4-⑦ 兎と身バレとお姫様

 地下水道を捜索中の僕達は、自分達の妨害をしてくる魔物に違和感を感じていた。


「エリザベスさん、なんかスライム多くないですか? それにジャイアントラットが全く居ません」

「あぁ、それはアタシも思っていたよ。確かに下水道や洞窟なんかにはスライムが多い、だがあまりにも多すぎる上にスライム以外が居ないなんて異常過ぎるね」


 スライムは気温が低く多湿な場所を好む傾向にある。またその繁殖方法が分裂である為、知らない間に大繁殖している事が無くはない。

 だがそれはスライム以外の生物が極端に少ない場所に限る。

 スライムはその凶悪な能力の割に戦闘力、耐久力が共に最低ランクの魔物だ。街の地下等はジャイアントラットが多く、スライムは繁殖がし辛い──筈だった。しかし現実は格上の筈のジャイアントラットが狩り尽くされ、餌も無いのにスライムが繁殖していた。


「スライムは魔法生物、人為的な何かが起きている可能性があるねぇ」

「そうかもですけど、スライムで何を? 戦わせるにしても弱過ぎです」


 僕達が考察している間にも、ピアちゃんや騎士、冒険者達が簡単にスライムを排除していく。


「どちらにしても、皆の所に急ぐの!」

「確かにその通りだね、行こうか!」


 僕達が地下水道に入ってから数時間程経っている。

 中は迷路のように同じような道が入り組んでおり、今回アリアドネの糸があったので真っ直ぐに子供達の所へ向かえているが、これがヒントなしだと数日掛けても到着しなかったかもしれない。

 本当に神様のレシピ本様々だった。


「だいぶ進みましたけど、今街のどの辺りに居るんでしょう?」

「アタシにもはっきりしないが、水路は直線が多かった。上下に行くことも無いだろうし、街の外縁部に近いだろうね」

「マジですか、もしかして最初に連れ出す予定なんじゃっ!?」


 狭い地下水路からどうやって沢山の子供達を外に連れ出すのか。方法は皆目見当もつかないが、こんな奥まった場所に捕まえておいて今更地上に上げる事はしないだろう。

 絶対に横穴なり出入り口が存在するはずだ、それも大人数が通れるような大きさの物が。

 エリザベスさんも顔に焦りを滲ませている、手遅れになる前に子供達を探し出さなくてはいけない。

 僕達は糸の導く方へ急いだ。


 それから一時間、僕達は水路の端らしき場所に辿り着いた。

 今までとは違い通路は壁で阻まれ、水路の端には人一人通れる程度の隙間しかない鉄格子が嵌まっていた。

 その先は外に繋がっているのだろう、ランプに照らされた薄暗い水路の中でそこだけがやや明るい。


 目を凝らすと、壁に併設する様になる小さな小屋が作られていた。糸はその小屋を指している。

 僕達は急いで小屋に駆け寄った。


「アンタ達っ、大丈夫かいっ!?」

「皆大丈夫っ、助けに来たよっ!!」


 部屋の中には牢と見張り用の机と椅子、そしてランタンが一つだけ。

 小屋の中は水路よりも更に薄暗い。その牢の隅の方、特に影が濃い場所に子供達は固まっていた。

 初めは僕達を見て夢とでも思ったのだろう、ぼぅっと見詰め、次第に瞳に涙を溜めていった。


「ママっ!! お姉ちゃんっ!!」

「おかぁさーーん、こわがっだぁぁぁ!!」

「ままぁーー、ままぁぁぁーー!!」

「あぁ、良かった。本当に良かったよぉ。済まないね、アタシがもっとちゃんと見ていれば・・・」


 エリザベスさんは捕まっていた子供達の顔を見渡し、欠けが無いことを確認すると安心して全員を抱き締めるのだった。


「うさぎさんっ、うさぎさんっ、うええぇぇぇんんん!!」

「うさぎの姉ちゃんっ、来でくれてありがとぉぉぉ!!」

「遅くなってごめんね。大丈夫、全員お家に返してあげるから」

「もう大丈夫なの、安心して良いのっ!」


 どうやら街の子も一緒に数人捕まっていたらしく、その子達は見覚えのある僕に抱き着いてきた。

 僕はひとしきり全員怪我が無いことを確認すると、今度はポケットに入れていた普通の糸でアリアドネの糸を編む。

 今まで使っていた糸は行き専用だったので、こっちは帰り用。普通に出口を指すタイプである。

 この水路、これが無いと僕は確実に迷う。犯人もよく迷わず来れるものだと少し感心した。


(あ、ゴンズ達帰り大丈夫だったかな? 簡単な道なら良いけど、迷子になってるなら後で迎えに行かないと)


 僕は迷子センターの係員になった気分だった。


 子供達も保護し少し穏やかな空気が流れる。

 しかし、僕の耳が新たな敵の存在を捉えた。


「ピアちゃん、エリザベスさん、皆、敵です。気を付けてっ!!」


 一人分の男の声と足音、そして巨体が体を引き摺る音。

 聞き覚えの無い声、恐らく犯人の一味だ。

 エリザベスさんには子供達を守って貰い、残り全員は戦闘態勢を取った。念の為、ピアちゃんには僕の背後で構えてもらう。

 少しして相手の姿が見えてくる。


「おやっ、どうしてここに人が居るのですか? その様子、あなた方も商品を奪いに来た冒険者ですね。全く、あの時の冒険者達と言いどうやってここまで来れたのですか? 途中、幻術の魔道具も設置されていたでしょう?」


 どうやら道中に道に迷う罠が設置されていたらしい、だがアリアドネの糸がいとも容易く突破してしまった。

 どうやらこのアイテム、罠も無効化するようだ。


「そんなの今更どうだって良いだろうさ。どんな事よりアンタは誰なんだい」

「エリザベス・ガブリエラ・・・ちっ、面倒ですね」


 男は苦虫を噛み潰したような表情でエリザベスさんを見据える。

 そして何か策を弄しているのか僕達を一瞥する。その時、男の視線が僕で止まった。

 男は信じられないものを見たように、目を剥き驚愕している。


「そ、そんな馬鹿なっ!! 何故ここに神ウェヌスが居るのですかっ!? 貴女は我が神に喰われた筈ではっ!! そうかっ、それならこの状況にも納得がいくっ。貴女の手引きですねっ!!」


 ──こいつピアちゃんを知っている。

 どうも僕を成長したピアちゃんか何かだと勘違いしている様だが、口ぶりからしてピアちゃんを襲った悪喰と関係があるのだろう。


「その耳は変装のつもりですか? 貴女が捕まってくれるのなら、今回そちらの商品達はお返し致しましょう。如何です?」


 男は背中側にいるピアちゃんに気付いていないようだ、僕はそのままピアちゃんを隠しながら男を睨みつける。

 アルテミス様は言っていた、神や精霊を悪喰に食わせている集団がいると。その集団の名前は確か──。


「貴方達、『リアムの転輪』っていう人達でしょう? 何でこんなところに居るの。神や精霊を襲って何が目的なんだっ!」

「・・・手前等の事をどうやってお知りになったので?」


 スッと目を細める男、次の瞬間その空気が一変する。

 その姿からは先程までの巫山戯た雰囲気は感じられない、恐らくこちらがこの男の地なのだろう。

 そして雰囲気が変わったのはこの男だけでは無かった、背後で控えているエリザベスさんからも凄まじい怒気が伝わってくる。


「お前等には散々辛酸を舐めさせられた、ここで捕らえない選択肢は無いね」


 彼女は元精霊騎士、恐らく衝突したこともあるのだろう。彼女の中には僕では察しきれないほどの感情が渦巻いているに違いない。

 そんな彼女に呼応する様に、周りの騎士や冒険者達が男の視線から僕達を守るように歩み出る。


「皆っ・・・」


 僕はそんな彼等の行動が嬉しくて、涙が出そうになった。


「この嬢ちゃんはな、俺等冒険者ギルドの仲間であり、大切なお姫様だっ。テメェみたいな何処の馬の骨とも分からん奴に渡せるかっ!!」

「そうだっ!! 姫さんが居なくなったら、俺達はこれから何に癒しを求めたら良いんだっ!!」

「こちらのお嬢様はスピンドル家に新しく咲いた華、手折られるわけには参りませぬっ!」

「我等が姫を守ることは、騎士の誇りっ。下郎が容易く触れられると思うなっ!!」

「・・・皆?」


 あれ、おかしいな。僕の感動の涙は何処へ?


「貴様等、その女が何者が知っているのですかっ!? 神なのです、人間では無いのですよっ!!」

「おい、俺等の姫様は女神らしいぞ!」

「何を今更、姫さんは最初から女神様だろうが」

「確かに女神が如き美しさですな、納得です」

「と言いますか、それが我等が姫を渡す理由にはなりませぬ」

「それなっ!」


 ・・・こ、こいつ等。

 どうやら、後でじっくりOHANASHIする必要があるようだ。

 皆アホな事を言っている、だがそれは軽口を叩けるほど僕達を受け入れているという事。


 ──僕はこの瞬間、本当の意味でシルクマリアの住民になれた気がした。


「色々言いたいことはあるけど彼等の言う通り。これが冒険者であり、これがシルクマリアだ。たかが邪教如きが縛れると思うなよっ!」

「ぎぎぎぎっ。だ、だが、神ウェヌスが戦えぬ神だという事は分かっていますよっ! 力尽くで連れていけば良いだけの話ですっ、来なさいスライム達っ!!」


 少し前に聞こえた引き摺るような音、あれはスライムの移動音だったらしい。

 スライムは男の周りに集まり大きな九本の触手が伸びたような姿になった。


「蛇・・・いや、これはヒュドラだね?」

「スライムがヒュドラになったっ!?」

「はははははっ、驚きましたかっ! 手前のスライムは特別製、どのような魔物の姿にも成れるのです。だがしかし、エリザベス・ガブリエラ。貴女と会ったのがここで良かった、ここなら『馬』を呼び戻せますっ!」


 男がそう言った瞬間水路の鉄格子をすり抜け大量のスライムが侵入、それら全てはまた同じ様に集まり、計6体のヒュドラとなった。


 彼等が『馬』と呼んでいた存在、それは大量の人間を一度に運ぶことが出来、鉄格子を潜り抜けることが出来る生物『スライムヒュドラ』であった。


 街の外に待機させられていたスライムヒュドラ含め6匹、計54本の蛇が鎌首をもたげこちらを見ている。

 Aランクの魔物であるヒュドラが6体、圧倒的な戦力、だがそれでもエリザベスさんには足りない。

 そこで男はもう一つ行動を起こす。


 ──パリンッ!


 壁にあった照明が破壊された。

 ただでさえ薄暗い地下水路が更に暗く、足元も見えなくなる。


「さぁこの状態でどう抵抗するのか教えて貰いましょうっ! 行きなさいスライム達っ!」


 スライムヒュドラは蛇らしくピット器官でも備えているのだろう、暗闇の中でも確実に僕達を捉えているようだった。

 このままでは一方的に蹂躙される、男もそれを期待している筈だ。

 だが男は一つ勘違いをしている、それは──暗闇で目が見えるのはヒュドラだけでは無いということ。


「ピアちゃん、出し惜しみなく行くよっ!」

「うんっ!」


 ──そう、僕達に暗闇なんて関係ない。


「「『換装ドレスアップ』!!」」


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