4‐⑮ 猫と権能と救出作戦

「あの子の元に救いを届けて、『カンダタの糸』!」


 手の中にあった銀糸の束はふわりと浮かび上がるとぱらぱらと解けていき、先端がスクナに向かって伸び身体の中へと潜っていった。

 その糸は細く存在が希薄で一メートルも離れれば最早視認することは不可能、恐らくスクナも糸に気付く事は無いだろう。


「凄まじい隠密性能だ、これなら安心だね」


 糸の方はこれで大丈夫だろう。でもあの子が捕まっている場所が分からないと、糸の伸ばすことが出来ない。

 本来ならこのまま手詰まりだろう、だが僕には可愛くて、頼りになって、すごく可愛くて可愛くて仕方無い味方が居る!


「ピアちゃん、『手繰って』!」

「任せるのっ! ──糸の権能『糸繰り』」


 真の神だけが持つ、己の象徴から派生する能力。それが『権能』。

 ピアちゃんが象徴するものは『糸』、その権能が起こす御業は『糸に纏わる能力の発現』だ。

 つまりピアちゃんは自身が糸と認識したものであれば、物体だろうと概念だろうと手繰り、結び、切り、紡ぐ事が出来る。

 そして今ピアちゃんは、捕まっているあの子の運命の糸を『手繰り寄せ』僕達に『結び付けた』。つまりあの子の運命を操作したのだ。

 カンダタの糸は、その運命の糸を辿りながらあの子の元へ進んでいる。


 ──まだだ、もっと奥にいる。

 僕は城の襖を一つづつ開きながら進むように、スクナの深層へと糸を進めていった。


「──居たっ!! 見付けたよっ」


 糸から伝わるあの子の様子、どうやら糸の存在に気付いたようだ。

 僕は少しでも苦しみを和らげてあげようと語り掛ける。


「もう大丈夫、安心して。これからは僕が一生守ってあげる──今までよく頑張ったね」

『・・・マーマ? マーマッ! でたい、ここからでたいっ! まーまぁぁぁっ、うえぇぇぇん!!』

「大丈夫っ、絶対に出してあげる! だからしっかり糸に掴まっててっ!」

『うんっ!』


 糸から伝われてくるあの子の様子は酷いものだった。

 体中を呪で縛り無理矢理唄わせ、強制的に力を奪い、抵抗すれば呪が肉に食い込む。彼女が居たのはそんな場所だった。

 それでも抵抗したのか、手足には夥しい傷と乾いては濡れるを繰り返した血の跡。涙で目は腫れ、今も尚涙を流し続けていた。


「あいつ等、絶対に許さないっ!」

『──っ、────っ!!』

「・・・ん? あれ? 今何か聞こえなかった?」

「何も聞こえなかったの」


 僕の空耳か? 違う声が聞こえたような気もするんだけど。

 気になったが今はあの子を出してあげるほうが先決、僕は彼女がしっかり掴んだことを確認すると全力で引っ張り上げた。


「引っ張るよっ! おー、えすっ!」

「うぬぬぬーー。おーえす、なのっ!」


 僕達二人は権能の力も加えて、徐々に彼女を引っ張り上げていった。


 ◇


 一陣の風となり戦場を駆ける。全ては我が至高の女神にして、愛しき主君の願いを叶える為。


 吾輩が朧げに意識を持ち始めたのは主君がまだ男性であらせられた頃。

 主君の妹君はお体が弱く、時折寝所より体を起こすことも出来ない事があったのであります。そんな妹君の御心を慰めるべく作られたのが吾輩、ダンタルニャンであります。


 主君は、それはそれは愛情と心を込めて吾輩を作って下さいました。吾輩が僅かにでも意識を持つことが出来たのも、それが理由でありましょう。

 しかし、吾輩達は完成して戴けること無く──主君はお隠れ召されたのであります。

 故に再びお会いできた時は、万感の思いに瞳のボタン目が涙で溢れそうだったのであります。


 もう離れたくない、ずっと一緒に居たい。再び主君に──姫にお会いできたその時には、二度と離れることが無いよう側に控え、お守りし、お役に立とう。吾輩達はそう誓い、その時をずっと待っていたのであります。

 そしてそれが今、ようやく叶った。これ程嬉しい事がありましょうかっ!


「此度の初陣、必ずや吾輩達が姫に勝利の花を捧げるのでありますっ!」

「おう、絶対に姫さんを喜ばせようぜ!」


 互いの拳を打ち合わせ、吾輩達は二手に分かれた。

 吾輩はエリザベスいう御婦人の元へ駆けつけたのでありますが、悪鬼の振るう手が邪魔で話せる状態では無かったのであります。

 故にまず敵を引き剥がすことから始めたのであります。


「御婦人に手をあげるとは、神の風上にも置けぬ下郎でありますっ! 『ソード・パリィ』!! ──ポルトスッ、そちらへ行ったのでありますっ!」

「任せろっ! 『シールド・スマッシュ』!!」


 流石の巨体も、バランスを崩した状態でポルトスの剛腕を受け止め切れなかったらしく膝をついた様子でしたが、すぐさま動き出そうと悪鬼は立ち上がる姿勢を見せたのであります。

 これでは話す暇もない、そう感想を漏らしたタイミングで太い植物の根が悪鬼の手足を雁字搦めに縛り付けたのであります。


「縛術『大樹の縛』! ダンタルニャン今のうちに伝言をっ、長くは持たぬ故疾く頼むので御座る」

「アトスッ、感謝でありますっ!」


 常に冷静さを忘れないアトスは、いつも頼りになるのであります。

 吾輩はエリザベス殿に振り返り、姫からの伝言をお伝えしたのであります。


「あなた達は一体誰なんだい、ケットシーかい?」

「吾輩はダンタルニャン、姫にお使えする近衛騎士ダンタルニャンでありますっ! 姫は今悪鬼の中に囚われている少女を救出中であります。吾輩達はそれが終わるまで奴の足止めであります、どうか御協力をっ!」

「何かよく分からないが、あの鳥の所まで行けば良いんだね?」

「左様であります! あの者はアラミス、回復術のスペシャリストであります!」


 アラミスの方を向けば、ドラニクス殿が先に合流されたらしく治療を受けておられました。

 短いやり取りでエリザベス殿も全てを理解されたようで、凄まじい速度でアラミスの元まで駆けていかれたのであります。


「ぬっ! 縛りが破られるぞダンタルニャン、気をつけよっ!!」


 この悪鬼は内包する力の割にあまり強くない。強くはないが、それでもこの巨体から繰り出される攻撃は手を振るわれるだけでも災害と同義。大きいということは、ただそれだけでも強いという事なのであります。


「皆っ、姫が無事救助を終えられるまで、守り切るのであります!」


 ◇


 少しづつ持ち上がっていく少女の体。体重以上に感じるこの重さは、恐らく彼女を縛る呪の強さなのだろう。

 スクナも大切なエネルギー源を奪われまいと、粘糸を次々と伸ばしては少女に絡みついていく。

 想像以上に相手の引っ張る力が強い、持ち上がっていた彼女の体が再び持っていかれそうになる。


 彼女を縛り、苦しめた呪の糸。魂だけになったとはいえ精霊を捕らえ続けた糸だ、生半可なものでは無いのだろう──本来ならば。

 例え実際がどうであろうと『糸の形をとった』、その時点で勝敗は決しているのだ。


「邪魔な糸は切っちゃうのっ、『縁切り』なのっ!」


 糸である以上、ピアちゃんの権能からは逃れられない。

 捕らえようと伸ばされた粘糸は呆気なく切り払われ、囚われていた少女は徐々に表層へと登っていく。

 スクナも、スライムの脳で状況を理解できるのか怪しいが流石に焦りを見せ、僕達を直接攻撃しようと機敏に動き出す。

 近づいてくるスクナ。だがそうはさせまいとエリザベスさんにギルマスさん、そしてアニマル’sが動きを制する。


「不敬なっ、姫に近付くなでありますっ!!」

「お姫様に近う寄ろうなど、無礼千万。身の程を弁えろっ! 障壁『金色の襖』」

「うらぁっ!! ──ちっ、大して効きやしない。こんなことなら、剣を本部に置いてくるんじゃなかったね」

「俺も体の鈍りを痛感しておるところです。──破っ!!」


 皆頑張ってくれている、僕達はその努力を無駄にしない為にも歯を食いしばって糸を引っ張った。


「ぐぬぬぬぬぅぅぅぅーー!!」

「うぅぅぅーーんっ! おーえすっなのぉぉぉーー!」


 もう少し、もう少しで外に出してあげられるっ。僕は渾身の力で引っ張った──そして、遂に。


 今迄の抵抗からは想像も出来ないほど、気の抜ける音と共にスクナの中から出てきた彼女は涙を溢れさせ、僕の胸に飛び込んできた。


『マーマ! やっと、あえた!』

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