1‐④ ほぼ手ぶらのダンジョンアタック

 スライムは集まる習性でもあるのか近くに三匹ほど居たので、仲良くゼリーになって貰った。

 追加でスライムの潤糸が手に入ったので、先程作ったひんやりスライムタオル(中)を糸に戻し(大)に作り変える。

 編み物というのは織物とは違い基本的に一本の糸から作られている、その為簡単に糸に戻すことが出来るのだ。


 僕達はタオルを首に巻いて、涼をとりながら谷を目指す。

 距離感が分からなくてあれだが、そろそろ見えてくるはずなのだが……。


 ◇


「おねーちゃん、あそこ。みつけた!」

「ん? 石の家かな。いや坑道か?」


 ピアちゃんが見つけたのは石造りの入り口のようなもの。入り口だけが見えていて、そこから後ろは山の麓に埋もれていた。

 周りの様子を見るに、ここが多分目指していた谷なんだと思う。


「水は無かったかぁ……。いや、でも休めそうな所を見つけれただけマシか?」

「おねーちゃん。あれ、いえじゃないの。『だんじょん』なの!」

「うぇっ! ダンジョン!?」


 これがダンジョンか。マジかよ、こんな状況じゃ無きゃ喜ぶのに!!

 ダンジョンという事はモンスターが居るかもしれないし、休めないじゃん。


「このだんじょん、しんじゃってるの。たぶん、『こあ』がなくなってるの」

「え、ダンジョンって死ぬんだ? ピアちゃん色々知ってるね、凄い」

「むふー♪」


 流石は異世界人、記憶喪失でも色々知ってるね。そういう事だけは忘れなかったのかな?


「おねーちゃん。だんじょんから、いい『いと』がみえるの。はいろう?」

「ピアちゃん、前からちょくちょく聞く『いと』って何の事なの? お姉ちゃん何も見えないんだけど?」

「んゅ? ほら、あちこちいっぱい。ういてるのー」


 『いと』って、そんな納豆の糸みたいに飛んでるの? 何それ、ちょっとヤダ。

 でもまぁ、スライムの時もピアちゃんの『いと』のお陰で避けられたし、勘みたいなものなのかな?

 良い『いと』って言ってるし、入るか。


「じゃあ入るけど、何があるか分からないから絶対お姉ちゃんの後ろに居てね」

「わかったの!」


 ピアちゃんは僕の服の裾を握って着いてくる。

 僕は人生初のダンジョンを手ぶらで挑んだ。……あ、鞭は持ってたな。


 入ってすぐは六畳ほどの広さがある石造りの部屋だった。

 特に何が置いてあるだけでもない普通の部屋、ただ焚火の跡があるので誰かが休息を取ったことがあるらしい。

 良かった、人里が近いのかもしれない。

 部屋の奥には、更に奥へ向かう通路がある。


「安全確保の為には、奥も見に行かなくちゃ駄目だよね……」


 僕は落ちていた棒を拾って奥に向かった。

 数メートル進んだ先はT字路になっており、左右とも暗くて先が見えない。


「ピアちゃん、良い糸が見えるのはどっち?」

「んー、あっち!」


 納豆の糸もとい、良い糸が見えるのは右らしいので其方へ進む。

 途中、天井の崩れた部屋などを経由し辿り着いたのは、大きな湖のある森だった。

 

「え、何で洞窟の中に森があるの!?」

「これが、だんじょんなの」

「これがダンジョンか、不思議空間だね」


 まさか壁も見えないほど大きな空間に出るとは思わなかった。ダンジョンの出る物語など枚挙に暇がないが、実際体験してみると言葉も出ない。

 僕等が見つけた場所は神域の森のような、畏れと神々しさが綯交ぜになった空間だった。


「おねーちゃん、あそこいくの!」


 ピアちゃんが指さした先。湖の中央には小さな島のようなものがあり、そこには大きな木が一本生えている。

 よく見ると、木の根元に埋まるような形で小さなお堂が建っていた。


「飛び石で渡れるようになってるな、今日はあそこで休もうか」

「わかったの!」


 お堂に入った僕達は中が思ったよりも綺麗だったことに喜んで、そのまま抱き合って眠ってしまった。


 ◇


 異世界生活二日目。

 目を覚ますと腕の中にピアちゃんが居た。

 ピアちゃんは夢を見ているのか、僕の胸に顔を埋めてスリスリしている。少しくすぐったい。

 可愛いハネッ毛のある頭を撫でてると目を覚ましたようで、青い瞳と目が合った。


「おはよう、ピアちゃん」

「おねーちゃん、おはよっ!」


 うむ、ピアちゃんは今日も可愛い。

 どことなく起きた時のリアクションが紡ちゃんと似ていて、思わず笑ってしまった。


 一晩寝て、ここが最低限安全であることが分かった僕達は森の中を探索することにした。

 ピアちゃんが昨日からスライムしか食べていない、何か栄養があるものが欲しい。

 というか『スライムしか食べていない』という字面が既にヤバい。昨日の僕、よくそれに納得できたな。思ったよりも精神的に疲れていたのかもしれない。


 食べ物に関しては、幸い少し歩いた所で木の実を発見できた。

 水気の多いリンゴみたいな味、これなら水気も取れるしピアちゃんも喜んで食べてくれる。

 生の水は怖いって漫画に描いてあったので、湖の水を飲むのは最低限にしておいた。


「さて、今日は昨日行かなかった左側に行こうと思うんだけど、ピアちゃんはどう思う?」

「わかんないの! おねーちゃん、ついていくの!」


 そりゃ、どうと聞かれても困るか。

 ちらっと見てみて、危なそうなら引き返すことにしよう。

 最初のT字路に戻り、左側へ進む。

 天井が崩れて光の入っていた右側と違い、左側はしっかりと道が残っていた。

 だが真っ暗ではない、壁にいっぱいヒカリゴケみたいなのが生えていたからだ。


「この生態系とか環境が滅茶苦茶なのも、ダンジョンだからってことなのかな?」


 生物の授業が好きだった僕は、地味にこういうところが気になる。時間が出来た時に調べてみるのも良いかも知れない。

 そうこうしている内に少し開けた場所に出た、僕達は部屋には入らず通路に身を隠しながら音を探る。


「何か聞こえる?」

「なにもきこえないのー」


 いつでも通路に逃げられるよう警戒しつつ、部屋へ入っていく。

 部屋サイズは最初の部屋よりだいぶ大きい、たぶん二十畳以上あり他へ続く道はない。

 部屋の中は石とか雑草とかそんなものばかりがあるのだが、一つだけ凄く目立つものが一個一番奥に鎮座していた。

 丸く整えた生垣みたいな、直径一メートルくらいの葉っぱの球体。


「あれ何? スー〇君?」

「みみっく!」

「えぇ……、思ってたんと大分違うんだけど」


 なんとこの球体は、かの有名なミミックさんだった。

 だいぶ知ってるのと形が違うのだが、ピアちゃん曰くミミックは植物モンスターらしい。

 近くに居るものに擬態して育ち、近づいてきたものを捕食する。

 今回、近くに石と土しかなかったので擬態出来ず本来の姿のままなのだろうとのこと。

 近くにあるものを引き寄せる性質があるので、僕の知っているミミックのように宝物を持っていることがあるらしい。

 つまり、良く動く食人植物という事か。


「いくらモンスターと言っても、その場から動けないなら倒し様はあるね。ピアちゃん、石投げて倒すよ!」

「わかったの! えい、えいっ!」


 僕としてはモンスターと言えど無抵抗の者に石を投げるなんてしたくないけど、素材から何か作れるかもしれない。

 運が悪かったと思って諦めてくれ、ごめんね。


 僕がボーリング大の石を投げつけると流石に耐えきれなかったのか、ミミックは簡単に倒せた。

 どうか成仏してほしい。


 倒した瞬間、どこに入っていたのかナイフとかガラス瓶みたいなのがいっぱい出てくる。

 いや、マジでどこに仕舞ってあったんだろう? 土の中?

 水が湧くように溢れ出るアイテムが止まると、残ったのはハエトリソウに似た草だった。

 供養の意味も込めて早速糸に加工してみる。


【ミミックの噛糸】

ミミックの力が宿った糸、空間属性。植物繊維糸で、ミミックの脈動を感じる。全長120m。


 ミ ミ ッ ク さ ん は ま だ 生 き て い た 。


 怖ぇよ、ホラーかっ!?

 植物だけに根に持ってますってか? やかましいわ!!


「さっさと加工してしまおう、何ができるんだろう? 120mもあるし大きなものが作れそうだ」


 120mと言えば2号の毛糸など細い糸が一玉でその長さだが、この糸(?)は10号くらいの太さがある。

 つまり、めっちゃ大きなものが編めるのだ。

 ミミックと言えば、やはり物を入れるイメージ。あれが作れんだろうか?


「神様のレシピ本、オートモード起動」


 今回はオートモードから選択して作る、レシピをポチると先程の毛糸が目の前で高速回転して編まれていく。相変わらず面白い光景だ、癒し動画のような爽快感がある。

 それから糸は現実ではありえない速度で編まれていき、一分程待てば欲しかったものが完成した。


「おーこれこれ! 異世界と言えばこれだよね、欲しかったんだぁ」


【ミミックバッグ】

 ミミックの力と魂が宿ったショルダーバッグ、『無限収納』『整理整頓』『時間停止』の機能が付いている。防犯機能が搭載されており、自立行動できる。ペットにオススメ、時々入れている食べ物が減る。


 凄く便利なのに、なんか要らんものが宿っとる!?

 バッグって書いてあるのに、ペットにお勧めの意味が分からない。

 あと『食べ物が減る』って、絶対食ってんじゃん!?


 完成したバッグは口部分がファスナーになっているが、それがサメの歯並びを彷彿とさせる口(舌付き)になっている。

 端にある引手が『これはファスナーです』と主張しているようだが、どう見てもショルダーバッグ型の謎生物にしか見えない。


「え、僕これを連れて歩くの?」

「キューン、キューン。ハッハッハッ♪」


 ミミックバッグが足にすり寄って甘えていた。

 なんか懐かれてるし……。

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