第一章 異世界転生は突然に
1‐① 拝啓、紡ちゃんへの手紙
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to. マイシスター・紡ちゃん
拝啓、マンゴラドラの葉が美しく映える頃となりましたが、元気にお過ごしでしょうか。
いきなり兄ちゃんが死んじゃって、寂しい思いをしていないでしょうか。
寂しくないなら、それはそれで兄ちゃんが寂しいのです。
紡ちゃんにはお話したい事が沢山あります。
兄ちゃん実は今、異世界に来ています。
目を覚ましたら森の中に居て、しかも荷物も何も持って無いもんだから流石に死んじゃうかなって思ったりもしたけれど、兄ちゃんは意外としぶといみたいで何とか生きています。
あと、兄ちゃんは姉ちゃんになりました。
全く意味が分からないと思います、兄ちゃんにも意味が分かりません。
でもとりあえず、兄ちゃんは姉ちゃんになりました。
色々困ったことは多いけど、紡ちゃんとウィンドウショッピング出来るようになるし良いか思って、納得することにしました。
それと、こちらに来て新しく妹も出来ました。
ピアちゃんと言いまして、白銀の髪をした紡ちゃんと同い年に見える子です。
紡ちゃんのことを話したら、すごく会いたいと言っています。良い子なので友達になれたら良いなと思っています。
兄ちゃん死んじゃったので地球に戻れるのか分からないけど、戻ったらまた一緒に編み物をしましょう。
それまで元気で過ごしてください。
from. 兄ちゃん
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「よし、こんなものかな」
僕こと
この手紙は届かない、というより届ける方法が無いため書き終えても仕舞われるだけである。
栓無き事と知りつつも、何となく妹に会いたくなって筆を持った。
「お姉ちゃん、何してるの?」
ピアちゃんが机の下から頭を出して、僕の手元を覗き込んだ。
白銀の髪にお団子を左右に二つ作った、クリクリとした丸目の可愛い八歳くらいの女の子で、異世界に来て初めて出会った子。というか、目が覚めたら横で寝ていた。
「妹の紡ちゃんに手紙を書いてるんだ、まぁ送れないんだけどね」
「ツムギちゃん!ピアも会いたいの!」
「そだねー、向こうに帰れたら会いに行こうね」
そう答えながら、僕は足の間から頭を出すピアちゃんを優しく撫でる。
ピアちゃんもそれをくすぐったそうに目を細めて受け入れた。
僕は向こうで死んでるんだけど帰れるのかな、たぶん火葬とかされて体が残って無さそうなんだよねぇ……。
ピアちゃんと
そう、僕は少し前まで地球に居て、実は男だったのだ。
◇
夏の暑い日差し、ゆらゆらと陽炎が揺らめく中、焼けるようなアスファルトの熱を僕は背中で直に感じていた。
先程トラックに轢かれたのだ。
土日に入り時間の出来た僕は、近づく紡ちゃんの誕生日に向けてプレゼントを作っていた。
ウチの兄妹仲は非常に良好で、共通の趣味である編み物で作品を共同製作するほどである。
紡ちゃんは僕のことを『ゆうちゃん』と呼んですごく懐いてくれており、プレゼントも僕が作ったものが良いと言ってくれる今時珍しいタイプの子だ。
可愛い妹の為ならばと、最近紡ちゃんが気に入っている本に出る騎士のキャラクターのあみぐるみを編んでいたのだが、材料が足りなくなったので買い足しに出てきていた。
「……、まさか、こんな目に合うなんて……な」
トラックに轢かれるなんて、異世界転生でもするのかな、ははは……。
朦朧として馬鹿みたいな事しか考えられない、もう駄目かな。
ただ一つ、心残りがあるとしたら。
「……紡、ちゃん…………」
プレゼント……ごめん…………。
暑さが続く夏のある日、一人の少年が命を落とす。
その日はなぜか昼にも関わらずひっそりと三日月が上っていた、誰も気付かれないまま。
◇
………………。
…………。
死ぬ時って意識が先に無くなるものだと思っていたのだけれど、意外と長く残るものらしい。
でも体の感覚がなくなってきたのか、痛みも感じなくなってきたし、胸が少し重く感じる。
風となびく草の感触が頬をくすぐる……えっ、草⁉
違和感を感じ、目を開けて体を起こすと胸にあった重みが膝にずれ落ちた感覚があった。
知らない女の子が、僕の膝枕で寝ている。
体に痛みが無い、何が起こったのか理解が追いつかない。
そんな混乱している僕の目の前には広大な森が広がっていた。
「よし、ちょっと状況を整理しよう」
人間は声を出すと意外と心が落ち着けたりする。
だが今回はその行動によって混乱に拍車がかかった、自分の口から女性のような声が聞こえたからだ。
驚いて口元に添えた手は白く小さい、そして白魚のような指が付いていた。
顔を動かすたびに視界の端に銀糸が映る、見下ろすと服装はそのままだが、胸には謎の膨らみを感じる。
「なんだこれ⁉え、ぅえっ、何だこの体っ⁉」
自分の体じゃない!!どういうこと⁉
信じられない状況に心臓が跳ね上がった。
理由は体の事だけではない、服が血まみれだったのだ。
身に着けている物は見覚えのある、よく僕が着ていた服だ。
ただ、とても無事とは思えない量の血がべったり付いている。
今の自分の状態に加え、更に此処が何処か分からない。少なくとも道路ではない。
持ち物も何もない、どういう状況だってばよっ!!
「よし、落ち着こう!こういう時は深呼吸だ、ひっひっふー」
残念ながらラマーズ法で人は落ち着かない、たぶん今の僕は人生で一番面白い顔をしていると思う。
どうしようもなく俯いた僕の目の前には、この状況を説明できるかもしれない女の子が膝で眠っている。だが起きる様子はない。
すぐに起こすべきかと思ったが、自分の頭の中は未だ混乱中。起こしても何を聞いたらいいのか分からない。
こういう時は深呼吸だ、ひっひっふー。
「まず僕が落ち着かなきゃいけないし、とりあえず起きてくれるのを待つかぁ」
僕は目を閉じて心を落ち着けることに専念する。
こうして僕の異世界生活は訳も分からず突然始まり、家なし・武器なし・幼女付きのハードモードで幕を開けたのであった。
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