子供、服装からして恐らく市街の子だろう。子供達は牢の隅の方で一塊になり身を守っていた。

 少し大きな子は自分なりに他の子を守ろうとしていたのだろう、一番外側で小さな子を隠すように身構えていたが、ゴンズの姿を見て安心したのか泣き出す。


「馬鹿野郎がっ、あぶねぇから隠れてろっつたろうがっ!!」

「隠れてたよっ!! でも小さな子が捕まって、逃げられなかったのっ!!」

「そうだったのかっ、すまねぇ俺がもっとちゃんとしてれば・・・」

「ゴンズは何も悪くないよぉぉぉ、う”ええぇぇ!!!!!!」


 大きな子が多少殴られたような跡はあるが、特段大きな怪我は見えなかった。

 見つけたらすぐに脱出、突入時に決めたルールに則りゴンズ達は脱出の準備を始める。


「良いか、年上の子は小さな子を担ぐか手を引け。冒険者は子供達を囲い絶対に守るのだ」


 ドラニクスの指示に冒険者達は護衛の大勢を取る。シルクマリアは商人が多く出入りする街、故に冒険者は護衛の依頼に慣れている者が多く、他パーティと瞬時に連携をとることにも問惑いは無かった。

 ドラニクスが厳選したシルクマリアの実力者達、そんな彼らの鉄壁の守りに囲まれ子供達もようやく笑顔を見せる。


 子供達が居るぶん進行速度は落ちる。しかし保護対象を確保した為、魔法使いが戦闘に参加できるようになる。力を温存していた魔法使い達、彼等はここまでのストレスを発散するかの如く敵ごと建物を破壊していった。

 もうすぐ入り口に着く、そんな時エントランスで一人の男が待ち構えていた。


「おいおいおい、何勝手に商品を持っていこうとしてんだ?」

「赤鱗・・・」


 待ち構えていた男──赤鱗は、ゴンズの後ろで固まっている子供達を見て歯ぎしりをする。


「テメェ等のせいで全部台無しだっ!! 商品は持って行かせねぇ、お前等もここでぶっ殺す、ガキ共も覚悟しとけよっ!!!!!!」


 真っ赤なオーラが暴風のように吹き荒れる。

 怒れる龍が如き威圧を放つ赤鱗。圧倒的強者。放たれる威圧感もそこらの魔物の比ではない。

 流石のゴンズも膝を着きそうになった、周りの冒険者は声も出ない。

 何とか子供達を逃がさなくてはならない、最悪自分が犠牲になったとしても・・・。

 ゴンズの中で覚悟が決まった。


 自分は今まで褒められたような事は何一つしてこなかった。シルクマリアに来るまでも素行の悪さから狂犬と罵られた、だが正しい評価だと自分でも思っている。


 ──だが、ここでこの子達と出会った。


 初めは気紛れに硬いパンを渡しただけだった、渡して「失せろ」と言うつもりだった。

 だがこの子達は自分の手を握り「ありがとう」と屈託のない笑顔を向けてくれた。

 そんな事を言われたのは初めてだった、それから何となく暇があればパンを渡しに行った。

 干し肉を渡したこともあった、すごく喜ばれた。

 一緒に飯を食ったこともあった、小さい子が膝に座ってきた。

 悪い奴を追っ払った事もあった、大人からも感謝されるようになった。


 そしていつの頃からか言われるようになった──『おかえり』と。


 何なんだろう、何か分からない。何か分からないが──こいつ等は守らなきゃいけない──ただ、そう思った。


「ギルマス、ここは俺が死ぬ気で食い止める。ガキ共を頼んでいいか?」

「ゴンズッ、ヤダよ!! 一緒に行こうよっ!!」「死んじゃうよっ!!」


 長年共にしたマチェットを強く握りしめ、せめて一矢報いてやろうと踏む出すゴンズ。

 そんな彼の肩に手を置く男が居た──ドラニクスだ。


「お前の覚悟、俺が受け継ごう」

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