5-⑫ 兎は神罰を下す

 三日月の光に照らされて、幾人かの男達が騎士に睨まれながら一塊になって座り込んでいた。


 首から手、腰と縄に繋がれた、決して清潔とは言えない風貌の男達。彼らは、夕刻にスピンドル家一行に襲いかかり、呆気なく撃退された盗賊達である。


「ったく、どうなってやがるっ! 俺達は悪名名高いザッコス盗賊団だぞ、それがこんな・・・何も出来ずに捕まるなんてっ、あり得無ぇだろうっ!」


 頭の男が言う通り──自分達で言うのもどうかとは思うが──彼らは王都でもそれなりに名の通った盗賊団だった。


 軍人上がりの頭目に、30人を超える構成員。

 統率の取れた動きで、護衛付きの貴族だろうと大規模なキャラバンだろうと襲い掛かり根こそぎ奪う。

 旅をする者たちを震え上がらせた存在であった。


 貴族からの依頼である今回は、特に事前情報もしっかり集めていた。

 なにせ今回のターゲットはあの「妖魔」とスピンドル辺境伯、決して舐めてかかれる相手では無かったのだ。


 準備は万端、あとは望んだ結果が転がり込んでくるだけだった・・・そのはずだった。

 だが彼らの望んだ未来はやってこなかった。

 スピンドルは姿を見せることもせず、僅かな騎士と冒険者、そして子供のような背丈の鎧を着た獣人に制圧されてしまった。

 恐らく誰も逃げられなかっただろう。 


「畜生っ、畜生っ!! なんだあの獣共はっ!? あんなの反則だろうっ!! それとっ、あの、なんだっ!! 何なんだっ、あの生き物はっ⁉」


 有名なシルクマリアの騎士は確かに隙が無かった、連れていた冒険者も恐らくAランク級の強さだろう。

 だが、一番彼らの計画を狂わせたのは小さな獣人の騎士──アニマル’sとミミちゃんだった。


 鎧を着込んでいるのに目にも留まらぬ素早さで動き、瞬く間に切り捨てていくダンタルニャン。


 剣を振るよりも早く魔法を放ち、多種多様な手管で制圧していくアトス。


 その剛力を存分に活かし、剣も鎧も手も足も、掴んだもの全てを握り潰していくポルトス。


 音もなく飛来しては盗賊を空高く攫い、抵抗も出来ないまま空から落としていくアラミス。


 ついでに、最早説明の要らないミミちゃん。


「あの貴族共が俺等をハメたのか? いや、それならわざわざ高ぇ金を前払いしていく意味がねぇ」


 彼等にとって最大の不運は「情報伝達の遅さ」だった。

 この世界に電話は無い(とある兎を除く)、従って得られる最新情報はその場所と距離があればあるほど鮮度が落ちてしまう。


 彼らは知らなかった、つい一カ月程前に鬼神と渡り合った兎と小さな騎士がシルクマリアに居たことを。


 その兎がスピンドルに出入りしていることを。


 その兎は通常ではありえない、あちこちに移動するイレギュラーな神であることを。


 そして、そんな神は今、たかが盗賊程度にわざわざ制裁を与えるべく彼等へと近付いていた。


 後に盗賊は語る。

 その兎は赤い三日月の様な、裂けた笑みを口元に浮かべていたという。


 ◇


「こ〜んば〜んわぁぁぁ~、盗賊のおじさん達〜」

「なっ、ななな何なんだよっ!?」


 僕はみんなが寝静まった頃、木に縛り付けられて一塊になっている盗賊たちの元を訪れていた。

 理由は勿論、僕達を襲ったお仕置きをする為だ。


 すぐにベッドへ戻るつもりだったので、ピアちゃん以外は起こすつもりは無かったが皆起きて着いてきた。

 というわけで、妹達とアニマル’s弟達セレナの一家フルメンバーで盗賊を訪問中である。


「あっ、騎士さんこんばんわ。お疲れ様です! これ、差し入れ。良かったら飲んでね!」

「これはこれは、姫様。ありがたく頂戴いたします! この様なお時間に、この様な場所へ如何なさいましたか?」


 騎士さん達は僕達と渡したホットワインに表情を綻ばせつつも、「ここは危ないぞ」と注意を促してくれる。


「いやぁ、ちょっと彼等にお仕置きをねっ! うるさくしないし、危ないこともしないって約束するから、ちょっとだけ許して。ねっ?」

「はっ、姫様の御心のままにっ!」


 最初は僕等を心配して渋っていた騎士さん達も、ウィンクでお願いしたら許してくれた。


「おねーちゃん、悪女みたいなの」

「ひどくないっ!?」


 そんなやりとりをしつつ盗賊へ目を向けると、彼等は僕達・・・というより、明らかにポルトスとアラミスに怯えていた。


「もっ、もう抵抗しないっ! だからっ空へ連れて行かないでくれっ!?」

「イヤだっ!! 手が、足がっ、千切られるのはイヤだっ!?」

「君等そんなことしてたの?」


 そりゃ紐無しバンジーと、防御無視の物理攻撃とか怖すぎでしょ。


「「その方が楽だった(からな!)(ので)」」

「左様ですか」


 重傷を負わされ、アラミスに治されては再び重傷を負わされた彼等の殆どは心が折れていた。

 これは仕事がやりやすい。まぁ仕事じゃないが。


「さて、おじさん達。誰からの依頼か言ってもらおうかな! あっ、嘘はだめだよ? 言っても分かるからね、神の目に嘘はつけないんだよ?」

「ピアが見破っちゃうのよ?」


 別にピアちゃんにそういう力があるわけじゃないけど、何故かこの子は嘘を見破る。

 この子曰く「女の勘」らしい、女の勘ってすごいな!

 僕も手に入れられるだろうか? 便利そうだし欲しいな。女の身である今ならワンチャンありそうな気がする。


「ワンチャン無いの」

「ピアちゃん、心を読まないで」


 話が脱線したが、僕の要求に盗賊の頭らしき髭おじは当然拒否。

 こちらをヤンキーの様に睨み付けながら、ツバを吐きかけてきた。勿論避けた。


「まっ、当然と言えば当然の反応だよね」

「貴様らっ、姫のご温情に唾を吐きかけるとはっ!! お前達はただ咽び泣いて言うことを聞けば良いのでありますっ!! お前達に許された言葉はイエスだけでありますっ!!」

「それはそれで嫌なんだけどっ!? まぁとりあえず、言ってくれないなら仕方ない。でも、おじさん達の我慢は無意味なんだよ? だって今からおじさん達とにお仕置きするんだから」

「お、お前何言って・・・『ピアちゃん、お願い』」

「分かったの! う〜〜ん、『共有化』!」


 以前、スクナ戦で見せたときもそうだが、糸の権能を持つピアちゃんは物体・概念を含む全ての糸に干渉することが出来る。


 しかし、例えば運命の糸を手繰ろうとすると、対象の人物との深く関わっていないと干渉することが出来ない。

 だが今回干渉しているのは、裏で『糸』を引いている人物。

 今回の陰謀に関わった人物全てが対象なのだ。


 そして見えるものに限るが、僕は全ての糸を加工する能力を持つ。


「さぁ、神の制裁を心して受け入れてね。『祝福×10』っ!!」

「あがっ!? あっ・・・あっ・・・あぁぁぁ・・・」


 僕がスキルを発動させると、ほぼ全ての盗賊達が僅かにうめき声を上げ動かなくなった。


 しゃがんで顔を覗き込むと、大量の脂汗をかきながら目を見開き必至に何かに耐えている。

 まるで直ぐ側に猛獣がいて、それに見つからないよう必死に息を殺しているようだった。


 今彼等を襲っているもの、それは「ストレス」と「プレッシャー」だ。


 祝福は装備品に幸運を付与するスキルだ。

 ただ、その効果は「装備品」に限る。

 ピアちゃんの視覚化した糸は装備品では無い、ではそれに祝福をかけるとどうなるか? それはカンダタの糸の時と同様、祝福は霧散し「神力」だけが残る。

 まぁ、ちょっとくらいは幸運になるかもしれないけど、誤差の範囲だ。


 神力は人に畏れを抱かせる、それは強すぎる重圧ストレスであり、魂に与える強制力プレッシャーだ。


 僕は祝福のミサンガを、1日でおよそ1万作れる。

 それが限界値であり、そのミサンガを見たマルクスさんの様子からすると通常の人は祝福二回分の神力に耐えられない。

 なら十回分は? 十回分に相当する重圧ストレスとはどんなものか?


「これはおじさん達に概念的に繋がっている糸に掛かった効果だよ。逃げようと思って逃げられるものじゃ無いし、起きても寝ても発揮し続ける。というか、寝られるとか思わないほうが良いよ? 呪でもないから解呪も出来ない。今まで犯した罪を数えながら改心でも何でもすると良いよ、まぁ一ヶ月〜半年くらいしたら解けるんじゃない? 頑張ってね!」

「あぁ、ああぁぁ・・・」


 うなだれて白目を剥くおじさん達、恐らく糸の繋がった先でも同様の事が起きているだろう。

 お金や権力があれば悪事は消せるかも知れない、証拠だって隠せるだろう。だが人の繋がりは絶対に消せない、罪は永遠に死ぬまで纏わりつくのだから。

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