第二章 幸運の兎

2−① 名探偵ユウちゃん

 キルトリンデ王国の最南端に位置する街『シルクマリア』。

 そこはハの字をした高い山脈と、その周辺に広がる広大な魔物の森を天然の防壁とした街である。

 徒歩でキルトリンデ王国へ入国するには森を迂回するか、シルクマリアを通るしか無い。

 その為、王国の中でも特に重要な拠点として扱われている。


 シルクマリアは大きな街としては珍しく、冒険者の人口数が多い。

 なぜ多いのか、それは周囲の魔獣の森が常に活性化している為である。

 大陸各地に魔物の森と呼ばれる場所はいくつもあるが活性化には周期があり、非活性化時期の森は総じて魔物のランクが二つほど下がる為、脅威度の評価はE~Fになる。

 しかしシルクマリアにある魔物の森『シルクマリア大森林』はその非活性化時期が無く、危険度は常にDランクである。

 脅威度評価とは出現する魔物ランクの平均となる為、EとDにどれだけの差が空いているのかが伺える。


「へぇ、この森ってそんなに危険な場所だったんですね。スライムとか兎にしか会わなかったから、全く気付きませんでした」

「幸運だったね、本当ならユウちゃん達みたいな女の子は生きて出られないよ?」

「まぁ俺等は最強に怖えぇ兎には出会ったがな」

「マジすか、一体何何処の兎でしょうねー」

 

 どこぞの兎の様に一部例外は居るものの、基本的にFランクの魔物であっても一般人には脅威となる。

 そのような理由から、街では魔物に関連する依頼が途切れないらしい。

 結果、街は冒険者で溢れる事となる。


 これは僕の勝手な印象だが、冒険者と聞くと乱暴な荒くれ者のイメージがある。

 それだけの冒険者が居ると言うならば、さぞ町中は危険で溢れているのだろうかと思ってしまうが、実はそうでも無いらしい。


 通常貴族といえば騎士の存在に重みを置き、冒険者は粗暴で下品だと蔑ろにしがちである。

 しかしシルクマリア領主の『トリンドル伯爵』は騎士と冒険者は専門分野が違う事をしっかりと理解しており、各ギルドと連携を取りながら街を治めている。

 またその一環として冒険者に教育を受けられる環境を整備するなど、様々な政策を行った。


 そういった背景から、シルクマリアの冒険者は他の街では類を見ないほど礼儀正しく強い。

 また実力・知識・人柄が揃わなければランクアップ出来ないという独自のシステムを導入。

 殆どの乱暴者はDランクに上がる事も出来ず街を去るしかなく、そして街には質の高い冒険者のみが残る結果となったのである。


 しかしそこまで底上げを行っても、冒険者の死亡例が後を絶たない。

 シルクマリア大森林はそれ程迄に魔物が強い場所なのだ。

 そこで当時の領主は目に見える形で安心を与えるべく第一の盾として作り上げたのが、今僕の目の前に聳え立つ壁。

 その巨大かつ強固な作りは大型魔獣の突進をも受け止めるらしい。

 シルクマリアが別名『要塞都市』と呼ばれる由縁である。


「すっご......。近くに立ったら、上が見えないくらい大きいですね!」

「あそこに誰か立ってるの! こっち見えてるの? おーい!」


 ピアちゃんは城郭じょうかくの上を警邏している兵隊さんに手を振る。

 ガルドさん達は目を細めて見上げるが、全く見えないようだ。

 弓手であるクレアさんですら見えていない、この子は視力が10.0くらいあるかもしれない。


 まぁ下らない話はさておき、無事依頼を熟した僕達一行はシルクマリアへ到着した。

 移動中ただ歩くのも暇なのでマルクスさんに街について色々聞いていたのだが、ここの領主さんは随分と人格者らしい。

 僕は貴族を蹴らなくて済みそうだと、胸を撫で下ろした。


 ◇


 長い入場待ちの列に並び続けて数十分、ようやく僕達の番がやって来る。


 並んでいる間、僕達は何故か視線を集めていた。

 銀色の兎がそんなに珍しいのだろうか?


「何かめっちゃ見られてません? 髪色のせい?」

「いや、たぶん見た目のせいだろうよ」

「あと服もだねー、後でお姉さんとお買い物行こうね!」


 そうか、クレアさんに借りたローブで多少隠れてはいるが、今僕は服がボロボロで色々見えそうな状態である。

 汚れも目立つので恐らく浮浪者か何かに見えたのだろう、これはピアちゃんの保護者としてあるまじき格好だ。


「おい、こっち来い。あの石板に手ぇついて衛兵の質問に答えんだぞ」

「あ、はい。行くよピアちゃん」


 僕達は手を繋いで衛兵さんの前までくる。

 衛兵さんはフードを下した僕の顔を見ると少し見詰めた後、焦ったように説明を始めてくれた。


「ごほん、失礼した。この街は初めてか? ならあっちの石板に手を着いて名前を言うんだ。同行者は手を放して少し離れておくように」

「分かりました」


 ミミをピアちゃんに預けて、机の上にある石板に手を置く。

 すると小さなウィンドウが石板前に表示された。


 ◆ ユウ・マキマ / 15歳 / 女

   種族:兎人族 / 職業:編み物師

   称号:妹大好き、ミミックの主

   罪科: ー


 石板は鑑定と似た機能があるらしく、僕が見るステータスの他、犯した罪を見ることも出来るらしい。

 これ地球にあったら犯罪者の国外逃亡とか阻止できそうだ。


「ふむ、子供かと思っていたら既に成人していたのか。罪科は無し。あと何点か聞きたいのだが、まず『ミミックの主』とはどういう意味だ?」

「その子がミミックなんです、あとで契約獣の登録をしようと思って」


 僕はピアちゃんの腰にある鞄を指差す。

 ピアちゃんはミミを起こして口を開かせる、衛兵さんはまさかそれが魔物だと思っていなかったようで少し騒いでいる。


「大丈夫なのか? 人に危害は加えないだろうな?」

「はい、僕の言う事は聞いてくれますし懐いてくれています。可愛いんですよ?」

「がぅがぅ♪」


 衛兵さんは少し顔を引きつらせながらも、説明を続けてくれた。


「ま、まぁ自分では動けないようだし、良しとしよう。ただし、その魔物が起こした騒ぎの責任はお前がが取ることになる、気を付けるように!」


 契約獣が門を通ることはあるらしく、危険が無ければ良しとなった。


「あと、もう一点。『編み物師』とは何だ?」

「読んで字の如く、編み物をするお仕事ですが?」

「編み物とは何だ? 

「……え?」


 ◇


 無事に入場を果たした僕達は、そのまま冒険者ギルドへ向かう事になった。

 ガルドさんの依頼報告をするのと一緒に、僕達の登録もしてくれるらしい。


 各ギルドの登録証もしくは勲章や貴族紋章が身分証になるらしく、どれも持っていなかった僕達は門で入場税の他仮身分証発行代を取られた。

 そうお金。

 僕は無職無一文なのでお金なんて持っていないし、担保になるような物も持っていない。

 もしかして体を売るしかないのか……と,この世の終わりを想像したが、ガルドさんが立て替えてくれていた。

 ガルドさん、マジで神。


「ピアちゃん、ミミちゃん、甲斐性無しのお姉ちゃんでごめんね!! お姉ちゃん借金作っちゃったよぉぉ~~~~~~!!」

「大丈夫! おねーちゃんがお金持ってなくっても、ピアは大好きなの!」

「がぅぅ~♪」


 お金ない……、地味に傷付いた(泣)


「あの寸劇は何なんだ?」

「お金持ってなかったの忘れてたんだってー」


 ガルドさんに呆れた目で見られた、ちょっとした姉妹のじゃれ合いなので気にしないで欲しい。


 ピアちゃん達は初めての街の雰囲気を楽しみながら、冒険者ギルドを目指して歩く。

 僕も二人と一緒に街並みを楽しんでいたが、先程衛兵さんに言われたことが気になっていた。


 


 織物製品があるのに編み物製品が無いなんて事あるのだろうか?

 確かに編み物は織物に比べ使用用途が狭い。

 地球でも布が使われ始めたのは約7万年前、記録が残っている物でも2000年以上前から存在する。

 しかし編み物が使われ始めたのは3世紀頃、それも普及し始めた理由は寒冷地だったからだ。


 シルクマリアの気候は分からないが、マルクスさんに聞いたところ雪が降る場所はある。

 なら、ここで普及していなくとも、『編む』という技術自体を知らないなんて事あるのだろうか?

 編み物は織物と同じくらい人間の文明進化に関わる技術である、なのに無い。

 しかも、その割には縄や網や籠といったものはある。

 特定の職種で技術が失伝することがあるらしいが、だがそれだって職業が消えることは無い。

 『文化にぽっかり穴が空いている』そうとしか表現できなかった。


「どこかのタイミングで突然消えた?」


 人の記憶にすら残らないなんて、そんなの神の所業だ。

 神といえばピアちゃん、まぁ僕もだが。


「んー? どぉしたの、おねーちゃん?」

「ううん、何でもない。ピアちゃんは可愛いなって思っただけ」

「えへへ~」

「がぅがぅ!」

「勿論、ミミちゃんも可愛いよ!」

「がぅ~」


 たぶんピアちゃんに聞いても、何も覚えていないだろう。

 知っているとしたら、僕をこの世界に連れてきた神物じんぶつ

 もしかすると僕が転生した理由もその辺りにあるのかもしれない、何だか色々紐解けてきた感じがする。

 僕の頭脳が冴え渡る、もしかしたら探偵の才能があったのかもしれない。


 そんなアホな事を考えている内に、僕達一行は冒険者ギルドに到着したのだった。

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