4-⑨ 猫とエリザベスと偽神

 何かよく分かんないけど、アルバートさんに抱き締められた。何か凄く心配させてしまったらしいので、セクハラ認定は止めてあげようと思う。

 大人に抱き締めて貰うなんて、父親にもされた記憶無いや。まぁ悪い気分じゃない。

 それよりも今は急いでここを離れないとっ、下にスライムヒュドラがいる。


「アルバートさんっ、急いで子供達を引っ張り上げてっ! 下にヒュドラがいるっ!」

「何だとっ!? 全員聞いたなっ、急いで行動しろっ!!」


 アルバートさんの指示を聞き、皆は行動を移してくれた。だが子供達十数人に騎士と冒険者計20名、引っ張り上げるには縄の数も長さも足りなかった。

 ──だが、ここには僕が居る。


「周りからどんな物でも良いから鉄を集めてっ!」

「全員指示に従えっ」


 皆は疑問に思いつつも、すぐに鉄製品を集めてくれる。錆びたナイフ、折れた剣、穴の空いた鍋、何かの金具、果ては持っていた予備の武器や鎧まで。

 次は僕が頑張る番だ。


「作成『鉄の糸』、続けて『神様のレシピ本』、フリーモード起動! とにかく鎖編みっ!!」


 鉄製品から出来上がった『鉄の糸』それをとにかく長く鎖編みにし、出来上がった鎖編みの糸を使い更に鎖編み、それを更に鎖編みにすれば十メートル程の丈夫な太い糸が出来上がった。

 作った糸は全部で十本、アルバートさんに全て手渡す。


 周りは僕の行った作業に理解が追いつかず、鳩に豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、アルバートさんの指示に従い地下水道メンバーのサルベージ作業に移ってくれた。

 皆が地上に引き上げられるまでの間、僕とエリザベスさんは地下に戻りスライムヒュドラの足止めだ。


「ピアちゃん、ミミちゃんをここに連れてきて。使

「分かったの。おねーちゃん怪我しにゃいでね、約束!」


 僕達は肉球の付いた小指を絡めてから、それぞれの場所へ移動した。


 僕とエリザベスさんが地下に戻った時、タイミングを見計らったかのように瓦礫が崩れスライムヒュドラが姿を現した。

 数は6匹のまま。あれだけ派手に散らされても再生するんだから、恐らくヒュドラというよりもスライムと考えて戦った方が良いだろう。

 如何せん見た目は鱗や牙や目もあり、完全にヒュドラなので脳がバグりそうだ。


「スライムって事は、コアがあるのかな?」

「恐らくそうだろうね、さっきも運良くコアに傷が付かなかったんだろうさ」


 回避能力の高ぇスライムだな、はぐれ◯タルかな?

 背後では順調に子供達が引き上げられている、恐らく十分もあれば全員上がるだろう。


「人が居るから軽くゴツくしか出来ないよ?」

「全員が避難できたら、僕達も逃げましょう」 

「上に上がっちまえば、瞬殺してやるさね」


 おぉう、何とも頼もしい。

 事実、エリザベスのヌンチャクは一撃一撃が重く、一振りでスライムヒュドラの頭を潰す。

 あれで威力を抑えていると言うのだから恐ろしい。


「スライム達、何をやっているのです! 何匹か子供の方を狙いなさいっ!」


 後ろから追いついたのであろう邪教の男が指示を出し、スライムヒュドラはそれに従う。

 最後尾二体のヒュドラがナメクジのように天井を伝い、地上へ這い出ていた。


「不味い、上に出ちゃったよっ!」

「ユウ、上に行きなっ! ここで四匹抑えるくらい大丈夫さね!」

「分かったっ、怪我しないでねっ!」


 僕は瓦礫を足場にぴょんぴょんと飛び上がって地上で迎撃する。

 エリザベスさんが四匹も抑えてくれている、なら僕だって二匹くらい抑えないと格好悪いっ!

 だがこのスライムヒュドラ、明るい場所に出て初めて気付いたが、九本の首に加え十本近い触手を持つ異形の魔物だった。

 通りで手数が多いはずだ・・・。


 攻撃される度に引っ掻いて迎撃する。本来なら出血なりダメージが通るだが、スライムの為再生されてノーダメージ。

 そして僕も猫の反射神経を活かし、攻撃こそ出来ないが悠々と回避する。

 お互いに攻め手がなく千日手を打っている状態。


(攻められないけど、避難時間を稼ぐことは出来る!)


「何をやっているのですっ、手数で押せないのなら質量で押せばいいでしょうっ! 押し潰しなさいっ!」


 どうやら巨体で押し潰すつもりらしい。

 ──選択を誤ったなっ!

 僕は、体を揺らし迫って来たスライムヒュドラに無音で接近し、爪を立てた。


「『爪研ぎ』!!」


 僕の爪研ぎはよく分からないけど、爪を振り抜いた場所にある物を消し飛ばす効果がある。いくらスライムと言っても無くなった質量までは再生出来ない。

 先程までは手数に押されて技が出せなかったので、近付いてくれて助かった。


「貴方、やっぱり殆ど戦った事が無いんでしょ? 戦いってね、物語みたいに一方的に勝って終わりじゃ無いんだよ、駆け引きにゃの、分かる?」

「そんな、手前の改造したドッペルスライムが・・・」


(改造っ!? この人、テイムした魔物を改造してるっ!?  なんて恐ろしいことしてんだっ!?)


 リアムの転輪は魔物の製造をしている? 目的が全く分からない。分からないけど今は先にスライムヒュドラを倒さないといけない。

 背後を見ると皆引き上げ終わって避難行動に移っていた。


「エリザベスさんっ、皆逃げたよっ!」

「了解さねっ、後は任せなっ!」


 スライムヒュドラを軽くあしらった彼女は一飛で僕の元に着地する。

 地上まで五メートルくらいあるんだが、何でこんなに軽々と来れるんだろう? この人だけ野菜の星の戦闘民族だったりしないだろうか?

 ワンチャン有り得そうな気がした。


「じゃあ消し飛ばすから、少しの間前を頼むよ」

「ラジャッ!」


 そう言った彼女は両手の指だけを合わせた合掌のポーズを取った。

「──精霊の唄」


 『精霊の唄』それは精霊と交信し、その力の一端を借り受ける契約のようなものだとマルクスさんから聞いたことがある。

 言葉を紡ぎながら精神を統一し、精霊の声を聞き、力を取り入れ巡らせるという四重作業を一人で熟さなくてはならない為、非常に難しい技術らしい。


(精霊と交信ってどうやるんだろう? めっちゃ気になる)


「──掛けまくも畏き神炎の 祖が霊峰にて御姿召されし時に 照たる尊き御印御力 僅かなへども矮小なる身に 貸し与えらん事を 恐み恐みも白す」

「祝詞っ!? え、精霊との交信ってそんにゃ感じにゃのっ!?」


(・・・僕一生精霊と交信できる自信無いわ)


 過去にも誰か飛ばされて来たんだろうか?

 日本人の存在をひしひしと感じる中、エリザベスさんは両手をスライムヒュドラへ向け開いた。


「大精霊の炎に焼かれなっ、『大精霊の息吹イグニス・アニマ』!!」


 ──次の瞬間、目の前が白に染まった。

 音も衝撃も何も無い、ただ熱が。僅かに熱を感じた気がした。

 そして思った──「あぁこれ死んだな」と。


 ──気が付いたらエリザベスさんに背中を預けて立っていた。

 目がよく見えない、耳もキーンとする、あと体が熱痛い。え、何がどうなってるの?


「すまないね、久々に使ったから加減を間違えたね。ちょっと余波に当たったみたいだから、後で治してあげるよ」


 お前のせいかっ、お陰で体中痛いわっ!

 手違いで殺されたらたまったもんじゃない。


「出来れば今すぐ治して・・・あと、ヒュドラはどうなったんです?」

「・・・熱波が凄くてよく見えないね」

「おいっ」


 エリザベスさんに回復魔法を掛けて貰うと、ちょっとづつ目が見えてきた。

 どうやら全身は軽く熱波が当たっただけらしく軽症、目も一時的に光焼けしただけらしい。

 目が治って本当に良かった、妹達の顔が見えなくなったら死ぬしか無い。


「それにしても、まさかこの世界に来て初のダメージがフレンドリーファイヤーだとは思わなかった・・・」


 スライムヒュドラもそうだが、あの邪教の男はどうなったのか・・・。

 可能ならば捕まえて情報を得たい、そしてピアちゃんの仕返しをしてあげたいっ!


 僕が見据える先では、未だ空気が揺らめくほどの熱を持っている。

 地面が溶けた爆心地に目を凝らすと、何やら赤い大きな毛玉みたいなものがいた。


「ヒクイドリ・・・、まさか今のを耐えるのかい」

「うっそぉ⁉ あれを受け止めるのっ⁉ ・・・でも流石にノーダメージとはいかなかったみたい」


 ダメージ受けたのが僕だけとか悲しすぎるから良かった!

 日本にもヒクイドリは居るが、間違ってもこんな化け物じゃない。名前からして火を食べるか無効化するか、火に耐性のある魔物だろう。この男、そんな魔物までスライムに覚えさせていたらしい。

 そんな何十羽ものヒクイドリは先程の炎に耐えきれなかったようで、主を守ったあと溶けてしまった。

 その中から姿を現したのは、右半身が炭化した男。先程までの貼り付けたような表情は剥がれ、禍々しいまでの怒り放っていた。


「ぐぎぎぎぎっ、よくもっよくもよくもよくもっっっ!!!!!! 許しませんっ、許しませんよっ!! もう神などどうでも良いっ!! 全部っ全部っ全部っ壊れてしまえっっっっ!!!!!」


 男が手を挙げると、周りから夥しい程のスライムが集まってくる。


「またスライムかな? 次は何? 神様でも真似するの?」

「はははははっ、流石は神ですねっ!! 手前の考えなどお見通しですかっ、ですが強さまではどうですかっ!!」


 集まったスライムは十体程が集まりオーガになり、そのオーガが更に集まる。

 そうして何度も何度も合わさってゆき、徐々に巨大化していく。


「ちょっ、何か不味くないっ!?」

「確かに不味いねっ、止めるよっ!!」

「もう遅いっ!!!!!!」


 集まり、合わさったスライムオーガは肉の塊から人型へと変化し立ち上がった。

 その姿は二面四椀。身長はデカ過ぎて分からない、たぶん十メートル以上。それぞれの顔には二本の角が生えている。

 そして何より、この巨大スライムオーガは


「何でスライムから神気がっ!?」

「このスライム、亜神化してるよっ!! この男っ、スライムに神を食わせたのかいっ!? 何て惨い事をっっっっっ!!!!!!」

「はははははっ、これが手前の研究成果ですっ!! 行きなさいっ──偽神『リョウメンスクナ』!!」

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