5-⑩ 兎のお耳は地獄耳

 僕の隣争奪戦という、よく分からない騒動を経て遅めの昼食は終了。

 これだけ騒いだわけだし、さぞかしアルバートさん達はお怒りかと思いきや特に苦言を呈することも無く、楽しそうに食事を終えていた。


「そういえばマルセナさんも、使用人と一緒に食べてて全く文句言わなかったな。この世界の貴族は一緒でも気にしない質なのかな?」


 もしくはスピンドル家が特殊なのかもしれない。

 いや、絶対そうだろうな。流石スピンドル家・・・最早全てを受け入れる姿勢である。

 まったく、一体誰の影響かなぁー?


 ◇


 午後の移動の為、騎士達は食べ終わった者から順次出立の準備を始めた。

 たった二十人とはいえ「食べ終わりました、はい出発!」とはいかない。準備には30分以上かかる為、僕は夕飯用にスペアリブのコンフィを仕込んで待った。


 ちなみに旅をする際、一番危険なタイミングはいつか知っているだろうか? それは、「最初の食事が終わった後」だ。

 食後の授業を想像して貰えれば分かり易いが、食後というのは様々な理由から気が抜けやすく緊張が緩みやすい。それに加え出発直後はどんな危険が起こるか分からない為、護衛は特に身構えている為疲労が蓄積している。

 その二つが同時に襲い掛かってくるのだ、僕なら仁王立ちしたまま居眠り出来る自信がある。


 勿論状況にもよるし、移動の仕方によっても変わるだろう。

 だがいずれにしても、屈強なベテラン騎士であっても気が緩んでしまうのは生理現象なので仕方のない事なのだ。

 というわけで、僕が頑張るべきは午後。その為に午前中は馬車の屋根の上でゆったりと過ごしていたわけだ。

 決してピアちゃん達とイチャイチャしたかったから休んでいたわけじゃないよ? ・・・いやマジで。


 というわけで、僕は僕にしか出来ないお仕事を実行中。

 僕にしか出来ないお仕事それは、にあった。




 森を進めば・・・。


「クレアさん右斜め300メートル先、ウルフ3」

「えっ? 300メートルッ!? わ、分かった! ──えっ、ホントにいたっ!」


 ──ビュッ、ストトトッ!!




 山の麓を通れば・・・。


「ガルドさん前方200メートル先に洞穴、外にゴブリン2。山の中腹に5、洞窟内にたぶん15、潰しましょう」

「お、おう。・・・はっ? 洞窟? 200メートル?」


 ──ゲギャアァァァァッ⁉




 そして森を抜ける所までくると・・・。


「騎士の皆さん、人が来ます。会話からみて盗賊でしょう。100m程離れて前に10、左右後ろに5づつ」

「えっ、会話って何ですかっ⁉ それに何故人数が『早くっ!』りょ、了解しましたっ!!」


 ──何だこいつ等っ、何故バレたっ⁉

 ──大丈夫だ、まだ後ろにも・・・えっ、そっちもバレてる?

 ──畜生、迎え撃てーーっ!!




 「いやぁ、絶景かな絶景かな! ・・・まぁ、遠すぎて何も見えないけど」


 声や物音を聞く限り、盗賊たちは上手く退治できたようだ。ちなみに背後の左右合計十人はアニマル’sが退治してくれた。


 さて、僕が屋根の上で何をしていたかというと、「音」を聞いていたのだ。

 僕のウサミミは伊達じゃない。数百メートル先の呼吸音、足音、会話内容を聞き分け、場合によっては鑑定も駆使して指示を飛ばす。

 僕が予め情報を伝えておくことで、騎士やガルドさん達は万全の状態で迎え撃つ、もしくは裏をかいてより安全に倒すことが出来るのだ。


「いやー、嬢ちゃんが居たら罠も奇襲も通じねぇな!」

「相手が哀れに思えてきますね」

「可愛くて強いは最強だよねー!」

「流石は姫様で御座いますな!」


 安全に護衛が出来ると、みんなからお礼を言われた。

 僕としても、これで誰も怪我しなくなるならやってよかったなと思う。




 ──ただ気になる事が一つ。




「ねぇ、ガルドさん。護衛中ってこんなにも襲撃があるもんなの? ゴブの巣は別としても、初日なのに五回も襲われてるよね?」

「みんな来るから忙しいの! お姉ちゃんに甘えられないから、いい加減にしてほしいのっ!」


 あまりにも頻繁に襲ってくるものだから、ピアちゃんもご立腹である。


 だが確かに多すぎる。

 シルクマリアを出てから9時間ほどが経過したが、その間に5回も襲われた。だいたい1〜2時間毎に襲われている計算だ。

 もしこれが毎回の事なのだとしたら、この世界の貴族は相当にタフである。


「それは俺も思っていた。幸い嬢ちゃんのお陰で馬車も止めずに進めちゃーいるが、普通なら一日一回でも多い方だ」

「・・・アルバートさんに相談しましょうか」

「だな、まぁ答えなんて二つの内どっちかだろうよ。悪い方じゃ無きゃ良いがな」


 僕達はその足でアルバートさんが居る貴族馬車へ向かう、馬車の中で彼は書類仕事をしていた。


 マルセナさんや子供達は、アニマル’sの乗っている馬車で遊んでいるらしい。

 ・・・貴族が何やってんの?


「・・・アルバートさん、それ馬車酔いしないの?」

「ん? ユウか。馬車酔いしないよう、マルセナの魔法をかけて貰っているから大丈夫だぞ。それよりどうした、問題か?」

「魔法使うくらいならしなきゃいいのに・・・問題と言えば問題かな。ちょっと気になることがあって」


 僕達はシルクマリアを出発してから魔物や魔獣の群れに4回、盗賊に一回襲われている。

 気になったのは、襲撃回数が多い事。襲ってきた群れの内、3回は魔物と魔獣の混成した群れだったこと。襲って来た盗賊達の武器や装備が妙に綺麗だった事。

 この事から考えられるの原因は二つ。


「・・・異変と嫌がらせか」

「やっぱりそうですよねぇ~」


 異変は文字通りこの辺り一帯に可怪しなことが起きていて、魔獣達が移動しているという事。

 そして嫌がらせは、アルバートさんのことが嫌いな他の貴族が盗賊をけしかけたという事だ。


「どっちも厄介だが、異変の方は規模次第じゃ今の人数だと無理じゃねぇか?」

「そっちは詳しく調べるか、本格的に起こらないとどうしようもないですよね。どちらにしても旅の一行がやる様な事じゃないです」


 僕とガルドさんが初めて会った時の様に、組織や国が総出で行う類のものだ。それにそんな時間も無い。


「嫌がらせの方は、これで終わりですかね?」

「いや、分からん。だが貴族の嫌がらせは粘着質だからな、まだあると考えた方が良いだろう」

「えっ、人が死ぬかも知れないんですよ?」


 それって嫌がらせじゃなくて人殺しじゃ無いの?


「あぁ、人が死ぬことだってあるだろう。だが犯人は指示するだけで襲うのは盗賊だ。だから『嫌がらせ』なんだ」


 自分が手を下すわけじゃないから、人を殺している自覚が無いのだろう。もしくは人が死ぬことを軽く考えている。


「ふーん・・・そんな人が居るのか・・・」


 そうかそうか・・・そういう事しちゃうんだ?


「お、おい。嬢ちゃん、何考えてんだ?」

「ユ、ユウ。顔が怖いぞ・・・変なことはするなよ?」

「こんな可愛い顔に、怖いとか失礼ですね! 僕は何もしませんよっ!」


 この顔はピアちゃんのお顔ぞ、怖いわけ無いでしょ!


 勿論僕が直接何かするわけじゃ無い、

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