2‐⑨ 幸運の兎の噂
とある昼下がり、僕達は休暇中のクレアさんとスイーツを食べていた。
このお店はパイが絶品と有名なお店で、シナモンパイが僕のお気に入りだ。
「ん~~、おいひぃ! サクサクだねぇ、二人はどれが好き?」
「ピアはシナズミのパイが好きなの、しっとりしてるのにシャクシャクな食感が美味しいの!」
「がぅがぅーー!」
「ふむ、ミミちゃんもシナモンか。両方とも美味しいもんね! それにしてもミミちゃん、念動力が使えるようになって、感情表現が上手になったね」
ミミちゃんは喋れこそしないものの、何となく身振りで言いたいことは分かるうえ、念動力で棒を動かし何かを指すことも出来るようになった。
今まで以上に話せるようになり、僕達とも会話が弾む。
「ほんとに仲がいいね、お姉さんも混ぜてよぉーー」
「良いですよ、どうぞどうぞ。ただし変態は仕舞ってくださいね」
クレアさんは「う”っ」と呻きながら、胸を押さえる。
普通にするというのは、それ程難しい事だろうか?
「あ、そういえばユウちゃん達は知ってる? 最近、街の中で”幸運の兎”に会うと幸せになれるって噂があるんだよ!」
「幸運の兎ですか? 初めて聞きますね。ピアちゃん達聞いたことある?」
「ないの!」
「がぅぅ」
誰かが飼っているアルミラージとかの話だろうか?
しかし、自分達が会ったアルミラージは大型犬ほどのサイズをした兎型の肉食獣だった。
ギザギザの歯が並んだあの表情は可愛らしさの欠片も無い、とても幸運とは結び付かない。
(何かのマークとかだろうか? 兎の絵が描かれた店のロゴ?)
僕は兎のロゴをした遊び人みたいなブランド名を思い出していた。
そういえばあれは何のブランドだったのか。お洒落に興味が無かった僕は、ブランド名を有名か有名じゃないか程度にしか覚えていなかった。
「私も見たことは無いんだけどね、何でも二匹の銀色の兎なんだって。すごく可愛いらしくて、聞いたところによると会った人は告白が上手くいったとか、研究が凄く進んだとか」
会えば幸せを見つけ、物事がうまく進み、病気が治り、失せ物が見つかり、宝くじが当たった等、様々な噂があるらしい。
噂の兎を探そうとあちこちを歩き回る人もいるようなのだが、中々見つからず、邪な心を持つ人間には見えないという噂すらある。
「一応私も目の前にも、二匹の可愛い幸運の兎ちゃんが居るわけなんだけど、同じ兎ちゃんとして何か心当たりはない?」
「無いですねー、そもそも研究のお手伝いなんて出来ませんし、物事がうまく進むなんて知ったこっちゃ無いですから。特に宝くじ辺りは意味不明ですね」
「やっぱりかぁ。まぁお姉さんとしては会えない兎より、会える兎ちゃんの方が何百倍も良いんだけどねー」
「その兎ちゃんが会いたいと思っているかは別ですけれどねぇ」
別に悪い人ではないのだが、油断するとセクハラしてくるのが珠に傷だ。
噂の兎が中々会えないのは、別に逃げ隠れしているわけでは無い。
ただお手伝い依頼の仕事先が、屋内だったり森の中だったりで、出発と報告以外街の中に居ないのが理由らしいのだが、それを僕が知ることは無かった。
◇
それから僕達はクレアさんと別れ、宿に戻て来ていた。
ここ一カ月ほど頑張って働いたお陰で、半年は宿に泊まれるほどのお金が貯まり、ようやく編みぐるみ制作に着手できるようになったのである。
「お手伝いの依頼って意外とお金が貰えるんだよね、何で皆やらないんだろうね?」
「きっとお片付けとか、探し物が苦手だからなの!」
もしかすると、冒険者は魔物と戦うのがお仕事! とか思ってる人が多いのかもしれないなと、僕は一人納得した。
ミミちゃんに出して貰った騎士のあみぐるみは全部で四体。
それぞれ、キジトラの猫・柴犬・シマエナガ・アライグマの姿をしている。
この編みぐるみ達は、生前に妹である紡ちゃんが大好きだった、とある児童小説に登場するキャラクター達。
物語のタイトルは『三獣士~猫騎士ダンタルニャンの冒険~』といい、主人公であるダンタルニャンを描いた作品である。
作中では騎士だった父猫に憧れたダンタルニャンが、自身も騎士になろうとする。
しかしダルタニャンはマンチカンである母猫の血が色濃く出てしまい、騎士には向かない短い手足と小柄な体格に育ってしまう。
それでも、夢を諦めきれないダンタルニャンは旅に出る。
様々な困難が降りかかる中、途中で父猫の仲間であった騎士に出会い、助けを受けながら困難を乗り越えて騎士になっていくというサクセスストーリー。
その作中には猫騎士ダンタルニャンに三匹の仲間が登場する。
それぞれを『鳥騎士アラミス』『熊騎士ポルトス』『犬騎士アトス』という。
三匹のリーダー格、豊富な知識と魔術を駆使し戦う、冷静なる
城門をも持ち上げるほどの怪力を持つ、剛腕の
作中屈指の色男で、全てを癒すと言われた聖魔法の使い手、白翼の
僕が作っていた編みぐるみは、このメインキャラクター四匹。
まだ鎧が出来ていないので、今はただのアニマルである。
ちなみに編みぐるみとは、”編んで作ったぬいぐるみ”なので編みぐるみと言う。
「じゃあダンタルニャンから始めようかな。ピアちゃん、ネコの子頂戴!」
「はいなの! 他の子で遊んでても良いの?」
「良いよー、ただこの子の鎧が出来たら交代してね」
ピアちゃんからダンタルニャンを受け取り、鎧を編んでいく。
今回、神様のレシピ本は使わない。と言うよりも使えないので時間がかかる。
神様のレシピ本のフリーモードは非常に便利なのだが、今回のようにいくつかの部品を組み合わせて作る場合、微調整が必要になるので使えないのだ。
本来編みぐるみは一つ一つ心を込めて作るものなので、僕としてもこういった生活に関係の無い物はできうる限り手で編んであげたいところだ。
物にも心が宿る、心を込めれば愛情になる、愛情が籠れば宝になる。
それが僕の考え方だ、だから僕はこの子達を、時間がかかっても全て手編みすると決めた。
全ての部品が編み上がり、後は縫い合わせるとなったタイミングでピアちゃんが手元を覗き込んでいることに気付く。
「どうしたの? 見てて面白い?」
「面白いの! おねーちゃんの手が凄く早いし、ちょっとづつ形が出来ていくのも面白いの!」
「うん、そうだね。地味な作業なんだけど、こういうのが好きな人は見てるだけで楽しいんだよ。良かったらピアちゃんもやってみる?」
「やってみるの!」
聞いた所、ピアちゃんは手編み初挑戦である。
編み物は何が一番簡単かと聞かれると難しい所だが、恐らく道具が要らず、編み目も大きく見える”指編み”が最も簡単だろう。
僕も指編みに関しては詳しくないので編み方を一種類しか知らないが、動画サイトなどを見たら今では幾つか編み方が考案されているかもしれない。
ピアちゃんが楽しんでいるようなら、新しい編み方を考えてみるのも良いだろう。
ひとまず今はピアちゃんに編み方を教える。
編み方は単純なので、ダンタルニャンの鎧を縫い合わせるついでに横で教えていく。
指編みは直径三センチほどの筒が延々と作られていくので、通常の編み物と違い、完成してからどう使うかを考えるのが楽しい編み物だ。
ピアちゃんはどう使うのか、後で教えて貰うとしよう。
◇
「出来た・・・渾身の作品だ」
鉄の糸を使っている為、キラリと光を反射する鎧。
肉球を模した、可愛くも勇ましい剣。
ダンタルニャンの家紋が入ったバックラー。
自分で言うのも何だが、本当に作品のキャラクターがそのまま出てきたようである。
ピンと立ったお耳がチャームポイント。
この短い手足で、大きな敵を次々と倒していくその姿は、本当に格好良かった。
強きを挫き、弱きを助ける。ダンタルニャンは子供達のヒーローなのだ。
「紡ちゃんに、ちゃんと渡してあげたかったなぁ」
四匹揃えて見せてあげたかった。
異世界に来てしまった今となっては、この子達は目的を失った迷子なのだ。
「ツムギちゃん?」
「うん、この子達はね。僕の妹の紡ちゃんって子に、誕生日プレゼントとして渡してあげる予定だったんだぁ。今じゃもう渡せないんだけどね」
出来上がったダンタルニャンを陽にかざして眺める。
最後に会った妹の笑顔を思い出すが、もう会えないと思うと心が沈む。
「この子達は今、迷子なんだ。だからピアちゃんにあげるよ、この子をお迎えしてあげて」
ダンタルニャンを渡されたピアちゃんは、暫しダンタルニャンを見詰めると、僕に返してきた。
「この子がね、おねーちゃんと一緒に居たいって言ってるの。全然迷子じゃないの、ちゃんと帰ってきたの」
「帰ってきた? そういえば、この子達ってアルテミス様が持ってきてくれたんだよね。しかも家に居たはずの三匹もまとめて」
「そうなの、一匹だと寂しいから全員連れてきてくれたの! だから、余計に怒られてたの」
「マジか、アルテミス様に申し訳ない」
どうやらアルテミス様は、僕にこの子達を送り届けたせいで、余計に日本の神様に怒られてしまったらしい。
目的は不明だが、親切でやってくれたのだろう。心の中で精いっぱいのお礼を言う事にした。
その後、二体目の制作に着手し、その日はアラミスの鎧まで作ることが出来た。
ちなみに作業中、ミミちゃんは暇だったのかすっと寝ていた。
寝る子は育つ・・・事もあるかもしれない。
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