2‐⑩ なんか名前だけカッコいい

 シルクマリアに来て、まだお手伝い系依頼しか受けていない僕達は、そろそろ他の依頼も受けていこうという話になった。

 と言うよりも、僕達がお手伝い系を集中して受けていったせいで、依頼が残り少ないのだとか。


 一般の人の困りごとが無くなるのは良いことではないのかと思うのだが、お手伝い系依頼は怪我をした冒険者が復帰するまでの小遣い稼ぎだったり、冒険者と市民の親交を深めるなどの目的がある為、一人で集中して受けるのも良くないらしい。


 となると、討伐・採取系となるわけだが、これには『通常』と『常設』の二種類がある。

 通常依頼は達成されると依頼書は剥がされるが、常設依頼は達成しても剥がされず常に掲示されている。

 傾向としては、通常の方が討伐・採取のランクが高く、よく吟味しなければ危険。

 常設依頼は通常依頼のついでに受けていくのが普通だ。

 ちなみに常設は受注の必要がなく、失敗しても違約金が発生しないが、ギルドの貢献度は低い。


「さて、どれを受けようか?」

「猫さん探しするの?」

「猫さんは探さないかなぁ、何か興味をそそられるのがあれば・・・」

「がぅっ!」


 僕達が依頼ボードを見ているとミミちゃんから提案があった。

 棒で指している依頼に興味があるらしい。


「ん~、『ハーミットクラブ』の討伐?」


 なにこれ、何か名前がカッコいい。

 ミミちゃん、男心をよく分っていらっしゃる。


「はーみっとくらぶって何なの?」

「僕も初めて聞くから全く分からないけど、名前だけを聞くなら”隠れる蟹”? 忍者蟹とかかな?」

「おー、忍者。なんだかカッコいいの! ミミちゃんみたいな感じなの?」

「ミミちゃんも隠れてたけど、たぶん違うんじゃないかな。面白そうだし、これにしよう! 見つけてくれてありがとう、ミミちゃん」

「がぅ♪」


 こうして僕等は依頼にあったハーミットクラブを見に、もとい討伐をしに、西にある水源に向かった。


 ◇


 西門を出て二時間ほどの距離にあるそこは、シルクマリアの飲料水に使われるほど大きく清潔な湖である。

 また同時に新鮮な魚類を取ることが出来る数少ない場所でもあり、以上二つの理由でシルクマリアにとって重要な場所であった。

 

「依頼内容によると、そのハーミットクラブって言う凄く大きな蟹が魚を食べちゃうから、収穫量が減るし、漁師も危険っと」

「隠れてるのに大きな蟹さんなの?」

「そこがよく分らないんだよね、大きい蟹としか教えてもらえなかったし、絵も無いんだよね」


 この世界の依頼書には、挿絵が無い。

 その為、魔物や植物の特徴が文字で書かれているのみである。

 

「もし水の中に隠れているようなら、最悪ミミちゃんに一度飲んで貰うか。電気を流すしか・・・」

「でも、水に隠れるって、普通のカニさんなの」

「がぅ」

「そうなんだよねぇ、だから水以外の何かに隠れてるんだと思うんだけどねぇ」


 湖の周辺を見ても変なものは何もない。

 水が綺麗なので、そこそこそ奥まで見通せるものの違和感は無し。

 奥の方は分からないが、見える範囲では倒木数本と大小岩がゴロゴロ。

 地面は土、先程の岩が転がったような跡がある他は、草や花が生えていて荒らされた形跡は無し。


「謎だねぇ、夜行性だから動かないとかあるのかな?」

「うーん、糸も見えないの」


 それから湖を一周したところで景色が変わらないのを確認。

 再び岩のあった場所に戻り、お弁当を食べていた。


 居ないものは仕方ないのだが、それでは依頼失敗となってしまう。

 失敗は気にしていないが、初討伐依頼で失敗は何となく気分的に嫌だ。なんとしても達成したい。


 上の空でご飯を食べていたからだろう、僕はサンドイッチを落としてしまった。


「あ”ーーっ、僕のハムサンドがぁっ⁉」

「おねーちゃん・・・」


 ピアちゃんとミミちゃんが残念なものを見る視線を僕に向ける。

 地面でも三秒ルールは適用されるだろうか? 僕はパンを拾う為に岩を降りた。

 しかし、パンが消えていた。


「あれ? パンが消えたっ、僕のハムサンドはっ⁉」


 目を離したのは、ほんの数秒だ。動物が持って行ったとは考えづらい。

 僕は落した地面を見詰める、すると岩の割れ目から触角のようなものが見えた。


(もしかして......これがハーミットクラブ?)


 岩は一メートルも無いような大きさで、とても大型の蟹が隠れているとは思えない。

 しかし一応確認の為に、ミミちゃんから”臭い石”を一欠片だけ出して貰い、割れ目に投げ込み火を付けた。

 火は臭い石に引火し、小さな打ち上げ花火のような爆発が起きる。


「おねーちゃん、どうしたの?」

「いや、もしかしたらハーミットクラブ見つけたかもしれない。小さいけど」


 爆発から少しの間無反応だったが、突然岩が動き出す。

 地面から少し転がり、僕等の方にひび割れを見せる形で止まった。

 もしあの割れ目に隠れているのだとしたら、大きさは一メートル前後。

 地球最大の蟹のタカアシガニや、タスマニアンキングクラブでも二メートルを超えないので巨大とは言いづらい。


 色々と考察をしている間に、蟹が姿を現した。

 甲殻類毛が生えた丸いフォルムの手足。

 内巻きになった大きな二本の鋏。

 何処か愛嬌と凶悪さを併せ持った、ツヤツヤの丸い目。


 目の前に現れたのは


「デカいなおいっ、あの隙間にどうやって隠れてたのさっ!!」


 ハーミットクラブは隠れてたのを邪魔されて怒っているのか、腕を振り回して攻撃し始めた。

 鋏が地面に当たる度、ハンマーで叩くような音が響く。


「ピアちゃん、鞭より火の方が良い。ミミちゃんと一緒に攻撃して!」

「分かったの!」「がぅ!」


 僕が攻撃してくる手足を蹴り飛ばしてミミちゃんを守り、その間に火で焼いていく。

 大きさと力は大したものだったが、魔物としてはそれほど強くないのか、ハーミットクラブは程なくして討伐できた。


「ハーミットクラブってヤドカリの事だったんだね。まぁ、隠れると言えば隠れるだけど、名前がカッコ良かっただけに残念感が凄い」

「何だかすぐに討伐できたの、よく分からなかったの」

「がぅふっ」


 二人も微妙に不満そうである、登場にインパクトがあっただけに拍子抜け感が凄いのだ。

 だが、このヤドカリとの出会いは、この先の僕達の旅を大きく変えるものだった。


 討伐後、僕がヤドカリに触れると神様のレシピ本が反応した為、糸に作り変えた。

 糸はいつも通り、”ハーミットクラブの力を宿した、空間属性の糸”と書かれているだけだったが、そこから作り出せるものが凄かった。


【ヤドカリテント】

 ハーミットクラブの力が宿ったロッジテント。4LDKの居住空間を作り出す。

『空気清浄』『空間浄化』『破壊不可』『疲労回復』のスキルを持つ。

ヤドカリテント収納時、無機物に限り一緒に収納される。また、キッチン・バス・トイレなどでは魔力で火、水が扱える。許可された人物でなければ立ち入れない、これで外出も安心。


「すげぇーー!! これ、今まで見た中でミミちゃんの次に飛び抜けた性能かも知れないっ!」

「お家が作れるのっ⁉ ヤドカリさん凄すぎるの!」

「これは、依頼を見つけたミミちゃんの大手柄だね! いいこいいこ!」

「ぎゃうぅぅーー♪」


 後でいっぱい甘やかせてあげるとして、とりあえずヤドカリテントを編むことにした。


 ◇


 ただいま内覧会中、外観はアウトドア店で見たような家型のテントだった。

 だがテント内はとんでもないことになっていた、何と内装が日本のマンション風だったのだ。


(リビングは十畳、なのに何故か各部屋は十二畳、どうなってんの⁉)


 意味不明の間取りだった、どうすれば十畳の横に十二畳が四部屋も並ぶのか。


 お風呂はトイレと別で常に清潔、お布団も完備でお日様の香り。蟹の香りとかじゃなくて良かった。

 キッチンもトイレも魔力を使えば水が流れるし、火も出る。


 流石に家具や調理道具はないのでがらんとしているが、そんなものがどうでも良くなる居心地の良さ。

 更に、ここに作った家具を持ち込めば完璧である。


「これは説明以上に凄いねぇ」

「ピア、ここが気に入ったの、凄く気持ち良いの! あ、窓の外はさっきの湖が見えるの!」

「ピアちゃん、一人部屋欲しい?」


 部屋が4つもあるので、欲しいと言われればあげるつもりである。

 一人で寝るのも、一週間ほど涙で枕を濡らせば我慢できない事も無い。


「んー、要らない! ピアはおねーちゃんと一緒に居たいから、一緒のお部屋が良い!」

「ピアちゃん、可愛い! じゃあ一緒のお部屋で、ピアちゃんの好きなように飾りつけしようね! ミミちゃんも、ベットとか欲しかったら言ってね!」


 結局ミミちゃんも個人のベットは要らないと言ったので、部屋は増えども一緒に寝ることにした。


 ひとまずその日はテントの中で過ごすことに決定。

 というか、僕がお風呂に入りた過ぎて仕方がなかったのだ。

 日本人だからなのか、僕の性格なのか、お風呂に入らないと綺麗になった気がしない。

 というワケで、お風呂ビギナーのピアちゃんとミミちゃんにお風呂の気持ち良さを教えてあげることにした。

 ちなみにミミちゃんはお風呂に入っても大丈夫らしい・・・と本人が言っていた。


「ふぅぅぅぅぅぅぅ・・・きもちいぃ・・・」

「きもぃぃのぉ・・・お湯でふくのと、全然ちがうのぉぉ・・・」

「がぁぉぅぅん・・・♪」


 ピアちゃん達は存外お風呂を気に入り、これからは数日に一回テントで過ごすことが決まった。

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