4-⑧ 猫とヌンチャクと爪研ぎ

 手足の毛皮が硬く短い毛に生え替わる。

 ふわふわの丸い尻尾は、長く靭やかなものに変わった。

 兎耳も尖った猫耳に変化する。

 目が、牙が、爪が変化し、僕達は完全な猫人族と化した。


「『換装』やっぱり便利なスキルだなぁ」


 『換装』──それはアルテミス様から授かったスキルだ。

 貰った当初はいつでもお着替え出来るだけのオシャレスキルだと思っていた。

 だがこのスキルの真髄は服に限らない、である。

 つまり僕達は装備品を付け替えることなく、変身能力を発揮することが出来る。

 これは戦闘中、状況に合わせて瞬時に姿を変えられるということだ。装備品の付替えが必須な僕達にとって、これ程便利なスキルは他に無い。

 ・・・まぁ気付いたのはつい一月前なのだが。


「何か、色々猫の習性に引っ張られるのが不便だけどねー」

「仕方ないの、これは我慢するしかないの!」


 不便というか恥ずかしい方が強いのだが。

 だがこの装備には『夜目』という暗視スキルがついており、また攻撃力・俊敏性において圧倒的に白兎より強い。また、『猫足』という足音を消すスキルも付いているので、スタイルとしてはアサシンに近い。


(──よく見えるっ! これなら皆を守りながら地上に戻れるな)


 暗闇の中、ヒュドラの攻撃に対抗出来ているのはエリザベスさんだけ。

 そんな彼女も見えている訳ではなく、気配と音だけで防いでいるだけだ。


「エリザベスさん、足元を照らすだけでも良いで光を出せますかっ!」

「あぁ、任せなっ! 『エレメンタル・ライト』!」


 彼女の魔法により、蛍の光の様な粒子が僕達を淡く包み込む。

 光源により僕の姿を見たエリザベスさんは一瞬何かを言いかけたが、すぐ撤退行動に移ってくれた。


「ピアちゃん、アリアドネの糸を持って先導してっ。さぁ皆っ、帰るよ。逸れないようピアちゃんについて行って!」

「おいっ、姫さんが猫になってるぞっ!」

「本当だっ猫耳がピコピコしてるっ!? 可愛さが半端ないぞっ!!」

「何だとぅっ、うおぉぉーー見てぇっ!!」

「はよ行けーーっ!? アホーーッ!!」


(本当にアホばっかりだ、仕方ないなぁ)


 僕は後で姿を見せてあげることにした。

 本当にアホばっかりだ──でも感謝している。

 変身することには躊躇いがあった。エリザベスさんやガルド達、親しい人達は大丈夫だろう。でもそれ以外の人達になんて言われるか、見られるか分からなくて怖かった。

 でも先程彼等は受け入れてくれた、だから僕も迷いなく本気を出せる。


「ピアちゃん、必要にゃら切り札も使うよ。たぶん皆なら大丈夫だ!」

「分かったのっ! 皆、ピアに着いてくるのー!」

「何だ、誰か居るのですかっ⁉ 何故見えているのですっ⁉ スライム達っ、神ウェヌスを捕まえなさいっ!!」


 邪教の男は暗闇でピアちゃんの姿が見えていないようだった、馬鹿なのだろうか?

 しかも、通路の広さを考慮していなかった為にヒュドラの数を活かしきれていない。ギュウギュウ詰め状態だった。


(戦いそのものは慣れていない? 研究者タイプか)


 付かず離れずの逃走劇。

 ヒュドラそのものは足が速くないが、こちらも子供を連れているせいで早く走れない。

 逃げきれそうな気もするが、流石に子供達は何時間も走れない。いずれは追いつかれてしまう。

 僕は殿を務め、ヒュドラの猛攻を凌ぐ。


「ていっ、とぉっ! 何とかショートカットする方法は無いかなっ!!」

「あとでアルバートの坊やに怒られそうだが、あるにはあるよ。ユウが怒られてくれるかい?」

「マジでっ⁉ あるならやって下さいっ!!」

「任せたからね?」


 エリザベスさんが二ヤリと笑う。何だろう嫌な予感がする・・・。

 僕が引き笑で彼女を見ると、何を思ったのか首の十字架(?)を手に取りスライムへ特攻した。


「それにはまず、アンタ達が邪魔だねぇっ!!」


 鎖で繋がった二つの十字架、彼女はそれを振り回す。

 前から後ろへ右から左へ、その動きを僕は地球で見たことがあった。

 一時期地球でも大流行りし、未だ使うことが出来る人が多いロマン武器。


「ヌンチャクッ⁉」


 エリザベスさんは今にも「ホァチャァァァッ!!」とでも言いだしそうな動きでヌンチャクを振り回す。

 そして遠心力が最大限に増した時、それを横に振り抜く。

 ──空間が丸ごと崩壊した。


 轟っ!!


 最前列に居たヒュドラ二匹、左右にあった通路の壁、下に流れる水路、全てが瓦礫と化す。

 だがそれは魔法のようなファンタジーの起こす現象ではなく、彼女の膂力・武器の攻撃力・衝撃が起こした結果だった。


(・・・ファンタジーって何だっけ?)


 そうか、“考えるな感じろ“ってこういう意味か。

 目の前の光景を見て『筋肉はファンタジー』、僕はそう覚えた。


「ユウッ、上だよっ!!」


 エリザベスさんの声で気付く、彼女はこう言っているのだ。『天井をぶち抜け』と。

 何故出来ると思ったのか。いや、やってみるけど。


「せめて相談してから特攻してっ!? もぉっ、出来なくても怒らないでよっ!!」


 僕は天井に飛び付き、壁面に両手の爪を立てる。

 力が流れ込む感覚と共に、爪が真っ赤に輝く。


「『爪研ぎ』!!」


 これは魔法なのだろうか? 正直自分でもよく分かっていない。

 だが僕の出した技は幾重もの爪の形に天井の岩壁を削り取っていく。だがそれでも地上には届かなかった。


「ならっ、もう一回っ!!」

「いや大丈夫だよ、任せなっ」


 そう言ってエリザベスさんは天井に向かいヌンチャクを振るうと、轟音とともに天井に大穴を開けた。

 ・・・あれ? 僕って必要だった?


 ◇


 一人突入せずに残ったアルバートは、騎士や冒険者を指揮し拠点を包囲していた。


 元々鼠一匹逃さぬつもりではいたが、突入組が思いの外暴れているのか時折逃げようとした盗賊が現れる程度で、目立った騒動は起こっていなかった。


「ユウやピアは大丈夫だろうか・・・」


 強いと分かってはいても、見た目は可憐な少女である姉妹。どうしても心配が先立つ。

 二人を心配してウロウロしている彼の姿は、娘の帰りを待つ父親。もしくは冬眠前の熊のようだった。


「アルバート様、少し落ち着いてください。そんなに御心配なされずとも、姫はそんなにヤワな方では御座いません」

「そうだぜ領主様っ、あの姫さんが簡単にくたばるわきゃねぇですよ。また下らないことしてワタワタしているだけですって!」

「ですが、そこが愛らしい」

「だけど、そこが可愛いっ」


 同志を得たとばかりに握手を交わす騎士と冒険者。

 この光景は、あの姉妹が姿を現してから見られるようになったものだ。


 冒険者が騎士と賑やかな酒場で飲み、騎士が冒険者に剣を教える。

 そんな今までに無かった関係性、それの中心に居るのがあの姉妹。

 たぶん本人に自覚は無いのだろう、だが周りは共通の話題が在れば話が弾みお互いを知る。そうして人の輪は広がるのだ。

 本当に不思議な姉妹だ。


「ところで、ユウは『姫』と呼ばれているのか?」

「はい、我々の共通認識です」

「初めは“兎の嬢ちゃん“と呼んでいたんですがね。長ったらしかったんで、いつの間にかそうなったんすよ」

「・・・嫌がりそうだから、程々にな?」


 ──ドオォォォンッ!!


 アルバートがユウに若干の同情を感じていた時、少し離れた場所で大爆発が起きる。


「何だ、何が起きたっ!?」

「分かりません、ただ街壁に近い場所で爆発が起こったようですっ!!」


 敵の攻撃、事故、災害色々な可能性が感じられたが、ユウが心配な熊さんアルバートは本能の赴くままに飛び出していった。


「騎士団長、この場を任せる。誰か十名ついて来い、爆発箇所に向かうぞっ!」

「すぐに騎士と冒険者で中隊を編成、アルバート様に続けっ!!」


 アルバートからの突然の指示に、一切の戸惑いを見せず指揮する男──騎士団長。

 彼はスピンドル家、主にマルセナに最も振り回される人間。

 彼女の予測不可能な動きに、臨機応変に対応出来る人にのみ許された称号。つまりこの程度のアクシデントに慌てるようなメンタルをしていない。

 だが心の中で実は「何でお前が行くんだっ!?」と叫んでいる、そんな彼の苦労に涙が禁じ得ない。


 優しい騎士団長のお陰で、アルバートは大切な娘の元に駆けつけることができた。

 到着した先には大穴、だが火薬の匂いや魔力の残滓は見えない、どうやって空いたのだろうか?


 ユウは大丈夫か、ピアは泣いていないか。

 二人の可愛らしく揺れるウサミミが見えないと安心出来ない。

 この爆発と姉妹が関係あるのか不明だが、あるならどうか無事でいてくれ。そう願っていたアルバートの耳に、可愛らしい声が届く。


「エリザベスさん、一人で出来たじゃないですかっ!!」

「けほっけほっ、埃がすごいのっ」

「足止めだって必要だろうさ、仕方ないね」


 穴から立ち上る砂煙をかき分け、ひょこっと顔を出したのは可愛らしい姉妹。アルバートは思わず二人に駆け寄り抱き締めてしまった。


「良かった・・・心配したぞっ!」

「うぎゅっ!」

「ど、どうしたのっ、アルバートさんっ!?」


 帰ってきてくれて良かった、無事で良かった、嬉しかった、安心した。

 そんな言葉にはしきれない感情がつい体を動かしてしまった。それが少し恥ずかしくなり、体を離して改めて姉妹の顔を見る。

 「おかえり」二人にそう伝えるつもりだった、だったのだが・・・。


「兎耳じゃないっ!?」


 それに気付いた、そして突如胸を襲う苦しい様な切ない様な愛しい様な気持ち。

 ユウが可愛い。ピコピコ動く猫耳も、しなやかだがちょっと硬いところもある髪も、アーモンド型の瞳の中に輝く三白眼も、チラリと見えるちっちゃな牙も、今自分の腕を掴んでいる肉球の付いた小さな手も、全てが可愛い。


 そう、彼は熱量高めの猫派だった。そしてキュン死した。

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