【Character Story ②】 とある女神の終わりと始まり

「キレイだなぁ……」


 私は空に浮かぶ三日月を見上げ、呟いた。

 皆は満月のほうが良いと言うけれど、私は三日月の方が好き。

 だって、ほら椅子みたいで可愛いじゃない?


「違うものが好きでも……、変じゃ、無いよ……ね……ごほっ」


 森の中で仰向けに倒れている私は、咳込んで口から真っ赤な血を吐いた。

 痛すぎて痛くない。

 たぶんお腹の中が怪我してる、でもお腹を押さえる手が無い。


 右手はさっき食べられた。

 左手は高い所から落ちた時に、足と一緒に折れちゃった。


 もう走れない。


 倒れている私を大きな影が覆う。

 大きな蛇だ、それも体中に人の口がいっぱい付いている真っ黒な蛇。

 それは一番大きな口を開けて、私に近づいてくる。


 たぶん……食べられちゃうのかな。


 もっと痛いのかな……。嫌だな……。


 ……でももう疲れちゃった。


 私は目を閉じて、住んでいた村の事を思い出した。


 ◇


 私はとある小さな村に生まれた、鎮守の神でした。

 名前をピリアリート・ウェヌス、神名を『平和と愛の女神ウェヌス・ピリアリート』と言います。

 争いが嫌で逃げてきた人、認められない愛を成就するべく旅をしてきた人、そんな人達が集まり作り上げた製糸の村。

 そこで作られ、奉納された糸に思いが宿り生まれたのが私です。


 私はとても階位の低い神で、人の暮らしに溶け込んで生きていました。

 皆さんが私を神として、時には家族として接してくれる。

 だから私はみんなが愛と平和で包まれる様、日々村を守っていました。


 私が腕をくるくる回せば、善い糸を持っている人を引き寄せることが出来ます。

 私が指をちょきちょきすれば、悪い糸を持っている人は近づけません。

 戦えない私ですが、戦わなくて済むよう頑張ることが出来ます。

 みんなの幸せの役に立てている、それが私の幸せでした。


 もう何百年も生きている私ですが、きっと見た目が子供だからでしょう。皆さんは村の子供のように接してくれます。

 前の村長さんは、息子さんに座を渡してからよく一緒にお茶をしてくれます。

 息子のリオンさんは立派にみんなを導いています、昔の前村長さんを見ているようです。

 木こりのゲオルグさんは村一番優しいおじさんで、よく頭を撫でてくれます。

 アンナさんはゲオルグさんの奥さん、そろそろ赤ちゃんが生まれるみたい。お腹が冷えないように、私がいっぱい思いを込めた膝掛けをプレゼントしました。

 食堂で働いているキャロルさんは元気いっぱいで、よく私をぎゅっと抱き締めてくれます。

 みんな大好きです。


 私が住んでいる社には子供達もよく来てくれます。

 特によく顔を見せてくれるのは、村長さんの息子さんであるキーくんと、幼馴染のちーちゃん。


「ピアねーちゃん、全然家から出てこないから、俺が毎日来てやるよ!」

「こらっ! ピア様って言わなきゃダメでしょ!」

「でも、ねーちゃんが良いって言ってるんだぜ?」

「それでもダメなの!」


 二人はいつもケンカしています。

 でも私は知っているんです。この二人は両思いで、恥ずかしくてケンカする振りをしているだけだって。

 そんな素直になれない二人の為に、私は縁結びのお守りを編んであげました。

 ただのお守りだよと嘘をついていますので、きっと身に着けてくれるでしょう。


 皆優しくて、みんな大切、だから私は毎日糸を巻いています。

 それがみんなの幸せに繋がるから。


 ある日、珍しくちーちゃんだけが来てくれた日があります。

 その日はちーちゃんのお姉さんの話で盛り上がりました。

 ちーちゃんには少し年の離れたお姉さんが居て、すごくカッコ良くて、すごく優しいのだそうです。

 小さな頃は毎日手を繋いでくれて、泣いていたら抱き締めてくれる。

 親とケンカをしてしまった時は必ず味方になってくれて、危ない時は絶対に助けに来てくれる。

 そんなお姉さんだそうです。


 嬉しそうに話をしてくれるちーちゃんを見て、私は羨ましいなと思った事を覚えています。

 私は何百年も生きている神です、今更お姉ちゃんが出来るとは思えません。

 でも、もしお姉ちゃんが出来たら、どうやって甘えよう?

 突然抱き着いたら、どんな反応をするかな?

 怒るかな? 撫でてくれるかな?

 何があっても護ってくれるかな?

 それを考えるだけで、とても心が温かくなりました。


 しかし、そんな幸せな毎日が突然奪われました。


 異変に気付いた時には、もう手遅れでした。

 私の張った糸が、端から黒い蛇に食べられていきます。

 このままじゃ村に入ってきてしまう。


 私は糸を編んで壁を作りました。

 でも、それも食べられてしまいました。

 このままじゃ、皆が食べられてしまう。


「みんなを守らないと、私はその為に生まれたんだから!!」


 咄嗟に私は、自分と蛇の糸を結びました。

 しかもこの糸は絶対千切れないように、太く、太く撚り合わせてあります。


 村を見ていた蛇が私の方を振り向きました。


 それを見計らって私は、村と私を繋げている糸を切ります。

 これで蛇には私しか見えません。

 でも、村の人達にも私が見えなくなってしまいます。


 ヤだな……、寂しいな……。


 切った糸は二度と繋がりません。

 いっぱい涙が出てきました。

 胸の中にあった暖かいものが、無くなっていくのが分かります。


「みんな、バイバイ。大好きだよ」


 私は森の中へ駆け出しました、少しでも蛇を村から離さないと!!


 ◇


 いったいどれだけ走ったのか分かりません。

 十分かもしれませんし、一日かも知れません。でも蛇はずっと追いかけてきます。

 このまま走れなくなるまで走れば、私の勝ち。


「あれ? 蛇の気配が消えちゃった?」


 私は足を止めて振り向きます、姿も見えませんでした。

 諦めたのでしょうか?

 もしかしたら逃げきれたのかもしれない。

 そう思った瞬間強い衝撃があり、体が跳ね飛ばされました。


「あぐっ!?」


 体を起こそうとしましたが起き上がれません、不思議に思い体の様子を確かめます。


 右手がありませんでした。

 

 痛い、すごく痛い。

 でももっと遠くへ行かないと。

 左手だけでなんとか起き上がると、後ろで先程の蛇が鎌首をもたげてこちらを見ていました。

 その口には白い棒のようなもの。……それは私の右手でした。

 蛇は立ち上がった私に、その大木のような尻尾を振り抜きます。

 私はまた宙を舞いました。

 しかも運が悪いことに丁度崖があったようで、浮遊感の後強い衝撃を背中に受けました。


 霞む視界の中では高い木々の合間から月が見えます。

 息が出来ない。

 ここはどの辺りなんだろう。どちらにしても、もう動けません。


 痛いのは嫌だ。


 皆とも、もう会えなくなった。


 生きていても、誰も私が見えない。


 私は一人ぼっち、一人ぼっちは嫌だ。


 寂しい、苦しい、痛い。


 お願い、誰か私を見つけて。


 私を撫でて。


 いい子だね、頑張ったねって誉めて。


 ……私を助けて。


 迫ってくる蛇の口。

 私は目を瞑り、そしてそのまま消えてしまいました。




 誰にも知られず消えていった少女。

 大切なものを守るために命を散らした少女。


 誰に悲しまれることも無く。

 誰に労われることも無く。

 誰の記憶に残ることも無く。


 形をこの世に残すことも無い。


 ただその在り方を三日月はじっと見詰めていた。


 ◇


 …………。


 ……。


 なんだか、あかるいの。


 いいにおいがする。

 はじめてのにおい、でもすごくあんしんする。


 やわらかい、あたたかい。

 だれ? ちかくにいるの?


 すごく、きもちいい。

 だれかが、いいこいいこってしてくれてるの。


 まえに、きいたきがするの。


 だれがいってたんだろう、わからない。

 でも、しってる。


 あたたかくて、だきしめてくれる。


 やさしくて、なでてくれる。


 そうだ、このひとがきっと。





 「……おねーちゃん?」

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