3‐⑫ 兎は地球産調味料が欲しい
スピンドル家の調理場はかなりの大きさで、六口の竈に二基の窯、二台の大きな氷式冷蔵庫、部屋の中央に六人で同時に作業ができる大きな差の調理台があり、別部屋でその調理場以上の大きな食材保管庫もあった。
控えめと言っても伯爵邸。恐らくかなりの人数が働いている為、少し大きい程度では食材が保管しきれないのだろう。
つまりそれは、僕にとって宝の山だという事だ。
「凄いっ、見たことが無い食材がいっぱいある!」
「おねーちゃん、これ見て! 土の塊にいっぱいお花が咲いてるの!」
「がぅ~がぅ~~♪」
「何それっ! ・・・何それ? 食べ物?」
ピアちゃんがジャガイモにいっぱい花が咲いて、コキアみたいになった物体を発見してきた。
聞いてみたところ、咲いている花を食べるのだそう。何度でも咲くので、だいたいの大きな厨房にはあるらしい、豆苗的なものなのだろう。
ミミちゃんはミミちゃんで、どこからか蜂蜜を見つけてきてテンションが高い。
「使いすぎるのは困るけど、研究にある程度使っても構わないわよぉ。必要なら料理長にも声を掛けて貰って構わないわー」
「ありがとう御座います、助かります!」
とりあえず今回はスライムゼリーの研究と、以前から検討していたケチャップとマヨネーズの開発。
そしてプロにあるものを使ってパンを焼いて貰う、それは一週間ほど前に仕込んだ天然酵母だ。
「ユウちゃん、その水は何?」
「これは天然酵母と言って、パンをフワフワにする魔法の水です。妹達に食べさせてあげたくて作りました」
「ユウちゃんは錬金術師か何かなのかしら?」
まぁ、僕の中で料理人は錬金術師同じようなものだと思っているので、間違ってはいない。
料理人は、食材の錬金術師。もしくは食材の芸術家なのだ。
パンは下準備も含め、結構な時間が必要になるので、パンの仕込みをしてから調味料作りをして時短していく。
僕と料理長が生地をこねる横で、ピアちゃん達もこねる。
少々力が必要になる為ピアちゃんは苦労しているが、ミミちゃんは相変わらず念動力を器用に使って捏ねる。念動力に筋力は関係ないからだろう。
(パンを作るミミックって、生まれて初めて見た)
というか、今世界で初めて誕生したのだろう。うちの妹は世界一だった。
生地を休めている内に、スライムゼリーについて料理長に説明をする。
これに関して絶対やらなければいけない事は、ゼラチン質を残したまま不純物を取り除くことだ。
「濾したら取れますかね? なんかゼラチン質も無くなりそうで怖いんですよね」
「むむぅ、一度試してみるしかありませんな。材料の量は十分にありますか?」
料理長さんの言葉で気付いた、確かに念の為材料を確保しておく必要がある。
マルセナさんに相談した所、ギルドに依頼を出してくれるそう。
スライムを捕まえるだけなら低ランクでも出来るので、すぐ集まるだろうとのこと。
普段の態度がアレだから不思議な感じだが、マルセナさんは政もこなす伯爵夫人。基本的に仕事は出来る人なのだ、普段がアレだが。
僕は料理長とスライムゼリーを温めたり、濾したりと色々試す。
その結果、何とゼリーにするどころか、粉状にするに至った。
これは望外の結果だ。粉状に出来たなら、保管期間が圧倒的に伸びるうえ、輸送にも便利。そして何より用途が増え、”ゼリーに色を付けることが出来るようになった”。
色が何だと思うかもしれないが、これは非常に大切な事なのだ。
例えばスライムゼリーは薄い青色だが、いくら味が良くても暖色系の果物とは色合いが悪い。
また、これは貴族社会限定の話だが、貴族は最先端の話題に必ず乗る。
それがスイーツとなれば絶対に手に入れるだろう、だが貴族にはそれぞれの家に家紋の他、『家を表す色』がある。
手土産に持って行ったスイーツの色が、敵対派閥の色だった場合どうなるだろう? 結果は火を見るよりも明らかだ。
これを見たマルセナさんから、また魔王が顔を見せている。
ちなみにこの辺りの事を教えてくれたのは料理長さん。流石は伯爵家の料理の番人だ、職業柄の知識が豊富である。
そうこうしている内に窯に入れたパンが焼ける。
「これは・・・香りが全然違いますな。おぉ、こんなにも柔らかく・・・膨らみ方が全然違う。しかも仄かにシナズミの香りがしますな」
「魔法の水の材料がシナズミなんです、たぶん他の果物でもできる筈ですよ」
「おっきくて、まんまるなの!」
「既に見た目が違うわねぇ」
粗熱を取って、全員で試食する。
ピアちゃん達は「食べさせて欲しい」と言っていたが、僕は是非焼きたてのパンを自分で割いてみて欲しかったので、そのまま手渡した。
「こんなに柔らかいパンは初めて食べたわぁ、通りでいつもユウちゃんが微妙そうな顔をしているわけね。これと比べられたら、黒パンは石ね」
「っ⁉ 柔らかいのっ、凄く柔らかいの⁉ おねーちゃんのお胸みたいなの!」
「がぅっがぅっ! もぐもぐもぐもぐ」
胸に例えながらパンを割かないで欲しい、何か痛い・・・。
若い料理人さんの視線が集まったので、睨んでたら料理長さんから謝られた。
まぁ仕方ない。僕も男のままだったら、多分見たと思う。
「あとは調味料なんだけど、マヨネーズはともかくケチャップが問題だなぁ」
「その”めよねーず”と”けちゃぷ”とは何ですか?」
「マヨネーズは卵と油を使った白い調味料で、ケチャップはトマトって野菜を使った赤い調味料なんですが・・・あります?」
「無いですな、というか卵と油は混ざりませんよ?」
「まぁ、普通はそういう認識なんでしょうね」
乳化とか知らないのだろう、そもそも卵だって安くないのだ。
とりあえずマヨネーズの作り方を説明し、先程僕の胸を見た若い料理人さんに罰ゲームとして混ぜて貰う。
その間に僕達は食糧庫からトマト探しだ。
「どういった味の野菜なのですか?」
「うーん、人によっては果物って言う人も居る野菜なんですけど、青臭くて酸っぱくて、でも甘くて瑞々しくて・・・もうあれがトマトの味だって思ってるから、例えるのが難しいですね」
最悪赤く無くても良い、大切なのは味だからだ。
料理長さんは僕の言った味の特徴から十種ほど食材をチョイスしてくれた。
それらを少しづつ切り出して貰い、味を調べる。するとその中の一つから、非常に味の似たものを見つけた。
「これっ! 完璧じゃないけど、かなり味が似てます。何ていう食べ物なんですか?」
「トメィトゥですね」
・・・ほぼトマトじゃねぇかっ、ネイティブかっ!!
口に出しそうだったツッコミを抑え、トメィトゥからトマトピューレを作る。
それに塩と砂糖を足して味を整えたのだが・・・味が微妙に違う。
先程焼いたパンに、焼いた厚切りハムとキャベツっぽい千切りを挟み、そこにケチャップもどきと、若い料理人さんから奪ったマヨを塗り試食した。
「お、美味しいっ⁉ 何だこれはっ、洗練されたものとは違う暴力的な味。だが舌と胃と脳にガツンと来る満足感っ!!」
「おいしー! おねーちゃん、美味しいっ! これが前におねーちゃんが言ってた『ハンバーガー』なの?」
「いや、違うんだ。こんな程度の味じゃないんだ・・・これじゃ60点だなぁ」
「60点・・・ユウちゃんは今まで何を食べてきたの? これで60点って、ユウちゃんはご飯の国のお姫様か何かなのかしら?」
美味しいのは美味しいのだが、やはり本物を知っている人間としては物足りなさが先立つ。
何よりこのケチャップには重大な問題を抱えていた ── 色が真っ白なのだ。
トメィトゥ自体が白い為、作ったピューレも勿論白い。
その結果、白パンに、白いケチャップもどき、白いマヨを使った七割が白いハンバーガーもどきが出来上がった。
(全く食欲がわかないっ!)
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