4‐⑥ 兎の居ぬ間に悪は滅びる

 普段は露店も並ぶ賑やかな市街地。

 それが今日に限っては人影もなく、残った住民も家の中で息を潜めていた。


「周辺の子供がいる住民は避難済みです。また、アジト突入混成部隊1~6番配置に着きました」

「ありがとぅ、それじゃあ行くわよぉ」


 街にある赤鱗の拠点を摘発、もとい壊滅させるべく街に残ったマルセナは騎士と冒険者を指揮し、攻勢に出ていた。

 拠点は民家に扮した大きめの建物五件と、商会が一件だ。


(こんなにも堂々と商売をしていたなんて、本当に舐められたものね・・・)


 表面上からは分からないが、マルセナもかなり頭に来ていた。

 善政を敷くというのは、非常に労力を使う。だがそんな苦労も、この愛すべき街の為ならば苦では無かった。スラムの事など問題はまだまだ残っていたものの、それでも彼女なりにより良き街を目指して動いていたのだ。

 それを、こんな奴らにかき乱された。その怒りたるや、今なら一人でドラゴンも討伐できそうなほどである。

 可能ならば問答無用で建物に砲撃してやりたい。だが、いくら相手が犯罪者だとしてもここは法治国家である王国の街シルクマリア、一応は筋を通さねばならないのだ。


「商会に告げるわ。貴女達の犯した犯罪の裏付けは出来ているわぁ、10数える間に降参して出てこないと強制排除するわよぉー! 10、9、2、1、はい攻撃開始!」

「待って下さい、マルセナ様。早すぎます」


 早く攻撃したくてたまらないマルセナを、騎士団の中隊長が止める。

 ちなみに彼もマルセナに良く振り回される人物の一人だ。


「ちっ、仕方ないわねぇ。じゃあ五分だけ待ってあげるから、早く出て──っ⁉」


 ──ヒュンッ


 マルセナの声を遮るように敵は矢を射掛けてきた。

 それと同時に扉からぞろぞろと出てきたのは、20人程の野党のような風貌の男達。それに対しマルセナ達はわずかに五人、明らかな劣勢であった。


「おい、商会長さんよぉ。本当にこのガキみてぇな女を捕まえりゃ金貨50枚もくれんだな?」

「あぁ、勿論だ! その女さえ居れば後は殺しても良い」

「だとよ。残念だったな、夫人様。ぎゃはははっ!」


 下品な笑い声をあげている男達に対し、マルセナ達は非常に冷静だった。


「あの中に要注意人物はいるかしらぁ?」

「おりません、魔力的にも良くてCランク下位といった所でしょう」

「そう、雑魚ばっかりね。最近の犯罪者も質が落ちたんじゃない?」

「おぃ、聴こえてんだよっ!!」


 相手を逆なでするマルセナ、相手は多少の怪我も問題ないとばかりに武器を振り上げ向かって来た。

 あまりの人数差と敵の凶暴さに、様子を伺っていた住民達は最悪の状況を予想した。

 小さな女の人が、あんなにも大きな男に勝てるわけがない。誰もがそう思った事だろう──そう、マルセナ達以外は。


 なぜマルセナ達がたった五人と言う少人数で一番大きな拠点に来たのか、捕縛するだけにしても少なすぎる。その理由は人手が足りなかったわけではない、


 過去、彼女は趣味で冒険者をしていた。

 最終的にはBランク上位まで、ソロで上り詰めた魔法使いである。


「──今宵、悪魔は悲鳴を肴に酒を煽る」


 盗賊討伐専門であった彼女に捕まった者は、皆口々に同じことを繰り返したという。

 この世の地獄を見たかのような表情で、ただ「何でもするから、もう止めて、下さい」と・・・。


「──幻想の森に人はただ悪夢を見る」


 あまりにも残酷な魔法に、人は彼女をこう呼んだ──小さな悪魔『幼魔』と。


「──それは炎、魂を燃やす地獄の業火。それは馬、暴食と淫欲を表す悪魔。さぁ惑え『悪夢が如き恐怖ナイトメア・テラー』」


 マルセナの詠唱が終わると共に魔法が発動──しなかった。

 一度足を止めた男達は様子を伺うもやはり変化はない、不発だったのだったのだろうか?

 よく分らないが、此処まで距離を詰めれば魔法使いは無力だと知っている男達は、再びマルセナに向かおうとした。その時、足元に一匹の虫が居ることに気が付く。

 ツヤツヤとした光沢のある目を向ける虫に、何か馬鹿にされたような気分がした男達は虫を踏みつぶす。

 ざまぁみろと鼻で笑うその足の下から、先程の虫が這い出てくる。

 更に苛立つ男達、だがその虫は一匹、二匹、五匹、十匹とその数を増やし、あっという間に足元を埋め尽くした。

 ようやく異変に気付いた時にはもう遅く、蟲は黒い波となり、蠢き、男達に襲い掛かった。

 体にある穴と言う穴、傷跡や爪の間からも体内に侵入する蟲は体の中を食い荒らし、神経に噛り付き、しかしそれでも男達は死ねず、意識を失うことも出来なかった。

 十分、いや一時間、一日かも知れない永遠にも思える地獄の光景。

 男達はもう一つの事だけを繰り返す人形と化していた、「止めて下さい、殺して下さい、お願いします」と。


 マルセナが魔法を発動して僅か五秒、目の前には20人は居た荒くれ共が叫び、悶え、怯え、奇声を上げながら懇願を口にしていた。

 マルセナが得意とする幻想魔法『悪夢のような恐怖ナイトメア・テラー』、それは相手に幻痛を伴う悪夢を見せる魔法で、国王より緊急時を除き使用を禁じられている魔法でもある。


 戦力を抑えられ、騎士に捉えられた商会長。だがその表情はまだ何かを企んでいるようだった。


 ◇


「お父様達、御無事だと良いですわね・・・」

「そうだね。力がないことが、こんなにも悔しいだなんて今まで思いもしなかったよ」


 スピンドル兄妹は、領主邸にて避難してきた子供達及び家族を落ち着かせつつ、皆の無事を願っていた。


「父上、母上、姉様、ピアちゃん、エリザベス様・・・皆様、どうかご無事で」


 ジークは皆の無事を祈りつつ、自身も不安を紛らわす様に腰のマジックバッグに手を添えていた。

 だが、そんな彼らの元にも魔の手は忍び寄る。


「おー、居やがる居やがる。おい、こいつ等をボスの所まで連れて行くぞ」

「「へいっ、兄貴」」


 赤鱗の攪乱作戦に駆り出された彼らは、街に子供の姿が無い事を知り領主邸を襲撃してきたようだ。

 この場の警備に騎士は居る。しかし隊長格は全て拠点制圧に動いており、残っているのは若い騎士のみであった。


「おい、ここに居るのは若ぇ騎士ばっかりだ、さっさと殺してガキ連れて行くぞ」


 騎士と盗賊の攻防が始まる。基本的に盗賊よりも騎士の方が強い、それは騎士が対人戦に特化しているからだ。

 騎士は冒険者に強く、冒険者は魔物に強く、魔物は騎士に強い、そのような三竦みが出来ている。

 その為、本来ならば騎士は相手を圧倒できるはずだったが、ここに居るのは経験の浅い若い騎士ばかり。経験豊富な盗賊にはまだ勝てなかった。


「騎士の誇りに掛けて、子供達を護れーー!!」


 善戦はしたのだろう、だが騎士達は次々に無力化されていく。

 まだ死人が出ていない事が幸いであった。


「さて、どれが貴族だ? 人質にするぞ」


 血の滴る剣を片手に子供達へ近寄る男達。逃げることも出来た、だが皆に近付けさせまいとスピンドル兄妹は抵抗する道を選んだ。


「あっちへ行きなさいですのっ! 『ウォーターボール』!!」

「近付けさせませんっ! 『ウィンドエッジ』!!」


 二人が魔法を放つ。しかし剣で切り払われ、それは霧散する。


「あぶねぇじゃねぇか。だが、お前らが貴族だな、ちょっと着いてこい」


 最早絶体絶命。だが二人の顔に恐怖は無かった、何故なら──ここには心強い味方が居るから。

 ジークは腰に手をやりを前に突き出す。


「ミミちゃんっ、『ねっとらんちゃー』お願いしますっ!」

「がぅっ! ぺっ、ぺっ、ぺっ!」


 ジークの腰で、ただの鞄のフリをしていたのはミミちゃん。

 彼女はユウに量産された麻痺投網を続けざまに吐き出し、次々と盗賊を捕らえる。


 ミミちゃんはユウの頼みで、マルセナさんを通して領主邸の護衛に回っていた。

 見た目はただの鞄でも、その実力はCランク冒険者の集団を鎮圧する程の強さを持つ。

 ユウに頼られたことが嬉しいのか、彼女のテンションボルテージは最高潮、心の赴くままに暴れ回った。


 近づいてきた盗賊の足を念動力で掴み、左右に振り回して別の男に投げつける。

 巨石を落し、避けたところへ『ショットガン』を滅多撃ちする。

 木盾を構えて近づく男を『レーザー』で切り裂く。

 逃げようとする男達に、背後から無数のナイフを打ち出す。

 這って動くしか出来ない男達を、炎を吐き出して追い詰める。


 ミミちゃんの独壇場と化した戦場、盗賊は抵抗すら許されず理不尽の権化に鎮圧された。


 彼女は最後にポーションを取り出して騎士達にかける、そして満足したのかエリザベートの所へ飛んでいきじゃれつき始めた。

 復活した騎士達はまだ先程の光景が夢か現実か判断できていないようだったが、すぐさま使命を思い出し盗賊たちを捕縛していくのだった。


 一方、マルセナさんに捕らえられていた商会長は、いずれ仲間の盗賊がスピンドル兄妹を捕まえてくるだろうと信じ待っていたが・・・それが叶う事は無かった。


 ミミちゃんの活躍により、今日もシルクマリアは平和は保たれる。

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