1‐③ 発動『神様のレシピ本』

 ようやく異世界っぽいイベントが起きたのは良いけど、僕の能力が『糸を作るスキル』だという事が分かっただけだった。


「深緑色の糸というか紐かぁ、これで何をしろと?」

「あやとりができるの!」


 ピアちゃん、綾取り知ってるんだね。

 触った感じはアクリルやウールとは違って荒縄っぽい感触、丈夫そうだが衣類には向かない。

 草履とか作るのには向いていそうである。

 というか、この紐が本当にただの紐だったら冗談抜きであや取りの紐にしか使えない。

 僕が扱いに困っていると、紐の上に先程とは別のウィンドウが開いた。


【千年樹の蔦紐】

千年樹の生命エネルギーを宿した紐、千切れても再生する。


 どうやら普通の紐ではないらしい。

 再生するのかぁ、凄い紐だとは思うけど現状を打破する役に立ってくれない。


「まぁ、でも何かの役に立つかもしれないし何本か作っておこうか」

「ピアもひっぱるのー」


 二人で手分けして蔦を回収していく、ピアちゃんは体重が軽くて千切ったりは出来なかったけど一生懸命頑張ってくれた。

 蔦を八本ほど紐に変えた頃、ウィンドウに別の表示が立ち上がった。


《素材を必要数入手しました。『神様のレシピ本』を起動します》

「何かまたよく分からない機能が働いたぞ」

「かみさまなの?」

《現在『編む』以外の機能が制限されています。作成モードを選択してください》


 スキルの詳細がよく分からないが、操作した感じはゲームの装備作成ウィンドウに似ている。

 作成モードは二種類あって、レシピから選んで作る『オートモード』。自分で編み図を書いて作る『フリーモード』だ。

 オートモードのレシピを選択すると必要な材料の数が表示される、まるでモ〇ハンみたいだな。

 今回、千年樹の蔦紐を八本手に入れたので神様のレシピ本とかいうスキルが反応したらしい。


「この紐から鞭が作れるみたい。鞭かぁ、使えるかなぁ……」

「むちってなんなの?」


 説明し辛いっ、とりあえず紐みたいな武器だよって説明しておいた。


「とりあえず武器があるに越したことはないよね」

「よくわからないの! でも、いるならつくるのー」


 作ってみない事には何も分からない、という事でレシピ本から『千年樹の蔦鞭』を選択して作成した。

 作成を開始すると、持っていた紐がウィンドウの前に浮かび、高速で編まれていく。


「何これ、めっちゃ便利じゃん。このスキル、死ぬ前に欲しかった」

「ひもが、かってにうごいてるの。よくわからないけど、おもしろいの!」


 シュルルルーと音を立てながら鞭が編まれていった。ピアちゃんの言う通り、見ていてかなり面白い。

 五分もすれば編み終えて、なんと1.5m程の鞭が完成していた。

 僕も編み物をするので分かるのだが、これは無茶苦茶早い。

 本来なら三時間以上はかかる作業だ、それがたったの一分……。マジで生前に欲しかった能力だ。


「これ、紡ちゃんが見たらテンション上がるだろうなぁ。是非見せてあげたかった」


 僅かな郷愁の念に駆られつつ、完成した鞭を振るってみると空気を切り裂く気持ちのいい音がした。

 本来鞭を編む際には、中に芯を入れて編んでいく。じゃないと、振るうことは出来るがしなしなの鞭になってしまうし、射程距離が短くなるからだ。

 目の前で編まれた鞭は明らかに糸だけで編まれたように見えるのだが、不思議と芯の入っている感覚があった。


【千年樹の蔦鞭】

千年樹の生命力を内包した鞭、破損しても再生する。使用者に鞭の適正が付与される。


「ふむ、つまり再生する以外は普通の鞭ってことだな。適性が付与されるから、僕は普通に使えてるのか」

「ぉー、びゅんびゅんなの! おねーちゃん、おねーちゃん、ピアもふりたいの!」

「あいよー、気を付けてね」


 幼女に鞭を渡す男。絵面が犯罪だな、女の子になってて良かった……良かったのか?


 ピアちゃんは出来上がった鞭を楽しそうに振るっている、しっかり扱えている様子を見るに武器使用の経験や慣れみたいなものが一時的にインストールされるのが『適正の付与』というものらしい。

 スキル確認の為周辺にある木の枝を拾ってみたが、木刀に変化することは無かった。

 このことから、僕のスキルは『手芸に限定されたクラフト能力』だと推測される。

 手芸で良かった、他のクラフトスキルだったら経験も無いからお手上げだったよ。

 でもこれ、街に行けば役立ちそうだが、サバイバルには向かなさそうな能力だ。


「紡ちゃん、お兄ちゃんは異世界でも編み物師ニッターらしいです」


 スキルがあったのは良いが、目の前の問題が何も解決されていなくて悲しくなる僕だった。


 ◇


 あれから更に三十分、やはり木以外に見えるものは無く歩き続けていた。

 正直なところ、今歩いている方向も合っているのか怪しい。

 サバイバル知識の無い僕は、生前漫画から得た知識に頼るしかなかった。それによると、水源に向かうには谷を見つけること、移動前に高い所へ上って周囲を確認する事、らしい。

 周囲の状況は木に登って確認した。あまり背の高くない木だったが、山の位置だけは確認できたのでその谷間を目指している。


「水さえあれば、一先ず二日くらいは生きられる。ピアちゃんの為に頑張らないと」


 この子はまだ子供だ、早く何か食べさせてあげないと栄養失調で死んでしまう。

 そんなピアちゃんは、今僕がおんぶしている。

 健脚な彼女でも歩き詰めでダウンしてしまったのだ。

 ピアちゃんは僕より頭一個半くらい小さいが、それでもおんぶは中々にキツイ。男ボディでなくなったことが悔やまれた。


 だいぶ山が近づいてきた頃、背中のピアちゃんが反応した。


「おねーちゃん、わるい『いと』がみえるの! うえのほうなの!」

「え、上?」


 糸の意味が分からないが、ピアちゃんに言われて上を向くと枝から水のようなものが垂れていた。


「何だろうアレ、樹液?」

「すらいむっ!」

「え、スライム? あれがスライム……って、デカッ!? 一メートルくらいあるんだけど!!」


 生まれて初めて遭遇したモンスターは、ファンタジーの定番『スライム』だった。

 ピアちゃん曰く、強くは無いけど上から顔に張り付いて窒息させて来るらしい。何それ超怖いじゃん。


「物語によりけり解釈はあれど弱点はすべて共通、核を狙い!」

「かく、あののびてるところ!」


 ピアちゃんが指さす核はビー玉サイズの半透明な球体だった。よく見えるね、めっちゃ目良いじゃん。

 僕はピアちゃんに促され、伸びている中央部分にある核に向かって鞭を振るう。

 出来るか少し心配だったが、適正のお陰で僕の振るった鞭は空気を切り裂きながら核を的確に打ち抜いた。


「適正効果様々だね、ピアちゃん教えてくれてありがとう」

「むふー♪」


 ピアちゃんが凄くドヤ顔だ、可愛い。

 核を打ち抜かれたスライムは、ゼリー部分が消えることなく残っている。

 スライムとはどんなものか確認するために近づくと、またもやスキルが起動した。


《ブルースライムボディを入手しました。糸を生成しますか? YES / NO》

「え、これも糸にできるのっ!?」

「すらいむ……いと?」


 なんか寒天みたいな糸になりそうだな、というか明らかに繊維が無さそうな物も糸にできるらしい。

 凄い。凄いんだけど、チートの方向性が可怪しい。その凄さを便利さとか強さに振ってほしかった。


「とりあえず何が出来るか見てみよう。YESっと」


 僕がポチると八号の毛糸サイズの糸が出来た、ひんやりしていて手触りが良い。

 糸に出来たことは驚いたが、今回それを上回る嬉しいものが手に入った。


【スライムゼリー】

スライムの成分を抜き取った、純粋なゼラチン。ほど良く塩分と糖分が含まれる、食用。


 これは先程糸を作った後、糸玉と共に出てきた物だ。

 どうやらこのスキル、糸を作ったら使わなかった素材はお釣りとしてでてくるらしい。

 だがそんな事より、注目したいのはこれが『食用』である事。

 ピアちゃんに食べさせても大丈夫なのか、確認の為に少し口に含む。


「うーん、食感に違和感はない。というか、スポドリのゼリーだねこれ」

「たべれるの? こおりみたい、きれいなの!」

「うん、一先ず大丈夫みたい。ピアちゃん、こんな物でごめんだけど、取り敢えず食べよう」


 恐る恐る口にしたピアちゃんは、味が気に入ったらしく勢いよく食べ始めた。


「おねーちゃん、たべよ?」

「お姉ちゃんはまだお腹空いてないから、ピアちゃんがお腹いっぱい食べて良いよ」


 その場しのぎとはいえ食べ物が手に入った事に安心して、僕はピアちゃんを撫でた。

 此処から先スライムを見つけたら倒していこう。あー、袋が欲しいな。


 ピアちゃんが食べている間に、先程出来上がったスライム糸を確認してみる。

 ぶにぶにしていてスベスベ、半透明でほんのり湿り気と冷たさを感じる。

 例えるなら、極太の柔らかい釣り糸の様だ。


【スライムの潤糸】

スライムの力が宿った糸、付着した不純物を分解する。常に潤っていて冷たい、夏場に最適。全長100m。


 何だよ、最後の一文。誰のオススメなんだよ。

 しかし、今回のもまた衣類には向かないなぁ。涼しいのは良いけど、常に潤ってたら風邪ひく。

 でも手触りは良いんだよね......あ、そうだ!


「神様のレシピ本、フリーモード起動」


 試しに声を出してみると目の前にウィンドウが開いた。やっぱり声でも反応するみたいだ。


《フリーモード起動しました、編み図を作成して下さい》

「此処から此処までがくさりあみで、此処からはこまあみにしていって......」


 僕は慣れた手つきで編み図を書いていく。

 糸の長さが100mしかないので然程大きな物は作れないが、まぁあると便利だろう。

 作成を選択すると、鞭の時と同じ様に編み図に従いあっという間に『タオルもどき』が編み上がった。


【ひんやりスライムタオル(中)】

スライムの潤糸で作られたタオル、常に冷たくて清潔。常に潤っているので、体を拭くのにも便利。夏場にオススメ。80✕20サイズ。


 だから、誰のオススメなんだよ。まぁ良いか。


「地球じゃ絶対にあり得ない商品だね、でもすごく便利だ。これでピアちゃんの口とか手を拭いてあげよう」


 その後僕達はタオルで首元や手足なんかも一緒に拭き、ややスッキリとした気分で探索を再開する事が出来たのだった。

 だが、目の前の問題は全く何も解決出来ていない、どうしよう......。

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