【Character Story ③】 領主は兎の噂を聞く

「ハーミットクラブが討伐された? 依頼が出たのは二日前だぞ?」

「はい、それも依頼が受注されてから数時間で討伐されたようです。往復だけでも数時間かかる筈なので、何か強力な魔物を使役しているのではと言われているようなのですが・・・」


 報告を受け、驚きを隠せないでいるのはシルクマリア領主、アルバート・スピンドル。

 獅子の鬣のような髪に、顎髭。35歳になるが衰えを見せない、がっしりと体格をしている。


 彼が西の森にハーミットクラブが出現したとの報告を受けたのが四日前。

 冒険者ギルドに依頼をすぐに出し、受注されない可能性も考え指名依頼を出す冒険者を見繕っていたのだが、まさか即日で達成されるとは思わなかったのだ。


 ハーミットクラブはランクこそ低いが、討伐しにくい魔物として有名だった。

 まず、どこに隠れているのかが分からない。

 あの巨体を別空間に仕舞い、岩や倒木などの隙間に隠れている為、見つけるのが困難だ。

 そして何より、その空間から外に追い出すのが難しい。

 剣で叩けど、魔法で焼けど、あの空間はビクともしない。何かでダメージを与えるしかないのだ。

 そして次に、あの巨体から繰り出される攻撃。

 決して早くはないが、あの力で鋏を振り回されたら近付きようがない。

 10人ほどの討伐隊を組み、徐々に追い立てていくのが通常の討伐方法だ。


「中規模の冒険者PTが討伐したのか?」

「いえ、二人組。銀髪の兎人族の姉妹だそうです。それも妹の方は仮登録です」

「そんな馬鹿な・・・」


 アルバートは今でこそ領主に収まっているが、元々は軍閥の出で、ハーミットクラブと対峙したこともある。

 あの時の苦々しい思いもあり、報告に対し余計に驚いている。


 そもそも兎人族が戦っていること自体が驚きなのだ。

 兎人族は獣人の中でも特に弱い。

 熊のように力があるわけでもなく、爪や牙があるわけでもない。

 獣人は魔法の適正も低いうえに、兎人族は兎獣人よりも身体能力も劣る。

 あるのは広範囲を聞き分ける耳と、人より少し強い脚のみ。

 その為、殆どの兎人族は農作業や専門職に就く。


「その報告に間違いは無いのか? 俺も何人もの兎人族を見たことがあるが、とてもじゃないが・・・」

「ですが事実です。あと、姉の方がテイマーのようなのですが、連れているのはミミックでマジックバッグだそうです」

「は? ・・・ミミックは連れて歩ける魔物だったか? いや、そもそもミミックでマジックバッグとはどういう意味だ?」

「私もこの目で見たわけでは無いのですが、話を聞く限り、その言葉通りだそうです」


 ミミックでマジックバッグ、想像は着くが意味が分からない。そんな生き物がいるのか?

 執事長からの報告に、アルバートはただただ困惑していた。

 報告は続く。


「彼女たちは一月前にこの街へ来たそうです。記憶喪失で、森の中を彷徨っていたところをCランク冒険者PT『鋼の旋風』に保護されました」

「ふむ、鋼の旋風と言えばよく指名依頼を出すPTだな、冒険者ギルドの貢献度も高いと聞いている」

「はい、この街でも上位に位置するPTです。彼女等に出会った時も、南の森の調査に出ていた最中だったようです。そこで行動を共にしていた際、オーガの特殊個体に遭遇、姉の方が撃退したそうです」


 いきなり飛躍した報告内容に、アルバートは目元を押さえる。

 何も言わないが、顔は苦い物を嚙んだかのような表情をしていた。


「話は変わるのですが、アルバート様は今街で流れている、ある噂をご存じですか?」

「噂? いや、特に聞いたことはないな」

「街を歩いていると、”幸運の兎”に出会う事があるそうです。出会った人には様々な幸運が訪れるそうで、街にも良い影響が出ています。その兎は常に二羽一緒に居て、銀色の毛並みをしているそうですよ」

「何なんだ、その二人は・・・」

「しかも、獣人達にとって銀の毛並みは神の使いと信じられているそうで、彼女達に祈りを捧げている獣人達の姿が見られています。まぁ、本人がそれを知ってるかは分かりませんが」


(噂が独り歩きをしている可能性もあるが、たった一ヶ月でここまで噂になる人間というのも気になる。聞けばギルドでは手伝い系の依頼ばかりを熟しているらしい、悪い噂がないという事は人柄も悪くないのだろう、一度会ってみるか?)


 貴族の勘が二人に会えと言っている、アルバートは二人に接触する為の方法を考え始めた。


「姉妹に接触できるか? 依頼で出しても良い、理由を適当に作ってくれ」

「可能です。あと、姉妹はまだ子供という事もあり、鋼の旋風のガルド様がエリザベス様の元へ連れて行くと、お話になっていたそうです。エリザベス様はまだ王都から戻られておりませんので、今は宿をとっているようですね」

「そうか、ガルド殿はあの方の孤児院出身か、ならば丁度良い。あの二人に接触させてみよう」

「畏まりました、依頼の方はどうなさいますか?」


 直接会えるのなら依頼は必要ないか。と、アルバートが考え始めたタイミングで、執務室の扉が勢いよく開いた。

 姿を現したのは15歳ほどの少女、だが年不相応に堂々としている。


「私が冒険者ギルドに行くわ、調べたいことも色々あるしね!」

「・・・毎度言うが、扉はもっと静かに開けてくれ。と言うかノックをしてくれ」

「あらぁ、ノックしないと困る事でもあるの? 私に秘密で何をしてるのかしらぁー?」

「礼儀の問題だ、礼儀の」

「硬い事言・わ・な・い・のっ♪ じゃあ行ってくるわねぇ」

「・・・誰か護衛を付けてやってくれ」

「畏まりました」


 執事長は恭しく礼をした後、執務室を後にし少女を追いかけた。

 噂の兎はどのような子なのだろうか、アルバートは新たな出会いに年甲斐もなく心を踊らせるのだった。

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