4‐③ 兎が踊る大捜査線

 似たような建物が並ぶ道を、アリアドネの糸に導かれながら僕達は駆けていく。

 この糸の凄い所は『子供達ゴールまで道に迷わない事』、つまり途中道が入り組んでいようと迷う事が無い。


「エリザベスさん、あっちです。あの細い道に入るみたいです!」

「あ、誰か出てきたの! えいっえいっ!」


 ペシッ、ペシンッ!


 そして途中行き止まりに着いたとしても、アリアドネの糸は隠し扉を探し出す。

 


「あ、回転扉だ。忍者屋敷かよ」

「えいっ、えいやーなの!」


 パシーンッ!


 この糸がある限り、どのような道の小細工も通用しない。

 僕達は最高速で子供達の所へ辿り着くことが出来る、相変わらずレシピ本から出来上がるものは破格の性能を誇っていた。


 迷うこと無く進んでくる僕達を見て焦ったのか、武器を持った男達が蜂の巣を突いた様に出てくる。しかしそれらは無慈悲にもピアちゃんによって吹き飛ばされていく。


「何で隠し通路までバレてんだっ!?」

「分かんねぇよっ!? とにかく止めろぉおぉぉぉ!!」

「何なんだよっ、あの鞭っ!?」


 不意を突こうとも、僕達の耳とピアちゃんの糸を見る目により失敗し、かといって矢も剣も人数を揃えようとも鞭の衝撃波に散らされる。そしてそれに追従するのは僕とエリザベスさん、そして騎士や冒険者だ。


 倒れた男達を一々縛っている時間は無い。その為放置されてはいるが、エリザベスにより無力化された為、恐らく逃げることは出来ないだろう。


「それにしても随分と入り組んでるねぇ、まるでダンジョンだよ」

「たぶん戦力を分散させたり、本丸に到着するのを遅らせるためにワザとそう作り直したんだと思います」


 日本のお城にもそういう作りのものがある。

 そして入り組んでいるということは、隠しやすいということ。間違いなく子供達は近くにいる。


「おねーちゃん、こっち! 糸が下を向いてるの!」

「下? 地下室か!」

「ちっ、こんな所まで来やがった! おい、ここでやっちまぅぎゃーーっ!?」


 邪魔な物があったので蹴り飛ばす。

 ピアちゃんが指し示す先の絨毯を剥がすと、そこには重厚な扉が隠れていた。


「ぎゃははは! 残念だったな、その扉を開けるにゃ俺達バフスキル持ちが5人は要るぜぇ! 下には行かせねぇぞ!!」

「こんなのにスキルなんか要るもんかい」


 バキョッ!!


 エリザベスさんは扉を片手で引き千切ってしまった。


「ウソだろっ!?」

「ちょっと耳障りだから埋まっといてね、ふんっ!!」


 僕は踵落としで男達を釘のように床に打ち込んだ後、扉の無くなった空間に目を凝らす。

 そこは地下室ではなく通路になっているようで、薄暗い空間に階段が続いている。入口は狭いが通路はそこそこ広いようで、エリザベスさんでも十分に通れそうだ。


「こりゃ、地下水路だね。こいつら、勝手に水路に扉をつけたんだね」

「もしかして、水路から子供達を運び出す気じゃ!?」

「可能性はある、だけど水路の出口は馬車が通れるかも分からない大きさのはずさね。拐われた子はかなり多い、どうやって連れて行くつもりなのか・・・」

「どちらにしても急がないとっ!!」


 暗い地下水路の先で、何が僕達を待ち受けているのか。

 ぽっかりと空いている入口は、まるで僕らを喰い殺さんとする獣の顎のようであった。


 ◇


 ユウ達が地下水路の入り口を見つけていた頃、別のルートでもゴンズが大暴れしていた。


「どきやがれっ、死にてぇのかっ!! あぁん⁉ ぉるぅらぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ!!!!」


 両手に持ったマチェッタを振り回し、出会った者を片っ端から斬り、叩き付け、蹴り飛ばす。

 見た目は雑魚っぽいが、ゴンズもれっきとしたBランク冒険者であり実力者。木っ端な悪党などものともせず突き進んでいた。


「どっちが悪党か分かんねぇな」

「犯罪者同士の抗争に見えるね」

「見た目が盗賊ですから仕方ありません」

「聞こえてんぞっ、おらぁっ!?」


 仲間からの評価は散々であった。とはいえ、現代の日本人から見てもゴンズは世紀末のヒャッハーにしか見えないので、妥当な評価とも言えた。


「しかし、あいつは何故あんなにも張り切っておるのだ?」

「ゴンズはスラムの子供を養っていたらしいですよ」

「そうだったのか。その子供等が被害に合ったのだな、あの様子も頷ける。人は見かけに寄らんという事だな」

「そうですね、私もそう思います」


 ドラニクスやガルド達は特段のんびりとしているわけではないのだが、ゴンズが必死過ぎる為にやや勢い乗り切れていなかった。


「うるぅらあぁぁぁぁぁ!! ガキ共ぉぉぉーーっ、どこだぁっーー!!」


 隠れて進む必要が無い為ゴンズは全力で子供達の元へ進んでいた。

 糸の先に子供達が居る、それが分っていても声を上げずにはいられない。もし怪我でもさせていたら、なます切りにしてやると鼻息を荒くしていた。

 そんなゴンズを投げナイフが襲う。


「けっ、そんなもんが効くかよっ!」


 興奮していようと、そこは上位冒険者。冷静さを忘れていなかったゴンズは易々とナイフを弾き落とす。


「おや、やはり簡単に防がれますか」

「誰だテメェは、少なくとも神父じゃぁ無さそうだな」

「えぇ、そうですね。手前をそんな口先だけの人間と一緒にしないで頂きたいですね。さて、貴方方は少々暴れ過ぎです。ここで死んで頂きます」


 男の言葉にゾロゾロと男の仲間が集まってくるが、盗賊やスラムの住民にしては妙に持ち物に統一感がある。


「テメェの言う事なんぞ聞くわきゃ無ぇだろうがっ、さっさとガキ共を返しやがれっ!!」

「待てゴンズ、こいつら盗賊ではない。恐らく他国の軍人だ」

「何でこんな所に軍人が居るのっ!?」


 クレアの理由ももっともだが、今はそれについて話し合っている時間は無いようだ。

 敵の人数はややゴンズ達を上回る、実力はそう高いように見えないが今この間にも子供達を連れ出しているかも知れない。

 苛立つゴンズ。もう無視して進むべきか、そう考えた彼の目の前に騎士達が並び立った。


「皆様、ここは我々に任せて先にお進み下さい」

「例え他国の軍人だろうと、我等は誇り高きシルクマリアの騎士。堕ちた者共に遅れは取りませぬっ!」


 シルクマリアの騎士達は守りに重点を置いた訓練を積んでおり、その戦いぶりは非常に安定している。

 その守りは硬く、男達はゴンズ達の後を追わせまいと連携をとって動く騎士達を抜くことが出来ない。


「ガルド、あのナイフを投げた男。あいつだけは軍人に見えん。念の為残ってくれるか?」

「おう、分かったぜギルマス。子供等は任せた」

「残りの冒険者は全員俺に着いてこい。先を進むぞっ!!」


 ドラニクスはゴンズを先頭に、同行してきた五人程の冒険者を連れてスラムを進んでいった。

 軍人達の、恐らくリーダー格であろう軍人らしからぬ男は一人、ゴンズを追うような素振りも見せずに佇んでいた。


「お前は焦らねぇんだな。その感じから誘拐が目的じゃねぇんだろ? 軍人まで出てきて、お前等は何がしたいんだ?」

「いえ、誘拐も目的ではありますよ。あれは手前共の大切な資源、足りない分は他から拾って来なければならないんです。少々時間と金がかかるのが問題ですが、まぁ仕方無いですね」


 男の何でも無いように放った言葉に、ガルドは青筋を立てた。


「資源? ・・・ちょっと聞かなきゃいけねぇ事が多そうだな」

「そんな風に構えられても困ります、手前は戦うことが苦手なのですから」

「ならさっさと降参して情報を吐け、今なら軽くシバく程度で許してやる」


 男の巫山戯た態度にガルド達の怒りは爆発寸前だった。身の竦むような怒気が漂う中、男は怯みもせず言葉を返した。


「おぉ、怖い怖い。怖くて仕方がないので、手前は身を守って貰うこととしましょう、彼等にね!」


 男のその言葉と同時に、ガチャンという扉の開くような音が響く。

 音の発生源は周囲に乱雑に置かれていた鉄の箱。彼等が『箱』と呼ぶそれは、特別なコーティングのされた檻であり、中にいる特殊な魔法生物が逃げ出さないよう加工された物だった。

 中に入っていた生物、それは・・・。


「あん? ありゃスライムか?」

「スライムに守って貰うのかしら? あまり戦闘に向かない魔物だけど・・・」

「特殊なタイプかもしれません、お二人共油断しないで下さい」


 這い出てきたスライムは男の足をよじ登り、腕に留まる。その様子を見た男は満足そうにガルド達へ説明を始めた。


「手前はテイマーでしてね、この子は従魔になります。皆さんはこの子を見てただのスライムと油断されましたね? まぁある意味正解なのですが。この子はドッペルスライムと言いましてね、姿や性質を真似ることが出来ます」

「姿を真似る? 擬態みてぇなもんか」

「いえ、似て非なるものです。擬態ではなく、完全に模倣するのです。例えばこのようにっ!」


 その言葉と共に『箱』から十匹程のスライムが這い出て、テイマーの元に集まる。

 スライムそのまま一塊になると何かを形作る。人型で三メートル程の身長、頭部らしき位置には二本の突起物、その形はまるで鬼を彷彿とさせた。


「この子たちはオーガの能力を獲得したスライムなのですよっ! 先程、手前の目的を聞かれましたね。手前の目的は、この作品達の実験ですよっ! どうですっ、覚えさえすれば牙を持ち、空を飛び、火を吐くことすら出来るスライムはっ! このような理不尽な生物を見たことがありますかっ、はははははっ!」


 己の従魔に余程の自信があるのだろう、饒舌に語り始めた。

 進化を遂げたスライムを目の当たりにして、ガルド達はさぞ恐れ慄いている事だろう。そう思いテイマーの男が見たガルド達は──歯に物が詰まったような表情をしていた。


 牙が生えていて、自在に宙を舞い、火やレーザーや避けられない石礫を吐き、巨岩を落とし、大洪水を起こし、あらゆる物を飲み込む、そんな超生物を何処かで見たことがある気がする。

 対して目の前のスライムは何だろう。オーガの姿になれて力自慢? 何それかわいい。


 本物の理不尽ミミちゃんを知っているが故に、目の前のスライムとテイマーに若干の憐れみを感じるガルド達であった。

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