1‐⑩ 15歳ですが何か?

 血を吐き、腹を押さえつつも両足で立ちこちらを見据えるオーガ。

 だが初めて会った時の雰囲気とはがらりと変わり、確かな強者の風格と礼儀を持っているように見えた。


「おい、あれ本当にオーガだと思うか?」

「わ、分かりません。私も長く生きていますが、あのようなオーガは初めて見ます」

「というか、強さがCランクの魔物じゃないよぉ」


 ガルドさん達の声が聞こえた、僕もそう思う。

 体格とかその他諸々、間違いなく魔物だ。だけど持っている雰囲気が人間というか武人っぽい。

 そもそもよく思い出したら、『構え』を取った時点で何か可怪しかったんだ。

 構えは人間が編み出した技術だ、野生の生き物が習得できるものじゃない。

 僕はここで初めてオーガに鑑定を行った。


 ◆  -  / 5歳 / 雄

  種族:オーガ特異体 / 職業: -

  称号:武人、探す者


「やっぱり。彼はオーガの特殊個体だね」

「何だと! ってぇなると最低でもBランク級の魔物じゃねぇか」

「なんでそんな奴が、こんな所に居るの……」 


 オーガは息を整えた後、ゆっくり此方へ近づいてくる。

 危険を感じなかった、たぶん敵意とかそういうものがないのだと思う。だから僕は逃げたりせず、彼が近づいてくるのを待った。

 お互い手の届く距離まで近づく。こうして見ると彼は本当に大きい、よくダメージを与えたり出来たものだと自分でも思う。

 彼は僕の前で膝を着き、何をするのかと思ったら突然『自身の角を折った』。


「ぅおいっ!? 何やってんだ!?」


 片方だけになってしまった角。

 だが彼は痛がる素振りもせず、満足そうな顔で折った方の角を僕へ差し出した。

 貰えという事だろうか、僕が視線を角から移すと彼は頷いた。


「勲章、もしくは再戦の証みたいなものかな? 確かに貰ったよ」

「Gruuuuu……」


 オーガは立上り、そのまま森の奥へと向かっていった。きっと森を出るのだろう。

 そして僕は彼が何故この森に居たのか分かった気がした。


 ずっと様子見をしていたガルドさん達が近寄って来て、手伝えなかったことを謝罪してくれた。

 僕も戦い易かったので気にしないで良いと伝えて、話題は先程のオーガへ移る。


「結局何だったんだ? 全く分からねぇ」

「恐らくこの森は確かに異常事態が起きていたんだと思います。ただそれは、あのオーガじゃない」

「何か別のモンスターが居たってことなの?」

「はい、たぶんゴブリンキングかエンペラーか、とにかくゴブリン系の何かです。で、あのオーガは強者を求めて大陸中を巡っているのでしょう」

「その最中で、この森で出会ったという事か」

「僕達が巣に入った時、ゴブリンしか居なくてオーガが外に居たのも、逃げたゴブリンキングを倒すために外へ追いかけていったのでは?」

「まぁ辻褄は会いますね。では最初の雄叫びは怒っていたわけでは無く……」

「たぶん、強者を見つけた喜びの雄叫びだったのではないかと……」


 周りに居たゴブリンはボスを倒されて、勝手に付きまとっていたのだろう。

 僕達がゴブリンを全滅させたので、オーガにとっては渡りに船だったのかもしれない。

 強者しか狙わないモンスター、ある意味安全なのか?

 そんなことを考えているとピアちゃん達がお腹にくっ付いてきた。


「ピアちゃんもお疲れ様、ミミちゃんも大活躍だったね」

「もごもご。おねーちゃんもケガが無くて良かったの」

「がぅがぅ」


 安心したようでお腹に顔を埋めてスリスリするピアちゃん。

 くっ付くのは良いんだけどそこで深呼吸するのは止めて欲しい、汗かいてるし臭いを嗅がれているみたいで恥ずかしい。


「まぁこれで異変の原因も分かったし、調査は完了だな!」

「あーん、疲れたぁー! 街についたらユウちゃん達を愛でて疲れを癒すわー」

「勝手に人の予定を決めないで下さい」

「ですが、数日休みにするのは賛成ですね。持ち物もいくつかダメになっていますし、報告にも時間がかかるでしょう」


 相変わらずマルクスさんは現実的で頼りになる。

 僕も街についたら、住む所とか仕事とか色々しないとピアちゃんを養っていけない。

 ミミちゃんに関しても忘れずテイマー登録しておかないとね。


「一先ず休憩したい、僕もうクタクタだよぉぉー」


 戦いの熱も冷め、今は疲労感しか残っていない。

 今いる場所が都合よく開けていたので、僕達はこのまま此処で一晩休息を取ることにした。

 ガルドさん達がテントの用意をする横で、先に休ませてもらっている僕。

 その手の中では先程貰ったオーガの角が、黒曜石のような輝きを放っていた。


 ◇


「皆さん、お早う御座います!」

「おはようなのー!」

「がぅがぅ♪」

「しくしく……ぉはよう、ガルド。マルクス……。」


 翌日、日が顔を見せたばかりの時間に僕等は起きた。

 僕とミミちゃんは結構寝起きが良いのだが、ピアちゃんはお寝坊さん気味。

 でも毎日僕の腕の中で寝ているので、僕が起きると寝ぼけつつも起きてくれる良い子なのだ。


「お、おう。おはよう。クレア、お前はそろそろ学習した方が良いぞ?」

「仮にも男目があるのです、自重した方が良いです」

「だってぇー! ユウちゃんは可愛いし! 柔らかいし! いい匂いするし! モフモフなんだよ!?

しかもちっちゃいから抱きしめた時の感じが丁度良くて、寝声も可愛いし、暖かいし、いい匂いするし!! 仕方なくない!? この可愛さは犯罪なんだよ、よって私は無罪!!」

「うるさい! クレアさんが勝手に抱き着いてくるから寝苦しいし、あちこち触るからこそばい! それと恥ずかしいから臭いとか嗅がないで!! あと、ちっちゃくないわっ!!」


 今日もクレアさんは変態で、起きた時に服の中に手を入れていたのを鳩尾に肘を入れて黙らせた。

 これがただの変態なら警察に届けるところだ。

 ん? いや、ただの変態のような気がする。届けた方が良いか?

 どうしよう。僕、ゴブリンよりもクレアさんの方がエッチな目に会っている気がするぞ。

 討伐すべきか?

 僕は割と真面目に討伐を考える必要があるかもしれない。


「嬢ちゃん、何を考えているかは分かる。分かるし、弁解も出来んがクレアを大目に見てやってくれ。信憑性皆無だが、本当に悪気はない筈なんだ。たぶん」

「えぇ、えぇ、そうでしょうとも。悪気は無いんでしょうとも。だが、次は蹴る」


 僕の言葉に、流石のクレアさんも顔を青くして押し黙る。

 本当にもうちょっとでも良いから真面なら良いお姉さんなのに、なんでこんなに残念なんだ……。

 僕はピアちゃんの髪をお団子にしながら溜息をついた。


 今日はとうとう街へ向かう。

 街へは此処から三~四時間、朝食後に出発すれば昼ぐらいには到着するらしい。

 まぁ実際は休憩を挟むし、モンスターとの戦闘も考えられるので昼を少し過ぎるだろうとのこと。

 僕としては街に行けるのならば全然構わない、なにせ五日間森で彷徨っていたのでね。


 ◇


 「荷物良し、ピアちゃん良し、ミミちゃん良し」


 指差しで大切なものを確認。

 準備万端で僕達は街へ向けて出発した。


 道中、僕等の事について色々話し合った。

 何故なら僕等の存在、持ち物、状況が特殊過ぎたからだ。

 聞いた話によると、街の門をくぐるには鑑定を受ける必要があるらしい、しかし僕等には鑑定を受けられない事情がある。それは『種族』と『称号』である。


 すっかり忘れていたが、僕達は『半神人』だ。

 この世界における神の扱いは分からない、だがその辺をほいほい歩いているとは思えない。

 バレれば教会に連れて行かれるか、貴族に囲われるか。最悪、異教の神として討伐されるかもしれない。

 それにガルドさん達は良い人だが、全員がそうだとは思えない。

 さてどうしたものかと、何気なしに自分に鑑定を掛けてみた。


 ◆ ユウ・マキマ / 15歳 / 女

   種族:兎人族(半神人【隠蔽中】) / 職業:編み物師

   称号:妹大好き、ミミックの主(女神の姉、異世界のニッター【隠蔽中】)


「ぉお!?」

「ん? どおしたのユウちゃん?」

「いえ、何でもないです……」


 驚いたことにステータスに隠蔽がかかっていた、これもセット効果なのだろうか?

 理由は分からないが、都合は良かった。これで門は問題なく通過できそうだ。

 あと問題になりそうなのは、僕達に身寄りがない事だろうか。これはどうなる?

 僕は隣を歩く、物知りマルクス先生にその辺りを聞いてみた。


「マルクスさん、街に入ったら僕等の身元ってどうなるのでしょうか? 子供だけで生きていけますか?」

「身分証があれば宿を借りる等に問題はありません。身分証を作るには何かしらのギルド登録をすれば良いのですが本登録できるのは15歳からとなります。ですので、ユウさんはあと数年待たないといけません」

「大丈夫! お姉さんが保証人になってあげるから、安心してね!」

「あ、15歳なので問題ありません」

「「えっ?」」

「……何ですか?」


 15歳だが、何か文句でも?


「ごほん、失礼。でしたらユウさんが本登録、ピアさんが仮登録、ミミさんが契約獣登録をすれば問題ないでしょう。幸いユウさん達はお強いので冒険者になれば、収入も問題ないかと」

「だけど、ユウちゃん達は子供で女の子なんだから気を付けるのよ? 変な奴等はいっぱい居るんだから!」


 クレアさんおまえとかな!


 でもそうか、僕は冒険者になれるのか!

 今迄は物語の向こう側だった世界が、今目の前に広がっている。

 きっと楽しい事が起こる、そんなこれから出会いに心を踊らせる僕なのであった。

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