第三章 スラム改革大作戦

3‐① ガルドさんのお母さん

 僕は森の中を縦横無尽に跳び回る。

 幹から幹へ、更に他の幹へと行くと見せつつ地面から上の枝へ。

 その動きは過去にゴミ屋敷で行った三角跳びのような平面的な動きではなく、上下の移動も加えた三次元的なものへと進化していた。


「君も動きが早かったけど、これで避けられないでしょ!」


 残像を残しながら跳び回り、相手を囲う姿は正に”檻”。

 攻めるも引くも出来なくなった敵は隙を見せてしまい、僕に狩られることとなった。


 僕達は今、討伐依頼を受け東の森へ足を運んでいる。

 討伐対象は”シルクブラッドパンサー”という猫科の魔物。赤いのか白いのか分からない名前をしているが、実際見てみたら黄色の毛並みに赤の模様が入っていた。

 ちなみにこの”シルク”は色や毛質の事ではなく、シルクマリアのシルクである。


 この魔物はシルクパンサーと言う魔物の特殊個体。

 シルクマリアの東西南に山脈を挟んで広がる魔物の森は、その特性上特殊個体が発生しやすい。

 以前に出会ったオーガの特殊個体は例外中の例外だが、今回のように月に数体のペースで出現する。


 魔獣と魔物はその発生方法の他外観にも特徴があり、一つは魔獣はギリギリ動物の範疇の姿をしているが、魔物はそれを逸脱している。

 今回で言えばシルクパンサーは名前だけ聞くと狂暴な猫のイメージだが、実際の姿はどこから出てきたのか分からないほど長い爪、八本の脚、虫のような触角をもっている。

 アルミラージで言えば、口を閉じていれば兎だが、開けた瞬間、原型を留めないほどに顔が狂暴化するのだ。


 そしてもう一つ。どちらかと言うとこちらの方が問題で、特殊個体は魔石を食べて強くなる。

 つまり、ただでさえ強い特殊個体が、弱い魔獣や魔物を食べてさらに強くなってしまうのだ。

 その為特殊個体の出現が見られれば、今回のように最優先で討伐隊が組まれる。


「無事討伐完了っと。ピアちゃん、ミミちゃん、そっちの猫は倒せた?」

「うん、トリマキさん達は倒せたの!」

「がぅー!」

「”取り巻き”ね、トリマキって言ったら食べ物みたいだからね」


 彼女達には、僕がボス猫を倒している間に子分猫を倒して貰っていた。

 ピアちゃんの鞭は倒すことには向いていないが、怯ませるのは天下一品である。

 逆に手数の多いミミちゃんは、重量物を落とすなど止めを刺すことに向いている為、二人にはコンビを組ませているのだ。


「よしじゃあ、お風呂入って休憩したら帰ろうか」

「わかったのー」「がぅぅ♪」


 ミミちゃんにヤドカリテントを出して貰い、ひとっぷろ浴びた僕達。

 余裕をこいていたら帰りが遅くなり、他の討伐隊メンバーに心配をされ、しこたま怒られた。

 そして理由を正直に話したら、更に怒られた。解せぬ。


 ◇


 報告も終わり、時間は夕方。

 中途半端な時間に今からの予定を考えていると、通りの向こうにガルドさん達が歩いてくるのを見つけた。


「ガルドさん、お久しぶりですー」

「おぉ、嬢ちゃん達。えれぇ久しぶりだな」

「皆、この間振りー。お姉さんに会えなくて寂しくなかったぁ? すりすりすりすり~~」

「ぎゃあぁぁぁー!! はーなーれーろー・・・ふんっ!!」


 クレアさんに”破城追”を食らわせて黙らせるが、何事も無かったかのように起き上がってきた。

 この人、だんだん人間じゃなくなっている気がする。


 ガルドさん達は僕達をシルクマリアに連れてきてから、また直ぐに森の調査に戻ったので顔を合わせる機会が全く無かった。

 実に一カ月ぶりの再会だ。

 ちなみに、同じく調査に出ている筈のクレアさんとは数回会っているのだが、この違いは何だろう。

 しかも、毎回依頼が終わったタイミングで会うのだが・・・もしや見張られている?

 疑いの目をクレアさんに向けていると、何かを察したのかガルドさんが説明してくれた。


「クレアはな、お前ぇさんに変な奴が付かねぇか一応見て貰ってたんだ。ほら街に連れてきた日に、ウチの母ちゃんの所連れて行くって言ったままだったろ?」

「あぁ、そういえば!」

「すぐに連れて行ってやりたかったんだが、運悪く母ちゃんが街の外に出ててな。最近になってようやく帰ってきたんだ」

「なるほどー、てっきりストーカーされてるのかと」

「それは否定できねぇ」

「何でだよ」


 結局クレアさんの疑いは少しも晴れなかったが、「まぁ、クレアだし」で話が終わる。

 被害に会う身としては終わらせないで欲しかったが、話が進まないので従う事にした。


「今日ここに来たのも、嬢ちゃん達が居るかってぇ思ってな。折角なんで、今から行かねぇか?」

「予定もないので僕は良いですよ、二人は大丈夫?」

「大丈夫なのー」「がうぅっ!」


 こうして僕達はガルドさんのお母さんに会う事になった。

 以前少し聞いたことがあるが、ガルドさんとクレアさんは孤児で、お母さんと言うのは孤児院の院長さんの事らしい。

 院長さんに会う事にどんな意味があるのかよく分らないが、ガルドさんの勧めなので良い事なのは確かだろう。

 ピアちゃんも率先して進んでいるので、変な所ではないのは間違いない。


 孤児院は市民街の一番奥で、スラム街の少し手前の位置にあった。

 木造の建物で校舎のようなデザイン、庭は手入れされ花が植えられている。


「綺麗な建物ですね、新築と言うわけでは無いんですよね?」

「あぁ、俺等が居た頃から変わってねぇから30年以上は使ってるぜ」

「30年も・・・確かに古臭さはないけど、趣はありますんもんね」


 外壁の塗り直しなどはされていないが、朽ちているわけでもない。

 しっかり掃除と手入れがされている証拠だ。

 窓を見れば、建物の中では子供達が元気よく走っている。

 顔には陰りが無い、その様子を見て僕は心から安堵した。


 何故なら、ファンタジー小説の孤児院はだいたいが不幸に見舞われている。

 ご飯が無かったり、お金が無かったり、最悪な場合人身売買や売春の温床になっていることもある。

 そしてそれを救うのが物語の主人公の役目。

 それと同じことが起きないか、内心不安だったのだ。


(まぁガルドさん達が育った場所だって言うんだから、あまり心配はしてなかったけど・・・それでも安心した!)


 平和、これに勝るものなしなのである。

 ピアちゃんも、ここを信用してか既に建物に入っていった。


 建物は綺麗で、子供達も笑顔、嫌な糸も見えない。

 不安が無くなり意気揚々と、入り口に向かう僕。

 その時、視界の端を変な物が掠めた。


(うん? 一瞬何か見覚えのあるシルエットが・・・)


 どこか見覚えのある物、しかしここにあるのが絶対可怪しい物。

 見えたのは建物の裏側。

 ちょっとルートを変更して裏手を覗き込むとそこには──ベンチプレスがあった。


 いやベンチプレスだけじゃない、チンニングマシンやダンベルセットにケルトベル、CMで見たトレーニングジムの器具によく似たものが揃っている。


 こ こ は 何 だ ろ う ?

 僕が絶句していると、子供達が知らぬ間に寄ってきて僕の袖を引いていた。


「おねーちゃん、ここ、勝手に来たらママに怒られるんだよぉ」

「お母さんに叱られちゃうから、来たらダメなんだー」

「ママがね、大人のおもちゃだって言ってた!」


 いや、大人のというか、筋肉のおもちゃじゃないかなー?


「あー、嬢ちゃん。ここは母ちゃんのプライベートスペースだから遠慮してくれるか」


 って院長さんの私物かいっ!

 ベンチプレスがあるんだがっ!? 150㎏のプレートが付いてるんだがっ⁉

 

 何だか院長さんに会いたくなくなってきた。

 会えば僕の中の、院長さんイメージを破壊されそうな気がしてくる。

 いや、もしかすると、ファンタジーにありがちな細身怪力シスターの可能性もある、なくはない、そうであって欲しい。


 一抹の不安をもって、再び玄関扉に向かう僕。

 ドアノブを掴み、「いざっ!」と扉を開け中に入ると目の前の”壁”に行く手を阻まれた。


「いだっ⁉ 何で入り口に壁がっ⁉」


 勢い余って、鼻から衝突。

 痛みで少し涙目で見上げると、それは壁ではなく・・・・・・。


「あぁぁん?? 何か当たったねぇ」


 そこに居たのは──二メートルを超える筋骨隆々な『シスター』だった。


 ◇


 壁、もしくは巨石としか形容出来なかった。

 2mを超える身長に、僕のウェスト程もある腕、そして筋肉でピチピチのシスターらしき服。

 いわのような顔に、右目の辺りを縦に走る傷跡。


 僕は何とエンカウントしてしまったのだろう・・・。


「随分と綺麗な子が来たね、新しく入る子かい?」

「ラ、ラ〇ウ・・・」


(やばい放心している場合じゃない、ピアちゃんを回収して早く逃げないと!!)


「ちげぇよ、かあちゃん。こないだ話したろ? その嬢ちゃん達がユウとピアだ」

「え、お母さんっ⁉」

「あぁ、この子等がそうなのかい。てっきり貴族の子かと思ったよ」

「子供を怖がらせるなって、いつも言ってるだろう?」

「あたしゃ普通にしているだけだよ」


 筋肉シスターさんは、解せぬといった表情でガルドさんに返答した後、こちらを向いて話掛けてきた。


「挨拶が遅くなったね。あたしはエリザベス、あそこの失礼な男の義母で、ここ孤児院のシスターで院長ボスさ」

「なんか変な副音声聞こえましたけどっ⁉」


(ここ大丈夫⁉ マフィアのアジトだったりしない⁉ 怖えーーよっ!!)


「は、初めまして、僕はユウ・・・です。妹のピアが先に、お邪魔している筈、なの、ですが・・・」

「あぁ、この子かい?」


 彼女が指差した、自身の頭の上には満足気にしがみついているピアちゃんが居た。


(何やってんのっ⁉)

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