【Character Story ①】 とある冒険者は兎と出会う
俺達『鋼の旋風』はCランクPTで、シルクマリアで言えばそれなりに実力を持ったPTであると自負している。
無茶な依頼は取らないし、街で騒ぎを起こしたこともないから住民とも結構仲が良いと思っている。
まぁ、この辺は母ちゃんの影響もあると思うがな。
だがそんな堅実な働きが評価されたのだろう、今回領主様から『魔獣の森調査依頼』の指名を受けた。
魔獣の森調査は街の防衛に関わる重要な依頼だ、半端な冒険者には務まらないし指名もされない。
俺達がその信頼を得られていたのだと思うと、胸が熱くなるものがある。
俺達の街を守るのは俺達だ、今回の依頼も確実に達成していこう。
◇
出発前に森で異変が起きていないか情報を集めた。
どうも最近、ゴブリンが頻繁に目撃されているらしい。
ゴブリンは元々数の多い魔物だ、それだけに森の異変に直結している事が多い。
今回であれば強い魔物が減ったか、上位種が現れた可能性がある。
前者なら、まぁ問題は無いだろう。だが後者だった場合、魔物のランクによっては戦力を集めなければならない。
今回の依頼、気を引き締めなければ命を落とすかもしれない。
異変が起きたのは調査を始めた三日目の事だった。
俺達は街から三時間ほどの場所を拠点に東西南の三方向の一定範囲を調べていた、だがやはり聞いていた通りゴブリンが多い。
普通なら一日で十匹でも会えば多い方だ、だが今日迄で既に30匹以上倒している。
全て少数のグループだったから問題なく倒せているが、これが一斉に来られると対応のしようが無い。
それに、うちにはクレアが居る。
ゴブリンに捕まった女がどうなるかなんてガキだって知っている、一度報告を兼ねて撤退を考えるべきかもしれない。
今晩、一度話し合って決めるか。
そう思い休息の準備を始めた時、茂みからゴブリンが襲い掛かってきた。
「マルクス! クレア! 気を付けろ、ゴブリンだ!!」
出てきたのは五匹のゴブリン。普段ならばそう苦労せず蹴散らすが、少し気になる事がある。
こいつ等は出てくる直前まで気配が無かった。
つまり別クラスのゴブリン、恐らく気配を消した『ゴブリン・シーフ』だ。
「こいつ等、ゴブリン・シーフだ! 隠れてる奴が居るかもしれねぇ、周囲を警戒しろ!!」
「ガルドッ、後ろに回り込まれてるわ!! きゃあっ!?」
「くっ、近すぎて詠唱がっ!!」
ゴブリン達は五匹づついくつかの集団に分かれ、俺達を取り囲んでいた。
その動きはまるで訓練された人間の様で、ゴブリンのそれではない。
この統率された動き、明らかに上位種がいる。だがまずこいつ等をどうにかしないと撤退すら出来ん。
特にクレアは弓手、マルクスは魔法使いだ、ここまで接近されては本領を発揮できない。
俺達のPTは元々後衛に人数が偏っていたこともあり、後ろ二人は護身術程度に接近戦の訓練は受けていた。
だが牽制は出来ても相手の頭数を減らすことまでは出来ない。
俺達は徐々に追い詰められていった。
「何とか包囲網を崩すんだ!! 俺を置いて行って構わん、少しづつ後退しろ!!」
「着いて、離れてを繰り返されて、まるで甚振られているようです……」
こいつ等の目的は俺達の体力を削る事らしい、何て面倒な奴らだ。
希望の見えない攻防が続き、遂にゴブリンの振るった棍棒がクレアを捕えてしまった。
クレアは何とか弓で受け止めたものの武器を手放してしまい、更に転倒してしまう。
ゴブリンが卑下た笑みを浮かべながらクレアに近づいていく、だが俺達は目の前の十数体に阻まれ近づけない。
「クレアッ、逃げろっ!!」
「あぁぁ、ぅあああ……」
「くっそぉ、いくらゴブリンとはいえ多すぎるぞっ!! どけぇ!!」
「押し切られるっ!!」
「きゃあぁぁー!!」
「「クレア(さん)!!」」
もう駄目かっ!?
そう考えが過ったその時、森の方から何かがクレアに向かって飛んできた。
あれ何だ、鞄か?
鞄は回転しながらクレアの頭上まで飛んできたが、気のせいかベルトが生き物の様にバタついていた。
俺達だけでなくゴブリン達も、その不思議な鞄に視線を向けている。
鞄はまたも不自然な動きで空中に止まると、ファスナーが勝手に開き何かが飛び出した。
「ぐぅっ、ぺっ!!」
飛び出してきたのは網だった。
網は狙ったように、クレアに襲い掛かるゴブリン数匹を捕らえる。
すると網に捕らわれたゴブリンは不自然に動きを止めてしまった。
唖然としているのは他のゴブリンも同じなようで皆がクレアの方を見ている。
何が起こっている? 何が起こっているのか分からないがチャンスだ。
俺は目の前にいたゴブリンを切り飛ばした。
呆然としていたクレアも、目の前のゴブリンが生きていることに気付き後退る。
今を置いて現状打開のチャンスは無い。
僅かな希望に掛け、クレアと合流しようとしたその時、空から銀色の光が矢のように飛んできた。
「Just a moment……『スタンプ』!!」
光の正体は兎だった。
そいつが言っている言葉の意味は分からなかったが、何故かすごく満足げな顔をしている。
「あれは、兎人族の子供か?」
やたらと小柄だが、人族に兎の耳を生やした種族は兎人族で間違いない。
よく見るとマルクスの方にももう一人、小さな兎人族の子供が居た。
掛けられた言葉から察するに敵では無いのだろう。
俺達は彼女達の手助けを得て窮地を脱出した。
◇
「いやぁ、助かった!」
「クレアさんを助けて下さり、本当にありがとう御座います」
「ありがとう、ウサギのお嬢さん達。お姉さん必ずお礼するからね!」
「いえいえ、困ったときはお互いさまですので気にしないで下さい」
「もーまんたいなの!」
俺達を助けてくれた兎の姉妹は、姉がユウ、妹はピアと言うらしい。
子供だがやたらと別嬪で、言葉の端々に教養を感じた。
もしかすると貴族の関係者かもしれない。
だが姉の方はスラムのガキのように、服がボロボロだ。
しかも、黒ずんでいるが尋常じゃない血の跡が見える。
更に迷子ときたもんだ。悪い奴では無さそうだが、一応探りを入れる事にした。
「こんなところで迷子ってか!その前はどこにいたんだ?」
「それが分らなくて、僕は目覚めたらここに居て、この子に至っては記憶喪失みたいなんです。お姉ちゃんと呼んではくれているのですが、実は姉妹でもなくて……」
「はぁ?その面で姉妹じゃねぇってのは流石にあり得ねぇんじゃねぇか?」
「んえ?」
嬢ちゃんは間の抜けた返事をしているが、鏡を渡すとまるで初めて自分の顔を見たかのような反応だった。
その後、何を思ったのか表情が青褪める。
俺は何か不味いことをしたのだろうか。
「もしかしたらお前さん自身、記憶がはっきりしてねぇんじゃねえか?」
「こんなところに居たことも含め、もしかしたら特殊な事情があるのかもしれませんね」
「ぐすっ、お姉さんたちが街まで一緒に居てあげるからね、もう安心してねぇぇ!!」
クレアは境遇に同情でもしたのか、泣きながら嬢ちゃんを抱き締めていた。
ちょっと情が移るにしても早くないか? まぁいつもの病気だろうな。
その後、もう一人の仲間と言って鞄の形をしたミミックを紹介され。
ゴブリン討伐に参加したと思ったら、やたらと強く。
特異種のオーガと出会い。
ゴブリンの巣を水に沈め。
オーガとタイマンを張り、実力を認めさせた。
何一つとして普通の出来事が無かった。
だが一つだけ分かった事がある、こいつは無茶苦茶良い奴だ。
助けてくれたお礼も兼ねて、街に着いたら暮らしやすいように整えてやらないとな。
俺はそう思い、シルクマリアへ帰還した。
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