2‐⑦ 幸運の兎 ①

 僕達は冒険者ギルドの依頼を受け、民家の並んだエリアから少し離れた所にある工房にお邪魔している。

 工房とは言ったが建物は小さめのお屋敷のようなデザイン。

 その為、どちらかと言うと別荘と言った方が正しいのかもしれない。

 ただ少し気になるのが、大きな庭の隅に積まれている......何だろう、何かの山。

 瓦礫、ではなさそうだが家具でもなさそうだ。


(あれ何だろう、記憶にある限り似ているものが無いから表現が出来ない)


 何かの山から視線を外し玄関扉の方を見れば、今回の依頼主で、このお屋敷の持ち主である女性の姿が見えた。


「やぁやぁよく来たね、まさかこんなかわいいお嬢さん方が来るとは思わなかったが......。結構大変だよ? 多いし、重いし、臭いし、危険だよ? 大丈夫?」

「それ、自分で言っちゃうんですか⁉ まぁ、全然大丈夫ですよ」

「ピアもがんばるの、任せて!」

「がぅがぅ!」

「元気いいねぇ。それに君が噂のミミック君か、ウチの部門でも君の話で持ち切りだよぉ」


 彼女は魔術ギルドに所属している魔法生物研究家であるらしく、知恵ある神話級道具であるミミちゃんに興味があるのだろう。

 視線がミミちゃんにロックオンされてる。


「ミミちゃんと言います、可愛いでしょ? 変な事や、この子が嫌がる事をしなければ、後で質問とかして貰っても良いですよ!」

「本当かいっ! そりゃ嬉しいねぇ、美味しいお茶を用意して待っているよ」


 今回の仕事内容は、部屋の片付け。

 何でもこのお屋敷は有名なゴミ屋敷らしく、魔道具や研究に関わるあれそれが散乱している為おいそれと素人が触ることも出来ない。

 しかし魔術ギルドでは片付けが不可能と判断された為、遂には冒険者ギルドに依頼が来たというわけだ。


 掲示初期からそれなりに報酬額が高く、追加報酬の内容から数々の冒険者や業者が挑んでいったが、全て失敗に終わったらしい。

 失敗するごとに報酬は上がっていたのだが、最近では受ける者が居なくなり、途方に暮れていた所に僕達が来た。という感じだ。

 しかし外観から見ると、ゴミは全く見えない。


(という事はあの山が問題のゴミか? 確かに重そうだけど、断念する程の量でもないし、危険性も感じないんだけど......)


 今回の依頼、先程の説明のように過去に冒険者が失敗している。

 その失敗した冒険者はCランク、トロールやオーガを相手する程の冒険者達だ。

 つまりあの瓦礫なわけがないのである。

 

「じゃあ、宜しく頼むよ。片付けて貰うのは、この屋敷の中”全部”さ!」

「......は?」


 そう言って、彼女は瓦礫の山へ向かう。


「あ、出したゴミは反対側の庭に出しちゃって良いからね。ただくれぐれも、出してくれたまえよ!」

「あの、貴女は何処へ? それと、その瓦礫の山は?」

「あぁ、これは掃除の間の避難シェルターさ! 終わったら教えてくれたまえ。アデュー!」


 言うだけ言って彼女は籠ってしまった。


 ◇


「......とりあえず、中に入る?」

「う、うん。入るの」


 僕達は入り口の大扉を開けると、中は見事なまでのゴミ屋敷だった。

 地球にあったような、食べ物の残りが散乱している様子は無い。

 だが、代わりに変な形のランプ、無駄に頑丈そうな箱、砕けたシャンデリアなどなど、粗大ごみのオンパレードだった。


「ガラスとか、折れた金属が危ないね。ピアちゃんはミミちゃんが片付けたところ以外歩かないように気を付けて。ミミちゃん、今日は大変だと思うけど宜しくね」

「「分かったの(がぅ)!」」


 二人とそう意見を交わした直後、先程見かけた頑丈そうな箱が宙に浮かぶ。

 正面に付いていた赤いガラス玉のようなものが光ると、周辺の似たような箱が集まっていき、2mほどのゴーレムになった。


「「ぇえええぇぇぇぇぇぇぇぇえええぇぇっ!?!?」」


 ゴーレムは腕を振りかぶり僕等を攻撃し始める。

 力はそこまで強く無いようだが、足場が悪すぎて戦い辛い。


「ピアちゃん、ミミちゃんを守ってね! ゴーレムは僕が倒すから」


 僕は壁や天井を蹴り、三角蹴りの要領でゴーレムのガラス部を蹴り砕いて倒した。

 やはり、普通の魔物よりは弱いらしい。


 今回の依頼に対し、僕達が立てた作戦はこうだ。

 依頼者と内容から、魔法生物が出てくる可能性を考えた。

 そこで、僕が戦っている間にミミちゃんの収納能力を利用して一気に運び出す事にしたのだ。


 先日ミミちゃんは念動力を手に入れたので、自分で口に物を入れられる。

 しかし食べるわけではないとはいえ、流石にゴミを口に入れさせるのは可哀想だ。

 だから、口に入れても良いと思った物のみ入れて貰うよう頼んだ。

 その間、ピアちゃんは無防備になってしまうミミちゃんの護衛をお願いした。


「ミ、ミミちゃん、それお口に入れても大丈夫なのっ⁉」

「がぅ~~!」


(ミミちゃんは僕に褒められようと頑張っちゃうところがあるからなぁ、変なもの食べないよう言っておかないと)


 少しよそ見をしている間に、足元から廊下を塞ぐほどのスライムがせり上がってきた。

 どうも窓際に転がっている花瓶から出てきたようだ。


「どう考えても質量保存の法則、無視してない?」


 足元の家具を蹴り飛ばして、花瓶を破壊する。どうやら花瓶がコアの役割をしていたようだ。

 少し感心していると、足元から細長い蛇の形をしたゴーレムが服の中に入ってきた。


「いやぁぁぁああああぁぁぁっっ!?!?」

「おねーちゃんっ、どうしたの⁉」


 一瞬ゾワっときて叫んでしまったが、すぐさま胸元から引き出し、叩きつけて倒した。


「このっ、エロゴーレムッ!! 女の敵っ!! ふんっ!」


 そんな感じの事を繰り返し続け、次の日の昼には全て片付け終わることが出来た。


 ◇


「すみませーん、片付け終わりましたよ」

「え、片付けられたのかい? そんな馬鹿な......」


 僕がシェルターの扉をノックすると、依頼者の女性が出てきた。

 依頼を完遂すると思っていなかったのか、その表情は半信半疑だ。


「おかしい、そんな簡単に倒せるような子達じゃなかった筈だが......」

「そっちかいっ⁉ まさか僕達で、ゴーレムの耐久実験とかしてないですよね?」

「まさかぁ、流石にそんなことはしないさ! ところでエロトラップには引っ掛かったかい?」

「......、ミミちゃんと話すの禁止です」

「ごめんっ! ごめんよっ、それだけは勘弁してほしいっ⁉」


 全く、飄々とした態度の人だ。

 僕達がいくら報酬が良いとはいえ、なぜこんなに大変そうな依頼を受けたかと言うと、それは『追加報酬』だ。


 依頼書には簡単なイラストと共に、依頼内容・報酬金額・依頼者・難易度・備考が書かれている。

 今回の依頼は、備考欄に”報酬金額他、片付けた物の中から好きな魔道具を差し上げます”と書かれていた。

 僕の『神様のレシピ本』は便利なアイテムを作り出すことが出来る。

 しかし、その殆どは装備品であり水や火を出すようなものが作れない。

 その為、今回の依頼報酬でその辺りのアイテムが手に入ったら良いなと考えた。


「それにしても良いゴーレムは中々作れないものだね」

「どんな子を作りたかったんですか? 確かに弱かったですけど、登場の仕方は面白かったですよ?」

「いや、どんなと言われると困るな。ただ既存にないゴーレムやスライムを作ろうとしたんだ」


 男の子のような考え方をしているなと思った。

 僕もそうだったが、男は子供の頃とにかく凄そうなものをいっぱいくっ付けたら良い物が出来ると考えてしまう。

 それはそれで子供らしくて良いのだが、いざ作るとなるとその通りにはいかない。

 編み物と一緒で、やはり最終目的が必要なのだ。


「あの、次に作るときは”どういう風に役に立って欲しいか”とか、”何が出来るようになって欲しいか”とか考えてから作ってみたら良いんじゃないでしょうか?」

「どう役に立つかかぁ......」

「何か無いんですか? 例えば、元々何をしたくてゴーレムやスライムを作り始めたんですか?」


 彼女は遠い目をして、そして微笑んだ。


「なるほど、思い出したよ。私は昔から本の虫で、熱中すると周りを全然見ていないような子供だった。当然友達なんて居なかったし、居なくても問題ないと思っていたよ。だけどね、たまに。本当にたまに振り返ると、誰も居ない事が寂しくなる時があったんだ。だから......」


 思っちゃったんだな。

 別に何もしなくても良いから、”誰かに居て欲しい”と。


「それでスライムを最初に作ったんだ。別に便利な能力とかは考えていなくて、ただペットみたいに懐いてくれる子が欲しくて。でも上手くいかなくて、気付いたらこんなことになってしまったよ」

「思い出からの飛躍がスゴイな、その間に何があった」


 また飄々とした性格に戻ったが、ピアちゃんと遊んでいるミミちゃんを羨ましそうに見ていた。


「まぁ、良いや。では、今から僕と一緒に考えませんか? 僕も物作りをするので、多少役に立てると思います」

「ふむ、面白そうだね。お願いできるかい?」


 それから彼女は今迄のやり方を変え、魔法生物の研究と作成を始めた。

 その結果彼女は数々の優秀なレシピを作成、その殆どは市民の生活に寄り添った物であった為、その功績をもって一代限りの貴族爵を得るまでに成長する。


  魔法生物研究の歴史書に名を残した彼女が、成功の切っ掛けを『幸運の兎』と答えたのはまた未来のお話。

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