4‐⑤ 兎が不在の大決戦

「お前の覚悟、俺が受け継ごう」


 そう言ってドラニクスはゴンズの前に歩み出た。


「ギ、ギルマス・・・だが・・・」

「その子達を助けると、守ると誓ったのだろう? ならば最後まで果たしてみせろ、それが『格好良い大人』と言うものだ。なに大丈夫だ、随分前に引退したとはいえ俺も元冒険者。それに俺だって格好良い大人を、それを証明したいと思う」

「──っ、すまねぇっ!! ガキ共を安全なところまで連れて行ったら、絶対ぇ戻ってくるからなっ!!」


 ゴンズはドラニクスを置いて出口に向かう。


「おい、何勝手に話を進めてんだ。ガキ共を置いてけっつたろうがっ!!」

「おっと、そうはいかん。俺もお前に用事がある」


 赤鱗の振るわれる凶爪、そしてそれを受け止めるドラニクス。

 ドラニクスの腕に傷がついた様子はない、これが龍人族だけが持つ鉄が如き盾『龍鱗』である。


「・・・まぁいい。最悪外の拠点の商品を持ち出すだけだ。それよりテメェを放置する方が面倒そうだな」

「うむ、その考えは正しいかも知れんぞ、少しは知能があるみたいだな。それにしても、『赤鱗』と聞きアイツかと思い来てみれば、人違いだったか・・・」


 当てが外れたと溜息を吐いたドラニクスは、気持ちを切り替えて赤鱗を見据える。

 相対する二人の龍人、その間には空間が歪むほどの濃厚な威圧の応酬が繰り広げられていた。

 放つ赤鱗と受け流すドラニクス、その様子は動と静、赤龍と青龍。


 龍人族は古来より一つのクラスにしか就かない、それは『格闘家』。

 手足を使った格闘技に加え尻尾や龍の特性を活かした龍人格闘技ドラゴン・コンバット、極めた拳は龍神にすら届くと言われている。


「俺はシルクマリアの冒険者ギルドマスター、ドラニクス。いざ、尋常に勝負」


 ドラニクスは二匹の龍が向かい合う形を模した手の構え──龍人格闘技における開始の『礼』の型を取ったが、対し赤鱗は問答無用で殴り掛かる。


「はっはっはっはー! 何をノロノロとしてんだっ、戦いは始まってんだぜぇ!!」

「ぐっ、貴様っ龍人族の誇りも忘れたかっ!!」

「誇りで飯は食ねぇんだよっ!!」


 龍人族にとって龍人格闘技は伝統であり、誇りであり、神事である。

 心を鍛え、体を鍛え、拳を鍛える為の拳武であり、神に捧げる為の拳舞。そして平和を愛し、人道を重んじ、礼儀を正すことを教えられる。

 その道を外れ、祖龍に泥を掛ける行いをした者は決して許されない。同じ龍人の手で粛清するのが決まりである。


「同じく龍を祖に持つ者として、今のお主の姿は見るに堪えん。先祖の元に送ってやる故、心を鍛え直してくるが良い」

老龍ロートルが好きかって言いやがって、寿命が来る前にあの世に送ってやるよっ!!」


 突き、受け流し、蹴り、避け。お互い一歩も引かぬ攻防。

 その一撃一撃が重く、金属の激しい衝突音を響かせる。

 拳は空を割き、拳圧が壁を破壊する。蹴りがエントランスの床に深い亀裂を刻み、支柱を両断する。

 そこには常人では辿り着けぬ武の極致が繰り広げられていた。

 状況は互角に見えた、だが。


「おらおらおらっ、どぉーしたぁぁあああぁぁぁぁっ!! 爺がバテたのかぁっ!!」


 だがやはり相手の方が若く、また前線を引いたドラニクスは勢いの差、体力の差から徐々に押され始める。

 龍人族は人族と比較できないほどの戦闘力を持つ、とりわけ若い龍の体力は無尽蔵である。

 故に体力を消耗する技を際限なく放ってくる。


「だいぶ参ってるみてぇだなぁ、大人しく隠居してれば老衰で逝けただろうに出しゃばった報いだぜっ!!」

「フゥーー・・・フゥーー・・・お前は、龍人格闘技の基本を忘れておる・・・そんな事では、拳が泣くぞ」

「うるせぇっ、俺は強い。それ以外に必要なもんなんざねぇだろうがっ!!」


 吠える赤鱗の拳にオーラが集まる、それは形を成し龍の手と成った。


「これでくたばれっ!! 『龍皇拳』!!」


 迫る拳をドラニクスは肘で受け止める──が、拳は防御を弾き飛ばし腹に突き刺さる。

 拳は爆発を起こしドラニクスを壁に吹き飛ばした。


 ──轟っ!!


 飛ばされたドラニクスは壁を一枚、二枚と突き破り三枚目の瓦礫に埋まる形でようやく停止した。


「・・・今のを受けて原型を留めている辺り、流石は龍人族だな。名前は覚えといてやるよ」


 事は済んだとゴンズの後を追うか思案し始める赤鱗だが、その背後で瓦礫の崩れる音がする。


「ふぅむ、基礎も練度も甘いが才能だけは素晴らしいな」

「何っ⁉ 貴様どうやってっ⁉」

「『龍玉の構え』、しかと芯を捉えねば球を崩すことは出来んぞ。だが余波だけでこの威力、失うには惜しい才能だな」


 ボロボロだがしっかりとした足取りで瓦礫から這い出るドラニクス、その姿にダメージは見られない。


「今ならまだ、俺の里に取り成してやるがどうする? 基本の座禅からスタートだがな」

「うるせぇ、余裕ぶりやがってっ!! もういい、出し惜しみは無しだっ。『龍鱗鎧武ドラゴンスケイル・アーマー』『龍氣解放ドラゴニック・オーラ』!!」


 龍人族の中でも特に才能ある者にしか扱えないとされる奥義、ドラニクスの言うように赤鱗は才能に溢れた若者だったのだろう。

 真面目に武を極めれば後の拳王、いや龍神にすら届きえたかもしれない。だがどこで道を誤ったのか、赤鱗は野盗に身を落してしまった。


「やはり素晴らしい才能だ、それだけに何とも嘆かわしい。お前であれば龍人族を導き英雄にも成れたであろうに・・・」

「ウルセェェェェエエエエエエェェェェェッッッッッ!!!!!!」


 奥義の重ね掛けにより、もはや小さな龍とも言える姿になった赤鱗。だが龍氣解放に翻弄されているのだろう、正気を失いかけていた。

 龍人族はエルフと同じく非常に子供の生まれ辛い種族であり、ドラニクスにとって赤鱗は自身の子ともいえるほどの年齢差があった。『子は至高の宝』それは龍人族にとっても同じであり本来は里総出で慈しみ正しき道を教えるべき存在なのだ。

 それだけに目の前の光景が悲しかった、そして子を手に掛けねばならないという事実も。


「すまない、我々大人がもっとしっかりしていれば、そうはならなかっただろうに・・・」

「GaAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!」

「せめてもの手向けに龍人格闘技の真髄を見せてやろう」


 赤鱗も使った『龍鱗鎧武』『龍氣解放』と言った奥義にはあと3つあり、修めた数により肩書が存在する。

 無習得で『白龍』、一つ修めれば『朱龍』、二つ修めれば『金龍』。ここまでは里に五人は居るだろう程度の強さだ、だが金龍でも数百人に一人の才能である。

 三つ修めれば『天龍』、数千人に一人の才能。

 四つ修めれば『皇龍』、族長の数代に一人いるかどうかの才能。

 そして五つ修めた者は歴史上二人のみ。


「良いか、奥義と言うものは”使える”かどうかが大切なのではない。”扱える”かどうかが大切なのだ。しかと目に焼き付けて逝け」


 ドラニクスが『礼』の型を崩し、片手を腹の前に、片手を正面に向ける。それはあたかも釈迦の手の型──印相に酷似していた。


「『龍鱗鎧武ドラゴンスケイル・アーマー』『龍氣解放ドラゴニック・オーラ』」


 ドラニクスが二回りほど大きくなり、鱗が逆立ち、赤いオーラに包まれる。


「『龍爪破邪ドラゴン・クロウ』『龍咆加護ドラゴニック・ブレス』」


 一度は龍の形に変化した体が再び人の形を成し、オーラの色が白く変化する。


「『龍牙転心ドラゴン・ハート』」


 膨れ上がっていた白いオーラが体に恐縮されていく、それはまるで星のような輝きを放っていた。


「『輝龍』ドラニクス、お主を葬る者なり」

「GyeaaAAAaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!」


 ドラニクスの言葉に赤鱗は力のままに襲い掛かった、だが。


「来世でまた会おう、『龍皇拳』!!」


 ドラニクスの天に向けて放った拳は衝撃波を生み天を突く。

 建物の上階全てを吹き飛ばし、空を駆け、雲を突き抜けるその姿は、天界へ昇る龍を思わせた。

 吹き荒れる暴風。風が止んだ後、その場に残ったのは壁しか残っていない建物と──体を下半分失った赤鱗だった。


「げふっ・・・『輝龍』とかふざけてやがる、反則だろ・・・何でこんなとこ居んだよ・・・」

「咄嗟に龍鱗鎧武を集中して防いだか、やはり惜しい才能だったな」


 防いだとはいえ虫の息、残された時間はそう長くなかった。


「あぁ・・・どこで間違ったんだろうなぁ・・・俺だって初めは、真面目に拳を振ってたん、だ、ぜ」

「分かっている。お前の拳の中に確かな武を見た」

「周りにも、期待・・・されててよぉ・・・・・・俺だって、いつか輝龍に、なるって・・・げふっ」

「あぁ、お前なら成れただろう、きっと」


 恐らく期待をかけられたものの徐々に答えられなくなり、道を誤ったのだろう。

 赤鱗が人道を外れたのは大人の責任だ、ドラニクスはそれを心に刻む。


「赤鱗よ、最後にお前の名前を教えてくれないか? 俺が責任を持ってお前のを祖龍の元に届けよう」

「・・・ドラコムだ。東の沼の里・・・ドラグノフの子ドラコムだ・・・」

「ドラコム、良き死闘であったまた会おう」


 ドラニクスはまた龍が向かい合う構えを取り、戦いの礼を取る。


「あぁ・・・輝龍ドラニクス・・・光、栄、だった・・・・・・」


 息を引き取ったドラコム。

 満足そうに眼を閉じた彼の手が死の間際にとった型は、一切の邪念を払った見事な『礼』の構えであった。

 一度は道を外れたドラコム。しかしその心には、確かに龍人の武が根付いていたのだった。


 ドラニクスは最後に龍人の象徴である『逆鱗』を取り、その場を立ち去る。

 ドラコムは外の拠点にも子供達が捕らえられていると言っていた、ならばそちらにも人を回す必要があるだろう。

 先程の軍人にしてもそうだが、どうやら事は人攫いだけで済みそうにない。


 ドラニクスはユウ達の向かった方を向き、祖龍に彼女等の無事を祈るのだった。

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